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♯35 清貧富悪

 街中は先の戦闘でざわつき、人と人とが往来で慌ただしく交差し続けていた。

 逃げ惑う者の中には野次馬根性をもろに出す無神経な者もいれば、避難誘導や各隊の指示を出す兵隊の姿も。

 まさに混乱の中でも、十人十色。

 いかなるときでも、人間とは騒ぎたてることを欠かさない。

 

 にも関わらず、騒ぐことなく急ぐこともなく威風堂々と歩く者がいた。

 フレイム・ダッチマンである。

 

「まったく、多少の障害は覚悟していたが……こうも露骨に狙われるとはな。これ以上邪魔を受け情報を取り逃すわけにはいかん。次の目的地までの辛抱だな」


 彼は気が立っていた。

 とにかく気分を落ち着かせたいと、人混みの少ない方へと進んでいく。

 そうして見つけたのが、喫茶店。

 木造で、どこかクラシカルな雰囲気を持ち、それでいてこの街の一角にて落ち着いた空気を漂わすそんな喫茶店だ。

 外装を見ているだけでも、少しだけだが心が和らいでいくのがわかる。


(イリス達がどこにいるかもわからん今、慌てふためいて探すのははっきり言って面倒で敵わん。……まずはコーヒーだ。この落ち着いた喫茶店でコーヒーをゆったりと飲んで初めて私の心は癒される)


 ただ、店内まで入ってしまったらイリス達が探している場合にそれが障害となる。

 姿が見えるようオープンカフェで一時を楽しむことにした。

 椅子に座り、テーブルに両膝をつき、店員に頼んだコーヒーが来るのを待つ。


 コーヒーが来るのを待ちながら、ふとこれまでのことを思い出しながら、手駒なかまのことを整理してみた。


(イリス・バージニア。神託能力を持つ男を皆殺しにしたいという無謀な願いを持つ人斬り。ストラリオ国にて出会い、私に斬りかかってきた。恐らく動機は過去からの憎しみなのだろうが……最早"他人を殺す"という行為が、生物が呼吸をするというのと同じレベルにまで昇華され、今も尚その進化は留まることを知らん。今では憎しみを抱くより先に手やら刀やらが出るという極めておぞましいタイプの女になりつつある。……『復讐はなにも生まない』『憎しみを抱き続けても虚しいだけ』、世に溢れるこういった戒めや哲学さえも『そんなものは糞くらえ』と言わんばかりに跳ね除け、破壊をし続ける嵐の意志。……だが、それがいい。"今はな")


 コーヒーが届く。

 カップを手に取り、角砂糖を少々いれスプーンで混ぜ始める。


(続いて、ミラ。サキュバスでありながらポンコツ、っていうかポンコツ、そして御節介焼き。だが、その信仰と純真は本物だ。なにより魔力による回復や武術に秀でているのも良し。回復役にはおあつらえ向きだ。私の行動理念からは彼女は大きく外れているが、まぁ問題はあるまい。それより1番気になるのは……サキュバスの洞窟で、イリスはなぜ、"ミラ"という名前に反応したのだ? 2人に過去面識はないはず。調べてみるのも面白そうだ……)


 カップを唇に近づけまずは1口。


(そして、ルイン・フィーガ。……劇作家と言っていたが、そんな名前は聞いたことがない。単に無名の作家なのだとは思うが……そんな奴がなぜ『叡智の果実』の秘密を知っていた? どうして私が神託を捨てるとわかったのだ? ……気になるな。本来なら拷問し情報を洗いざらい吐かせるべきなのであろうが……そんな余裕はない。そして、あの男から感じる妙な気配……。異能、ではないな。なんだ?)


 コーヒーの苦みと角砂糖の甘みのバランスを間違えたようだ。

 思っていたより少し甘い。

 だが、激しい戦闘後には丁度いいかもしれないと思い、一息つきながらこの緩やかな時間を楽しんでいたそのとき。 


「貴族様、どうか御恵みを……ッ!」


 視線のみを向けると、そこには女性が2人。

 所々ボロのいった格好からして貧乏な町娘の姉妹といったところか。

 1人は長いブロンドヘアーで年齢からして成人になったばかりかの外見だ。

 もう1人は恐らく妹で、姉と同じ色の髪の短髪の少女だ。

 イリスとさほど変わらない年齢だろう。

 麦わら帽子を籠代わりに、物乞いをしてきた。

 中身は空っぽだ。

 

「少しで構いません、どうか……、憐れな我らに、貴族様と主の祝福を」


「お願いしますッ!」


 2人して跪くように頭を垂れ、麦わら帽をこちらに差し出してくる。

 前に傾いた上体から、信仰とする神の象徴とするペンダントが垂れた。

 十字架ににた紋様だ。

 視線だけ向けていたフレイムであったが、興味を失くしたようにまたコーヒーを飲み始める。

 そして、こう告げる。


「私に情けを求めるのか? ……私は神に祈らぬ。施しもしない。……余所をあたれ」


 冷たい反応に姉妹がハッと顔を上げる。

 妹は憎たらしそうな目で睨み、姉はなんとかして説得しようと試みた。


「貴族様、お願いでございます! 我々は見ての通りの物乞い。明日はおろか今日を生きることすらも難しい人間です。ほんの少しで構いません、どうか……どうかッ!」


「だからそれを私に求めるなと言っている。君達の境遇は不運だろうが、私には関わりのないことだ」


 冷めた瞳で放つ態度に業を煮やしたのか、妹が勢いよく立ち上がり食って掛かる。

 

「ちょっとアンタ!」


「コラ、止めなさい!」


「お姉ちゃんは黙ってて! ……アンタ、金持ちなんでしょ? 毎日毎日贅沢して、他人を虐げながら私腹を肥やしまくってる連中の1人なんでしょ? 今の自分の生き方が間違ってると思わないの? その有り余るお金を、弱い人達の為に使おうとは思わないの!?」


 人通りが少ない場所にいるせいか、妹の声が良く響いた。

 姉が制止しようとするが、嵐のような怒号は尚も続く。


「アンタ達は皆そうよ! 自分だけ財産を独り占めして、良い思いばっかりして! その癖貧乏な人達には無関心でッ! ……どうせアンタのお金だって、悪いことして集めたお金なんでしょ? そうよ、金持ちなんて皆クズよ! この世のゴミよ! アンタ達なんて……地獄へ落ちちゃえばいいんだ!!」


 その瞬間、姉のビンタが飛んだ。

 妹はぶたれた頬を抑えながら項垂れ、静かになる。

 だが、妹はまだ言い足りないと言いたげに歯軋りをする。


「フフフ、フフフフフフフ……ッ」


 突如姉妹の耳に届いた不気味な笑い声。

 フレイム・ダッチマンだ。

 彼は妹の言葉に怒るどころか、心地よい小噺でも聞いたかのように笑っていた。

 そしてこう語った。


「……清貧富悪せいひんとんあく


「……え?」


「貧しき者や力なき者といった弱者は、信仰深く清らかな善的存在であり、逆に富む者や権力者等といった強者は常に強欲を絶やさぬ悪しき心を持つ存在とされる。弱者や貧者は必ず神に救われ、強者はその業により地獄へと落とされる。……だったか?」


 コーヒーを飲み干し、座った状態で2人と向き合う。

 足を組んで、少し姿勢を崩してはいるが、威圧は感じさせない。

 姉は突然の返答により狼狽えていたが、妹はキッと睨みながら前へ勇み出る。


「……そうよ。人間は本来、平等な生き物のハズよ。それなのに……ッ!」


「その言い分だと君は異能者も憎いのか?」


「……そうね。でも、信仰深い人や私達の味方になってくれる人は別よ。そういう人達は、神様が大地に送ってくださった救済の具現だもの」


 つまりは、弱者の味方をする異能者のみが良い異能者。

 こう言いたいらしい。

 

「なるほど。私も異能者なのだが、信仰もしないし施しもしない。……つまり君達の言う、悪い異能者兼金持ち、というわけだ」


「いえ、なにもそのような……ッ!」


 姉は否定しようとしたが、妹はそれを聞いてワザとらしく嘲笑う。


「ホラ、本性を現した。結局アンタは醜い人間なんだ……自分さえよければいいっていう、罰当たりな悪党なんだ!」


「アナタいい加減になさい! これは暴言よ。すぐに貴族様に謝罪なさい!!」


「なんで!? お姉ちゃんは悔しくないの!? こんな奴のために私達が虐げられてるんだよ!?」


「やめなさい!」


 姉妹揃って言い争う中。

 フレイム・ダッチマンは涼しげな顔でそれを眺めていた。

 彼女等にとってはこれは重要な話だ。

 虐げられる者の怒りと悲しみを吐露する姿はまさに、この世の闇の部分の縮図とも言えよう。


 だが、この男。

 フレイム・ダッチマンからすれば、彼女等の言い合いなど。

 ただの"暇潰し"にしかならなかった。


「割ってはいるようで失礼。悪党わたしから1つ、気になる点がある」


「は、はい。なんでしょうか?」


 フレイムはようやく立ち上がり、ナイフのような鋭い目つきで見下ろし。


「……君達は、いつまで物乞いを続けるつもりだ?」


「……え?」


 唐突な質問に2人は、先ほどの喧騒が嘘のように静かになった。

 ――いつまで続けるのか。

 そんなことは今まで考えたこともなかった。


「その生が終わるまで続けるのか? それまでずっと、他人からの施しを命綱にするのか? それまでずっと、強者を恨み続けるのか?」


「そ、それは……」


 今までフレイムのことを悪く言っていた妹でさえも、答えることが出来なかった。


「手段はないのか? 金鉱を探し掘り当てるも良し、なにか商売を始めてみるも良し。それ等が出来なければ武術の達人に弟子入りし厳しい訓練を乗り越え、それで得た力で金を稼ぐ。それもまた1つの手段だ」


「ハァ!? そんなの出来るわけないじゃん! 出来ないからこうやって生きてるんでしょ!? そういうのが出来るのは力や能力のある人だけよ」


「ならば、私が知人の武人を紹介しようか? 女好きだが、女弟子からは金は取らん主義な偏屈な奴だ。飯くらいは食わせてもらえるだろう。武の習得には長い年月はかかるが、闘技場で腕を見せれるくらいにもなれば、金持ちからボディーガードのオファーがくる可能性もある。更に上手くいけば玉の輿。君達は見目はいいからな。確率は低いだろうがやってみてはどうかね?」


「そ、そんな……暴力なんて」


「そ、そうよ! そんなの出来るわけないじゃん」


「なぜだ? 商売もイヤ、探検もイヤ、他になにがいいんだ? 言っておくが私はこれでもかなり譲歩したつもりだぞ? 水商売を選択肢に入れなかったのはその表れだ。……君達は大金が欲しくないのか? 今の自分以上の力が欲しくはないのか? 2人で住むには十分なほどの家、温かいベッド、腹一杯の食事。欲しい物全てを求め行動することは強欲であり罪なのか? それでどうやって生きていく?」


 そう問いかけたとき、妹の怒声が爆発した。


「うるさいうるさいうるさいッ!! 調子いいこと言って……ッ。そんなの、そんなの醜い争いを生むだけでしょ!?」


「……否定のしどころがないな。如何にも。云わば勝負と競争の世界にその身を投じるわけだから、争いは確実に生まれる」


「……ッ! お姉ちゃん行こうッ! こんな奴と話してたってなんにもならないよ!」


「あ、コラ待ちなさい!! ……妹が御無礼を働きましたこと、深くお詫び申し上げます!! ですので、どうか……御慈悲をッ!」


 姉は深々と頭を下げた後、人混みの方へと行った妹を追う。


「……天国と地獄、か」


 ふと、彼は思う。

 もしもあの会話の中で、『神が人間にもたらす天国と地獄』の"彼の知る真実"を告げたらどうなっていただろうか。

 まぁきっと信じてはもらえないだろうし、時間の無駄か。


 料金を支払い、彼はさっさと歩いていく。

 イリス達とは出会えなかった。

 もしかしたらまだあの人混みの中にいるのかもしれない。

 もう1度あの中へと入るのは億劫だが仕方はない。


「少しだが、胸騒ぎがするな。早くこの街を出なくては……」


 夜空にはまだ、星が煌いていた。



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