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#20 さぁ、私の前に立つがいい!

「どうした? 随分怖い顔を、するじゃあないか」

 

 歯軋りの音が聞こえる。

 エーディンは怒りで顔を歪ませながら、ハープを持つ手に力を加えた。


「舐めた真似をしてくれるわねぇ。この空間に入った者は、大抵異次元の住民達になぶり殺されるのだけれどぉ。アナタのせいで全滅よぉ」


「それはなによりだ。我が拳法を披露した甲斐がある」


 余裕そうなフレイムの笑みに、エーディンはズダンと1回地を踏む。

 

「お黙りなさい。おかげで私のパーフェクトキャリアがパァよ、パァ! この空間に閉じ込め、フラフラ出口を求め彷徨い歩きながら異次元生物に追われ、肉体精神共に徐々に死んでいく。私が罪人とみなした相手は皆そうやって死ぬのよぉ!」


「ほ~ん、では、あの騎士団の連中も?」


「ふふふ、アイツらは薄汚いサキュバスを始末するための道具として使ってやったのよ。まず最初に騎士団を閉じ込めて、肉体的にも精神的にも疲弊させたところで、サキュバスを投入する。そして、こういう条件を出してやったわ。最後まで生き残った集団を外に帰してあげるって」


 なぜ、彼等がこの異次元空間で殺し合いをしたのか、その謎が解けた。

 この目の前のエーディンにそそのかされ、帰還のために殺し合ったのだ。

 だが、そんな約束をこの女が守るはずはない。

 その結果がこれだ。


「すべては弟のため、か?」


「うふふ、そうよぉ。あの子が素敵な、完璧な大人になれるように……私が陰でこうして頑張ってるのぉ。そうッ! 私という光を浴びて、カイウスは清くッ! 美しくッ! そして誰よりも優れた人間になるのよぉ! それが子供を導くイイ大人の務めでしょお!?」


 ゲラゲラと笑いながらカイウスへの情熱を吐き散らすエーディン。

 そのさまを見ながら、フレイムは軽く嘲笑う。

 

「なにが、おかしいのぉ?」


 ピタリと笑うのをやめ、振り乱した髪の毛の間から覗く目で睨みつける。

 

「ふふふ、失敬。いやなに、大したことではない。"善良な大人"というのは苦労するな……と思ってね」


「……なにが言いたいのぉ?」


「善良な……いや、自らを善良の使者、善法の番人と妄信する大人のやることは、いつの時代も大仰な規制と徹底的な弾圧だ。いかがわしいと思ったらすぐに目くじらを立て一々喚き散らすなど……。よくもまぁそこまで時間を浪費できるものだ。……まぁ君の場合家族間のことだから仕方はないのかもしれんが」


「アナタ……今、私のやっていることを、無駄と言ったの?」


「そう聞こえたのなら、そうじゃあないのか? 少なくとも、自分は善良な人間だと思う奴なんぞ、悪党よりも始末が悪い。君がいい例だな」


「ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ッ!!」


 エーディンの頭の中で、なにかが切れる。

 ハープを乱雑に鳴らすや、異次元の腕をいくつも召喚した。

 威力はありそうだが、統率がまるでとれていない。

 怒りに任せた神託である。


「面倒くさい女だな君は」


 零縮地。

 異次元の腕をかいくぐりながら、エーディンの真前まで移動する。

 エーディンから見れば、突然敵が消えて突然現れたといった心境で、ビクリと体を震わせた。

 その一瞬を、フレイムは見逃すはずがない。


「ぬんッ!!」


 上段から振り下ろす手刀。

 エーディンの持っていたハープを真っ二つに斬り裂いた。

 すると、その割れ目から空気の流れを感じる。

 まるで周りの物を吸いこむような、凄まじい吸引力。


「し、しまった!」


「ぬぅお!?」


 フレイム、エーディン、そして死体のいくつかがハープの割れ目に吸い込まれた。

 嵐の中にいるような感覚の中、見覚えのある風景を目の当たりにする。


(おお! あれはまさしくサキュバスの街……戻って、これた!)


 案の定、フレイム達は異次元空間の外、元の世界へと戻ることに成功した。

 地上に放り出されたフレイムはうつ伏せの状態から、ゆっくり両手を地につき、起き上がる。

 無事に帰れたことに笑みを浮かべたが、すぐに身を跳躍させ、立ち上がった。


「うらぁ!」


 エーディンの攻撃をすかさず躱した。

 右手には鋭利なナイフを逆手持ちで振り回す。


「そんなもの一体どこに持ってたんだ……」


「うるさい!」


 そう叫ぶや、ドレスのスカート部分を勢いよく破り、右端にスリットを作る。

 うれしい誤算と言わんばかりにフレイムは軽く口笛を吹いた。

 それがかえってエーディンの怒りを誘ったのか、更に勢いを増してナイフを振るってくる。


(ほう、このナイフ捌き……素人のソレではないな)


 間合いをあけるよう後方に退きつつ、足元のサキュバスの死体を飛び道具として蹴り飛ばす。

 派手な音をたてながら、エーディンは死体共々、尻もちをついた。

 

「こ、このぉ!」


 死体をどかし、再度斬りかかる。

 的確に喉や目玉に斬撃を、肋骨と肋骨の間に刺突を繰り出すエーディン。

 鉄甲で受け、掌で受け流し、肘で打ち返し、体捌きで躱す。

 剣閃と火花、そして女の怒号が飛ぶ中、フレイムは彼女の動きをしっかりと見極める。


「……功夫、というやつねぇ? 格闘に優れてる相手って、ホント厄介だわぁ」


「お褒めにあずかり光栄の至り。貴様のナイフ捌きも中々の物だ。……では、次からは私も攻撃を加えよう。安心しろ、零意拳は使わない」


「使わないですって?」


「勘違いしないでいただきたいのは、それを使わないからと言って、相手を舐めてかかっているわけではないということだ。使うべき相手かどうか、それを見定める。……紙を切るのに、一々剣を使う奴はいないだろう?」


 右半身みぎはんみで右手を前、左手を右肘と右手首の中間あたりにするよう構えた。

 手刀より少し柔らかく掌を緩め、あらゆる方向の攻撃に備える。

 対するエーディンはナイフを前に構え、姿勢を低くした。


「来い、高速の拳を見せてやろう」

 

「がぁあ!!」


 先手はエーディン。

 ナイフによる斬撃。

 彼女の右手首を左親指の付け根あたりでおさえる。

 次に右の拳を顔面に叩きこんだ。

 だが、直前で左腕で制止された。

 瞬時にエーディンから繰り出される、風を孕んだ右足からのローキック。

 フレイムは予期していたといわんばかりに、足裏で蹴り返す。


「シュッ!」


 すかさず右手で、怯んだエーディンの右手首を掴み、自分の前に来るように自分の体ごと後方へと引く。

 力のベクトルに揺られ、バランスを崩し、フレイムの胸に飛び込んでくる形になったエーディン。

 無防備な彼女に叩きこんだのは、めり込むほどの踏み込みから繰り出される痛烈な左肘。

 顔面にめり込むや、おびただしい血を鼻や口から噴き散らす。


「あ……が……ッ!?」


 頭の中が真っ白になりそうな気分だった。

 だが、そんな彼女に容赦ない『打』が体中にめり込んでいく。

 無駄のない精密な動きからなる連続攻撃。

 腕を回し続け、拳を彼女の体に打ち込んでいくチェーンパンチ。

 フレイムの目に慢心はない。

 防御もままならないエーディンは、ダメージを負うばかり。

 

「…………」


 しかし、フレイムは突如としてチェーンパンチをやめる。

 ふらつきながらも間合いをとり、ナイフを構えるエーディン。

 無論、このフレイムの行動に疑問を感じてさえいた。

 このままいけば自分を叩き伏せられるのに、なぜ、と。


 すると、フレイムは型を少しだけ変化させる。

 先ほどの構えから、右足を更に前に出し、左足は最早座っているも同然なくらいに、姿勢を低くさせた。


「……?!」


 フレイムの構えに驚きが隠せない。

 その構えでは身動きはおろか、方向転換すら難しい。

 なにを考えているのかと思ったその矢先。


「どうした、さっさと来い」


 フレイムは手招きする。

 エーディンの頭に再度血が昇った。

 舐めてかかられている、と。

 あれは口からの出まかせだったのか、と。

 感情のままに駆けだし、フレイムの胴体、頭部目掛けて、ナイフを、拳を、そして足を力任せに振り回す。

 濁流のような連続攻撃を、フレイムは両手、両肘のみで弾いていった。

 ナイフが鉄甲に当たるたびに、火花が飛び散り、刃が欠けて使い物にならなくなっていく。


「この……クソがぁあああ!!」


 冷静さを見失い、感情に身を任せ、力のみで押し切ろうとした結果。

 大きな隙が出来たのを、フレイムは見逃さなかった。


 右足を勢いよくひっこめ、そこから地面スレスレの体勢で左爪先を軸に高速で回転する。

 宙に飛び上るや、その身は龍のように舞い、巻き起こる風諸共切り裂く神速の回転蹴りを繰り出した。


『崩山龍脚裂』

 とある流派の技であり、始祖である神仙は、この技を以て岩山を砕き落としたという伝説を残しており、云わば流派における奥義そのものである。

 フレイム・ダッチマンはそれを体得していた。

 

 当然、奥義を避けられるほどの余裕や技量があるわけでもないエーディンは胸にそれを喰らい、家をいくつか突き破りながら一直線に吹っ飛んだ。

 その光景を見ながら、フレイムは着地し、満足そうな笑みを浮かべる。


「うぅむ、中々の威力だ。神託と合わせれば更なる威力が期待できるな」


 フレイムは吹っ飛んでいったエーディンのもとへ歩いていく。

 見つけたのは、この街の端っこ。

 洞窟の壁に磔になっていたのか、その跡が生々しく残っている。

 彼女自身は、地面に落ちていた。

 両膝をつき、海老反りになるように後方に倒れかかっていたのだ。

 

「ほう、中々芸術的な死に方だな。これはこれで……」


 美術品を鑑賞するかのように、ジロジロ見始めるフレイム。

 ふと、何者かの気配を感じ取り、視線をその方向に映す。

 少年・・だった。


「……お姉、ちゃん?」


 それは、命からがらイリスから逃れてきた、カイウスだった。

 

 

 

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