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♯18 白雪のような残忍無垢の怪物少年、カイウス

 カイウスからの無情な暴行がミラを襲う。


「きゃあぁぁああ!! やめなさい、やめてぇ! これ以上は、ダメ! ……股が、股が……裂け……ッ!」


「アハハハ~、ミラおねえさん意外に柔らかいねぇ~」


 ミラが動かないことをいいことに、彼女の両足に絡みつき、これ以上ないくらいに開こうとさせる。  ミラの股関節がギリギリと悲鳴をあげ、それこそ死を覚悟するほどの痛みを感じた。

 そして、こんな小さな子供にはしたなく足を広げさせられている自分が恥ずかしくて叶わない。

 痛みと羞恥心で心が張り裂けそうだ。

 なんという恥辱……ッ、こんなことは生まれて初めてですッ! と。


「ふぅ~、ま、このくらいかなぁ」


「くはっ!」


 両足を解放し、大の字で倒れているミラの手をそっと握りながらカイウスは微笑んだ。

 ミラは彼を責めようとした。

 だが、良心の呵責に似た感情がそれを許さない。


「どう? ボクの神託『レヴィアタン』は。ボクが触れた相手は身動きが取れなくなるんだ。逃げることも逆らうこともできないよ?」


 まだ幼い子供。

 善悪の区別など未だつきにくいだろう。

 たとえこれほどの痛みと屈辱を伴ったとしても、ミラは彼を怒ることが出来なかった。

 だが、悲しみの心がミラの胸中を巡る。

 なんとしてもこんな凶行をやめさせようという、一種の使命感が芽生えたのだ。


「こんなことをして……、アナタのお姉さんが悲しみますわよ。あの方とて、自分の弟が平気で乱暴を行う性格だと知ったら……」


 だが、ミラの言葉を遮るように、突如として彼女の髪の毛を掴み上げた。


「あぁ!!?」


 引っ張っられた方向へ、仰け反りながら悲鳴を上げる。

 カイウスの表情は先ほどとはうって変わり、能面のように無機質な笑みを向けたまま、ミラを睨み下ろしていた。


「あのさ、今おねえさんはボクのおもちゃ(・・・・)なんだよ? どうしてお姉ちゃんの名前を出すのさ? ねぇどうして?」


「おもちゃ……ですって? アナタは……周りの人を、なんだと思っているの!?」


「質問してるのはボクなんだけど!!? どうしてミラおねえさんがボクに質問してるんだよぉ!!」


 激昂した勢いでミラの頬を叩く。

 痛みが走り、ミラの顔が苦痛に歪んだ。

 その様子を見ながら、肩で息を切らす。


「ハァ……ハァ……、お姉ちゃんはボクを大事にしてくれる。ボクを守ってくれる。……でも、その代わりボクはずっと部屋に閉じ込められてばかりだった。おもちゃも、服も、絵本も、全部お姉ちゃんが決めたものばかり。ボクがちょっと"あれが欲しい"って言ったら、"それじゃなくてこっちにしましょう"ってはぐらかす。それでも嫌だって言ったら、教育って言ってボクを痛めつけるんだ」


「……ッ!」


「叩いたり、怒鳴ったり、お風呂に沈めたり……いろんなことされたよ? ずっと我慢してた……。お姉ちゃんが怒らないようにずっと我慢してた。友達もいない、お父さんお母さんも初めからいない。ボクの世界は全て、お姉ちゃんで出来ていた」


 グイッと髪を引っ張り、ミラの顔を自分に近づけるや、ニタリと笑む。


「でも、ある日閃いたんだ。ボクの神託を使えば……ボクだけの世界を作れるんじゃないかって! 試してみたら大成功だったよ! 最初はボクと同い年の女の子だった! 動けなくさせて……、家の地下室に閉じ込めて……、お姉ちゃんがいないときはずっとその子と遊んでたんだ! ……楽しかったぁ。何日かたって動かなくなっちゃったけど……代わりの女の人はいっぱいいたし。遊んでいる間はボクは自由だったんだ。お姉ちゃんに見つからないようにするのはすっごくスリルがあったよ!」


 恍惚の笑みを向けながら、今までの過去を吐露していく。

 歪んでいる……。

 彼は姉のことを愛してはいるが、同時に恐れていた。

 その恐怖から逃れるために思いついたのが、神託能力の悪用。

 彼の生い立ちが、多くの女性の犠牲を招いた。

 そして今、その毒牙は自分ミラに向けられている。

 

「人間の女の人は脆いからさ……今度は人間以外の女の人にしようかなって思って……ソレで選んだのがサキュバス。つまり、ミラおねえさんだよ」


 そういうや、カイウスは満面の笑みでミラに馬乗りになる。

 ぐっと息が詰まった。

 幼子とはいえ、のしかかられば十分に重い。

 呼吸のし辛さの中、ミラは悲し気な目でカイウスを見る。


「ふふふ、大丈夫だよミラおねえさん。さっきみたいに痛いことはしないから……。だけど、ずっとボクと一緒にいてもらうよ?」


 そう言うや、ゆっくりと手を伸ばすカイウス。

 カイウスに触れられている以上、身動きは出来ない。

 魔力を練ることも、その手を跳ねのけることもだ。 


 自分自身の無力さを呪う中、人生の終わりを覚悟した。

 

 だが、形勢は大きく逆転した。


 今まで感じ取ったことのないような殺気がこの物置内を支配したのだ。


「な、なに……、なんなの?」


 カイウスの顔に怯えの色が浮かぶ。

 ミラもなにが起こっているのか、すぐには把握できなかった。

 そして、数秒後、恐ろしいものを目の当たりにする。

 物置の入り口、そこに立っていたのは……。


「なにやってんの……? クソガキ」


 イリス・バージニアだ。

 だが、ミラが最初見た時とは全然イメージが違う。

 静かな無表情からもれる圧倒的な殺意と憎悪。

 眼光は炎のように揺れ、目は完全に血走っている。

 アレクサンド新陰流抜刀術『威天の位』の構え。


 人外であるミラは恐怖に襲われる。

 ――――かの姿は冷たくも鋭い闇の化身である、と。

 彼女にはイリスがそう見えたのだ。

 そして彼女の明確な殺意は、カイウスに向けられていると知る。


「な、なんだよ……! なんだよぉ! ボクの邪魔しないでよ! ボクは今、ミラおねえさんと遊んでるんだ! ボクのおもちゃだ! そ、そんな怖い顔で睨んだって無駄だぞ!」


「ミラが抑えられてるのって……アンタ、神託かなにか使ったの?」


「そ、そうだ……ボクは神託者だよ。でも、アンタには関係ないだろ! 帰れよブス!」


 ガチンと鯉口を切る音が聞こえた瞬間、ミラは叫んだ。


「カイウス君! 逃げなさい!」


「え、でもボクは……ッ!」


「早くッ!」


 ミラに諭され、カイウスがミラから体を離した。

 その瞬間を見計らったかのように、抜き際の一刀がカイウスに伸びる。


「くっ!」


「わぁああ!!?」


 カイウスが離れたことにより、ミラは自由がきくようになった。

 そして、カイウスを庇うように抱きかかえ、白刃を避けながら前方へ転がりこむ。


「く……大丈夫?」


「う、うん……」


 無事なのを確認すると、ミラはイリスにキツい視線を浴びせた。


「なんてことをしますの! アナタ……こんな小さな子供を殺すというのですか!?」


「…………」


 イリスは黙ったままだ。

 ミラが罵倒している間も、じっとカイウスを睨み上げていた。


「そこのクソガキ……、なぜ、あんなマネをしたのかしら?」


 切っ先をカイウスに向ける。

 その尋常ではない気配に立ち向かうように、ミラはカイウスの前に身を乗り出した。


「待ちなさい! この子はまだ幼子です! 善悪の区別などまだ難しい年頃よ! それに、彼の生い立ちは孤独そのもの……情状酌量の余地はあります! アナタに対し暴言を吐いたこと、私が代わりに謝罪いたします。どうかご慈悲をッ!」


 ミラはカイウスに危害を加えないよう嘆願した。

 だが、返ってきたのは意外なものだった。


「……そんなことはどうでもいい」


 ミラの後ろでビクビクと怯えるカイウスを睨みながら、次にイリスは大声で憎悪を明らかにした。

 

「なんで、ただの青臭いクソガキ神託者がッ! 女を襲うようなことをしてるのかって……私は聞いてんだぁあああ!!!」


 殺気の炎がイリスの中で燃え上がる。

 イリスからすれば、これは過去の再現にも等しい現場だった。


 陰から惨劇に怯えるしかなかったあの日。

 それと同じことを現在にて目撃してしまった。


 怒りのまま刀を振り上げ、カイウスに斬りかかった。


「させません!」


 ミラはそれを止めようと、イリスの前に立ちはだかる。





 一方、イリス達の喧騒とエーディンの凱旋を余所に、別の場所でも動きがあった。


「ここが異次元空間、か。気色の悪い世界だな……」


 フレイム・ダッチマンは彷徨い歩く。

 出口を求め、延々と続く大地の上を進んでいた。

 すると、ある光景を目撃する。


「これは……」


 それはフレイム・ダッチマンから見ても、地獄そのものと言える光景だった。


 

 

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