♯9 悪に生き、悪に死すこそ、人斬道、その行く先は吾のみぞ知る
(逃げるのに夢中で、奴の姿を見失った……やれやれ、手間がかかるわ)
尋常でない破壊力を宿した荷馬車達から逃げ回るのにもそろそろ飽きてきたイリスは、反撃へとうってでる。
右足を軸に華麗なターンで、自分の向きを逆に。
それに構わず突っ込んでくる荷馬車達。
荷馬車と人斬りという世にも奇妙な異種対戦が始まる。
「待ってなさいイエロー神父。すぐに膾斬りにしてやっから!」
音もなく姿が消える、零縮地だ。
気配も音も遮断した無音静寂の移動法。
イリスは器用に荷馬車の死角に潜り込むや、自慢の白刃を滑らせる。
「ふっ!!!」
まず馬の脚をへし斬る。
馬が悲鳴を上げるとともに、勢いよく地面を転がり崩れた。
すかさず移動し、続いて二頭目の首を斬り裂き、その首に対して猛烈なキック。
蹴り飛ばされた首は、後続の馬の脚にからまり、木材の破裂音とともに横転した。
あともう何台かの荷馬車が、勢い衰えることなくこちらへとやってくる。
「元気な馬。……オスかしら」
しかし、イリスの顔に窮地の色は見られない。
それどころか、この状況を楽しんでいる。
(荷馬車に轢かれたらアウト、若しくは、荷馬車に少しでも肌がふれればアウト……ってぇトコかしらね)
イリスは迎え撃つという気概で、殺気を膨らましていた。
今はまだ路地裏を通っているからまだしも、表通りともなれば、色々と面倒なことになる。
彼女は脇構えに刀を添え、悪魔のような眼光を真っ直ぐ向けた。
「まとめてぶった斬ってあげる。あの神父に利用された不運を呪いなさい」
零縮地からの閃光無き剣が、馬達の肉を抉り飛ばしていく。
零斬は何人たりとも見切ること叶わぬ剣技。
馬に躱せるはずなどない。
その確信は、多量の血飛沫となって如実のものとなった。
「とりあえずはこれで全部ね」
勢いよく血振りをする。
すると、後方からパチパチと乾いた拍手が聞こえた。
「素晴らしい腕です。いやぁ、"荷馬車に轢かれて異世界へと転生される"という私のオススメの死に様を、こうも拒絶されてしまうとは。私の力は御存知の通り、相手の動きに合わせ死の運命を確定させる力でもある。逃げ場はありませんよ?」
パプォリオは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとにじり寄る。
手を後ろに組み余裕の態度を見せる彼に、隙や油断は見られない。
相手は賞金が課せられている悪党。
やはり、今まで戦ってきた神託者とは違う邪悪さを持っている。
「しかし、実に惜しい。どうです? こんな世界じゃ、アナタの腕なんて誰も評価してくれませんよ? 自分をちゃんと評価してくれる場所、それが"天国"即ち異世界です。異世界へと転生し、その腕を活かしてはみませんか?」
パプォリオの身体から、膨大な神託エネルギーが滲み出る。
今いるこの空間に、殺気の波がなだれ込んでいった。
だが、この男の白々しさへの苛立ちの方が勝っていた為、屁とも思わない。
口の減らないクソ神父め……ッ! と。
「アンタの神託はそういう系統の力を持つのね」
「その通り。私は救いようのない人間に、救いの手を差し伸べているだけです。私の行っていることは、善行、いえ……神に通ずる"正義"とも言えましょう!」
パプォリオは歓喜する。
この神託を自らに与えたこの天地に、そして、信仰してやまない神に。
目の前に、極上の獲物をよこしたこの運命に。
神で仕える身でありながら、絶頂を隠し切れない。
ハレルヤ!
「どうです!? アナタも異世界へ行ってみたくなったんじゃあないですかァ!? こんな世界をおさらばし、新天地で最高の幸せをつかみ取るのです!」
パプォリオの狂喜のボルテージは臨界点を越え、最早自分自身の宗教観に泥酔してしまっている。
相手の意見など求めていない。
ハイかYESかの一方通行。
しかしそんな最悪の相手にも関わらず。
「……断る」
顔色1つ変えずパプォリオを見据えるイリス。
その眼光は、己の在り方を変えない信念で満ち溢れていた。
イリスの一言にカッと目を見開くパプォリオは、信じられないというような表情で身を震わす。
「アタシは悪党、無頼も無頼。1回死んでハイやり直し、なんていう命じゃ……もうなくなってるの」
「なん……だとぉ!?」
パプォリオの額に青筋が走る。
自らの救いの手に、唾を吐くが如き行為。
彼には、そう思えてならなかった。
小娘がふざけた真似をッ! と。
「嘘だ、そんなハズはない……。幸せを求めぬ人間などいるものか! 私の神託で殺してほしくない人間などいるもか! ……みじめでいいのですか? 誰からも必要とされず、愛されず、疎まれ、蔑まれ……そんな人生のなにがいいのです!?」
平静を保つイリスに対し、激昂する神父パプォリオ。
これでは、どちらが求道者かわからない。
イリスはため息まじりに答えた。
「生憎アタシはみじめにしか生きたことがないの。今もそしてこれからも。きっとその在り方は、永遠に変わらないわ」
その言葉に迷いはなかった。
今まで絶望の中で生きぬいたからこそ、口に出せる言葉。
悪に生き、悪に死すのが宿命なら、路上に咲かすは、血の華以外にあり得ない。
――――今もそしてこれからも。
「ふざけるな……、ふひひ、殺す……殺してやる! 殺して、殺して、イイトコロに連れて行ってやって。貴様のすべて……全部、全部、ぜーんぶハッピーにしてやる! 覚悟しろぉ!」
狂喜が凶気へと変貌を遂げたパプォリオを一瞥しながらも、イリスは正眼に構える。
「つべこべ言ってないで、無理矢理にでもアタシを殺しな。男が女をねじ伏せるようにね。……ただし」
「代償は高くつくわよ?」
互いの殺気がぶつかり、空間に不快な音をたてさせていく。
イリスとパプォリオの死闘が今まさに幕をあげんとしていた。




