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プロローグ

 ――――嗚呼、万能の父よ。

 天上に在す清廉なる天使達よ。

 地上に在す高潔なる聖者達よ。

 地下に在す貶められた者達よ。

 

 その全ての怒りを以て、私に《地獄へと堕ちる為の力》をお与え下さい。


 そしてどうか自らに御証明を。


 天も地も、全ては【手遅れ】で焼け野原となったことを――――。


 

 






 8月。

 生温い風が吹き、夜空に暗雲が覆った。

 月光は途絶え、闇に全体を落とす森の中で、惨劇は起こる。


 彼等にとっては取るに足らなかった日常が。

 いつも通り暴れ、奪い、殺し、狂喜するそんな毎日が。



 突如現れた歪な剣戟によって、その赤く呪われた幕を降ろそうとしている。


「相手はガキだ! さっさと殺せ!」


「囲め! 串刺しにしろ!」


 複数の野太い罵声が、1人の少女に向けられる。

 凛とした目付きに、亜麻色の長髪。

 露出を多めにしたドレスのような蒼鎧を身にまとう女剣士だ。

 当世具足の草鞋が、強く地面を踏みしめる。


 少女の目は氷のように冷淡で、炎のように殺気が満ちては、瞳の奥で揺れていた。


「串刺し? そんなんじゃ全然足らないわ」


 身体つきは平坦でありながらも、鍛錬を重ねた者のみが持つ無駄のない肉質。

 手にはべっとりと血でぬらついた、極東の島国造りの剣『倭刀』を持ち、色白の肌に殺気をおびさせる可憐な少女だ。

 

 時折吹きすさぶ風が刀身を撫で、切っ先が風を切るとなんとも不気味な音が小さく響いてく。

 それは暗い夜の森と男達の間に慄然たる感情を充満させた。


「異能、使えるんでしょ? 使ったら? 使わずに死ぬなんてカッコ悪い死に方、したくないでしょ?」


 くつくつと挑発する。

 その笑みに人間的な要素は見られない。


 青眼に構えた刀身に、地に飛び散った鮮血の海が映る。

 それそのものが未来の暗示だというように。


 だが、それが男達に少女に立ち向かう意志を宿らせた。

 負けてたまるか! と


「調子に乗りやがって……。この俺の"神託"を甘く見るなよ」


 この集団の親玉と思しき男が前に出て、掌に力を練る。


「で、でた! 親分の炎の能力!」


「あの炎から逃れられた奴はいねぇ」


 子分達の声に活気が戻る。

 男は自らの操る炎の中で不敵な笑みを零していた。

 自分の力によほどの自信があるのだろう。

 子分達もそれを知った上で、男に喝采を浴びせている。

 どうやら、あれが彼等の切り札のようだ。


「……ふふ、炎は嫌いじゃないわ。ブッタ斬り甲斐がありそうだもの」


 少女は物怖じするどころか、武者震いと恍惚な笑みを浮かべる。

 その姿に、男は表情を変えてひどく気味悪がった。


「気色の悪ぃガキだ……死ねッ!」


 炎の高波が木々を巻き込み、少女に襲い掛かる。

 地を焼き焦がし、男ははばかるモノをすべて消し炭に変えようとした。

 距離にして50m。

 大地すら炭に変わり果てた景色に、男と子分は高笑いをする。


「ふん、バカな小娘だ。非異能者の分際でこの"劫火のシュベリアーノ"とその一家に盾突こうたぁ」


「まったくでさ。ま、見た目可愛かったから連れ込んでたっぷり味わいたかったけど、しゃーねぇか」


「バカ、あんな貧相なのがいいのか? この前捕まえた魔術師の女の方がデカくていいだろ」


「そうそう。……ま、あの小娘、足は良かったけどよぉ。太ももとか」


「でも胸がな……」


「あぁ、胸がな……」


「うん、胸が」


「テメェ等いつまでもしゃべりたくってんじゃねぇ。引き上げるぞ」


 シュベリアーノの号令と共に踵を返した直後。

 彼等にとっての悪夢が降臨する。

 決して信じたくない、現実の過酷さを。


「……テメェ、どうして?」


「あ、ありえねぇ……まさか、躱したってのか!」


 月を遮っていた雲はいつしか消え、月光と共に現れる。

 彼等の視線の先にいたのは、先程の少女だった。

 蒼鎧には先ほどの子分連中を斬った際の返り血が、まだ乾いていない状態でぬらついている。


 彼女からは異能者特有のエネルギーは感じない。

 つまり、己の身体能力のみで、あの規模の異能を躱したのだ。


「なぜ生きているんだ、とか……どうやって躱したとか、そんな細かいことはどうでもいい……」


 ドスのきいた低い声が少女の口から洩れる。

 その一言一句に、先ほど以上の殺意が込められていた。

 思わず1歩退いてしまうほどの圧力を感じたシュベリアーノ達は、少女のあることに気づく。


「アンタ等みたいな、女の身体ばっかり見る猿共がいるから……ッ! 女の身体を当然のように貪る奴がいるから……ッ!!」


「て、テメェ、なにを言ってやがる」


 だが、少女は聞く耳を持っていない。

 今までの余裕の態度が嘘のようだ。 

 幽鬼の如くにじり寄りながら、怒りを増長させていく。


「アタシはね……アンタ等みたいなのを見ると、斬りたくてたまらなくなるの」


 刀を持つ手に力が入る。

 左足を前にして、体を落とし、弧を描くように右八相に構える。

 

「あの構え……まさか……ッ!」


「あぁ、間違いない。あれはアレクサンド新陰流の構えの1つ、『虎伏』だ」


「……奴が……、"神託斬りのイリス"」


 虎伏の構えのままシュベリアーノ達を睨みつける少女。

 その名も、『イリス・バージニア』


 16歳になったばかりであるが、極東より伝わった『富士見新陰流』

 その内の剣術や柔術といった技術が独自の進化を遂げた流派、『アレクサンド新陰流』の遣い手でもある。

 


 神託斬りの異名を説明するには、まず、神託を説明せねばならない。

 神託とは、いわば超能力の部類に該当する力のことである。

 神に託された力、という意味を込めて、神託能力と呼ぶことも。

 その力を扱う者を一般的に、『神託者』と呼ぶ。


 彼女は、その神託者を何人も斬り捨てている。

 そのどれもが男であり、目の前のシュベリアーノ一家のような乱暴者、無法者もいれば、騎士や聖職者といった秩序に属する者もいた。

 多岐にいたる者を今までに斬ってきたのだ。

 一見はただの少女剣士であり、異能の力も持っていないとなれば多くの者は歯牙にもかけない。

 だが、ひとたびその倭刀を引き抜けば、どんな異能の遣い手も血の海に沈めることが出来る。

 結果、付いた仇名が『神託斬りのイリス』。


「お前等は……殺すッ!」


 その立ち位置から、韋駄天の速さでシュベリアーノ達の懐に突っ込む。

 刹那、夜闇に浮かんだのは、水面に浮かべた錦帯のような剣閃。

 鋭い光は男共の身体を、次々すり抜け、続けざまに血飛沫をあげさせた。


「がふっ!」


「ぎゃっ!」


 正確無比な剣の軌道は容赦なく彼等の命を刈り取った。

 惨めな叫び声を上げながら、あっけなくバタバタと地に倒れ伏す。

 先程の威勢の良さすら最早夢の跡。

 彼等は皆、恐ろしいなにかを目の当たりにしたかのように恐怖と驚愕の顔で血を噴き出しながらこの世を去った。

 その様を見届けながら、血振りをして、丁寧な動作でゆっくりと納刀。

 人を斬ることに迷いはないが、血に濡れながら考えることは、いつも《空虚》だった。

 

「まだ、足りない……」


 そこに懺悔の念はなく、せめてもの供養の意思もない。

 自分に言い聞かせるように目を細める。

 これはいつもやる儀式のようなものだ。

 こうして自分の目的を見失わないようにしている。


 ――――――『男性神託者をこの世から葬り去る』

 この、途方もない目的の為に。

 愛刀である『倭刀・無銘』でこの不可能に近い高みにどこまで挑めるか。

 幾重にも重なる死体ホトケと血の海を見渡しても、その答えが出ることはまだない。


「……さて、そろそろずらかりますか」


 イリスは立ち去ろうと踵を返した瞬間、何度も味わったことのある気配を前方から感じ取った。

 神託者だ、それも男。

 切り替えたはずの気分が、また鬱屈としたものになった。


 彼女は納めたばかりの刀の柄に手を添え、左親指で鯉口を切る。

 見開いた目でしっかりと目標を確認。

 月が出ているおかげで、輪郭がはっきりした。


「……先を越されたか。私としたことが出遅れるとは」


 声の主が、イリスからは4.5m離れたところでで立ち止まる。

 赤と黒で彩られた貴族服をまとった、長身で黒い髪の青年だ。

 左目には刀傷らしき跡があり、唇は紫化粧で染めていた。


 こちらが刀を抜こうとしているにも関わらず、なにひとつ物怖じしない。

 明らかに離れしているその青年からは、自分とはまた違う闘志の念を感じた。

 威厳あるその容姿から、タダ者ではないことがわかる。

 

「賞金稼ぎ、ではなさそうだな。私怨を以て剣を振るう辻斬り、といったところか?」


「んー、割と正解。人を見る目はありそうじゃん、アンタ」


 どうもありがとう、と仰々しく礼をする男。

 だが、その中の一瞬の隙すらも、イリスには見出すことが出来なかった。

 ――――この男もまたどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか?

 ふとそんなことを考えたが、詮無きことと切り捨てた。


「で、どうする。……その刀で、この私を斬るのか?」


「斬る。男の神託者は生かさない」


「即断だな。内容は兎も角、瞬時に判断が下せる人間は好ましいぞ?」


 青年は態度を崩さない。

 それどころか、イリスの発言が彼に熱を与えたようだ。

 青年の瞳に溢れんばかりの闘争心が眼光として宿る。


「君が相手なら……我が『Missing-F』を大いに振るうことが出来るだろう。大抵の者はすぐに倒れてしまうからね」


 『Missing-F』とは、彼の神託能力の名称だろう。

 名前からはどんなチカラかは察せないが、別段気にもならない。

 神託能力の名称は、妙な名前なことが多いのだ。

 氷の能力なのに炎のような熱血極まりない名前が付けられていたり、やたらめったら長い名称がついていたりと。

 そんなのはいつものことであり、なにより、斬ってしまえばすぐに忘れる。

 

「後悔しないことね」


 高い身体能力を持つイリスにとって、この距離は余裕の射程範囲内。

 むしろ目に映るならそこは彼女にとって十分な間合いとなる。

 それほどまでに神速はやく、それほどまでに強力つよい。

 

 納刀し居合の構えをとる。

 そのまま体を低く、低く、さらに低くする。

 アレクサンド新陰流抜刀術『威天の位』といわれる構えだ。


「では、始めよう。名も知らぬ自由の君、私を失望させないでくれ」


「そっちこそ、名も知らぬ貴族様」


 出会って間もない2人の、決戦の火蓋が、今、切られる。


 

 



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