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D壊の英雄  作者: 闇薙
第一章 宿命加速のドラゴンソウル
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 瑞葵の宣言と同時に紫電が収まっている。嘘のように音は掻き消えている。


 とは言え気を抜けるはずもない。


 紫電が消えたという事はすなわち、可視化していた魔力が消費されたことと同義であり、魔法の発動を意味する。


 美しい煌びやかな焔が生まれた。その焔は優しく和仁を呑みこまんと向かってきている。


 その焔は業火と呼ばれるべき地獄の炎だ。この世の炎ならざる神話の火。人なんぞ容易く燃やし尽くすだろう地獄の炎。唐突に表れたその炎に臆することなく、和仁は全身に力を込める。そして、そのまま炎の中を突っ切った。


 肉体を炎が焼く。


 あまりにも無謀なその突撃は、放った瑞葵をして眼を細める行為だった。正気とは思えない突撃をではあるが、しかしそれをして和仁は生きていた。


 全身は焼かれている。炎の中に取り込まれ、普通なら即死の状況下にあってなお、彼は足を止めなかった。焼かれることを覚悟して、単純明快に瑞葵までの最短距離を疾駆する。



『止まれ』



 炎の中を突っ切った彼に対して瑞葵は呪言を発した。


 言葉の意味を強化し言霊と化し、精神に直接働きかける魔術。人の精神に干渉する魔術をただの一言で用いた瑞葵の魔力、技量の高さは筆舌に尽くしがたい。まさしくもって人外の技である。


 だが、その人外の技を用いてなお、和仁の疾駆は止まらない。


 精神に直接干渉する魔術。


 それは正しく和仁の精神に作用した。そこに間違いはない。そもそも魔法使いでもなんでもない和仁が現状の瑞葵の魔術に逆らうことなど不可能だ。にもかかわらず、和仁は止まらない。止まるはずが無い。


 何せ和仁は既に自分自身の精神的束縛(リミッター)を外している。破滅への疾走を是とした、狂人に等しい精神状態だ。そこに止まるという行為などありはしない。いかなる停止命令であろうとも、彼を止めるに値せず、ただ愚直なまでに瑞葵に向かう。



「クハハハ……なら、これはどうだ」



「そんなふうに、あいつの声で笑うんじゃない!!」


 止まれ、留まれ、停まれ。


 和仁の脳裏にガンガンと響く声。絶対者からの命令として、本能が従いそうになる声。鈴の音がごとく可憐な声はまさしくもって瑞葵のもの。しかし、そこに含まれる意思は矮小な人の身である彼をあっさりと呑み込もうとする。


 その声は意識を操り、肉体そのものを操り、感情を操り、時間を止めて、空間を固定し、運命さえも湾曲させて、瑞葵は和仁を停止させようとさせる魔法だ。その全てが最早失われた魔法であり、その全てが、神話の時代にしか残らぬ奇跡の業。


 だが、幾千もの奇跡を叩きつけられても、和仁が止まるという事は無い。全ての魔法を意志と覚悟を持って押し通す。


 魔法が世界を変容させる奇跡なら、彼が治めた武術は自身を変容させた軌跡である。過去に積み上げた修練は今を変えただけでは打ち消せず、確固たる事実として、彼の背を後押しする。


「双地絶衝……」


 抜いた。彼が鍛え上げた殺しの牙。


 魔力の枷を、あらゆる場所より迫り来る結界を、彼の道を閉ざす檻を完全に抜け去って、完璧なるタイミングで、和仁は瑞葵の前に躍り出た。


 タイミングは間違いなく必殺だ。だが、それをあえて受けるほど、瑞葵も酔狂ではない。



「受けねぇよ」



 瑞葵が右手で和仁をなぎ払った。


 直撃。


 切断。同体で二つになる和仁。


 そして、うっすらと消えてゆく和仁。


 それはいわゆる分身の術だ。


 過剰放出された闘気による視界の幻惑。和仁の技量、殺意によってその幻惑は真に入る。右手をなぎ払った事による隙。一瞬彼を見失った事による驚愕。そのタイミングを和仁は逃さない。



「陽炎結び」



 視界幻惑より放たれるのは首撥ねの一撃だ。


 正面よりの突撃と見せかけた背後よりの打突は意識と認識をずらす。


 故に視界を確保している限りは防げない魔性の秘拳。


 まさしく必殺の一撃で、だからこそ防がれた事によって、和仁はほんの一瞬我を忘れてしまった。


 防いだ。止められた。停止していた。そこに瑞葵の意図があったかどうかはわからないが、彼女は完璧に防いでいた。防いだのは瑞葵の髪だ。金色に輝く腰までかかる長髪が、彼女の背中を覆っている。それに和仁の拳は止められた。本来ならそんな物に止められるような一撃ではなかった。そもそも彼の打撃は鉄板すら貫通するほどの威力を誇る。髪程度に止められるはずはない。


 しかし、今の瑞葵は最早人ではなく、その髪の強度も鉄では比較に値しないほどの強度を持っている。……否、持たされていると言った方が正しいのか。少なくとも、彼の一撃は致命たる一撃を与えられずそこで停止していた。


 血が、拳より噴き出た。


 拳の強度が瑞葵の髪の強度に敗北した証。


 砕けた指の骨が皮を突き破り、表へ出てきている。


 ザワリと、髪がうごめく。


 美しい、彼女の髪の毛が、右腕に絡みつく。


 鉄を上回る強度に加え柔らかさも併せ持つその髪は、それだけで、十分に凶器として成り立っている。切断は不可能。よって、右手を捩じりながら引き戻すことで、どうにかこうにか髪の毛の拘束から逃れる。



 瑞葵がステップでも決めるかのように向き直る。


 それによって流された髪の毛は、和仁にいくつかの傷をつけた。


 ステップの勢いそのままに拳が放たれる。


 風切り音を耳元で聞き流してその右腕を左手で取り、へし折るために掌底を放つ。


 ねじ込むような掌底は、瑞葵の関節部に直撃した。



「ぐぅ……」



 だが、漏れ出たうめき声は和仁の物だった。


 砕かれた右手では、人外の強度を誇る瑞葵の左腕を破壊することはできず、それどころか、和仁の右手にさらなる負荷を加えただけだったらしい。


 そのまま瑞葵は掴まれたままの右腕を無造作に払った。当然、和仁は振り回され、壁に再度叩きつけられた。再び距離が開く。それどころか、今度は和仁は立ち上がってすらいない。立ち上がれない。


 その好機を瑞葵は笑みを浮かべながら悠々と見逃した。


 それどころか、優しげに彼に向かって言葉を紡ぐ。



「後二分といったところだ。宿敵」


「……あ?」


「それで、俺はようやく俺になれる」


「意味が、わからないなっ!!」



 理解できぬ言葉を振り切って再び和仁は飛び込んだ。


 最早和仁に勝ち目は見えていない。


 肉体は既にボロボロで、右手はほとんど感覚が無い。気を抜けば膝は笑うし、気を抜かなくても意識は飛びそうだ。それでも、そう、それでも悪寒に突き動かされて、和仁は再び突撃する。



「クハハ。聞きたくないのは解るがな宿敵、相手の状態を理解しておくというのも大切だぞ?」



 そんな和仁の決死の突撃を、瑞葵は笑いながら受け止める。言葉を発しているわずかの間に十二回、言い終る刹那にはさらに三度追加された連撃は。その悉くが瑞葵に直撃し、そして意味を成していない。その全てが人体急所を直撃しているはずなのに、その全てで彼女の動きはおろか言葉すら止める事が出来ていない。



「急げよ宿敵。後一分半で、俺の身体は俺の身体として新生する。……いや、完成すると言った方が正しいか。打撃が効かなくなってきているだろう? それはそれが理由だ。人の衣を脱ぎ捨てて、俺は、俺へと完成する。その意味を理解できぬほど、愚鈍では在るまい?」



 問いに答え返すことなく、和仁は連撃の速度をさらに上げた。


 部屋の床を踏み砕くほどに加速して、打撃音は一合のたびにボロボロになってなお豪奢なシャンデリアを揺らす程。


 なのに止まらない。


 彼女の言葉を止めることはできない。


 彼女に意識を向けさせることすら、最早難しい。


 急げ。と、心は急かす。


 速く。と、意識は更に焦燥する。


 その焦る意識する置き去りに、肉体は限界に等しい境界すら意識に挙げることなく超越する。それでも



「さあ、死んでしまうぞ宿敵。お前が好いた少女が。お前が愛した少女が。お前を愛した少女が。俺が新生するということはそういうことだ。それを知って出し惜しむか?」



 挑発の言葉だと解っている。


 だが、同時に瑞葵の言葉に嘘はない。


 長年友として過ごした仲だ。声音で嘘かどうかくらいはっきりと解る。そう、例え中身が違っていても。



「双天絶衝・奥伝」


「はは、そうだ。そうでなくてはな。急げ急げ宿敵。後一分を切ったぞ」


 故に切るのは切り札だ。


 その札を切ることを彼に躊躇わせた理由は単純明快。


 だが、その故すら押し切って和仁は息を吐く。



「さあ、存分に挑めよ宿敵。成す事を成して俺を楽しませよ。褒美に滅びをくれてやろう」


「死傷万象」



 奥伝発生。


 同時に和仁の姿が掻き消える。


 現れたのは僅かに六徳の単位。四方より同時に拳を瑞葵に向かって解き放った。


 そしてその全てが異なる震動を瑞葵に中へと収束する。


 切断、衝撃、摩擦、断裂。


 四種四用の衝撃波が、瑞葵の体内、心臓にて炸裂し、同時に、二つの鈍い音が響いた。


 肉が潰れる音と同時に、骨の砕ける音。


 肉が潰れた音は瑞葵より、骨が砕けた音は和仁より。


 肉が潰れた音は言うまでもなく、瑞葵の心臓がぐちゃぐちゃに潰された音であり、骨の砕けた音は、和仁の全身の骨が砕けた音だった。



「……カハハ。成程。良い威力だったぜ宿敵。その代価はともかく、今の一撃は完璧だった。まさか、俺の芯を穿つとは思ってもいなかった」



 大地に這いつくばる和仁と、その姿に惜しみない称賛を与える瑞葵。


 その姿は、心臓を穿たれたとは思えないほどに生気に溢れている。



「だが、残念だったな。俺は心臓を砕かれた程度じゃ死なないんだよ。これが。砕くんだったら、頭蓋だった。宿主の最後の意識、それごと俺の頭蓋を砕かれていたら、未だ生まれ落ちていない俺は生まれてこれなかった。運が無かった。いや、女の顔を殴れなかったお前の弱さか」



 それに和仁は何も言葉を返せない。


 奥伝を用いた事による衰弱状態は必然だ。奥伝がまさしく、彼の全精気を用いた大技であるためだ。奥伝を授かって数時間。再現したこと自体奇跡に等しい。故に、体が動かないことは至極当然の対価。


 だけど、体は立ち上がろうと無駄なあがきを続ける。


 頭は、それを既に不可能だと断じている。最早、指一本動かせない。



「残念だが時間切れだ。俺は今まさに新生した。肉の全てを俺の物へと書き換えた。これが、俺の身体だほら、良く見てみろ」


 そう言って、瑞葵の身体で瑞葵を乗っ取った何者かは、和仁の顎をつかんで彼女の方を向けさせた。ニヤニヤとした笑みが眼に映る。金髪蒼眼、見惚れるほどの美貌をもった少女の姿は見慣れたものと大差ない。なのに、和仁の眼にはうっすらと涙が浮かぶ。



「ハハハ。じゃあな宿敵。時が整った時再び俺を殺しに来い」



 言葉と同時に瑞葵の身体を奪った何者かは和仁を片手で釣り上げた。


 そして、じわじわと力を込めていく。


 ゴキリ。と鈍い音が響くと同時に和仁は遂に意識を失った。



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