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D壊の英雄  作者: 闇薙
第一章 宿命加速のドラゴンソウル
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第四話です。

基本的にこのお話が完結するまでは、毎日18時頃に投稿しますので、よろしくお願いします。



 千の悪業。


 千の欲望。


 その二つ混じり繰る者。千法の支配者。


 英雄に封じられし魔性、時を経て輪廻の輪より解かれたり。


 生を殺そう。それこそが、我が存在理由なればこそ……





 悪逆の歌が聞こえる。


 歌というよりも音の連なりと言った方がおそらくは正しい。


 死を讃美し、生を貶め、悪を肯定し、正義を嗤う歌。


 悪の歌。悪罪の歌。悪逆の歌。


 それは、死への賛歌であり、同時に悪への賛歌でもある。


 流麗な声で、妖艶なまでに毒々しく、世界を腐敗させていく歌。


 耳慣れた声の歌。


 それを一秒たりとも聞いていたくないという殺意によって、彼女の部屋の扉を無理やりにこじ開けた。



「……おい、何だよそれ」



 そう言いながら和仁は即座に構えた。右手を大きく突き出し、左手は腰もとに備える攻防一体の構え。対する眼の前の瑞葵は徒手空拳にて構える事もなく、ただその場でたたずんでいる。


 全身を甲冑のような何かで覆いながら。


 兜はない。だが、肘、胸、膝を覆う輝きは並大抵の防具でないことを示し、腹部、頭部を守っていないのは、防具によって視界と動きが阻害される事を嫌ったもの。その選択は、自身の戦闘技能に対する絶対の自信が垣間見える。


 一方で、疑問に思うのは瑞葵にそれほどの腕があったのかという事だが……


 その疑問に答えを返すかのように、瑞希の身体が沈み込む。


 その動きで踏み込んだと和仁が感じ取る。首元を手刀がなぎ払った。その一撃を、首をそらして回避する。だが、風圧で肉が削り取られた。そして何より体勢が悪い。先の一撃とは違う、もう片方の腕より繰り出される手刀。その一撃を、そらした体勢のままで膝を用いて受け止める。


 ギシリと、致命的な音が聞こえ、金属音と肉の潰れる音が湿り気を帯びた。



「が……ぎぃぃ……」



 痛みをこらえて、そのまま弾き返す。


 瑞葵の体重と比した時、和仁の体重の方がはるかに重い。


 ならば、弾き返した際に吹き飛ぶのは瑞葵の方でなければならないはずだ。しかし、その常識はあっさりと覆され、遥かに体重で勝る和仁が吹き飛ばされた。


 弾き返したのに吹き飛ばされているという理不尽。手刀を膝を用いて受け止めたというにも関わらずダメージを受けたという理不尽。相手の技量自体はたいしたことはない。数合の交錯でそう見抜きはしても、和仁の不利に変化はない。


 吹き飛ばされた事を利用して距離をとる。


 距離をとることなど気休めにすぎないが、それでも気休め程度にはなる。


 構えは変わらず、ただ先ほどよりも遥かに警戒心を高めて、和仁は瑞葵と相対する。


 問題は三つ。


 一つ目は瑞葵の尋常ではない身体能力。


 二つ目は瑞葵を全力で殴れるかどうか。


 三つ目は……



「ガチで怖い。震えが止まる気配が無い」



 歯がかみ合わないほどに震えが奔る。


 無言の相手。見知った相手。だというのに得体が知れない。


 そんな和仁の心中を見抜いたように、呼気整えず、闘気すらまるで発さず、機械仕掛けのように唐突に、瑞葵は再び動いた。


 彼女から放たれたのは単純明快な右ストレート。


 駆け引きも減ったくれもない。ただ単純に押しつぶすだけの一撃。


 なのに、そのキレは達人のそれに匹敵する。その上込められた威力は人外の範疇に存在する。故に受けること叶わず。和仁はその一撃を全霊を持って回避する。


 かわしきった後の瑞葵は隙を晒しきっている。


 その瞬間こそ、和仁の好機。


 双掌重ね、触れるがごとく柔らかく。全身の捻じれを用いて、全霊を持って貫き穿つ。


 破砕音が周囲に響く。衝撃波が周囲に広がった。


 それは、彼が学びとった技。その結晶だった。


 人知の及び得る限り最高位に高められた技は最早それだけで芸術のようで、見る者すべてを感嘆させるほどの美を孕む。そう、まともな感性であれば……


 だが、残念なことに瑞葵に最早そのような感性が残っていないらしい。人間技能の極致に存在する技を受けてなお、まるで堪えた様子を見せず、そのまま腕を真横に振り払った。


 無造作に、ただ無造作に。


 それだけで、和仁はボールのようにはじけ飛ぶ。


 空を飛んで壁に直撃する。


 腕が直撃する瞬間、ギリギリで後ろに飛ぶことが叶ったとはいえ、そもそもの一撃自体人間が耐えられるような生ぬるい物ではない。そんな一撃を、自ら飛ぶことで大幅に威力を減衰させたとはいえ、受け食らった和仁は当然のように血反吐をぶちまけた。アバラが内蔵にでも突き刺さったか。


 それでも立ち上がる。そして構えをとる。


 手は震えている。目はかすんできている。だが未だ生き残るという意思は折れず、追撃に備え再び構えをとる。


 だが、予想していた追撃はなかった。


 追撃はなかったが、予想していなかった変化が、瑞葵に訪れていた。


 右手、左手。


 今まで人間の形をしていたそれが、異形の物へと変質していく。


 バキバキと耳障りな音、ゴキゴキと何か砕けるような音。ギシギシと何かが軋むような音。耳に障る不快音の三重奏。その音が示す変化は劇的だ。


 肉体が変質し、何か別の物へと変化するその瞬間。


 気持ちが悪い、気分が悪い。何より、許せない。


 愛していた少女がいた。今だって大好きだ。命だってかけられる。少女の全てを肯定すると、彼は既に決めている。なのに、眼の前で肯定した全てが、無様であるといわんばかりに辱められ、砕かれ、壊され、犯されていく。


 彼女が鎧のような何かを身に纏っていた理由を、今悟る。



「付けたんじゃなくて生み出したってか……」



 自分でも驚くほどに冷徹な声が出た。


 修行中においてさえ、これほど冷静になった事が無いほどに意識は冷静だ。自分でも怖いくらいに冷め切って、吐く息さえ冷気を含んでいるのではないかと思わせる程。なのに、憤怒の激情は和仁の胸を焦がす。呼気を焦がす、大気を焦がす、決意となってこの身を焼き焦がす。


 そして再び一歩を踏み出す為の熱となって彼の身を駆け巡った。


 そんな和仁に対し、瑞葵は優雅さすら感じさせる仕草で、小手と一体化した腕を振るう。振るわれると同時にその先から爪がのびた。薙ぎ払うように横薙ぎにされたそれは、部屋を真横に切り分けながら迫ってくる。


 地を這うかのような歩行術で回避。


 背後に回り込むように歩を詰めた。


 両手合わせて十本。その爪が、こちらを向くたびに致死に至る爪が伸び、迫り、部屋を切り裂き、穴を穿っていく。振るえばあらゆる物を切り刻む剣に等しく、向けるだけでその指先は魔槍に等しい威力を持って和仁に迫った。


 それを和仁は回避していく。


 一度たりとも触れることなく、一度たりとも受け流すことなく、見切りのみをもって全てを回避しつくして見せる。心揺れぬ戦いの在り方が、和仁の武威を高めている。これほどの集中力。生涯の中でも稀に見る類のものだと、加速した思考の隅で思う。


 距離を削る。


 魂を削るかのような攻防の果てに、その代価として距離を詰めていく。


 部屋は既にボロボロだ。


 結界により世界が通常空間より隔絶しているからこそ、崩壊していないがその一歩手前であることは見てとれる。


 故に時間が無い。


 瑞葵が未だこの部屋から動いていないのはそれが理由だ。


 彼女の父が築いた結界は、彼の思惑通り、彼女の動きを封じ込めている。


 その結界も部屋が無くなってしまえば意味を失う。


 瑞葵を殺す必滅術式を削り取ったのは和仁だ。そうであるがために彼には彼女を打倒する義務がある。このまま、今の彼女を外へ出すことはできない。彼女が身に纏う不吉さ、死の匂いそれほどまでに濃厚で、目を逸らすことさえ許してはくれない。


 瑞葵が右手を握りこんだ。


 その動きに合わせて刃の様な爪が和仁を閉じ込めるように迫りくる。


 握る動きに連動したその攻撃はまさしく一瞬にの間にて行われる惨殺撃。


 鳥かごに閉じ込められたかのように五方より刃が和仁を包み込む。彼に向けられた彼女の右手が部屋ごと握りつぶすように。


 その一撃を和仁はさらに踏み込みの速度を上げることで対応した。


 右手を握りこむ動作よりもさらに速く、瑞葵の懐へと潜り込む。


 その和仁がもぐりこんだ動作に合わせるように、瑞葵は左手の爪を振るった。


 首元に爪が迫る。


 その首狩りの一撃は死神の鎌に似て、故にその攻撃をかわすことを許さない。


 だが、和仁はその一撃を見てすらいない。見ているのはたった一か所。彼女の瞳のみを見つめ続けている。



「双天絶衝……」



 首狩りの鎌が迫る。首筋に触れる。首を切り落とす。


 そのわずかな間に、和仁は両の掌を瑞葵の腹部に置いた。


 低い体温を感じ取る。白雪にも似た彼女の肌に紅く、血化粧が施された。



「夜砕」



 和仁の技が炸裂した。


 鎧が在ろうとなかろうと関係なく。瑞葵の腹部に凄絶な衝撃が貫き奔る。


 首切りの爪撃は事を成す前に中断され和仁から引き剥がされる。部屋の中央に陣取っていた瑞希は、はじめて自らの意志ではなく、和仁の攻撃によって弾き飛ばされた。


 壁に叩きつけられる。同時に壁にひびが入って砕け散る。


 瑞葵の瞳に僅かに意志が戻り、再び掻き消える。


 夜砕。


 悪邪を祓う、破魔の拳撃。夜を砕いて日を呼び戻す。という意味を込められた一撃は、吸血鬼としての肉体を持つ彼女にとって、天敵になり得る一撃だ。それこそ、人外であっても、むしろ人外であってこそ、その一撃に耐えることはできない。


 そういう一撃であったはずだった。


 だが、彼女はダメージを感じさせない動きで再び立ち上がった。


 重圧はさらに強まっていく。


 魔力と呼ばれるエネルギーがさらに強まっていく。


 不意に、瑞葵が口元を緩めた。


「中々やるじゃないか」


「……何?」


「この俺を感心させるなんて、てめぇ、誇っていいぜ」


 彼女の声で、らしくない男口調で瑞葵はそう笑った。その姿に、警戒心だけが強くなる。一切の構えを解くことなく、極限領域にまで高まった集中力そのままに彼女と対峙する。問う事はたったひとつ。



「お前、何者だ?」


「何者ってことはないだろう宿敵」


「宿敵? お前は何を言っているんだ?」


「……はは。そうか。気がつかないのか、気付かない振りをしているのかわからんが、今回は俺の好機らしい」


 その言葉と同時に、大気に紫電が奔った。


 高められた魔力が、純粋なエネルギーとして視認できるほどに高まっている証だ。


 その事を和仁は知らない。魔力という物についての認識が無く、また知識もないためだ。だが、その超常現象が瑞葵によって引き出されていると言う事だけは理解できる。だからこそ、決して警戒を解きはしない。


 高ぶった緊張感。研ぎ澄まされた感覚、五感全てで瑞葵の出方を窺っている。



「さて、相食もうか宿敵。宿主を返して欲しいのだろう? ならば精々足掻いて挑め。これより記されぬ神話の先へと俺は行く。そのために、お前は邪魔だ」





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