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D壊の英雄  作者: 闇薙
第六章 愛欲滅裂のドラゴンズリターン
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 誰かが抱く思いも、誰かが抱く感慨も彼女にとってはすべてが無為な事柄だった。


 無論、彼女にも言い分はある。


 目の前の事と比べれば、あらゆる事柄が無為に堕ちるのは仕方のない事だろうと、欠片の理性でも残っていれば抗弁しただろうが、しかしながらそんな理性を残させてくれるほど甘い誘惑ではなかったのだ。


 生まれてきてこの方、叶うことなどなかった、叶うなどと空想に抱くことさえ許されなかった、焦がれ続けた夢の結実。本来なら抱くまでも無いはずの当たり前の事柄が当たり前のように叶うというその幸福感に包まれるままに、彼女は自身の肉体を更に酷使する。


 肉が裂け、骨は砕け、血流は乱れ、鼓動は加速し、脳髄は沸騰するかの如く。


 呼吸するだけで世界を壊しうる彼女は、和仁を前に初めて全力を行使した。


 一手触れるだけで、崩れ去るあまりにも脆い世界で、常に全力で手加減し続けてきた彼女のが経験する、初めての全力駆動。大地を砕き、空を切り裂いて、星の慟哭を背景曲として自らの全性能を引き出すという快感に酔いしれる。


 世界は死んでいく。


 星の悲鳴は崩れていく世界の哀れなばかりの抵抗だ。


 物理法則という彼女を前にしては余りにも儚い事象をして抵抗したが、彼女がその身に抱く魔道の真髄に引き裂かれた。あらゆる現象が彼女に膝をつく世界の中で、唯一壊れない男と視線が混じって、興奮が加速する。


 意地悪な男だ。


 酷い男だ。


 許せない程に、とてもひどい男だ。


 そんな風に瑞葵は喜悦の中で、嵐のような悦楽の中で、微睡む様にそう思う。


 なぜなら。



「ああ、和仁。和仁。和仁。和仁」



 うつつの儘に、夢心地の儘に、彼の事を呼ぶ。


 その言葉は呪となって、その言葉に世界は屈して、その言葉だけで彼を殺すに足る事象を巻き起こして、影のように彼に手を伸ばす。


 触れる事叶わじの、純粋無垢な呪いは現世に確固たる形を留めていないにもかかわらず、触れた者全てを殺して、喰らって、その勢いの儘和仁に向かって殺到した。



「瑞葵っ!!」



 応じるは只の呼気だった。


 迫を秘めた、裂帛をもってその呪いの悉くを打ち砕く。


 世界を殺す呪いを相手に自らの意思と鍛え上げた自身の技量の身をもって相対するその様はまさしく英雄で、あまりにも愛おしく、同時に狂おしい程に憎たらしい。



「私の抱擁を拒むんだ」


「死の抱擁を黙って受け入れるつもりは無い。心は奪われたがな、安い男になったつもりは無い」

 言って更なる死地をかける。


 一歩近づくごとに邪気は深く、即ち死の気配は濃密に、呼吸さえ許さない絶殺圏内へ。だが、それで怖気付くつもりはなかった。自身の事を和仁は良く知っている。彼に武芸以外の能はない、そんな彼がこの状況で生き残るには一歩でも前へ踏み込んでいくしかない事を他の誰よりもよく知っている。死を前にして臆病心に触れれば飲まれるほかない。故に愛する彼女を殺してでも生き残る気概を胸に抱く。


 それでも。


 それでも、良い。


 瑞葵は彼の香をかぎ分けながらそう思った。


 一歩間違えれば、一歩噛み合わなければ、肉片さえ残らない。血煙となって消えゆくことを理解しながら、その距離へと逃げることなく詰める和仁の精神の強さに、それを成しえる鍛え上げた技巧に感嘆の息を漏らした。理解はしていたつもりではあったのが、それでも驚愕の念は消えない。


 肉体的には格はおろか次元が違う。


 触れれば死に、触れずとも死ぬ。


 千の拳打を受けて揺るがず、万の砲火を受けて怯まず、人智を超越した果てにある怪物というカテゴリにおける究極。彼女の性能は人が空想した中でも飛び切りだ。そんな相手に己が肉体と、培った技量のみで挑むという無謀は、人の身で災害を打ち砕くことに等しい。


 どだい、無理な話だ。


 だというのに。


 それでもと、諦めきれず。


 その不可能へと挑み続ける有様はまさしくもって彼女が知りぬく、英雄の姿。焦がれてやまない人のカテゴリの究極で、結局二人の対決は宿命に依る。


 それを悲劇とは思わない。


 振り下ろした爪の一撃が大地を割砕く。だがその一撃は掠りもしない。


 その宿命に抱く感慨は喜悦にも似て、誰が手繰った運命か、何が弄った定命の性かは知った事ではなかった。たとえこの場で尽きるとしても、それを良しとして踊り狂う。運命に踊らされていることを理解して、定められた道筋を疾駆していることを悟ってなお、踊るならばどこまでも過激に妖艶に。 


 振るわれた龍尾は天を裂く。その鱗はあらゆる一撃をはじき返す。それほどの凶スペックを誇りながらも距離を完全に詰め切られた結果、じわりじわりと抑え込まれていく感覚が彼女に喜悦をもたらした。全霊を尽くして、それでも届かない領域の味に、彼女の歓喜は爆発する。


 爪を用いた斬撃、刺突、拳を用いた打撃、圧撃、ブレスを用いた、炎撃、氷撃、雷撃、魔力を用いた、魔法、魔弾、呪詛。それらの悉くが和仁には届かない。彼女の全力をして、彼の距離では無力になり果てる。その事がたまらなく彼女を喜ばせた。


 全力を用いて壊せないものがある。


 全力をもって触れられないものがある。


 それはすなわち彼女が愛して、応えてくれる人がいる事の証左に他ならない。




 ------世界とは簡単なものだ。


 彼女にとってそれは揺るぎようのない事実。


 容易く壊れ、容易く手繰れ、容易く見切れるあまりにも底の浅いもの。


 しかし、しかし、しかし。


 目の前の男は壊れない。自らの意思を押し通す事叶わない。それが、それが、それが、そんな当然のことがあまりにも尊く、そして何よりも愛おしい。焦がれた世界の光景に酔いしれる。焦がれた世界の熱に酔う。戦いの熱に、戦いの痛みに、世界の在り方にようやく意義を見出して。


 その光景を初めて美しいと感じた。


 その光景を初めて自らの願いの儘に壊してみたいと思う。


 必死に抗う愛する男の姿に、更なる試練を課してみたくなる。


 そんな自分自身の本性に嫌気が刺して、何より止められず、止める気もない自分に諦観を抱く。それでも、そんな自分でさえも受け入れてくれるだろうという信頼が、彼女に限度を容易く振り切らせる。


 和仁から距離を取った。


 大きく飛びのいて、さらにそこから跳躍した。否、翼をもつ彼女のその行為は跳躍というよりも飛翔だった。事実、空に堕ちるかのよう天空へと墜落していく。地に這いつくばる和仁へ流し目を送りながら、挑発的に自らの距離へ。



「認めましょう。その距離では貴方の方が強いわ和仁」



 高みから瑞葵はそう言った。


 人と龍の合いの子染みた怪物としての本性を全開にしながら、それでも和仁に及ばぬことを瑞葵は認めて見せた。生きているだけで世界の全てを壊してしまう彼女が、強すぎるという事は、ただそれだけで悪徳なのだと示す彼女が、その悪業をしてなお及ばぬ存在がいる事を認めたのだ。


 故に敬意を示す。


 だからこそ、全力をもって彼を打倒することを彼女は選択した。


 自らの全力を打倒して見せてほしいという願いの為に。


 我慢などできない。そしてするはずも無かった。



「だから、私の距離で全霊をもって、私は貴方を殺す。でもきっとあなたは受け入れてくれるのでしょう?」



 浮かぶ笑みは妖艶で、同時にその瞳にはどこまでも膨れあ上がった期待感と、僅かに揺れる不安が見て取れた。


 蒼い瞳。


 縦に裂けた龍の眼。


 圧を撒き、数多の死を届ける怪物の瞳。


 なのに、そこに浮かぶ不安は何処にでもいる少女が抱く物と同じだった。


 恋した人に、愛を伝えた相手に自らの全てをさらけ出して受け入れてもらいたい。


 麗しの顔、流麗たる容貌、垂涎の肢体、神の如き存在の、如何なる悪戯か、それとも美しさも過ぎれば毒となるが故の罪とでもいうのか。可憐でどこまでも美しい妖花。その美しさを手にする代価は、きっと死よりも恐ろしい。だけど……



「……は」



 漏らした声はたった一言。


 もう遅い。


 彼女が予防線を張るまでも無く、その限界点はとっくに乗り越えている。


 彼女のいかなる我が儘も、どんな願いも否定しないとすでに決めている。


 彼女の願いを否定せず、彼女を全てを受け入れながら、彼女の自らの全てを捧げると決めている。


 そして決めたことを曲げないことが、英雄たる男の第一の条件で、同時に和仁はどこまでも英雄的な振る舞いを自然にこなす男だった。


 答えるまでも無い。


 答える意味さえ遠く、遅い。


 その予防線を張るのであるなら出会う前出なければ意味がない。つまり彼女を救いたいと彼が願う事は、覆しようのない事柄だった。


 そしてそれを人は運命と呼ぶのだろう。結局、後からしか知りえぬ在り方を、振り返って初めて気づくその形は後悔にも似て……


 空にて魔法陣を展開する。


 詠唱なく、わずか一動作で魔法を扱う瑞葵らしからぬ行為。


 それはすなわち、彼女の全力の証。


 展開される魔法陣は一瞬で十を数え百を超え、千に満ちる。


 集う魔法陣は立体的に、球形にその形を整えて、自らの名が示すが如くに天に輝く。


 時刻はいつの間にか宵に入る。


 黒煙に覆われた宵闇の中で、天にひと際大きく輝くそれは、まさしく悪の光輪だった。


 光輪。光の輪。悪の中においてひときわ輝く一つの神話における最終形。夜に住まう化物どもさえ恐れおののく、狂気の極み。天に輝くその在り方を、血に染まる月の妖しさにそれを幻視したか。まさしくそれは、天空に妖しく輝く悪業の月だった。


 天より見下ろしながら、輝く魔法陣の中心より、瑞葵は和仁を見下ろして……その光景に既視感を得た。



「阿呆か貴様。……それとも、やはり親子か」


 地上の和仁がそう呟いたのを聞き取って確信する。


 自らの失策に、先に行っていた母との戦いの決着に意識が飛ぶ。



「月砕き、さっき試しておいたのを忘れたかよ」


 その言葉に瑞葵は得心した。成程と納得した。


 あの夜砕。あまりに鮮やかに月を砕いて見せたあの技は、もとより自分自身の為に磨き上げた技だったか。


 それでも、彼女はもはや止まらない。


 砕いて見せるというのならそれも一興。


 そう言わんばかりにその力を縮束させる。


 輝く法則は闇夜を裂きながらも艶めく魔性において、純黒に染まり行く。 輝ける黒い極光なんて、矛盾孕む事象の最果てに破壊の力を指して示した。黒い月が望月へと移り行く。冬の空に輝く漆黒の月。終わり告げる、殲滅の月。


 千の魔法陣を掛け合わせて、それら全てを自らの最大の攻撃における増幅回路として使用するという凄絶。高める対象は当然龍が持つ最大最強の切り札ドラゴンブレス。生命の三分の一を喰らい、そして打倒されたという自身の伝承の極限解釈した、終末の咆撃。


 自らの死覚悟で放たれるそれは、その一撃で世界の生命体の三分の一を喰らいつくす。


 この一撃、放たれれば生命悉く滅び去り、後に残るは屍のみ。


 極光。


 世界を覆ふ。


 地に満ちた生者を滅ぼす、極天の光。


 その一撃を名付けて曰く。



千夜終焉(バルバロス)月落崩光(シャフリヤール)



 大地に堕ちる月が如し。


 月の概念抱いた破滅の光が、天より降り注ぐ。


 それを見て和仁も大地に体を沈めた。彼女の必殺に応じるに足る秘奥をもって相対するために。



「双天絶衝・奥伝。破神夜砕」


 かつて彼女を打ち砕いた奥義。


 神様殺す人の業の果て。


 だが、それでは足りない。


 これでは、彼女を打倒するどころか、彼女の技を相殺することさえ叶わない。


 故に、それを編纂し、編集し、編曲し、組み直す。月ごと彼女を砕くために、月を砕いた経験より、更なる切り札を導き出す。また、使わない技が増える。なんて、そんな益体もない事を思いながら、彼女に捧ぐ切り札をここで抜く。



「双天絶衝・我流天纂」


 放つ一撃はまるで流星のようだった。


 天へ向かって逆巻きにかける、一筋の星は夜の闇を切り裂いて駆ける。


 放たれた一撃は、まるで夜を射抜く一筋の矢のようだった。


 風を裂くが如く、極光を裂いて、瑞葵へと迫る。


 その光景を彼女は一度見ていた。


 見て、そして嫉妬したその光景。母にさえ嫉妬したその人の果て。あまりにも美しく、あまりにも尊い人の種の極み。


 故に陶酔したままで彼女は。



「千夜一矢夜砕」



 その一撃を受けて、そして絶える事さえ叶わず当然のように意識を奪われた。

 

 

 


 

 


 

 

 

遅れてすいません。

次回完結です。

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