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D壊の英雄  作者: 闇薙
第六章 愛欲滅裂のドラゴンズリターン
34/35

この話を含めて、あと三話で一部完結の予定です。


よろしくお願いします。


 その光景を見たときに抱いた感情は嫉妬ではなく、そしてその後に来た喜びの感情をカーミラはとっさに理解できなかった。


 抱くべき感情は後悔のはずだ。


 だというのに目の前の光景を見て、彼女は涙を流していた。


 我が子を救うつもりで救えず、ただ手をこまねいた先に成り果てた邪悪龍。


 母親として、自らの腹を痛めたはずの娘の育て方を間違えた。その答えが完全無欠に示されたというのに、なのに後悔なんて欠片も抱けず、自らに出来なかったことを容易く成した男へ抱くはずの嫉妬さえ抱くに抱けず、溺愛していた娘を奪い去っていく事に対する悪感情さえ欠片も抱けず、持ちえた感情はただただ感謝の念のみだった。


 そんな、怪物にあるまじき感情を持て余す。


 怪物として生まれ、怪物として生き、怪物として永い時を過ごしてきた彼女が、生まれて初めて抱いた感情に、どういう反応を返していいのかさえ分からない。


 あんな娘の姿を彼女は初めて見ていた。


 いかなる存在よりも邪悪を宿しながら、その邪悪の一片さえ見せることなく、ただの少女として、ただの魔法使いとして、ただの怪物になり果てるだけの存在として彼女を仕込んだはずなのに、その仕込み全てが嘘であったかのように彼女の娘は振る舞っていた。


 危機感知能力がそれほど高くはない彼女をして感じ取った死の気配だけで四度。彼女の最愛の人である雄介がかばうように動いた数はがその遥か倍以上であることを鑑みるに、二桁に届きうるほどに瑞葵はカーミラを、そして雄介を殺すために動いたらしい。そしてその悉くを和仁が食い止めた、それが彼女の理解の及ばぬ領域で繰り広げられていた今の状況らしい。


 娘が母を殺す。


 娘が父を殺す。


 それは確かに悪業で、それをあっさりと実行しようとした瑞葵の在り方に、カーミラは僅かな戦慄を、そして自身の事でありながら全く理解できない感情を得た。


 喜びだった。


 そんな感情を抱いた自分自身が理解できない。


 たとえ相手が娘であっても、自分自身が殺されることを肯定できるほど、カーミラは自らの生を無価値としてとらえていないつもりだった。なのに、理解不能な喜びが彼女の頬を緩ませて仕方がない。


 醜悪に、悪辣に、無様に、何よりも邪悪に暴れて吼える自らの娘の醜態に、眉根を潜めることさえなく、自らを殺そうとする行動を含めて、喝采を送りたい気分だった。声援を送りたいような気持だった。その悪業を称えて賛辞を送りたくなるほどに、瑞葵の振る舞いは、一貫的でとてもとても美しい。


 放たれる業火は一切の加減なく。


 大地を、天空を、焼き払って灰へと返す。


 死に濡れた瞳は、劣情に潤むが儘に、愛しき男のみを求め続けてなりふり構わず。


 響く咆哮は世界を揺るがして、その波動だけで生命の命に罅を入れる。


 邪龍ここにありて、邪悪ここに降臨して。その在り方こそ自らの儘だと言わんばかりに誇っている。


 それを、はしたないと親であるのなら言うべきなのだろう。親しか呈せない苦言もある。しかし、この一時だけは、それさえも無粋だった。



「止めないのか、雄介。男親としては怒ってしかるべきだと思うが?」


「意地悪を言わないでくれカーミラ」



 からかうように隣の男にそういえば、雄介は頬を掻いて答えとした。食い入るように見つめながら、どこか気恥し気に視線のやり場に困る彼の姿に、カーミラは男の父性を見出した。どこか寂し気な彼を優しく抱きしめると、どこか困ったような笑みを浮かべて、それでも拒絶はしなかった。



「自分の恥部をさらけ出しながら、もっともっとと強請る娘。はしたないと怒る事を、私は止めないぞ?」


「恋人同士の語らいに、親が口を出す程野暮なことはないだろう。特にあれは、我が儘を滅多に言わない子だった。親としてはありがたくもあり、少し寂しい事でもあったけど、とてもいい子だった」


「ああ、そうだな。こんな風に育つことを恐れて、人並みの枠にはめようとした愚かな母に似つかわしくない程に、あれは賢く、そして聡い子だった。あれの為にと言いながら、結局自分自身のためにしか、あの子を育てなかった事を見抜いていながら、それを否定しなかった。人の枠にはめる。そんな事、そもそも不可能だとわかり切っていたことだったのに」



 後悔を滲ませながらカーミラはそう言って、再び和仁と瑞葵が戦う場所へと視線を向けた。


 屋敷の残骸は既に完全に蒸発し。吹きすさぶ風は灼熱を孕み、人という種の限界点を試すが如く吹き荒れていた。瑞葵より放たれる邪気はそれだけで天を覆い大地を腐していく。ただ生きているだけで、命を刈り取る死の具現。その在り様を堂々と晒しながら、それでも相対する英雄に対して極上の笑みを浮かべていた。


 対する英雄は只の人だ。


 無双の武錬、無窮の肉体、無敗の精神を抱いてなお、只の人であることに変わりなく、そうであるために、相対するだけで命を削られる戦場は、あまりにも彼にとって不利だった。


 だというの、その顔に浮かぶのは笑みだった。どこか諦観を含む、どこまでも優しい笑み。それは、こうなることを理解していながら、それを肯定することを選んだが故の自業自得を知るがための笑みで。そしてそれは同時に、彼ら二人、雄介とカーミラが不可能だと思ってしまった事を、容易く成そうとする男としての笑みだった。



「あれを見て悔しくはないのかい?」



 からかうようにカーミラが再び雄介に聞いた。


 同じ英雄としての器を持つ者として、同じ男として、娘を奪われた父親として、いろんな意味を含ませながら、自らの英雄に、かつて救われたものとして彼女は聞いた。それに対する返答は苦笑に彩られながらも、はっきりと。



「悔しくはない。ただ、寂しさはあるけど、それでも誇らしさの方が大きいさ」


「誇らしさ?」


「確かに僕たちは瑞葵の育て方を間違えた。受け入れることなど不可能だとはなっから決めつけて、あの子の本質を抑える事に腐心した。できもしない事だと、うすうすは気が付いていたけど、それでもそうしなければ、あの子は世界から受け入れられないと、必死に抑え込もうとして……その結果、あの子を殺しかけた。間違いなく、親失格だ……だけど」



 そう言いながら暴れまわる瑞葵を見る。


 視線が合った。


 喜悦に狂った瞳に写り込んだ事で死を覚悟する。


 暴威を己が赴くままに振るうドラゴンと視線が合って、生きているという奇跡に縋るつもりは無い。


 それも覚悟で、娘の行く末を見届けるために彼らはここに立っている。


 ブレスが放たれた。


 龍の肉体より放たれる、純粋無垢なまでの破壊の一撃。


 空を薙ぎ、星を砕く終末の一撃。それを、その前に立ちはだかって軌道を捻じ曲げるなんて言う神業をもって、その龍の前に立つ英雄の姿に、雄介は頬を綻ばせながらカーミラに向けて言った。



「ほら、男を見る目だけは一流だった。教育を間違え、抑制を外し、倫理を植え付ける事さえできなかった僕たちだが……誰を頼ればいいのかだけは間違えさせなかったみたいだ」 



 降り注ぐ黒炎は地獄の顕現に等しく、世界すべてを焼き尽くして尚留まる事を知らず、放たれる爪牙は、空を裂くに飽き足らず、大気に悲鳴を上げさせる。全身凶器。全身これ死そのものの怪物を相手にして、互角以上を繰り広げ、なお笑みを浮かべる青年の姿に雄介は憧憬さえ抱いた。羨ましくもあり、苦み走る嫉妬の情感を噛みしめながらも、何より胸に浮かぶのはあたたかな感情だった。


 安堵感。


 自分たちの愛した娘を、自分たちよりも理解してくれる少年の姿に、二人が抱いた最も大きな感情はそれだった。親失格と断じた二人が抱く間違えようもない親の証。これ以上ない幸福感を二人は幸福感だと理解できないままに享受する。


 確かに二人は娘の育て方を間違えた。


 愛するが故に致命的に間違えたが……その結果は未だ見えない。その結果はこれから出るのだ。


 その瞬間を待ち遠しい様な、それとも未来永劫来てほしくないような、そんな気持ちを瑞葵の両親として二人は感じ取っていた。


 子離れの時は近い。


 きっとどこかで諦めていた時が間近に迫っている。


 それを感じながら雄介はカーミラに向けて笑いかけた。



「これ以上意地を張るのはかっこ悪いよ、カーミラ」


「普通は男親の方が嫌がると思っていたけど?」



 からかった癖に、そんな風に膨れるカーミラ。そんな様子に雄介は笑みを苦笑に変えて、彼女を抱き寄せた。夜の怪物とは思えない程に華奢な体に、変わっていないなんて感慨を抱きながら、再度娘の方へと視線を向けた。


 そんな雄介の態度に、僅か怒ったような態度を見せるが、それを虚勢だとさらりと見破られてたことを、長年の経験から察知して、カーミラは小さく身じろぎすることを抗議として、それ以上の抵抗をやめた。そして、雄介と同じく娘へと視線を向ける。


 夜の大気に冷やされた肉体に、男の体温は良く染みる。彼に染められていく自身に、僅かに頬を染めながら、娘の逢瀬を見物するなんていう、そんな幸せな今の現状に身をゆだねる事を決めて、瞳を細めた。だからだろうか、ゆらりと視線がにじんだ気がした。


 辛くも無く、悲しくも無く、痛くも無いのに。


 なのに溢れそうになる涙を、彼女は理解できなかった。


 それは当然のことだ。


 カーミラ。


 吸血鬼。


 血を吸う鬼。


 鬼の目に浮かぶ涙は何時だって痛みでは流れない。


 鬼の瞳に涙が浮かぶのはいつだって……同族との別れの時のみなのだから。


 そしてその姿は。


 子離れすることに涙を流すその姿は、間違いなく、子を想う親の姿だった。











 閃光が大地を染め上げていく。


 放たれる漆黒の輝きを、その腕をもって掻き散らし。死に触れるが如く、死に憧れるかのように近づいていく様は焔火に誘われる羽虫が如く。さりとて、燃え尽きる愚を犯さず、迫りくる死を踏み越えて、それでも彼女の元へと疾駆する。


 譲れぬものがあった。


 譲れないというよりも、譲りたくないといった方が正確だ。その心情に従ってこんなところまで、死に近づいている。


 吹き荒れる灼熱も、吹き付ける獄炎も全てが全てぬるま湯に及ばない。


 触れれば消し炭になり果てるだろ業火も、触れれば細切れに成りうる爪の輝きも、そんなものでは和仁を止める事は出来ない。その身を突き動かすのはたった一つの衝動だった。誰かに理解してもらうと等と思ったことはない。誰かに褒められたくてやっているわけではない。結局のところ自身の我儘に終着する彼の行動原理はともすれば瑞葵の在り方に似ていた。


 泣いていた少女がいた。


 狭い世界に閉じ込められて。


 狭い世界に身じろぎすら許されぬ在り方を強いられている少女の姿を今でも幻視する。


 呼吸すれば世界が壊れ、身じろぎすれば世界が揺らぎ、見つめれば世界が崩れ落ち行く。


 脆く、儚く、何より弱すぎる世界の中で、ただその世界を壊さないようにと、自らに枷を着け続ける少女の姿に抱いた感情を覚えている。


 気持ちが悪い。


 気味が悪い。


 何より、そんな傲慢な姿に苛立ちが募る。


 泣かせてみたいと思った。


 怖がらせてやりたいと思った。


 世界の脆さにむせび泣く、世間知らずの箱入り娘に世界の広さを見せつけたいと願って、そして世界にはここまで救いようのない存在があるのかと絶望した。


 彼女は間違っている。


 一切合切の全てが間違っていた。


 彼女は何かを見つめるべきではなく、彼女は身じろぎするべきではなく、彼女は呼吸すべきではなく……彼女は、そもそも生まれてくるべきではなかった。


 なんて、そんな結論を正しいと感じてしまった自分自身が何より許せない。


 だから、これは我が儘だ。


 輪廻の以前から囁く声も全て聞こえない振りをして、自らの衝動の儘に彼女の前に立つ事を決めて。


 和仁は決して越えられぬ壁として、彼女が全力を尽くして壊せぬ壁としてあり続ける事を誓ったのだから。




「いくよ、和仁」


「ああ、存分に来い。好きな女の我儘の一つや二つ、笑って受け入れられないで何が男か」



 決着の時は近い。それを感じ取って、それを待ち遠しくおもう。


 だけど、その時が永劫来ない事を二人は小さく願っていた。 





次回の更新は一週間以内くらいの予定で。



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