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D壊の英雄  作者: 闇薙
第一章 宿命加速のドラゴンソウル
3/35



 眼を開ければ満点の星空だった。


 降るような、降り注ぐような夜空に眼を細めると、その夜空を切り取るような師の影が眼に入る。長い黒髪が、夜に降りる帳のように周囲の光を優しく阻む。星の光しか光源となる物が無いのに、その影を自身の師の影と認識できたのは、付き合いの長さ故にか、それとも先ほどまで交わしていた奥義伝承の儀故にか。



「うぉわぁ!?」


「そんな風に飛び起きられるとか、ちょっと心外。傷つく」



 ともかく、悲鳴を上げって飛び上がると、不貞腐れたような声音で夜月はいった。その言葉があまりにも女の子らしくて、少しばかり言葉を失う。



「って、何やってたんですか師匠!?」


「何って、膝枕?」


「なんで!?」


「うん、奥伝を全部受ける事が出来たご褒美」



 道理で軟らかかったはずだ、ってかそういうことやめてください心臓に悪い。ってか星が見えるって今何時なんですか、とかそういったもろもろの質問を全て吐き捨てて和仁は大きく、これ見よがしにため息をついた。


 今日一日でどれだけため息をついているんだと自嘲しながら、どっかりと座りこんで、大地に座り込んでいた夜月と相対する。



「それで、なんで今日なんですか? あいつといい、師匠といい。今日に限ってはおかしいですよ?」


「時が来た」


「はぁ? 何ですかそれ」


「言葉の通りだよ。時が来たんだ」



 そういいながら夜月は立ち上がった。


 それに合わせて立ち上がると、夜月は真っ直ぐに山の頂上付近を指さした。



「ほら、お姫様が待ってる」


「いや、でも……」



 しばらく会えないと言われたそばから会いに行くとういうのはどうなんだ。と、苦笑いを浮かべながら和仁は思った。向こうから連絡してくるのを待つといったのも自分自身だ。



「でも、いかないと手遅れになるよ?」


「手遅れですか?」


「うん。君の宿命がそこで待ってる」


「はあ……」



 要領を得ない夜好きの言葉に首をかしげると、夜月はさっさとその場から立ち去ろうとする。



「ちょ、ちょっと待ってくださいよ師匠」


「ん? 何? 行かないの?」


「いや、行くも何も説明を……」


「……君は、何も感じ取らなかったの?」


「はい? いや、意味がよく解りませんが……」


「いいや、君にはわかっているはずだよカズ。本気で解っていないんだったら、君はただの愚か者だ」



 その言葉に和仁は黙り込んだ。


 夜月の言葉が解らなかったからじゃない。


 むしろその逆。彼女の言葉の意味が痛いほどによくわかるからこそ、和仁は何も言えなかった。


 気の置けない、馴染んだ少女ではあるが、今日みたいに礼儀を失した行為を見たことがなかった。血をねだられたのは初めてではないが、どうにもそれが引っかかっている。まるで、諫められることを望んでいるかのように。



「うん。それでこそ私の弟子。きちんと理解してるようで何よりだ」



 そういって笑顔で夜月は和仁の頭をなでた。


 身長的に和仁の方がかなり大柄のため、少しばかり背伸びして頭をなでている夜月に、和仁の肩の力が少しばかり抜け落ちる。



「止めてくださいよ師匠。恥ずかしいです」


「ふふ。君が子供だった時から私は知ってる。だから、今更恥ずかしがる事もないだろう。全く、すくすくと育っちゃって。簡単に背を抜いて行くんだもん、嫌になっちゃう。子供の成長は早いね」


「そうなんですかね。自分ではよく解りません」


「早いよ。つい最近まで小突かれて泣いていた男の子が、今じゃもう好きな女の子のために全力を尽くそうとしているんだ。君たち、人の生は泣きたくなるほどに早い」


「師匠……」


「だから、もう男の顔をするようになった君へ、最後に一つだけ忠告を上げる。君は、自分が思っている以上に我儘だ。だから、欲しいと思ったものは諦めちゃだめ。我儘であるなら、最後の最後まで我儘であり続けなさい。自分の道は自分で決める。君は、それが出来る強い子だから」



 そう言って夜月は和仁を抱きしめた。


 師ではなく、母親が子にするような抱擁。


 親を知らない和仁にとって夜月は育ての親も同然だが、こんなふうに抱きしめられたのは初めてだった。はじめて抱かれた腕の感触はどこまでも、彼にやさしく、暖かく、安らぎに満ちている。



「君は男の子から、男になったね」



 だが、そのぬくもりを、和仁は少しずつ外していく。


 まわされた腕も、抱きとめていた胸も、首筋に埋められていた顔も、全てを解きほぐすように外して、今度は何もいわず山の頂上を見上げた。その姿を彼の師はとてもにこやかな笑顔で見つめていた。


 星を背景に、今はもう暗くて、遠くて見えない屋敷が脳裏に浮かぶ。


 来るなといわれたのは昼。


 普段ではありえない顔を見た。


 彼女の父親から、塩も送られた。


 そして今、師からも諭され送られている。


 なのに気がつかないなんて、それは嘘だ。


 気がつかない振りをしていた。気がつきたくなかったから。


 嫌われたくなかったから。そしてきっと、嫌いたくなかったから。


 好きな人の綺麗なところだけを見ていたいなんて、そんな愚にもつかない馬鹿げた事を本気で思っていたから。


 だけど、と和仁は思った。


 随分と欲張りな感情をその胸に抱く。



「ああ、俺は────」



 あいつの全てを知りたかったんだ。


 そして、和仁は夜の山へと向かって走りだした。


 夜の闇に紛れた獣道をひた走る。道を照らすのは月の光だけ。走ることはおろか、歩く事さえままならないはずの夜道。



「頑張れ、私の自慢の弟子君。君の未来に先があらん事を……」



 そして、駆けていく少年の後姿に、夜月は小さく祈った。




 夜の山を駆け抜ける。


 踏み越える場所は既に道と呼ぶにはふさわしくない場所になっている。


 山中の森の中を後ろ顧みることなく飛ぶように駆け抜けていく。


 木々の枝を踏み台に、バネに利用して一歩ごとにさらなる加速を持って先へ先へと進んでいく。もとより、和仁のホームグラウンドは山の中だ。山の中で育ち、山の中で鍛え上げられた以上、平坦な道を走るよりも、遥かに道なき山を走り続ける方が得意としている。


 その速度は並みの自動車を越えている。


 時速五十キロに近い速度で山を登り続けること二十分。


 ようやく、屋敷の影が眼に入った。昼間見たときとはまるで受ける印象の違う屋敷。


 吸血鬼が住む屋敷である以上、空気が代わるのは当然かもしれないが、それにしても、不吉なイメージが先行する程に、その屋敷は不気味な空気を纏っている。


 屋敷の前に降り立つ。


 砂を踏む音がひときわ大きく周囲響いた。


 再び鉄の門を見上げる。


 侵入者を拒むそれは、月の光を受けて昼間よりも遥かに冷たく輝いている。


 その門に手を当てると、押す必要すらなく、ゆっくりと開かれた。まるで、和仁を迎え入れるかのように。


 屋敷の敷地内に入る。


 すると目に入ったのは入り口でたたずむ一人の男の姿。


 服装は先ほどのものと変化していない。だが、昼間出会った彼とは雰囲気がまるで違う。その時の優しげな様子を一片も感じさせない、ひどく冷たい空気を身にまとって、屋敷の庭の中央。入口までの一本道で立ちはだかっている。


 眼光は鋭く、それほど大柄ではない彼の体格からは考えられないほどに凄まじい殺気を放出し、和仁を睨みつけていた。



「瑞葵のお父さん」


「やあ、和仁君。こんな夜更けに、何か用かい?」



 なんて、殺意を込めた眼でこちらを睨みながら雄介はそういった。その言葉にどう返したものかと和仁は少しだけ考えて、誤魔化しをあきらめた。直球で言うことにする。



「夜這い……ですかね」


「……ははは。なかなかどうして豪胆だね。男親を前にしてその言い草。中々出来るものじゃない」



 あまりに直球な和仁の言葉に、一瞬言葉に詰まった雄介。無理やりに笑ってみせるとそう言葉をつないだ。そして、そのまま和仁が見慣れた構えを取り直す。



「でも、夜這いと聞いて通す父親がいるのかな?」


「いえ、いないと思います。……ですので、これで」



 そういって和仁は拳を握った。



「そうか。そうだね。男親を説得するのではなく、奪い取って行くことにしたのか。……うん、あの人の弟子らしい。だけど、その選択肢は正解だ。親として、僕は君を通せないからね」



 和仁が取るは上段に両掌を据えた唯我の構え。


 彼が最も得意とする構え。機動性を重視した短期戦のそれ。


 対する雄介は下段に両手を据えた独尊の構え。


 機動性を排し、その代わりに防御力と対応力を重視した長期戦のそれだ。


 狙いは真逆。故に構えは真逆であり、転じて目的すらも真逆の二人。この二人に共通するのは、流派位なものなのだろう。


 だからこそお互いに動かない。


 互いの技を知り尽くしているが故に。



「驚かないんだね、君は」


「驚いてますよ。表面に出さないだけで」


「成程、師らしいね」


「ええ、仕込まれましたから」



 一滴、汗がこぼれた。


 和仁の顎を伝って、地面に落ちる。その時、かすかに砂埃が舞って、同時に二人の姿が掻き消えた。


 ぶつかり合うのは掌打と掌打。


 噛みあうようにぶつかり合い、その勢いを持って和仁は再び裏回るように大地を滑る。


 足の動きを見せない特殊な足さばき、並みの人間ならあっさりと見失うであろうその動きを、雄介は視線を動かすだけでとらえている。


 回り込んだ勢いのまま上段蹴り。


 その一撃を雄介は肩で滑らせて受け流し、相手の力に身を任せる事によってその場で一回転。空いた手を用いて、和仁の腕を極めにかかる。


 刹那、完全な脱力状態に体を移行させ、取られた腕を和仁はあっさりと引き抜いた。上下逆転状態の雄介と和仁の視線が絡み合う。オーバーヘッドの蹴り落としが和仁の肩をえぐる。


 その痛みを無視して、反転した状態の雄介に拳を突き出した。


「双地絶衝……」


 その一撃に合わせて雄介が技を放つ。


 足場の不安定な場所での返し技。


 それは、打撃に対する完璧な返答であり、その一撃の予備動作を見た瞬間に和仁は自身の失策を悟るが、この一撃は既に止まらない。故に



「方天絶衝……」



 返し技を力づくで打ち抜く技が必要だ。



「空臥」



 和仁の右拳は無力化された。


 雄介に拳自体は届いているが、大幅な威力減衰の果てに、ダメージを与えられるような物ではなく。最早触れただけに等しい。そして雄介の空臥はここからが本番だ。


 相手の腕を射出台替わりにした一撃が、正確に和仁の額を狙う。


 この間の攻防は秒の単位に届かぬ合間に淀みなく行われ、故に雄介は勝利を確信する。



「穿孔」



 そしてその瞬間に和仁の技で吹き飛ばされた。



「ぐッ……!?」



 意識の外から一撃。


 心臓を打ち抜かれた一撃は、一瞬とはいえ全身に麻痺を走らせる。


 その衝撃の正体は触れていた拳からの寸剄だ。


 それを受けた瞬間に理解していたが、それを成した技量に雄介は内心舌を巻いた。


 見事、というほかない。


 ワンインチパンチと呼ばれる、超接近戦下での力の出し方はある。が、伸びきった腕。密着した拳、技を放った後の隙、これらの障害をものともせず出すというのは尋常ではない。


 全身の麻痺を振り払い。


 雄介は再び構えを取り直す。


 そのわずかな間隙を、和仁が逃すはずもない。


 麻痺から体の自由を取り戻した際には既に技を放つ準備は十全で。


 構えを取った時にはすでに必殺のタイミング。


 この状況を雄介は覆せない。


 その術を持ち合わせていない。


 故に、あっさりと雄介は敗北を認め、自身を打ち負かした少年の姿を見続ける。



「双天絶衝……」


「君の勝ちだ。弟弟子」


「夜砕」



 その言葉と同時に腹部を衝撃が打ち貫いた。


 零れ落ちるのは紅い、彼の血液。


 敗北には慣れている。


 そんな風に、彼女の前でこぼした自分を雄介は思い出した。


 そして、慣れてしまったのはいつ頃のことだったのだろうか。


 戦いで負けても、実利をとる手段を身につけてからだろうか。


 かつて師事した女の姿を思い浮かべる事が出来なくなったころか。


 まあ、何にしても……



「無様な話だ」



 持たせていた何かが途切れ、雄介はその場で崩れ落ちた。


 かすかに、手を伸ばすことさえ諦めた、少女の姿が……



「これを……」



 崩れ落ちた体勢のまま、雄介は和仁に紙を一つ差し出した。


 何一つ書かれていない、白い紙。裏表確かめたところで紙以外の何物にも見えはしない。



「なんですか、これ?」


「結界に入るための許可証」


「結界?」


「うん、あの子を閉じ込めている見えない壁のこと。変異が始まっている以上、世界そのものを隔絶させることでしか、あの子を拘束できそうになかったから」


「結界……魔法使いか何かだったんですか?」


「厳密にいえば違うけど、まあ、似たようなものさ」



 そのニュアンスについては気になったものの、生憎だが時間がまるでない。貰った紙を後ろポケットにねじ込むと、和仁は屋敷の方に向き直った。



「それじゃ、あの子を頼む。結界に刻んでおいた必滅術式は、君のせいで削り取られたから、こっちはもう、外から干渉できない。だから……君がキチンと殺してやってくれ」


「殺すって、夜這いに行くのにんなことするわけないじゃないでしょう」


「何、いけば、分かるよ」



 そんな不吉な言葉を背に受けながら、和仁は再び走りだした。


 入口が自動的に開く。


 その不気味さに背筋が泡立ったが、今更それでとどまるほど軟な精神はしていない。


 何があったのかは分からない。


 何があるのかは分からない。


 だけど、最早止まることはしないと決めてしまったから。


 入口が再び閉まる音がした。


 重々しい音と共に。


 それを一顧だにすること無く、和仁は瑞葵の部屋に向かって走り続けた。





 その姿を雄介は地面に転がりながら見ていた。


 駆けていく少年の姿は、とても眩しく、彼の目を焼くようで、そのせいか瞳からは涙が零れ落ちていく。


 かつて、気が付けなかった男の後悔だ。


 かつて、無くしてしまった男の代替行為だ。


 かつて、諦めてしまった男の贖罪にしか過ぎないことも理解している。だけれど、許してほしいと月に願う。きっと、彼女はそこから見ている。守るつもりが守られた愚かな男だけど、今回ばかりはきっと間に合ってくれる。


 和仁の事が雄介は嫌いだった。


 自分に出来ないことを容易く行う彼が苦手だった。


 だけど、娘を託す男としてはこれ以上はないだろう。だから、見せ場は彼に譲ろう。男親の意地は見せられなかったけど、きっと。



「君は許してくれるかな」



 娘を幸せにしてくれるであろう少年に、願いの全てを託して、雄介の意識は闇へと沈んでいった。


 


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