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D壊の英雄  作者: 闇薙
第五章 溺愛魔護のドラキュレイドルマザー
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 カーミラ。


 赤霧瑞葵の母にして世界でも屈指の大吸血鬼にして大魔女。


 人ならざる存在として闇の世界に君臨する怪物の中の怪物。


 そんな彼女が娘に会いに来るという事で、今回和仁は瑞葵の家に呼び出されたわけだが、だからと言って彼自身が何かしら特別な装いをで彼女の家を訪れたという訳ではなかった。普段と変わらないジーパンにトレーナー姿。量販店で売っている安物コーデは彼の気負わさなさを示していて、それを見た瑞葵は彼のあまりの普段通りさにため息をつくしかできなかった。一方で彼女の父雄介はそんな彼のいつも通りさに、心強さを武術家としいだき、彼を認めるように肩を叩いて見せた。


 それに応じるように和仁が頷くとそんな二人を瑞葵はジト目で見やる。


 どうやら二人が言葉も無く理解しあった事に思う所があったらしい。その上で、そんな視線を向けていることにまるで気が付いていない彼に対して、粘つくような視線を向けている。そんな視線に気が付いた夜月が、小さく笑みをこぼしながら瑞葵の頬を突いた。使用人としてあるまじき行為ではあったが、正式な使用人ではない彼女はこういう事を割とよくする。そして、その事を瑞葵は特に咎める事をしない。ただ、どういうつもりかを視線で聞くのみだった。



「目元に力が入りすぎだ。瑞葵」


「……ふん」



 忠告、そしてわずかに香る程度の嘲笑を受けて瑞葵は表情を再び笑みに戻した。


 女の夜月から見ても魂を奪われそうな程に美しくも儚い笑み。その笑みの裏に渦巻く感情の本流を知っているからこそ、その笑みの本質である怖さに気が付けるが、九分九厘までの相手はこの笑顔に騙されるのだろう。



「で、何不機嫌な顔してんだよ、瑞葵」


「べっつにー」



 そして和仁は騙されない一厘の内の男に入っていたらしい。


 軽い挨拶を終えて瑞葵の前に立った彼はそう言いながら、瑞葵の前で大仰に肩をすくめせて見せた。そんな彼の様子に毒気抜かれたように、されど決して不満を消さないように彼女は口をとがらせる。



「それにしても、そんな恰好でお母さんに会う気?」


「制服の方がよかったか?」


「そこまでは言わないにしても、少しカジュアルすぎないかしら。もう少し、考えてさぁ」


「お父様相手に、娘さんを僕にくださいってのは終わってるんだ。お母様へのあいさつ位、気負わずにさせてくれ。ってか、不機嫌だったのはそれが理由かよ」


「別に、それだけじゃないけど」



 だからと言ってその理由を語ってやる程、彼女は素直ではなく、また同時に誇り高い女である。故に、勘違いを正すことなくそのまま和仁の手を取って自身の部屋へと向かった。そんな彼女に対して雄介も夜月も何も言わなかった。和仁だけが二人に向かってまた後でと伝えれば、雄介は頷きを夜月は一礼にてその言葉に答えた。


 和仁を連れたまま瑞葵は自身の部屋の扉を開けて彼を連れ込んだ。


 大胆なことでなんてからかってやろうかと和仁は考えたが、振り返った彼女のあまりに真剣な眼差しにそれを止めて、目と目を合わせ彼女の言葉を待つことにした。艶やかで紅い唇が震えるように彼女の言葉を和仁に伝えてくる。その艶めかしさにいつだって心奪われるまま、そこへ自身の唇を重ねようとして……



「なんのつもりだよ、瑞葵」


「ま、この程度には耐えますか」



 人差し指を彼女の唇に当て重ならないようにしながら和仁そう言った。余りにも鮮やかに心奪ってきた瑞葵の魅了の魔眼に対する不快感を視線だけで伝えると、彼女は悪びれることなく和仁の指を外し、そのまま唇を重ね合わせた。


 触れ合わせるだけの稚拙なキス。


 互いを感じる為だけの魔術的意図なきその行為に和仁は首を傾げた。瑞葵らしからぬやりように理由を問おうとすると彼女は、さらりと彼の追及をかわすように今度は和仁の唇に自身の人差し指を当てて、彼の言葉を封じて見せた。



「ふふふ」



 そしてやわらかく笑う。


 そうされてしまえば和仁が追求できるはずも無い。


 惚れた弱みだ。そんなことを思いながら頭を掻いた。そして不意に屋敷に重苦しい気配が降りた。


 それを受けてチラリと部屋の入り口を見ようとすると、そんな和仁の頬を撫でる事で瑞葵がその動きを制止した。


 その気配がおそらく彼女の母親なのだろうという事を和仁は直感で理解し、そちらの方へと視線を向けようとしたのだが、それが瑞葵には不満だったのだろう。まるで視界に入れていいのは自分だけど言わんばかりに彼女は和仁に媚びを売る。



「瑞葵」



「つれないなぁ」


 それを簡単に袖にして頭をなでて瑞葵の不満を逸らした和仁にそう言った。


 とは言え、ここで袖にしておかないと延々と求めて、彼女の母との邂逅を無茶苦茶にされると和仁は理解していた。そんなに会わせたくないのか、なんて瑞葵を咎める様な目で見ると、彼女は首をすくめるだけで言葉にして答えはしなかった。


 まあいい。


 応えるだろうとは思ってもいなかった和仁は、それだけ言うと今度は瑞葵へ手を差し出した。


 その手を握り返して彼女と共にその気配の方へと歩き出す。すると、その途中で書斎より出てきたらしい雄介と出会った。いつも通りの態度に僅かに謝意を乗せて頭を小さく下げる彼に対して和仁も同じく頷きを返した。それを受けて意を決したのか以後はこちらの方を見ることなく屋敷の入口へと向かう。それに連なる様にして和仁と瑞葵も玄関へと足を向けた。


 不気味な気配が太陽の光を遮断している。


 そんな風に感じさせるほど、自然が巻き起こす事象に彼女を紐付けしたくなる程に不自然に急に太陽が雲に隠れた。昼間なのに薄暗い空気が屋敷を包む。震える程に冷たい気配を目の前のヒトガタがまき散らしているのが和仁は理解できた。


 赤い瞳が三人を睥睨する。


 その圧を和仁は容易く受け流してチラリと横に立っている雄介を見た。


 その表情はどこか苦笑しているように見える。その表情でこれがこのヒトガタの普通なのだと確信して肩の力を僅かに抜いた。それを目ざとく見つけたらしい。赤の瞳がゆっくりと細まっていく。飲まれそうな雰囲気。それさえも当然のように和仁は気に留めなかった。



「ほう。オレを相手にその態度を保つかよ馬の骨」


「カーミラ」


「言わせてくれ愛しき人よ。強がりは時に毒となる。武なき勇は不注意が同義。今の貴様の態度は悪手だぞと」



 赤紅の瞳を妖しく光らせて、少女のような声音でカーミラはそう言った。甚だ不機嫌に。その殺意は屋敷全体に満ちて毒霞のごとく。並の人であれば呼吸さえできないであろう殺意を平然と振りまいて、そのまま一歩屋敷の中へと踏み込んだ。その行動だけで彼女は世界の全てを掌握した。屋敷の主が彼女へと戻った。



「それは……どうも?」


「ふん。心無き感謝よな。オレの言の葉を忠告と捉えることができる程度の知恵はあれど、危機感が足りぬ。お前はもう少し自分の家に虫が入り込んでいた時の事を思い返すが吉だぞ」



 秀麗たるカンバセを憤怒に染めて淡々と彼女は言う。その言葉に和仁は苦笑する以外にない。成程、これは難物だと頬をかけばそれさえ、気に入らぬのか責める様ななじるような、されど甘える様な声で雄介を問い詰める。



「そもからして、何故こんな虫がオレ達が愛の巣に蔓延る? らしくわが目を避けて通う程度の愁傷さでもあれば踏み潰す程度で済ませたものの、これほどまでに堂々と蔓延ったとあれば、ぬしの怠慢を問わねばなるまいに。それを望むにしても過ぎているぞ。折檻の領域を越え懲罰の域にある苦痛は望むまい」


「うーん。その事について言い訳……というよりも説明をしたいんだけどいいかい?」


「言い訳は聞かぬ。オレが求むるは結果のみ。その結果がこうである以上オレの決は覆らぬ。が、覆せぬ結果をさらなる成果で上塗りすることは許している。成果をもって汚点を雪いだというのであれば、その成果についての報告は聞こう。なに、君も知る様に私は落胆には寛大で、喜びには狭量だ。落胆させても失望させなければ私は君に報いよう」


「……まずは入ろうか。玄関口でおしゃべりを続けるのもどうかと思うし、何より長旅の疲れを癒してほしいしね」


「紅茶にはたっぷりの蜂蜜を頼むぞ」


「ああ、用意してもらってあるよ」



 そう言うとカーミラは雄介の腕に自身の腕を絡めて歩き出した。連れ添って二十年以上たつというのにまるで変わらない夫婦の在り方に、瑞葵は小さくため息をついて同時に和仁の腕を取る。


「どうした?」


「別に」



 訝し気な和仁の目を気にすることも無く、そのままの態勢で歩き出した瑞葵に彼は肩をすくめた。その態度を咎める様な彼女の視線に降参を示すように、組まれていない方の手を挙げると、にっこりと微笑んでそのまま彼を連れて両親の後を追うように応接間へと入った。


 自身に与えられた席へ連れ添って座る。


 そんな和仁と瑞葵の様子が仲睦まじげに見えたのが、カーミラにとっては不愉快だったのか、彼女の視線の温度は玄関でのそれよりもさらに下降していた。それでも、何も言う気が無いのは雄介の言葉を待っているからで、それに納得しなければ和仁を排除する気が透けて見える。



「それじゃあ、僕が彼を認めた理由を……」


「その前に」



 雄介の言葉を和仁がさえぎった。突然声を上げた和仁に瑞葵も僅かに反応が遅れた。隠すそぶりも見せず眉根を顰めるカーミラ。そして、おそらく和仁の言いたいことを大体察した雄介は、怒ることも無くそのまま彼に主導権を譲った。それに対して小さく頭を下げて礼とするが、雄介は気にするなと言わんばかりに手を振って続きを促した。



「僕の名前は三上和仁。貴方の娘さんと付き合っている男です」


「貴様……発言を許した覚えはない」



 自己紹介を淡々と。殺意をぶつけられても怯むことなく。



「娘さんを僕にください。お母さん」


「黙れと言った!!」



 燃え滾るような魔力があふれ出る。


 漆黒の魔力が世界全てを呑み込むような錯覚さえ抱くほどに圧倒的な力が、目の前の女性より放たれている。赤紅の瞳は更にその輝きを増し。身に纏うドレスの艶やかさは凄絶なまでの魔力に揺れて。輝くばかりの金髪は不気味に揺らめいている。


 敵意を殺意を込めてカーミラは和仁を睨む。しかしながら和仁は何時もの様子を崩さない。何時もの態度のまま彼女の視線を真っ向から受け止めている。その異常さにカーミラは気付かなかった。


 カーミラとて和仁がただの一般人だとは思っていない。


 その名前に聞き覚えは無いがそれでも夫である雄介、娘である瑞葵が選んだ相手だ、相応には特異な人間なのだろう。それは理解している。理解してはいる。しかし、だからと言ってそれで納得できるかどうかはまた別だ。愛する娘がどこの馬の骨とも知れぬ男と懇ろになるなど許せるはずがない。何より


「何も知りえぬ貴様が……オレを母などと呼んでくれるなよ」


「まあ確かにあんまり物知りとは言いませんけど」


「そういう意味ではない。貴様は知らないだろう。瑞葵の運命を、瑞葵の宿業を。そんな貴様に、娘をくれてやるつもりは無い」


 その言葉に和仁は誤解を理解した。理解したうえで咎める様な視線を瑞葵と雄介に向けると、二人は揃って苦笑を浮かべた。似通ったそのしぐさに親子だなぁ、なんて感想を抱くと同時に目を細めると、雄介が和仁に向かって弁解した。



「一応さっき説明しようとはしたんだぜ? それを君を遮ったんだ。半分は君の責任だよ」


「ま、説明したところでお母さんが信じてくれるかどうかはまた別問題。結局確かめるためにこうなっただろうし、そういう意味じゃ手っ取り早かったのかもしれないわ。……だから頑張って和仁。昨日言った通りに、お母さんを殴って言う事聞かせるの」



 その言葉にため息をつく。


 そして構えを取った。


 雄介と同じ構えに僅かにカーミラの気勢がそがれたが、それでもとどまる気配を彼女は見せない。


 まさしく殴って止める以外に止まりそうにない。半分は自分の責任とは言え、結局二人の思惑通りに進んだ状況下は自分の単純さを示しているようで、あまりいい気はしない。若干落ち込んだがその意気をカーミラが汲んでくれるはずもなく。


 音も無くカーミラの影が和仁の首元を刈り取った。



遅れて申し訳ありません。

次回はもう少し早めに投稿します。

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