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D壊の英雄  作者: 闇薙
第五章 溺愛魔護のドラキュレイドルマザー
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 瑞葵の家にて夜ご飯を食べてから自分の家へと戻る前に和仁は京都の方へと向かっていた。


 既に電車はなく、明かりさえほぼない山を木々の上を飛ぶように走る。目撃されれば現代の怪異として通報されかねない光景ではあったが、田舎の夜は早い。目撃者は一人もおらず、また和仁も見られるような愚を犯さなかった。


 向かう先は天丸の住まう鞍馬山。ではなく、京都市内のホテルだ。電話にて場所を確認すれば、そこで合流するのが一番楽とのことだったので、和仁はそこへと全力で駆けた。市内のホテルまで車で向かえばおよそ一時間半。しかし、山道を踏破して全力でショートカットすることで到着までの時間を一時間以内に抑えきった。



「ふぅ、あっつ」



 夜も更け季節的には肌寒さを感じさせる。それでも一時間も走れば汗に濡れる。


 それを掌でぬぐいつつ指定された場所をスマホで確認すれば随分と大きなホテルだった。



「マジかよ。これ、俺は入っていいのか?」



 などと言いつつ和仁はホテルへと入った。そのまま、何食わぬ顔で一番奥のエレベーターに乗り指定された階のボタンを押してしばらく待つと、ゆっくりと扉が閉まる。僅かに重力が強くなったような錯覚。それと同時に彼の耳へと言葉が届いた。


 鈴の音のような涼やかな声。


 男を誘う魔性のそれは相手を知っているからこそ和仁に驚きの念を抱かせた。ここまで来て気が付く。これはもしかして浮気に誤解されうる状況なのでは。恋人の元を辞して向かう先が別の女のホテル。夜も更け、草木も眠る時刻に偲び行く男の影をそれ以外にどうとるのか。


 はめられたのか。


 なんて、頬を一筋の汗が伝う。


 彼女に知られればまたその美貌に嚇怒を乗せて睨むだろう。


 そんな未来にため息をついた。母に紹介される前日の男がするべき行動ではないな。などと、自分の行動の不明を恥じても、向かわないという選択肢はなかった。彼女に会いに来たのには理由がある。故があれば、否とされても動くのが和仁の性である。その事を瑞葵が知り抜いているからこそ和仁は頬を掻きながら言えるのだ。


 許せと。


 そしてまた彼女も許すのだ。涙を浮かべ、されどこぼすことなく。


 そんな彼女に甘えていることを自覚しながらも和仁はホテルの廊下をゆっくりと進んでいく。


 場所はホテル最上階。その場所に据えられた部屋は当然スイートルーム。他の宿泊客に迷惑のかからないように、身に触れる風の冷たさを斬り払うように目的の部屋へと向かう。


 ノックはしなかった。ノブを回せば扉が開く。オートロックはどうなっているのかなんて些事に思いを馳せながらも部屋の中へと入りこんだ。向かう先一番奥のベッドルーム。キングサイズのベッドが鎮座する豪華絢爛な部屋。そこに和仁を呼び出した相手朝陽がいた。ベッドに腰かけ、手に持ったグラスを傾けている。その身に纏うのはバスローブだけ。淫靡な空気が毒のようにその部屋に溜まっていた。



「それで? 何の用だ?」



 バスローブの裾から見える太ももの白さも、悩まし気に開かれた胸元に刻まれた双丘の狭間も、一切合切を気に留めることなく和仁は朝陽にそう聞いた。そんな彼に対して蠱惑的な流し目を向けると彼女は小さく囁くような声音で彼に拗ねるように甘えて見せる。



「こんな格好をしている女相手に、その問いは野暮でしょう?」


「俺は大事な用があると聞いたから態々ここまで来たんだ」


「あら? これ以上に大事な用が生き物にはあるんですか?」



 その言葉に和仁は目を細めた。


 右手に力が入り、乾いた音を鳴らす。


 それだけで、朝陽は小さくため息をついて両手を上に挙げた。



「冗談ですよ。貴方に大事なことを伝えたくて、今宵はお呼びだてさせていただいた。それだけです」


「だったら、そういう余計なことは辞めてくれ。瑞葵の機嫌がまた悪くなるじゃないか」


「それはそれ、これこれです。手を出してくださっても構いませんよ? 本望ですし」


「惚れた女以外には手を出さない主義だ」



 そう言うと朝陽はにっこりと笑った。立ち上がり和仁の傍へと歩いてくる。



「ならいつか、惚れてくださいね」


「断る」


「本当に、つれない人です」



 断られてなお楽しそうに朝陽は笑う。純粋無垢なその笑みは美しくもあり、されどどこか恐怖を抱かせる。得物を狙う鷹を思わせる視線から逃げるように和仁は目線を切った。クスクスと微笑を隠さずソファへ和仁を誘って彼女もそこへと腰を下ろすと、和仁にも飲み物を勧めた。


「何がいい?」


「……いらないよ」


「強がらないでくださいな。汗だくの癖に」


「じゃあ、お茶」


「ふふ、ブランデーしかここにはないですね」


「じゃあ、水」


「はい。水割り用のそれならありますね」



 和仁に侍って世話を焼く事に如何なる面白さを抱いているのか彼にはわからないが、朝陽はとても楽しそうに彼の為に尽くそうとしている。そんな彼女に対して警戒心を解くことなく、義務的に水を飲み干せば、中でくすぶっていた熱が冷えていくのを感じた。随分と喉が渇いていたことを自覚する。



「それで、態々人を呼び出した理由は?」


「赤霧のお姫様。その母親についてご注進をと言ったところです。貴方の今一番知りたい事でしょう?」



 朝陽はそう言ってにやりと笑う。


 そんな彼女の様子に和仁は目を細めた。



「師匠から聞いたか」


「ま、そんなところです。それで、ご返答は如何に?」


「それ以前に対価を聞いてない。そんなうちから応えられるはずがあるか」


「成程、それは確かに」



 そう言うと朝陽は顎に手を当てて何かを考え始めた。そんな彼女に対して和仁は何かに気が付いた。



「おい、何も考えずのに言ったのかお前」


「ええ、まあ。どうせあなたなら、情報を知らずとも勝つでしょうから。私が今更情報を与える程の事でもないのです。貴方も聞いたでしょう? 所詮は赤霧の当主に敗北する程度の実力なのですよ。……もちろん、赤霧の当主の実力については存知いますし、当時その方が数多の策謀を用いてギリギリ勝利したという事も知っていますが、それでも、貴方を相手にするにはなお足りません」


「買い被りだな。俺と雄介おじさんの間にそれほどの実力の差はない」


「無かった。のでしょうね。しかし、今の貴方と赤霧の当主の間には隔絶した差があります。その差を感じ取れない貴方ではないですからきっとそれは謙遜なのでしょう。行き過ぎた謙遜は嫌味に成りますよ」



 朝陽の言葉に和仁は何も答えなかった。


 図星だったからという理由が7割。そして、嘘ではないという気持ちが3割。


 和仁自身の手応えとして少なくとも夏の時点で雄介と彼の実力はそれほどの差はなかった。しかし、夏の一件。瑞葵を打ち倒した後での力量差は自分自身の感覚が狂ったのではないか。そう錯覚するほどに差ができていた。それれを認めるのが少し怖い。まるで自分が自分でなくなってしまったかのような感覚を、彼は多かれ少なかれ抱いている。



「ですので、貴方相手に私の情報を伝えるというのはあまり意味がない。どちらでも同じなのですから。だから少し困ったわけです。彼女の事について貴方に教えたとしてその対価……一体何にすべきかを」


「……デート一回付き合う」


「へぇ」



 その美貌を朱に染めて少女は小さく笑みを浮かべた。その瞳に宿るのは喜悦の色で、軽く返した和仁の内心を鋭く見抜く。随分と高い対価を持ち出したものだと、胸の奥に閉じ込めた熱が疼いた。


 その選択は彼にとって苦渋の選択だった。少なくとも進んで選びたい選択ではなかった。まさしく浮気現場となり果てた今日の事を、彼は瑞葵にきちんと伝えるのだろう。そして弁明して嫉妬に狂う彼女を宥めることに成るのだろう。それを十分に理解しながらもそれでもその情報を欲しいといったのだ。



「それで答えは?」


「もちろんいいですよ。しかし驚きました。貴方がこの程度の情報に執着するとは思ってもいませんでした。どうしてという事も聞きたくはありますが、それを聞いてデートを反故にされるのも馬鹿らしいですし、ここは引き下がります。纏めた資料をお渡しますので、支払いの日程だけ決めておきましょう」


「来週の日曜。朝9時半から場所はそっちに任せる」


「おや、エスコートをしていただけないんですか?」


「荷物持ちはしてやるって意味だ」


「なら、それで結構です。楽しみにしていますから負けないようにお願いしますね」



 そう言うと朝陽はどこからともなく幾枚かの書類を取り出した。


 受け取ると、和仁の知りたい情報は一番最初に乗っていた。



「カーミラか」


「はい。カーミラ・ドラクレイド。現在赤霧カーミラ。現存する吸血鬼最優と称される、ヨーロッパ最高クラスの魔人にして魔女。それが、彼女の母にしておそらくは貴方が戦うことに成るだろう相手です」


「ん。ありがとう。これだけ知れればそれでよかった」



 名前だけを見て和仁は資料を朝陽へと返した。


 その対応に朝陽は首をかしげる。



「この資料はもう貴方に差し上げたので、持ち帰ってもらっても結構ですけど?」


「恋人お母さんの資料持ち帰ってどうする。俺が知りたかったのは名前だけだ。結局誰も教えてくれなかったから、会う前にそれ位は知っておきたかったのさ。それ以外はおまけだ」


「……へえ。それはどうして?」


「別に、挨拶する相手の名前を先に知っておきたかった。ただそれだけの事だよ」


「魔法使いなら名を知ることで呪いをかけるなんて手法もあるそうですけど、貴方の場合それは無し。となれば、武術家として敵対する相手の名前は知っておきたいという心構えという訳ですか?」



 その言葉に和仁は言葉を返さなかった。


 ただ、踵を返して部屋を後にする。それを朝陽は呼び止めなかった。


 扉が開いて夜の風の冷たさが再び和仁を包む。


 見上げれば小望月。満月に届かず、されどとても美しい月夜。


 故に明日は満月で、吸血鬼に会うには絶好の日付だった。


 だからではないだろうが、少しばかり興奮している自分に和仁は気が付いた。


 高揚しているというよりも緊張しているのか。


 考えてみれば、これは恋人の母親に初めて会うというイベントで、緊張しない方がおかしな話だろう。


 そんな、自分らしくはない、だけど高校生としては多分真っ当な感性が自身にもあった事に苦笑する。


 だから、名前くらいは知っておきたかったのだ。


 それ位の準備はしておかないと、緊張で眠れそうになかったから。



 

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