結
主人公が主人公してない回。
勝くん、マジ主人公。
あと、登場キャラを増やすのは一章につき二人までにしとこうと思いました。
人が完全に死ぬときはすなわちその存在が忘れ去られたときだという。ならば、魔法少女なんて言う最初から最後まで誰の記憶にも残らない存在は最初から生まれていない事と同義ではないか。
かつて、魔法少女だった天川真央はそう思っている。
かつて、魔法をすべて失うと知ったあの時。彼女は全くの子供でしかなく、力を失うことの意味を知らなかった。特別だった自分が普通へと堕落することの意味をあまり深刻に受け止めていなかった。
勿論、見返りがなかったわけじゃない。
勿論、手放すことで得たものだってある。だけど
「結局、一番欲しいものは手に入らなかった」
手に入れたいと願ったものは手に入らず、当たり前にあった力は失われ、残ったものに価値を見出すことさえできず、喪失感が全身を満たしている。何かが乾いていく。何かがひび割れていく。一般的に幸せと呼ばれる、ぬるま湯に浸ることを魂が否定する。
「違う」
こんなものを欲したわけではなかった。
こんなものを守りたかったわけではなかった。
そもそも、何かを守りたくて魔法少女をやっていたわけではなく……
「ああ」
かつての宿敵を夢想する。
魔法少女の宿敵。それはすなわち魔女と相場が決まっている。
かつて、魔界と人間界の合一を目指した稀代の大魔女。その姿を思い浮かべる。そして、その姿が自分に重なった。そういえば、彼女も昔は魔法少女だったとマスコットが言っていたような気もする。巡り巡る魔の輪廻。妖しく愛しい冥府魔道に墜ちた魂がなした契約が魔法の根本である以上、こうなることは自明の理だったか。
「ねえ、ルシフ。これもあなたの計略通りですか?」
「さあ? しかし我は君に伝えたとも。いずれまた会おうと」
契約によって呼び出された悪魔。かつて見たことのあるマスコットとは似ても似つかぬ邪悪な姿。漆黒の翼、邪悪な笑みを浮かべる伝承の悪魔。だけどそれがかつて契約していたマスコットと同一のものだと真央は理解していた。
「結局、内輪もめだったんですね」
「正義の行いであった事に違いはあるまい?」
「悪魔が正義とは笑わせてくれますね」
「悪魔にも正義の概念はあるとも。そもそも悪徳と正義は矛盾せず同時に孕みうる。重要なのは自らの意思だ」
「ええ、その意見には賛成。だから」
「ああ、契約を。かつては正義をもって約定とした。此度は?」
「……悪逆非道を誓って」
「かは。随分と自虐的な」
「だって、しょうがないじゃないですか。私たち、自分の願いで世界を壊すんですよ? 自らの欲望によって世界の滅亡を願う。悪逆非道以外に語りようがないじゃないですか」
「道理だ。成程、その契約ここに成そう。以前の契約を破棄して、万象を踏みつけにする悪魔の契約を」
ルシフの言葉に真央はうなずいた。
それに満足したかのようにルシフは頷くと、真央の胸元へその手を差し出した。彼女に触れるか触れないかのところで、ルシフの右手が光の粒子となって真央の中へと溶け込んでいく。
契約はここに成る。
指を鳴らすそのしぐさだけで、真央の服装が変化した。
制服を基調に青と黒の魔力線が彩る、彼女自身の戦化粧。かつての魔法少女時代とは似ても似つかない、実用一点張りのその姿、魔器を用いることなく完全に制御された魔力は彼女自身が成熟したことを示していた。
「由利、蜜柑」
「こっちも終わったよ」
「はいはいーこっちもねー」
「そう、それじゃあ、取り戻しに行きましょうか」
念話にて二人に声をかけるときちんと返答があった。そのことで真央は少しだけほっとする。どうやら二人とも契約はうまくいったらしい。ならば後は、目的を果たすだけだ。もう少し。そう思って胸の内の違和感を彼女は無視して歩みだした。
目的の形さえあやふやになっていることに気が付かず。
何を願ったのかさえ忘れてしまっていることも忘れ。
「先に聞いておくけど勝。俺が止めて良いのか?」
「それについて俺がどうこう言えるようなことはない。ないけど、出来れば俺に譲ってくれるとありがたいな。かっこつけて言わせてもらうなら、ここは俺に任せて先に行け。って奴さ」
「先に行けね」
「まあ、実際には赤霧さんが魔法陣を押しとどめる結界張ってくれてるし、三人をこっちで迎え撃つ形になるんだけどさ、意気込み的にはそんな感じ。……答えは?」
「お前が望むなら手は出さないけどさ、そうなると俺は瑞葵を押さえておけばいいのか?」
「おう。その方向で頼む」
「わかった。それにしてもお前も律儀だね、サル」
「会長たちの言い分もわからないではない。だけど、それを止めるまでが俺の契約だからな」
そう言って勝は拳を握ったり開いたりして自身の感覚を確かめた。そんな彼に不満げな声音で瑞葵が待ったをかける。
「待ちなさい二人とも。随分と盛り上がっているけど、この私のストレスをどうしてくれのかしら。あんな無様な姿晒させて、挙句の果てにここで魔法陣抑えるだけで終わりとか、絶対に許なせいんだけど」
「だから、君を和仁に抑えてもらう」
「任された」
「ふざけろ。三人いるんだから一対一で全員潰せばいいじゃない。たかが悪魔契約者、噛みちぎってやるわ。安心しなさい、十秒でケリをつけてあげる」
そう言ってがちがちと彼女は歯を鳴らした。そんな怒り心頭な様子を見て勝は首を横に振る。
「そうさせたくないから、和仁を呼んだんだ。赤霧さんを計画に組み込まなかった場合、全校生徒から魔力をかき集めることに成ってたからね。被害があまりにも大きい。だけど、君を暴れさせたらまた違うベクトルで被害がでかくなる。それは困るんだよ」
「被害というか、トラウマというか、まあ今の瑞葵は優しくは出来ないだろうからな」
「和仁」
「事実だろ? だから俺も文句は言わないのさ。今のお前に任せると無駄な被害が出る」
「……だからと言って、彼一人に任せるの? たかが悪魔契約者。魔女とは言え、三人。それもかつて大いなる災厄を留めた英雄よ? いくらあなたの信頼する友人でも、ただの人には厳しいわよ」
だから、自分にも暴れさせろ。なんて言葉が聞こえそうな瑞葵の態度を見て和仁は勝へ視線を送る。それに応じるように勝は一言だけ和仁に告げた。
「戻った」
「なら、問題ないな」
「は?」
「なんだ、気が付いていなかったのか瑞葵。こいつ、つい最近まで生徒会長たちに自身のステイタスを分け与えていたんだぜ?」
「ステイタスって……ゲームじゃないんだから……」
「正確には生命力だがな。契約だよ。俺のあらゆる性能をあの三人に分け与える。その代りに、あいつ等は魔法を放棄する。それが、俺の結んだ契約だったから」
「……ふぅん? 随分と奇特な契約を結んでいたのね」
「三人とも、代価に俺の性能を欲したんだ。ならしょうがないじゃないか。悪魔と契約してでもその願いをかなえてやるのが、俺の役割だったから」
「それ、絶対に悪魔が願いを捻じ曲げてるわよ。まあ、貴方達が納得しているなら、それでいいけど」
毒気を抜かれた。
なんて瑞葵は言いながら、和仁の背に体を預けた。そんな彼女の態度の豹変に首をかしげながらも和仁は危なげなく彼女を支えると、勝へ頷きを返した。その頷きを受けて体育館入口より、一歩だけグラウンドへ出ると、ちょうど生徒会の三人が校舎から出てくるのが見えた。計ったかのようなタイミング。事実計っていたのだろう勝に、和仁が少しだけ抗議の目を向けるとそれに対して小さく会釈で返してきた。げんなりとした表情が和仁の内心を全て表した。
「それじゃあ、行ってくる」
「ガンバ。次は俺を主役に作戦は組み立ててくれ」
「無茶を言うな。お前を主軸に作戦なんて組んだら、策なんて必要なくなるじゃないか」
「人をバケモノみたいに言うな」
「違ったのか?」
勝の言葉に何も返せず、さっさと行けと言わんばかりに手で示して彼を追い払う。そんな和仁の態度に半分笑いながら勝は従って、三人に相対した。
「会長」
「勝」
「サル」
「サルっち」
互いに声を掛け合った。
そして、既に言葉で終わる時間が過ぎ去ったことを四人は理解しているが故に、それぞれがそれぞれの得物を抜き放つ。
生徒会長である真央の武器は王道の長剣と盾。青と黒を基調とした怜悧流麗な魔法少女。
副会長である由利が抜き放つのは自らの意思を貫くための槍。赤と黒を基調とした苛烈鮮鋭な魔法少女。
会計である蜜柑が抜いたのは二振りの剣。二振りにて一つ。黄と黒を基調とした蠱惑幻妖な魔法少女。
三者三様の武器を前にして勝は小さく笑った。
昔から変わらぬ三人の姿に郷愁を抱いたからか。かつて戦ったあの時の光景を思い出したからか。
「サタン」
「はい。全ては君の意思のままに、なんてね」
勝が声をかけると同時に悪魔が一柱彼の隣に現れた。
昔ながらの妖精のような少女の姿で。だが、その身が纏う雰囲気は三人の魔法少女達が知るそれとは違って、残酷で、酷薄で、愉悦に満ちた悪意の塊だ。そんな違和感しか感じないサタンの在り方に三人は息を飲んだ。そして勝の態度がまるで変わらないことに衝撃を受けた。
勝の前に剣が現れた。
漆黒の闇を固めたと言われれば信じてしまいそうなほどに艶やかな黒を湛えた剣。
それを、空間から引き抜くように勝は抜き放つ。それと同時に彼も戦装束を身に纏った。
周囲に闇をまき散らす。
漆黒の剣。全身覆うフルプレートアーマー。重圧と鋭利さを併せ持つ、華美ならざる戦うための鎧。その鎧を身に纏った勝を魔法少女たちは知っていた。
「黒騎士」
言ったのは誰だったか。
かつて、魔女に付き従った罪悪の騎士。悪徳魔剣、暗黒秘剣、黒翼騎士。彼の罪の証をもって、此度も彼女たちの前に立ちはだかることを選んだ。
「行きますよ、会長がた。今回ばかりは負けてやれませんので、悪しからず」
「は……」
「上等です」
「今回もわたしたちが勝ちますから……」
戦いの推移は圧倒的だった。
数の上では生徒会長側が圧倒的な優位を持つが、生憎その技量においては勝が上回る。
数を圧倒する個として、彼女たち三人を叩きのめしていく。
真央が放つ斬撃は剣をもって放たれる方も、魔力を用いて放たれる飛ぶ斬撃も全てが勝の持つ漆黒の魔剣に喰われて叩き落される。逆に勝の一撃は盾を用いて防いだ彼女を軽々と吹き飛ばして更にダメージを与えた程。
由利の槍は突きの全ては回避され、薙ぎ払いの一撃は力で劣り、身と槍が纏う炎さえ歯牙にもかけず蹂躙される。
蜜柑の双剣は鋭くはあったが、鎧を貫通できるほどではなく、幻惑はその全てを見切られて、全く通じていない。
「そんな」
茫然と呟く真央の言葉を無視して、その魔剣を勝は振りぬいた。
彼女の盾を砕き、体を掠め大地を揺るがすその一撃は確実に真央の心をへし折って彼女を大地へとへたり込ませた。
「どうして……」
「さあ? どうしてかな」
かつて三人がかりとはいえ互角だったはずの少年を見上げながら真央はそう呟いた。
だけど、それに応えることなく、彼女の意識を飛ばして、残る二人へと相対する。
「っ……」
「つよ……」
二人の逡巡に構うことなく勝は剣を構える。そして、音も無く踏み込んで一閃。二人共に回避して見せたが、由利の槍は穂先を蜜柑の双剣は片方が弾き飛ばされた。
「チィ」
「由利!!」
「なっ!?」
穂先が焔に包まれて再生する。
その一瞬の間隙を逃すことなどなく、もう一撃が由利へと叩き込まれた。
ギリギリでそれを受け止める。だが、崩れた体制ではさらに懐へ飛び込んできた勝を防ぐ事は叶わない。右ストレート。小手に覆われた一撃はきっちりと由利の意識を刈り取った。
「さて、どうする? まだやるか?」
「無理」
再度剣を構えた勝に対して蜜柑はそう言うと、両手に持っていた剣を投げ捨てた。
それを見て、勝は一息ついて言った。
「よし、リベンジ完了っと」
決着は余りにもあっさりと、彼女たちの計画はここに潰えた。残る計画はあと一つ。その本題を成すために勝は和仁の方へと視線を向けた。
 




