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D壊の英雄  作者: 闇薙
第四章 因果希求のディヴォーテプレデター
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 指定された時刻は夕暮れだが、夕暮れまでに何もないという事はあり得ないだろうと和仁は勝の性格を鑑みてそう断定していた。しかしながら、それより先に学校へ向かっても何の収穫も得られないだろうとも、また同時に理解していた。


 勝の性格を狡猾とは称さない。がしかし、彼の性格を周到だとは理解している。だからこそ、今回の計画に不備を見出すことは難しいだろうという事も容易に想像できる。周到に計画を練り、それを実情に合わせて執行する能力に関して、あの男は他の追従を許さない。例え自身に成しえる能力が足りなくとも、周囲の状況を計画に取り込むことで効率的に目的を成し遂げる能力は、悲しいかな彼の能力不足を物語るからこそ、磨き上げられた彼の武器だった。



「それで、私に声をかけたのか」


「駄目だったか親友。遊ぼうぜー。これ土産な」



 手に持った土産、コンビニプリンを手渡しながら和仁は肇にそう言った。そんな彼に対して土産を受け取りながら、肇は苦笑を隠さない。



「駄目とは言わないけどね。君はもう少し空気を読んだ方が良いと思うよ?」


「空気を読んでも読まなくても瑞葵の機嫌は急降下するのが見えてるからな、だったら好きに動いた方が、まだ俺の精神衛生上いいだろ?」


「私の精神衛生の事も考えてくれよ、瑞葵嬢の事だけでなくね。君、最近家を襲撃した男だろ?」


「そんな昔の事は忘れたね。それに駄目だったのか?」


「まさか歓迎するさ。なにせ私は安い女だからね」


「自分で言うのかよ」


「ああ、君が休みの日にまでわざわざ会いに来てくれた。それだけで、機嫌のよくなっている安い女さ。たとえ君が、僕に会いに来てくれただけだとわかってはいても、前回の事に対する謝罪だとしても」



 男性人格を表に出して肇はそう言った。


 それに和仁は何も答えることなく、ただ出されたお茶をすする。香り高く甘い風味に口元を綻ばせて、目の前の庭に視線を向ければ、色付き始めた木々の彩色と静寂に響く鹿威しの音が三位一体となって彼をもてなした。ついたため息まで彩に加わるが如く。芸術面の才覚を和仁は持ち得ていないと思っているが、こういうのを見ると確かに心が震えているのを自身で感じ取っていた。



「相変わらずすごいな」


「君が無茶苦茶にした後、直すの大変だったんだから、有難く見てくれ」


「ばっか、あんまりぐちゃぐちゃにしたくないから一撃でケリをつけてやった俺の慮りに対して、なんてこと言いやがる」


「慮るなら、うちの神様に対して慮ってほしかったなぁ。これでも霊的国防における要を担ってたのに、君に一撃で砕かれてから、心ぽっきんしてるんだよ? 神様がそうなると後に響くのに」


「悪かったとは言わねーよ。神意を百パー発揮できる神様相手に手加減なんて出来るわけがないだろ。まあ、神意隔絶だろうと結局、器の限界以上の性能何て出せないんだから、もっと頑張らないとな。鍛え方が足りないぜっ」


「うーんこの、完璧な器を保有しているからこそ言えるセリフ。言っておくけど神意で強化された僕の体は、並みの神様を上回るんだぜ?」


「だから? 鍛錬の無い肉体とか、修練の無い技とか張り子のトラにも劣るね。使いこなせるわけないだろってんだ。壊れる事前提で超過駆動しようが何しようが、そもそもの性能だけはで絶対に届かない領域ってのはある。日々鍛錬、結局これが一番大事なんだよ」


「ステイタスだけで見るなら上回っていたのに、圧倒的技量差でねじ伏せられたからその言葉を認めない分けにはいかないけど……普通の人間は虎には勝てないものだよ?」


「虎の一匹や二匹素手で御せずして武芸者なんて名乗れないんでね。師匠に笑われる」


「……その理屈は正しいのかな? 君だからこそって気もするけど」


「人の十年を軽く見積もるな」



 まあ、勿論それだけで神様を宿した相手に勝てるかどうかは別である。特に和仁とて転生者。神話時代の英雄をかつてに持つ、異端者であるのだから。とは言え彼が修めた業を否定する事は誰にもできないし、また彼が積み上げた鍛錬が無意味だったという訳でもない。単純明快にそれだけではだめだという事だ。



「神様を宿すことが間違いなんじゃない。その領域の天才は何人か知ってる。知ってるけど、世に名を轟かすにはそれだけじゃダメってことだ。天賦の才覚に努力が伴わなければ、才覚が腐るぞ」


「例えば……うちの生徒会長のようにかい?」


「なんだそれ、どういう意味だ?」



 肇の言葉に和仁は目を細めた。そんな彼の様子を彼女は意外そうに見る。



「あれ? だから今日、わざわざ僕の家に来たんじゃないのかい? 囚われのお姫様を救い出すためのヒーローが君に与えられた役割なんだろう?」


「聞いてないな。お前は誰にそれを聞いた?」


「もちろん、あのお猿さんだけど?」


「野郎、瑞葵の役割を伏せてやがったか」



 どれだけ過保護な男だと思われてるんだ。なんて愚痴をこぼしながら和仁は再びお茶に口をつけた。予想よりも落ち着いた様子に肇は首をかしげた。それに対して苦笑しながら気にするなと言わんばかりに手を振って応える。



「夕方があいつのお好みだ。それ以外の時間帯に向かってもこちらに利はないさ」


「意外だね。君の事だ、赤霧のお姫様の危機となれば即座に向かうと思ったけど」


「危機というほどの物でもない。サルが手綱を握っている以上、失敗はない。自分の手で決着を付けたいみから、瑞葵を宥めるための餌として俺の役割を定めたってことだ。まあ、好いた女を救うなんておいしい役回り誰かに譲れるものじゃないわな」


「……どういうこと?」


「背景は多分お前の方が詳しいんじゃないか? 俺は生徒会メンバーの背景について詳しい事は知らない。知ってることは、かつて魔法少女として世界を救ってくれたという事くらい。だが、あいつの事はまあ、腐れ縁程度には知っているから」



 それを聞いて肇は軽い相槌を打った。特に関心を抱いている様子もなさそうだ。まあ、別に親しくもなければ、近しくも無い生徒会メンバー。その背景なんて興味がないのが普通だ。彼女にしてみれば事件の解決に和仁が動く。それさえ確認できればそれでよかった。万事うまくいくと肇は疑っていない。学生レベルの元魔法使いが引き起こす事件に和仁が介入すること自体オーバーキルだと思っている程、彼の実力は隔絶しているのだから。



「それじゃあ、お昼は食べていくんだね?」


「お言葉に甘えていいのなら」


「いいよ、私が振る舞ってあげる。久々にね」


「はっはっは。親友、信じているぜ?」


「いやだよ、愛しい人」


「……いや、マジでお金ないんで、な?」


「あははは。ご飯集りに来たお馬鹿さんにはちょうどいい罰でしょ?」



 にこやかな笑みを浮かべる肇のそれは間違いなく乙女の顔で、それを見た和仁に出来る事は瑞葵に対してする言い訳を必死に考える事だった。そんな和仁を見て肇は抱く。立ち去らない和仁に対して感謝と、少しばかりの意地悪な気持ちを。








 昼ご飯を食べて日課の鍛錬をこなして、その後一緒に肇とじゃれ合って気が付けば夕方だった。引き留められることもなく、また週明けの再会を願って二人は別れた。そして和仁は一路学校へと向かう。

 日はもうすぐ落ちる逢魔が時。魔に合う時間帯であり、まだ間に合う時間帯。手遅れになっていないだけの時間帯を指定するあたり、あの男の本気が伺えたが、結局止めてほしいのか止めてほしくないのか勝の心の内を和仁は全て見通せたわけではなかった。まあ、心の内なんぞ本人さえもそうそう見通しきれるものではないが。



「よっと」



 閉められていた校門を軽く乗り越えて向かうのは体育館だ。


 凄まじい魔力が渦巻いているのが遠目でもわかる。魔法に関して適性がまるでなくてもこれほど濃密な魔力なら一般の人間は近づけないだろう。そこへ和仁は躊躇いなく近づいて扉に手を掛けた。



「あら?」



 そこまでして、何の反応も無い。


 その事に違和感を抱いて生徒会室の方を見るが、何かしらの動きがあったようには見えなかった。首をかしげながら、取りあえず瑞葵を救出するために声を掛けながら扉を開ける。



「おーい、迎えに来たぞお姫さん」


「死ねっ!!」



 ドラゴンハウル。とどろく死の咆哮。


 殺意と魔力と視線だけで並の人間なら十度は心臓が止まろだろう破壊の波動が和仁を叩いた。それをにべなく受け流して体育館中央で生贄としてつるし上げられている瑞葵を見ると、苦笑しか出ない程に屈辱的な囚われ方を彼女はしていた。


 使われている道具はガムテープとロープだけ。


 複数の色のガムテープを自在に使い、色をもって意味を成し、巻く形によって陣を成し、瑞葵自身の魔力をもって完璧に彼女自身を抑え込んでいる。完璧なメビウスの輪にして、完璧な牢獄が目の前にあった。



「おお、すげぇなこれ」


「うるさい!! 早く解け!! 殺してやる!! 絶対に殺す!! この私を……この私を……何よりこんな姿をよくも貴方に……こんな無様、あの男の血潮を持って償わせる!!」



 全身に魔力を込めて、吸血鬼としてのそして龍種としての力を躊躇いなく全力にして、それでもなおピクリとも動かない。それをただのガムテープとロープだけで成し遂げているその偉業に和仁は感心しかできない。そんな和仁の様子を見て瑞葵は更に怒りの熱量を上げていく。全身が灼熱に焦げる錯覚。されど、現実にはただもがくしか出来ない。



「和仁!!」


「ああ、悪い。ちょっと見惚れてた。ここまで来ると芸術だぜこれ」



 言いながら彼は軽く腕を振るう。


 音も無くガムテープを切り飛ばした。


 どうやら瑞葵以外からの力の干渉に関して以外はまるきり普通のガムテープと変わらないらしい。その無駄のない術式の在り方に再び感心した。



「ああああああ!!!!」


 瑞葵の怒声が響く。


 全身に纏わりついていたガムテープ、そしてロープを一瞬で灰にして生徒会室の方を睨む。その瞬間。体育館が揺れた。渦巻く魔力が堰を切ったかのように一方向に流れ込む。その先は瑞葵が睨んだ先だ。



「は……ここまで読むかよ勝」


「あの、男っ!!」



 流れ出る魔力はとどまるところなく。


 あふれ出た魔力は三つに分かれ生徒会室へ、生徒会準備室へ、理科準備室へ。結晶化しても可笑しくない程の魔力は事前に敷かれた陣に満ちて、その術理を正確に現世へと映し出す。その術式を和仁は知らず、その術式を瑞葵は見知っていた。魔女である彼女にとっては見慣れた悪魔召喚の術式、悪魔との契約の術式。対価に彼女の瑞葵の魔力を捧げ、精緻たる魔法陣をにて間違いなく契約は成就するだろう。その陣を見て三人の嫉妬の視線の意味を彼女は悟った。



「あの女ども、私に嫉妬の視線なんて送ってくると思ったら、成程。魔法使いとしての力に対する嫉妬だったってわけね。負け犬風情と思ってたけど、ここまで精緻な計画を練るとは思っていなかった。絶対に許さない」


「落ち着け」


「落ち着けないわ。私の力を私以外に使われるなんて虫唾が奔る。どっちが上でどっちが下かを教えてあげなきゃ気が済まない。それに、私の魔力こんだけ持っていって、悪魔召喚だけで終わるわけないじゃない」



 瑞葵が言い終わらないうちに学校の上空を魔法陣が覆う。


 それに対応して瑞葵が指を鳴らした。



「今のは?」


「私のは結界を張っただけ。それにしてもこの魔方陣……?」


「どうした?」


「い、いや、分る。分かるんだけど、その……ちょっと、こっち」



 言って瑞葵は和仁の手を取って体育館の外へと出た。上空に浮かぶ魔法陣を必死に睨みつける。



「瑞葵?」


「わ、わかる。わかるけど、ナニコレ……嘘でしょ。人の言語でここまでの情報量を詰め込めるの?」



 瑞葵に反応に和仁は首を傾げた。専門家ではない和仁には魔法陣の善し悪しなんてわからないが、瑞葵の様子を見るにどうやら凄いものらしいという事は理解できる。魔法陣を見上げながらぶつぶつと言っている瑞葵を横目に、こちらへ向かってくる男に向けて片手を挙げて挨拶とする。



「こんばんはだな、勝。それで? 最後の仕上げを御覧じろってところか?」


「いや、俺の仕事はもう終わりだ。任されていたのは事前準備だけ。これ以上は会長方のお仕事さ」


「ふぅん」


「貴方……」



 二人で話していると勝に気が付いたらしい瑞葵が勝に対して殺意を叩きつけた。


 それを、真っ向正面から勝は受けると、興味なさげに再び和仁の方へと視線を移す。



「お前……」


 それを見て瑞葵は更に殺意を強めた。龍の幻影が彼女を覆い、幻影が事象となって具現化する一歩手前で。そこで、和仁が瑞葵の襟首を軽く抑えた。瑞葵の視線が和仁に向く。殺意ほとばしるその視線をあっさりとスルーして、彼は勝に説明を求めた。そんな和仁の様子に瑞葵は歯ぎしりしながら、怒りを抑え込む。吐く息より漏れる炎はご愛敬だ。



「それで? 会長方の目的は?」



「魔界と人間界の融合だろう。まあ、あくまでも現時点でのは、だが」



 淡々と言われた内容に瑞葵は言葉を失った。何せそれが行われれば人間の世は崩れ去る。あらゆる場所に悪魔が跋扈し、地獄と入り混じった現世ではどのような絶望が振りまかれるのか分からない。要するに世界の滅亡なのだから。


 だが、そう言った勝にしても、それを聞いた和仁にしても特に態度を変えることはなく。


「まあ、止めるけど、お前はどうするの?」


「勿論。付き合うさ」


「ふぅん。世界の危機とかあんまり興味ないと思ってたんだけど」


「世界の危機に興味はない。だけど、彼女たちが命懸けで守った世界を無為には出来ないんでね」



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