承
筆が乗ったので少し早いですが承を掲載します。
ついでにこれで10万字オーバー。
この物語も長くなりましたね。
時間が過ぎるのはあっという間だった。
それこそ、瞬きほどの時間に感じられるほどに短かい間で、約束していた日時にたどり着く。即ち昨日の翌日、今日の放課後である。教室まで呼びに来た勝に連れられて来たのは生徒会室の隣にある部屋だった。
生徒会準備室。
生徒会活動で使ういろんなものを突っ込んである部屋で、去年の学園祭で使ったものもここに突っ込んであるらしい。和仁はそれを探す手伝いとして、勝に呼ばれたのだ。
「不服そうだな」
「いや、不服だったんじゃなくて意外だっただけだ。そりゃ、お前の頼みだいやとは言わないけどさ」
棚から引っ張りだされる段ボールを一つ一つ開封し、その中身を検めそののちにもう一度元の場所に戻す。中身位書いて示しておけよ思わなくもないが、そう思っているうちに勝がマジックを取り出して中身を段ボールにメモしていく。抜かりのない事でと、思いながらメモを書いている間の手持無沙汰な時に和仁は聞きたいことを聞くことにした。
「昨日、瑞葵に迫られた」
「惚気はよそでしてくれっての」
「惚気じゃない相談だ」
「正気かよお前」
和仁の言葉に勝は一瞬手を止めて、和仁の方へ向き直った。だがすぐ、段ボールの方へと向き直ると、再度中身について書き込んでいく。そんな勝を眺めながら和仁は再び問いを発した。
「俺は瑞葵を愛している」
「だから惚気んな。俺に死ねと言わせないでくれって」
「そういう訳じゃない。たださ……なんていうか、あいつ焦っててさ」
「焦る? 何にさ」
「それが解らないから、お前に聞いてるんだ。……あいつ、何に焦ってたんだろう?」
「知るか……と言いたいところだけどな、俺に相談したってことは何か? 生徒会メンバーがらみなのかそれ?」
「ああ、関わってるんじゃないかと思ってね。それで聞いておきたくなった。生徒会の面々は一体何を企んでいるのか。その事について詳しくな」
和仁の言葉に、勝は沈黙で答えた。
その沈黙をして何かを企んでいる事の確信を和仁は得た。ここで誤魔化さないあたりが勝の良いところだなんて、思いながら彼と視線を絡み合わせた。
勝は何も答えない。
淡々と、段ボールに文字を書き込んでいくだけ。
「成程、答えてはくれないと。なら、一つづつ、ここまでの状況から類推するとしよう」
言って和仁は背を勝とは反対側の壁に預けた。様子の変わらぬ彼を見ながら、ここまでで得た手がかりを一つづ指を折りながら確認していく。
「まずは一つ。昨日お前が語った魔法少女の話。次は二つ目瑞葵が受けた嫉妬の事。続けて三つ目瑞葵が見せた揺らぎ。最後に今日お前が俺を呼んだ理由」
「そう上げられると一目瞭然だったかな?」
「まさか、全くわからない。今でも、どう繋がるのかさっぱりだ。少なくとも俺はお前の事を信じているから、お前をぶちのめして聞くなんてことはしない。だが、安心するためにヒントが欲しいってのは、お前に対する甘えかな?」
マジックの蓋を締める軽快な音が響いた。
微笑を浮かべる和仁に対して、勝は小さくため息をついた。そのまま、準備室に置いてある椅子を指した。応じて和仁がそこに座ると勝も目の前の席に腰を下ろす。
「ここで何も語れないってのは不義理か?」
「まさか。お前がそっちのほうがいいって判断したなら俺はその判断に従うさ。お前の判断だ、間違いはないだろ」
「どうかな、最近は何が正しくて何が間違っているのかさえ俺には判断がつかなくなってきている。今回のことだって……いや、それを俺が言うのは間違いか……」
二人の間を沈黙が包む。
その沈黙を和仁は破ったりはしなかった。ただ、いまだ残る夏の残り香に胸元を緩めることで熱を逃がして対処する。頬を流れる汗を手の甲でぬぐうと、少し気分が楽になった。
「……悪い、またやっちゃったみたいだな」
「別にいいさ。それにしても、相変わらず大変だな、それ」
「慣れたつもりではあるんだがな。それでも、オーバーフローは来る。無能たる由縁だよ」
「能が無いんじゃなくて、能を削られてるんじゃ仕方がないとも思うけど。三割だっけ?」
「大体そんなもんかな。状況とか時間帯によってはちょっとばかり上下はするんだけど」
「止めようとは思わないのか?」
「これが代価で、これが誓いだ。止めるもくそもない」
「ご立派なことで」
そういうと和仁は椅子から立ち上がった。それに応じるように勝も椅子から立ち上がると、先導するように準備室の扉を開けた。
「次は?」
「理科準備室。またいくつか荷物の確認を手伝ってくれ」
「りょーかい」
二人で言葉を交わしながら次の場所へと向かう。
その途中で、階段から降りてきた少女たちと鉢合わせした。
「会長」
生徒会長を先頭に、副会長、会計と生徒会メンバー勢ぞろいだ。その中に瑞希がいないことに和仁は首をかしげたが、あれはあれでいろんな準備を一人でこなせるタイプだ。ほかに仕事を回されたのだろう。
「勝君。……ごくろうさま、学祭の準備は順調?」
「ええ、まあ。あとは理科準備室においてある備品の確認だけです」
「備品の確認か。そう、瑞希さんが増えて少しばかり手順が変わったようだけど、大丈夫かしら?」
「まあ、特に問題はありません。少しばかり内容が変わる程度ですので、あと20分もあれば恙なく終わりますよ」
「……それはよかった」
勝から進行状況を聞いた後真央はちらりと和仁へ視線をやった。深く、まるで和仁のすべてをのぞき込もうとするようなぶしつけな視線。それが三つ。生徒会メンバー全員からほぼ同時に向けられたことに眉根をひそめた。
「ごめんねー。こいつ、とろくてさ」
「いえ、そんなことはないですよ、副会長」
「ほんとにー? でも非力で、愚図で、スケベで、どうしようもないだろーこいつ」
「由利」
「あははは、ごめんって会長。ジョーダンだよ、気を悪くしないでねサル」
「気にしてないよ」
頬を掻きながら勝が副会長にそう返すとそれに乗じるように会計の少女が彼へと飛びつきながら言った。それを彼はよろめきながら受け止める。飛びつかれた彼の表情からは何かしらを読み取る事は出来ない。喜ぶことも、悲しむことも無く平然と言葉を返す勝に和仁は小さく首を傾げた。
「そーそ、そこがサルちゃんのいいとこなんだからさー」
そんな勝の様子に触れることなく彼女はそう言って勝の背中に体を押し付けている。
ギャルっぽい印象そのまま行動だ。エロ猿なんてあだ名を自分たちで広めた割に、仲は良い事に和仁は頭を掻くしかできない。しかしそれはながく続かない。べたべたと過剰なスキンシップを行っている彼女を真央が押しとどめたからだ。
「蜜柑。あなたも勝君の邪魔をしないで、私たちの仕事を終わらせますよ。今日も最終下校時刻ギリギリまで残りたいというのなら止めはしませんが」
「それは勘弁かなー。というわけでまたねサルちゃん」
「んじゃ終わったら生徒会室で合流な。うちらも用事済ませたらすぐに向かうから」
そういって二人は勝と和仁の隣をすり抜けて、本校舎のほうへと向かう。
そんな二人の態度に真央は少しばかり頭を抱えて、それでも気を取り直したのかもう一度和仁たちへと頭を下げた。
「ごめんなさい。二人ともいつもはあんな風じゃないんだけど」
「ん? 気にしてないから別にかまいませんよ、会長」
「そう、それならいいんだけど」
「それよりも……」
不意に和仁は思い浮かんだ質問を切り捨てた。
その質問の内容が彼女に聞くような話ではなかったからだ。
「それよりも?」
「あーっと、学祭って結局いつからなんですかね?」
「来週の金、土、日だけど。あなた、そんなことも知らずに準備をしていたの?」
「あはははは」
「あきれた。それほど大きくはやらないとはいえ、クラスでの出し物もあるでしょうに」
「そうだっけ? 勝知ってる?」
そう聞いた和仁に対して勝はため息をついて、その呆れを彼に示した。
「お前らのクラスは演劇で体育館の使用申請が出てたぞ。ってか、劇なんて大掛かりな出し物やるのに、なんでお前知らないんだよ」
「はて」
「はて、じゃないが」
ジト目の生徒会メンバー二人から和仁は視線を外す。すると先ほど本校舎へと向かっていった二人が、何やらいろいろと作業しているのが見えた。マジックで定位置線でも書き込んでいるらしい。右だの左だの声が遠くからでも聞こえた。
「行かなくていいんですか?」
「行きますけど、もう少し学校行事にも進んで参加してくださいね、三上君」
「まあ、考えときますわ。……そういえば」
「そういえば?」
「瑞希先帰りました?」
「……ええ、彼女の出番はもう少し先でよさそうだから」
「ふぅん?」
真央の言葉に違和感を抱きつつも、ここで突っ込んでも答えないだろうと予想して、和仁は引き下がった。先に切り捨てた質問と同じく、聞くなら勝の方からの方がよかったか。
「では、会長俺たちはもう少し作業がありますので」
「ええ、よろしくお願いしますね」
「任せてください」
最後に勝が一礼して、真央の横を抜けた。それに倣って和仁も一礼をして勝を追いかけた。速足で歩いているわけでもなかったので難なく追いついて真横に並ぶと、すぐに理科準備室が見えてきた。そこで和仁は勝に対して先ほどの疑問について聞いた。
「なんで会長、瑞希が先に帰ったなんて嘘ついたんだ?」
「赤霧さんが残って、いろいろと画策してるのがお前にばれると困るからだろ。例えば文化祭のサプライズの準備とか」
「……ふぅん」
「それより手伝ってくれ、さくっと終わらせて生徒会室に戻らないと後が面倒だ」
「なるほど、女の子のヒステリは度し難いからな」
「そりゃ道理だ。んじゃ、また指示を頼むわ」
「ああ、まずはそこの右奥の棚の一番上の段ボールを下してくれ」
若干埃っぽい理科研究室。人体模型なんかを横目に見ながら荷物を下ろしていく。下した中身は勝が確認しその中身についてチェックを入れていく。出てくるもの出てくるものほとんどが学園祭に関係ないもので、それが和仁を僅かに苛立たせた。
「勝」
「ちなみに、サプライズのための予行練習は明日の夕方だ。一応の準備を終わらせて最後の確認をする。彼女さんの晴れ姿、一足先に拝みたいってならそのくらいに来れば拝めるぞ」
「……そういうことを聞きたいわけじゃ……」
「いや、お前はそういうことを聞きたいんだよ。さっき言い淀んだ質問の答えがそれだから」
有無を言わせない勝の言葉に和仁は首を傾げた。
しかし、そんな和仁に対して勝は何も言わず、淡々と段ボールの四方に走り書きを入れる。そして四隅に入れ終わると再び和仁を呼んだ。
「和仁」
「あ、ああ。んで、これ、元に戻せばいいの?」
「ああ、頼む」
「わかった。……にしても、昔から思ってたけどお前字、下手すぎ。お前以外読めんぞこれ」
「俺が分かればそれでいいからな。リストは後で作るし。とりあえずの応急処置だ」
「ふーん。……ああ、なるほどね」
「疑問はとけたか? んじゃ、次いくぞ? その右隣の箱だ」
「おっけー。にしても、何でわざわざサプライズの日付教えてくれたんだ? そりゃ俺的にはうれしいけどさ」
「約束は果たした。なら、義理も果たさなきゃ不公平じゃないか?」
勝の不器用さに和仁は苦笑した。
だが、それと同時に安堵感も抱く。
こいつのこういうところを気に入って親友やってるんだなんて、詰まらないことを思い出した。
「台無しにするぞ?」
「そもそもこの状況からして蛇足だ。いらない、余計なものなんだ。ならばいっそのこと台無しになったほうがいい」
「絶対恨み言ぶつけられるぞ?」
「覚悟の上だ」
言い切った勝にの目を見て和仁はこれ以上言葉を続ける気をなくした。
目は口程に物を言うというが、それを体現したような瞳をされては、こちらとしては文句のつけようがない。すべての責任を自分で取ることを決めた男の瞳。殉じることを良しとさせる、和仁の大好きな眼の光だから。




