起
第四章の起です。
感想お待ちしております。
感想には出来る限り返事させていただきますので、よろしくお願いします。
「随分と久しく浴びなかった視線をどうも生徒会の皆さん。それで、あなた方のご返答は?」
「赤霧瑞葵。……成程、アレの差し金ですか」
「いえ、今回はうちの恋人の差し金。それで、答えはいかがなのかしら?」
昼休みも終わり前、瑞葵は生徒会室へと足を運んでいた。
そこで浴びせられる嫉妬の視線。
持たぬものから、持つ者へと向けられる類の視線に少し驚きながらも平然と、彼女は自らの要求の答えを生徒会長に求めた。しばし瞠目して彼女は小さくため息をつく。そして
「もちろん、お手伝いしていただけるというのであれば、否はありません」
黒髪のボブカット。
黒縁の特徴のない眼鏡をかけた生徒会超然とした生徒会長。
色白の肌、穏やかな表情、成程これを生徒会長に据えたこの学園の生徒は見る目があると、妙な視点で思わせるほどに生徒会長らしい少女。誰もが好感を抱いく真面目さに気品さえ感じさせるほどに、彼女は生徒会長として完璧だった。容貌整い、その口元に浮かぶ微笑みに悪意など欠片も見えず、だからこそ彼女の瞳の奥に潜むどす黒い炎が、あまりにも際立っている。
彼女に嫉妬心を抱かれる心当たりが瑞葵にはない。
しかし、心当たりなき嫉妬心の対象になるという事は彼女にとって日常にも等しい。特に気にすることも無いと割り切ろうとした。
「何かしら? 副会長さんに、会計さん」
「別に」
「何でもないってばー」
嘘だと彼女は直感する。
活発気な雰囲気を身に纏う副会長。今どきのギャルらしい雰囲気を身に纏う会計。
その両者ともに、瑞葵に対して嫉妬の視線を向けている。そしてそのどちらもが生徒会長と同質のそれともあれば、流石にその異常さに眉根を潜めるしかない。最初は彼氏持ちに対する嫉妬なのかと疑ったが、三者三様に美女、美少女。エロ猿というあだ名の一端に触れた以上、彼氏のいるいないが嫉妬の根源ではないだろう。であるなら、彼女たちが嫉妬を抱く理由が瑞葵には理解できない。となるならば……
「そりじゃあ、よろしくお願いします。最初に自己紹介をさせていただきたいのだけど、その前に生徒会の書記さんはどちらに?」
「彼には後ほどこちらから伝えておきますので問題ありません」
間髪入れずにそう返してきたのは生徒会長だった。それに応じて副会長、会計よりも援護の声が飛ぶ。実質的な多数決がこの場の空気としてある以上、瑞葵にそれをひっくり返す手段はない。おとなしく生徒会長の提案を受け入れて彼女の指示に従う事にした。まあ、知りたいことは知れた。三人ともとは、なかなかにあのエロ猿も業が深い。和仁の友人である以上、当然と言えば当然なのかもしれないが。
「類は類を呼ぶのかな?」
「赤霧さん?」
「ああ、何でもありませんよ、こちらの事です生徒会長。それより、どうして私の名前を? まだ私、名乗っていませんよね?」
「1年F組赤霧瑞葵さん。学園側が三顧の礼をもって招き入れた天才。この学園に通っていて知らない方が少ないでしょう?」
「あら、それは1年にして生徒会長を務めているあなたが言えるようなことかしら?」
「でもあなた、私の名前何て知らないでしょう?」
そんな毒の混じった言葉に瑞葵は何も言えなかった。
図星である。
彼女にとって学園の人物など覚える必要を感じさせない有象無象に他ならない。彼女が覚えているのは和仁とそれに絡む存在のみ。それ以外は全てが全て同質に価値がない。その驕りを目の前の生徒会長は当たり前のように見抜いていた。
「そうね。私、貴方の名前、知らないわ」
「1年F組、天川真央。貴方のクラスメイトよ、これからよろしくお願いしますね、赤霧さん」
「ええ、よろしく」
そう言って二人は握手を交わした。
だが、そこに友好の念は無い。
真央が抱くのは敵愾心。悠然と余裕を崩すことのない瑞葵に対する殺意にさえ似たその感情は、黒い炎をたぎらせる。それに対して瑞葵が抱くのは無関心だ。彼女が、彼女たちが織り成すであろう物語に興味はあっても、その物語を紡ぐ演者に対しての興味を欠片も示さない。その態度が真央の激情にさらなる火をくべるが、それさえも瑞葵の心にはまるで響かない。
「それじゃあ、やることが決まれば、私に連絡をください。それでいいかしら? 真央さん」
「……ええ。勿論」
にこやかな笑みを浮かべる二人。
その内心に天地程の違いはあるが、表面上は穏やかに二人は別れた。
あくまでも表面上は。
放課後。
瑞葵と一緒に帰宅する為待ち合わせ場所の校門へと向かう和仁を呼び止める声があった。そちらの方を向ければ、そこにはすごく疲れた顔をした勝の姿がある。
「どした?」
「自分の嫁さんの手綱位握っててくれ。この後のこと考えるとすんげぇ憂鬱なんだけど」
「なに? 瑞葵が何かしたのか?」
「別に赤霧さんが悪いって訳じゃないんだろうけどさ、なんというかこう、もう少し手心をだな」
「……いや、よくわからん。そもそも、そういうのも含めて想定してたんじゃないのか?」
「流石に、クラスメイトで生徒会長の名前も知らないとは思っても無かったんだよ」
「学園の主要人物の人となりは知ってるはずなんだけどな、あいつ」
「人となりは知ってても、名前は知らなかったのか」
「必要がない事は覚えない主義だから」
つまり名前を覚える程の相手じゃないという判断だったのだろう。
それを聞いて勝の表情が引き攣った。
「赤霧さんって言いたかないけど」
「社会不適合者だよ。当たり前だろ。正直、学校に通ってるのが奇跡ってレベルだぜ? もう少し他人に興味を持ってほしいと、常々思ってる」
「そうか、なら仕方ないなぁ」
完全に諦めの声を出した勝に対して、和仁も重々しくうなずいた。勿論、彼女が社会不適合者である事には理由がある。その生まれ、その身が秘める技術、何よりその身体能力。あらゆるものが普通とは隔絶している彼女に、普通に過ごせという方が無茶だ。そういう意味では彼女も被害者と呼べなくもない。被害を受けるのが本人ではなく、周囲であることに目をつぶれば、彼女に対して同情を抱くことも出来るだろう。
「もっとも、同情なんてされたくはないだろうけどな」
「何のことさ。それにしても、もう少し手加減してくれよ。うちの上、メンタル弱いんだから」
「弱ければ鍛えろ……と言いたいとこだけど、メンタル弱いの基準誰よ?」
「え? いや、そりゃ俺だけど」
「となると、判断が難しいな。弱いんじゃなくて、お前が強いという説が濃厚だ」
「俺が?」
「お前が」
「まさか、何をやらせても平均以下の成果しか出せない俺の精神が、そんなに強いわけないだろうに」
勝の言葉に対して和仁は何も言わなかった。
勝の言葉真実だったからだけではない。
何をさせても時間がかかる能無し。そう彼が蔑まれているのは知っている。
そして、和仁はその事を積極的に否定してはいない。確かに彼の性能はお世辞にも高いとは言えないからだ。しかし、性能が人間の能の全てではないこともまた和仁は知っていた。彼の事情を知らずとも、彼の身に起きている事実を和仁は見切っている。そして何より。
「何があっても、何を求められても、当たられた現状で精一杯尽くすお前が、精神的に弱いなんてとても言えないと思うけどね」
「そう言ってくれるのは、お前だけだよ」
「辛くはないのかよ、それで」
「別に。自分で選んで、自分で成そうとした事だ。辛い辛いと嘆くのはかっこ悪いじゃないか」
「成程。それは確かに重要なことだ」
「もちろん。かっこよさの為に命を張らなきゃ」
「す……いや、これ以上は野暮だな。頑張れよ親友」
「ああ、頑張ってるさ親友。だから、お前も赤霧さん何とかしろよ」
「鋭意努力の方向で一つ」
くだらない事で笑い合って、そして二人は別れた。
待つこと数分、学園より出てきた瑞葵にさらりと合流して、一緒に帰り道を歩く。すると、珍しい事に瑞葵から話題の提供があった。
「生徒会長……というか、生徒会のメンバーから嫉妬されたんだけど、何か心当たりある?」
「俺に聞く事かそれ? 俺が知るわけないじゃないか。ってか、勝からも嫉妬されたってのか?」
「いや、貴方の言うマサル君には会えなかったけど、他のメンバー全員から隠そうともしない嫉妬の目で見られたのよ」
「ふーん」
「何よ、随分と関心がなさそうね」
「そんな嫉妬の視線を受けて、ご感想は?」
「超、気持ちいい。いやぁ、ああいう嫉妬の視線が私を強くするのよねぇ。せっかく人が、格の違いをも見せつけてあげてるんだから、有象無象は歯ぎしりしながら嫉妬の視線を向けてこそでしょう。最近のクラスメイトには覇気が足りないから困る」
「そういうやつだよな、お前は」
「あら? それとも憐れんであげる方が良いのかしら? どれ程努力しても欠片も及ばない私に及ばない、そんな事実を可哀そうだと憐れんであげれば、貴方は満足?」
「いや、どっちかって言うと前者の方がまだマシだ。特にお前の場合はな」
「……ふん、一々シリアスにもっていかないでよ、軽い話題だったのに。……それにしても、貴方の友人が所属しているグループメンバーの程度があれなら、貴方の友人も大したことないのね。器が知れたわ」
挑発するように瑞葵はそう言った。瞳は縦に割れ、漏れ出る魔力は周囲を犯し歪ませる。漏れ出る呼気は熱を帯び始めて、彼女の影が揺らぎ龍の姿を幻視させた。浮かべるのは笑み。とても好戦的で、とても蠱惑てきなその笑みを和仁は容易く受け流す。
「男にまで嫉妬するなよ、馬鹿」
「うるさいな。嫉妬するわよ。貴方があなたの時間を割く相手は私だけでいいのに」
「無茶を言うな。俺を社会不適合者にするんじゃない」
「いらないじゃない、他の物なんて。私には貴方さえいればそれでいいのに」
情愛に濡れた瞳、灼熱よりもなお熱いその感情を和仁は受け止めて、唐突に訪れた生命の危機にため息しか出ない。こういう所を治したいと思っているのだが、なかなか現実は上手くはいかなかかった。
「こんな処で盛るなアホ」
「何処で盛っても、結局受け入れてくれないくせに。あーあ、恋人って何なんだろうね」
「互いが互いに対して恋をしている人じゃないのか?」
「そうね、きっとそう。だけど、君は本当に私に恋してくれてるのかな?」
のぞき込むように瑞葵はそう言った。らしくない不安げな表情。その額を和仁はデコピンで弾くことで答えとした。乾いた、いい音があたりに響く。
「いった……何するのよ」
「アホな事をお前が言うからだろう」
「アホって……貴方ねぇ」
「まあ、確かに俺はお前に恋はしてないかもな」
「っ!?」
「その代り、ほら、愛してるって胸張って言えるから、それで我慢してくれよ」
和仁がそう言うと、瑞葵が真っ赤になった。そのまま睨みつけてくる彼女に対して、どうすれば正解だったのか、誰か教えてくれと和仁は思う。
「相変わらず卑怯な男」
「何がだよ」
そう言った瑞葵に和仁はため息をついて、それに応じるように瑞葵もまたため息をついた。
「帰る」
「へーい」
指を鳴らして、瑞葵は切り取った世界を元に戻した。
いつの間にと思うが、瑞葵の魔法行使を気付いたところで止められるはずも無し、自身に害がなければ特に何かを言うつもりもなかった。
帰り道、夕日が沈むにはまだ少し時間のある時間帯。
熱の残るその感触に汗がこぼれた。




