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D壊の英雄  作者: 闇薙
第四章 因果希求のディヴォーテプレデター
19/35

四章開幕です。

お付き合いよろしくお願いします。










 回帰したのは日常で、過ぎ去る日々の穏やかさは疲れた体にはとてもやさしく響く。


 だから、これは仕方のない事だと和仁は言った。


 麗らかな朝の時間。


 眠りに落ちるのは人の性で、気が付けば昼休みに突入していたこともまた



「人の性かい? 今回ばかりは僕がどうこう言えるようなことではないけど、少しは考えないと、本当に留年するよ?」


「それはかっこ悪いな。あいつに対して示しがつかん」



 そう言いながら和仁は鞄より弁当箱を取り出した。いつも通り屋上へ向かう彼に対して肇は目を細めるだけで何も言わず、自身の弁当を取り出して自らの席に座ってそれを広げる。肉の少ない女の子らしい弁当を和仁は横目でチラリと見て、だけどそれが示す意味を追求することなく教室の入口へと向かう。


 小さなため息が聞こえた。


 ため息をついたのは当然肇で、そのため息を和仁は聞き取っていたが聞こえないふりをする。


 それを優しさというのか、厳しさとするのか、肇自身にはいまだにわからないけれど、和仁らしいけじめのつけ方だとは思っていた。だから、そんな風に無下に扱われても動じることもない。



「カズ、良かった、まだ居た」


「サル? どうしたよ?」



 屋上へ向かう和仁を呼び止めた声がした。


 聞き覚えのある、明るい声の方を見てみればそこには和仁の思っていた通りの男がいた。


 身長はそれほど高くなく、人懐っこい笑みを浮かべた少年だ。名前を佐山勝という。マサルという下の名に加えて、そのすばしっこいその動き、細やかなことにまで目が届き、あくせく働く様からサルなんてあだ名をつけられた和仁の友人だった。



「もうすぐ学園祭だけどさ、お前部活とかして無かったよな?」


「ああ、してないけど?」


「そりゃよかった、なら明日の放課後、時間をくれる?」


「明日? 別に特別な用事は無いけど……」


「なら、頼む。明日俺に付き合って欲しい」


「お前の用事に付き合う事を嫌だとは言わねーけど、その言い方は辞めろ誤解を招く」


「大丈夫だって。俺、女好き公言してるし」


「それを建前として、男同士の友情を恋愛感情に置き換えるのが最近の流行りらしいぞ?」


「誰情報だよ?」


「肇」


「あのさぁ。あれは元々が女じゃないか。ん? いや、女の子の情報だから真剣に考えた方が良いのか?」



 首を傾げ始めた勝に和仁は軽く肩を叩いて正気へと戻す。そして、そのまま連れ添うようにして歩き始めた。向かう先は屋上への階段だ。いつも踊り和仁の事を瑞葵が待っている。それを知っている勝はお熱いことでと茶化す言葉を胸の内にとどめながら、和仁の隣についた。そんな勝に向けて和仁は問いかける。



「それで? 結局明日何させんの?」


「学園祭に向けての荷物整理だ。何人か当たったんだが、どうにも歯切れが悪くてさ。悪いけど頼めるかな」


「俺だって、明日も恋人とイチャイチャする系の仕事があるんだが」


「それは承知しているさ。だけどほら、友人から助けを求められて、断るような奴じゃないと思ってもいるよ」


「お前が俺に助けをねぇ」



 そう言うと和仁は勝の方へと向き直った。


 いつも通りの人懐っこい笑みを浮かべた、和仁にとっての親友。その付き合いは小学校のころからで、そこ頃から厄介ごとをさらりと持ち込む男だった。そもそも、この男が和仁に手助けを求める事なんてほとんどない。いろんな女の子に声をかけて振られてばかりな、何時もの姿からは想像しにくい事ではあるが、佐山勝という男は有能な男だと、和仁は確信している。故に、こいつが手を貸してほしいと願う時は、つまりこいつだけでは解決できないような難事が待ち構えているという証左でもある。



「答えは?」


「わかった。明日の放課後だけでいいのか?」


「ああ。それで大丈夫のはずだ」


「うい。じゃあ、俺屋上で飯食うから」


「おう。んじゃ、明日の放課後よろしく」



 内容も説明せずに去っていく勝に和仁の目が僅かに細まるが、それ以上に和仁には心配事があった。だからこそ、彼への問いを途中で切り上げた。無論、そこには勝に対する信頼もある。無茶な事は言えど、無理なことは言ってはこないだろうという信頼感。小学校時代からの友人同士に通じる、無垢なまでの信頼。それを和仁は勝に抱いていたから、不安を抱いたいたとはいえ安請け合いをしたのだ。


 するすると昼休みの喧騒を抜けていく勝の後ろ姿を見ながら、一度だけ和仁は後悔をして。そして今度は心配事を解決するために屋上へと向かった。さて、今日のお姫様の機嫌はどうなっているのか。







「それで? 一体何を手伝わされるの?」


「さあ? その辺はサルに聞いてくれ。俺は聞いてないんでな」


「貴方ねぇ。がつがつ人の作ったお弁当ばっかり食べてないで、少しはそういう事に頓着しなさい。あんまり安請け合いしてると、便利屋になるわよ。ましてや相手はあのお猿さんなんでしょう?」


「あれ? 知ってたっけ、あいつの事」


「有名人だもの。少しくらい聞こえてくるわ」


「どういうの?」


「学園一のエロ猿、尻軽男、生徒会の汚点。ほかにもいろいろ聞くけど、メジャーどこはこういうのかしら。本当にあなたの友人なのかしら?」


「どういう意味だ?」


「友人は選べということよ。別に生まれの良し悪しなんてものを選考の基準に入れろなんて言わないけれど、その行状の品位くらいは取捨選択の判断基準としなさい。そうでないと、安くみられるわよ?」


「安くみられて困ることは……あるか。なるほど確かにお前の言うとおりだ。これからも気を付けるさ」

「ふぅん? なるほどね。……まあ確かに、私は本人を見て判断したわけでもなし、あなたの見切りに文句をつける筋合いなんてないけど、彼の噂話、少しひどいわよ?」


「生徒会の一員だってのに、だれ一人あいつのことをかばうわけでもなく、噂を放置してる。つまりはそういうことだろう?」



 和仁の言葉に瑞希その目を細めた。


 冷徹に自身の知る噂話をまとめ、整理してその後に今の生徒会構成メンバーの情報を思い返して、真実を見抜こうとしているのだろう。しばらくして、彼女の表情がいつものに戻った。



「情報が足りないわね。生徒会長のことは少しばかり知っているけど、思い返してみれば佐山君の事を、私よく知らなかったわ」


「そりゃ、そうだろう」


「これでも、この学園の需要人物についての情報は集めたつもりだったけど、彼に関しては良くない噂が先に立ちすぎていて、詳しいことを集めるまでもないと切ってしまったのが敗因ね。全く、よくやる」



 そういうと彼女は苦笑した。


 どうやら、生徒会長の思惑に行き当たったらしい。まあ、だからと言ってその思惑に対して何かするつもりもないのだろう。面白いものを見つけたときの顔で、にやにやと生徒会室の方へと視線を向けた。


「面白い。俄然興味が沸いたわ。ねえ、和仁、そのお手伝いって私も参加できるの?」


「無理だろうな。少なくとも、サルが持ってきた仕事にお前が回されることはない。手伝いを申し出ても別の仕事に回されるんじゃないか?」


「ああ、それはそうね。だけど、学園祭の準備を手伝いたいと願えば、生徒会役員のそばで鑑賞することくらいはできそうじゃない?」


「まあ、それくらいならできるだろうが、いいのか? いろいろと忙しいお前が、こんなことに巻き込まれても?」


「もちろん。楽しい恋愛ゲームを特等席で見せてもらえるというのなら、多少の厄介ごとに巻き込まれるぐらい構わないわ。学園祭の準備くらい片手間で解決できるような案件だし」



 うきうきと弁当をかたずけ始めた瑞希に対して和仁は小さくため息をついた。確かに瑞希のスペックなら学園祭の準備くらい簡単に終わらせられるだろう。彼女にとってはどんな厄介ごとも多少の中に入るほどに彼女のステータスは高い。邪な意図さえなければ例年よりもずっとスムーズに学祭の準備を終わらせるだろう。



「それじゃあ、私生徒会室に学際の手伝いを申し込んでくるけど、和仁はどうするの?」


「飯食ったら、教室戻って肇とだべるか寝るけど?」


「そんな風にさらりとあの女の名前を出すあたり、あなたのことをとてつもない恋愛巧者だと勘違いしそうになるけど、全く他意がないあたり女泣かせよねぇ」



 面白そうなことと、和仁が浮気相手候補と楽しくおしゃべりする事をほんの少しの時間天秤にかけ、和仁の誠実さを信じることに決めて、瑞希は屋上の出口へと向かっていった。


 そんな彼女を見送って、その後に和仁は空を見上げた。脳裏に奔るのはおそらくここまでを読み切った友の姿。どういう意図で、如何なる意味があってかは理解できないが、こうなることを予想できない男ではない。つまり、ここまでは想定通り。



「さて、どういうつもりなのか教えてくれる気はあるのかねぇ?」



 利用されていることは理解している。しかし利用されてさえ、和仁は勝に対する敵意を抱けなかった。あれは、適材適所を見極めるのがとても上手い男で、そんな男がこんな風に割り振った以上、それ相応の理由があるのだろう。高々学園祭の準備で和仁を引っ張り出してくるほど、人手が足りていないとは聞いていない。そもそもからして和仁を学園祭の準備に引っ張り出したところで、どこにでもいる普通の手程度にしかならない。とあれば……



「何かしら、策謀でもあるのか?」



 学校で? しかも学園祭で? 妙な話だ。


 しばし考えて和仁はその思考を放棄した。


 そもそも考えるのは和仁の性に合わない。そういうのは適性のあるやつに任せている。例えばそれは瑞葵であったり、勝であったりだが、その勝が何も言ってこない以上、隠す気である以上和仁では正解にはたどり着けないのだろう。ならば、考えるだけ時間の無駄だ。



「にしても、あいつ……」



 思考を振り払えば和仁が考えることは一つしかない。


 無論愛しき恋人の事だ。


 意気揚々と生徒会室に出向いていった彼女だが、生徒会室が今どういう場所なのか理解しているのだろうか。肇より伝え聞くに魔女の巣窟。勿論、本物ではないがそれでもそれに近しい場所に成り果てていると和仁は聞き及んでいた。そのことも当然瑞葵に伝えてはあるが……



「まあ、あいつなら大丈夫か」



 そもそも龍に覚醒した吸血の姫君。


 存在の位階は魔女を通り越して悪魔の域。とするならば、魔女ごときに後れを取るとは思わない。思わないが……



「持ちえない者の嫉妬はきついからなぁ」


「そう言ってやらないでくれよ、和仁」



 呟いた言葉に苦笑以上の引き攣りを表情に出した勝がそう言った。


「サル。なんだ、こっちに来たのか」


「ああ、お姫様が下に降りていくのが見えたからな」



 当然、和仁のセリフは皮肉である。こうなることを予想しながら仕事を頼んで来た勝に対して、その意図を崩すことなくうまく回した自身に対して説明を暗に要求したのだ。それに対して勝は苦笑を隠さず現生徒会長、そしてそれを含む生徒会役員メンバーをさらりとフォローしたという訳だ。


 勝は和仁の隣へと座る。時期としては夏より秋に掛けて、日差しは変わることなく鋭く肌を刺す。だが、それを構うことなく、その場をしばし沈黙を支配した。とげとげしさを感じない、心地よささえ感じさせる沈黙。



「説明してくれるのか?」


「背景位ならな」


「背景?」


「どうして、こんな事をしでかすに至ったか。そこに至るための始まりの物語。誰にも知られず、誰にも理解されないと知って、それを是とした女の子の話。それを、是と出来た女の子話だ」


「あんまりそそられない話だな。お前がするような話じゃなさそうだ」


「俺だって、かわいい女の子のことについて話したいんだけどさ」



 どうやら、そうもいかないらしい。


 そんな風に勝は笑って話し始めた。


 とてもつまらない話だ。


 すでに終わってしまった話を後から聞く以上仕方のない話なのかもしれないが、全く面白くない話。


 かつて魔法少女がいて、かつて世界を脅かす魔女がいて。


 魔法少女がその魔女を止めた先に、その魔法を失ってしまったなんていう。


 どこにでもあるお話。


 悲劇で終わらず、誰もが泣かない完全無欠のハッピーエンド。そんな話をされても和仁は困った。文句のつけようのない話をされて、どうやってこれ以上話題を広げればいいのか困惑以外浮かばない。それでも・……



「知っておいてくれ。それが背景なんだ」


「完全無欠のハッピーエンドのお話を、それも魔法少女の話なんてされても、リアクションに困るんだが……」


「完全無欠……か」


「違ったのか? お前の話口調ではそうだったじゃないか。悪者は討たれ、正義は勝ち、全ての流れは元に戻る。これ以上は難しいと思うが……」


「ああ、そうだな。お前の言う通りだよ。物語ならそれでよかった。これ以上続きがなければ完全無欠は完全無欠でいられたんだから」



 ため息が漏れた。


 どちらがではなく、どちらからも。


 そのため息の意味をお互いに測りかねている。


 だから……



「明日」


「ああ、明日。頼んだ」



 その言葉だけ交わして、二人は並んで屋上から降りていく。


 信頼した相手にこれ以上問うつもりは無い。


 だから、何も言わず。













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