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D壊の英雄  作者: 闇薙
第三章 正偽相食のダブルバインド
17/35

少し遅れました。

よろしくお願いします。





 その声の主は間違いなく目の前の少女だった。


 和仁のよく知る、そして何も知らなかった少女。とは言え、こうまで豹変すれば何かおかしいことは自ずと知れる。特に今回の場合はそれが顕著だった。



「気配が違う。鬼気が混じったって言うべきか……なんだお前」


「なんだ、とは失礼なガキだな。お前らの望んだ神だぞ? ほら、伏して敬うが筋であろうに」


「神様、ねぇ。俺は別に仏教徒でも神道に傾倒しているわけでも、ましてやキリスト教徒でもない。日本人の大半が属する都合のいい信徒だ。そんな俺に神様でござれと言われても価値がない。そういうのは、もっと熱心な人の前に降りてやってこそじゃないのか?」


「ふん。熱心な信徒など、我が自ら口説かずともよかろう。我が下りるのは、我を信じず、他の神も信じず、自らの力だけで生きているなどと嘯く不心得者の前よ。そう言った者を改心させてこそ、神の価値があろう」


「成程。一理ある」



 納得である。


 となれば、この神が和仁の目の前に現れたのは和仁を己が信徒とするためか。


 神様に目を着けられるほど、傲岸不遜な生き方をしたつもりは無いが……などと考えていると、目の前の神がジト目になった。



「まあ、此度は余りに我が器が不憫故降り立ったわけで、おぬしがどうこうという訳ではない」


「不憫」


「ああ、不憫よな。この娘、貴様に懸想しそれを秘めた。そこまでであれば我も不憫などとは思わなかったのだが……流石に、隠した心を暴き立てられ、その上で振られたとあっては、この娘に肩入れせざるをえまい。代々、織宮の一族には負担をかけている負い目もある。恋愛ごとの一つや二つ、かなえてやっても罰は当たるまい。そう思った次第でな」


「へぇ、あんた良い神様なんだな」


「良い、悪いなど人の物差し。我らを図るには小さすぎる。それほれ、我の降臨時の言葉を忘れたか? 我は幕を下ろさせぬために来たと。つまりは、茶々を入れに来たという事だ」


「茶々?」


「つまり、貴様らの恋物語をもう少し、面白くしてやろうという事さ。具体的に言えば三角関係とかな」

「あー、既に俺好きな子がいてですね。告白して付き合ってるんだけど……」


「知っておるよ。器を通じて下界の事は大抵の事を掴んでおるさ。無論、当代の体から見ておることも多いが、次代の体を検分するのも我の務め故に」


「それなら……」


「だからこそ、不憫だと言ったのだ。心を砕くは我らが為、肉を騙すは我らが為、最果てに全てを捧げるなどという宿業を背負わせたのは我らである以上、器の望みであるなら、どのような物でもかなえてやりたいと思うのも、また神心にほかならずという訳だ。ほら、同じ自らの子でも、こっちの事を全く顧みない放蕩息子より、歯を食いしばってでも親孝行してくれる娘に甘くなる、みたいな?」


「なるほどね、それは確かに余計なお世話だ」



 そう言うと和仁は肩幅に足を開いた。


 いかなる状況にも即応できる戦いの姿勢。

 状況認識としては当然だ。


 目の前の少女より放たれる神気。覇気、何より闘気。


 つまり、目の前の神は敵だ。それが、和仁にわかる唯一の事だ。



「成程、勘がいいな。いや、感がいいのか」


「やることは同じなら、どっちでもいいさ。そんなことより、どういう理屈で俺を殴る気になったのかくらい、教えてくれ神様」


「気分だ」



 その言葉に和仁は破顔した。


 仕方がないと諦めた。撤回させる気も、文句を言う気も消え失せた。成程、気分なら仕方あるまい。これ以上明確な答えなどなく、その気まぐれに対して、慌てふためくように抵抗することだけが、人に許された手段なのだから。神に対して立つという事はそういう事だ。それを和仁は誰に教えられる訳でもなく、目の前の神から感じ取った。



「やはり、感がいいな。いいぞ。その在り方は好感が持てる。器が惚れこむのも無理はない」


「……気分なのはわかったよ、神様。だけど、最後にもう一個だけ聞きたいことがある」


「良いが、これが最後だぞ?」


「ああ。それで、力尽くってのはどっちの趣味?」


「は……我の主義だ。貴様の義理堅さは見せてもらっている。この娘が孕めば、恋心の有無など意味を成すまい。貴様は生涯器に尽くすだろう。お前はそういう男だ」


「成程ねぇ」


「ふん……安心したか?」


「ああ。嘘でも、偽りで一応は親友やってたんだ。こんなことを自ら望んでやるような奴じゃない。そう、信じたことは間違いじゃなかった。それが解っただけでも、拳を握るには十分すぎる」


「やはり、女子より迫るは少しばかりはしたない。貴様もそう思うという訳か?」


「は……昼は貞淑、夜は娼婦がごとくなんて男のロマンの塊だ。迫られるのだって悪くはないし嫌いじゃない。そもそも、俺の恋人だって超絶肉食系だ」




 吸血鬼を肉食系というのは少し間違っている気がしないでもないが、同時にドラゴン系女子でもある。肉は大好物だろうし間違ってはいない。少なくとも最近のアピの仕方は肉食系のそれだ。



「ほう、ならば一体何を思う?」


「いや、恋愛ごとの苦難を人様に投げる様な阿呆でなくて安心した。ただそれだけの事さ」


「恋愛における苦難を取るに足らぬと? 心奪われたものに拒絶される苦しみを投げ出す事を、阿呆だとお前は言うのか?」


「当然。それこそ真髄だろうに。恋愛やってて、一番楽しいのは叶わない時だ。それを投げ出すとか、阿呆と言わないなら、ただの間抜けじゃないか」


「ふん。間抜けか」


「ああ。そして、だからこそ、あんたをぶちのめすための理由にもなる」



 拳を握る。


 姿勢だけでなく、構えを取って和仁は肇と相対した。


 ぶつかり合う闘氣。張り詰める空気。重くのしかかる圧力。それら全てが五分にまで跳ね上がった和仁の豹変を見て、肇は目を瞬かせた。その理由が神様には理解できない。希われることでその存在を大地に降ろす彼女には目の前の和仁が、他の人間と等号で結ばれない。まさしく理解の外にある何かだった。


「理屈に合わぬ。意味を言え」


「断るよ神様。おせっかいな神様」


「ならば、その身に聞くとしようか」


 庭園が破壊音に揺れた。


 叩きつけ合ったのはお互いの拳と拳。先に放ったのは肇で、それを叩き落して和仁は踏み込む。雅な庭園を傷にまみれさせながら二人は戦闘状態へと移行した。



「ほう」


「へぇ」



 そして、互いが互いの技量に息を飲んだ。


 肇が抱く神は、その技量をして、神話のそれと同格とみなした。それは彼が抱きうる最高の評価であり、同時に賛辞でもある。彼が知りうる神話のそれとは即ち、武芸の神様であるのだから。


 和仁は目の前の神の技量を正確に理解して言葉を失った。


 肇が神を降ろすという事に関して和仁は微塵も疑っていなかった。悪龍の転生存在、魔法使い、吸血鬼。そんな常識外れこそが彼の恋人である。神降ろしの儀式の何とありふれたことか。そんな状況下で神様が本当に降りてこようが、まあ、そういうこともある。で済ませることができた。しかし……



「驚いた。肇の体でここまでかよ」



 肉体を鍛え上げているとは言い難い彼女の体でここまで動けるとは、流石に想像していなかった。神様としての性能に胡坐をかいた、そこそこの神様だろうと予想していた。そして、その程度であるなら打倒しうるだろうと、奢るでもなく順当にそう考えていた。


 神様とは自然の権化である。


 自然の神格化こそが、日本における神様の源流で、だからこそ八百万の神が存在しているお国柄だ。故にその神様の力はピンキリで、たとえ最上位だとしてもその力の上限は自然現象程度だと考えていた。それならば、乗り切れる。そう思っていたのだが……



「いや、自然現象舐めてた。反省するよ神様」


「は……これほどまで白々しい反省は聞いたことがない」


「いや、マジだって。どうにでもなるなんてのは流石に傲慢だったか。いや、それとも初めの事を見誤っていたか。神様を降ろすなんて言っても、大した神様を呼べるはずなんてない。そんな風に高を括っていたか」



 どちらにしろ想定外の事態ではある。


 予想をはるかに超えて、目の前の少女が抱く神性が強い。


 このままいくと、無傷で彼女を留めるのは難しい。



「ほう、勝てると吠えるか」


「当たり前だ。流石に神様の力引き出しただけの素人には負けねぇよ」



 その言葉に肇の眉が僅かに動いた。


 和仁の言葉が気に入らなかったのか、瞳が細くなる。


 そんな彼女の視線を容易く受け流し、彼はため息をつくように言った。



「いいからとっとと出てこい肇」


「な、なにを……」


「くだらない演技はここまでだ。流石に三度目は無い」


「……」



 和仁の言葉に肇は僅かに逡巡したようなそぶりを見せる。


 しかし、射抜くような和仁の視線に苦笑を浮かべながら言った。



「バレちゃった。なんで、気が付いたの?」


「神降ろしの儀式が完成して、神様に意識を奪われるなんて本末転倒だろう。更に強力な神様を呼べるようになったってのも考えたんだけどな、既に国防レベルの神霊を呼べるってなら、その点はあり得ない。となれば……神様の完全制御を成し遂げたって方が完成と呼べると思っていたわけだ」


「成程ね。だけど、それだけじゃ確信には至らないだろう? 君の言葉はもっと、確信的だった。その理由を私は聞きたいな」


「……」


「言わない。……そうか。成程、やっぱり彼女さんから何か言われたんだね。そして君は彼女の言葉を信じた。……私の言葉は信じてくれなかったのに」


「否定はしない。が、お前の言葉を信じなかったわけじゃない」


「ああ、わかっているさ。君は私を信じなかったわけじゃなく、彼女の言葉を疑わなかっただけだ。如何に嫉妬に狂い、如何に私を嫌っても、彼女は嘘をつかないという事を信じた。それだけの事なんだろう?」


「……まあ、それもある」


「それが、その無垢なる信頼が憎いよ和仁。私が欲しくて、欲しくてほしくて……壊れてしまいそうなほどに欲しかったもの。それを手に入れた彼女が憎い。ただ、誰よりも一歩だけ先んじただけの女なのに。君の嫌いな運命に愛されただけの女なのに。あれは君の愛を誰よりも受けている。それが、とても憎い。憎くて憎くて、嫉妬して、そんな自分があまりにも嫌になる」


「肇」


「憐れむなよ和仁。君にだけは憐れまれたくない。君にだけは同情してほしくない。君だけは悠然と彼女の事を愛してやればそれでいい。そして、時折こうやって僕に気を向けてくれるだけで、僕はとても満足だ。満足する。ああ、満足して見せるとも」


「……」


「ああ、だけどひどいな。とても、とてもひどいよ。新しい世界が見えた。自己を捨てた結果がこれだとするのなら笑えないけど、殻を破った結果がこれだから、世界はなんて残酷で、世界はなんて可能性に満ちているんだろうか。ひどい。ひどすぎる」


「……」


「可能性を見た。世界の広がりを見た。なら、手を伸ばすしかないじゃないか。失敗したとて君は許すだろう。君は身内にとても甘いから。恋人に叱られながらもきっと君は許すだろう。だから親友として忠告をしよう。きっと君には誰も言わないから。とても簡単なことだけど、きっと君は守らないから。それを誰もが解っているからこそ、君には言わないんだ。君のやさしさを、君の厳しさを誰よりも知っているから、私が言おう。」



 朗々と、何かに乗り移られたかのように……事実その身に神を宿しながら、神懸かりながら肇は和仁を見つめながら語り続ける。それは独唱の様で、それは天啓のようで、止めどころがなく、止めようがなかった。


 何より和仁に止める気が無い。


 肇の語る言葉を全て受け止めて、それを是としていた。


 それは仕方のない事だ。


 何故ならこの言葉は彼女の恨み節で、彼女の愚痴で、彼女が彼にぶつける為に吐く言葉だ。その言葉が意味することはただ一つ。



「私を許すなよ、和仁」


「ああ、約束する」


「嘘つき」


「お互いにな」


 その言葉は失恋を受け入れることはできない、戦う前から引く事は出来なかった少女の、血を吐くほどに悲痛な叫びだった。そして、同時に言葉で叶わなかったことを力尽くで叶えようとする、浅ましく醜悪な自分に対する戒めであり、彼からの許しを求める免罪符でもあった。


 だけどきっとは彼は許すのだろう。


 彼は優しく、彼は甘く、彼はとても強いから。


 それが強者の義務として、当然のように彼は受け入れるのだろう。


 その強さに憧れを抱いた。


 その強さにこそ惹かれたのだ。


 いかなるものが迫り来ようとも決して揺るがぬその強さに、自己の性別さえあやふやにしてしまった彼女が惹かれるのきっと道理だった。



「それじゃあ、行くよ和仁」


「ああ、いつでも来いよ。ただし、受け入れるつもりは無いぜ」


「ああ。知ってる。その強情さこそ、まさしく君だ。私が神様に頼ってでも欲しかった君」



 恍惚の表情で肇は和仁に疾駆した。


 男としてこれほど女に求められるのは本望。だけど、踏み外せない道もある。


 だから和仁は再度拳を握る。


 今回も力づくとなるこの状況下に、ため息を添えて。


 その結末は語るまでも無く。ただの一撃でケリがついた。



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