表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
D壊の英雄  作者: 闇薙
第三章 正偽相食のダブルバインド
14/35

感想などありました、どしどしください。

お待ちしております。





 放課後である。


 学生待望の時間がやってきた。


 眠りにつき続けたせいか、少しばかり固まった筋肉を解しながら席を立つと、放課後特有の喧騒の間を抜けて、肇が和仁の傍へと歩いてきた。



「うっし、じゃあ、行くか?」


「ああ。ところで、本当に彼女はいいのかい?」


「ああ。取りあえずは納得させた」


「こっち来てるけど?」


「なに?」

 顎で指された先を見れば、確かに目立つ金髪蒼眼。不機嫌そうな表情でこちらを見つめる瑞葵の姿があった。すれ違う我がクラスメイトが彼女を驚いたような目で見ているが、それらにかまうことなく、ただじっと和仁達二人を見つめていた。



「……まあ、勝手についてくるのは、どうしようもないからな」


「彼女さん、全然納得していないじゃないか」



 呆れたような肇の言葉に和仁は頬を掻いた。


 ここで、反応して瑞葵に声を掛ければ、なし崩し的についてくるだろう。となれば、手は一つしかない。



「んじゃ、後でいつもんところ」


「いいけど、彼女さん怒らない?」


「怒るだろうさ。晩飯が怖くて仕方ない」


「晩御飯? へぇ。仲がいい事で」


「ああ。うらやましいだろ?」


「うん。とてもね」






 授業が終わっておよそ、一時間。


 執念を感じさせるほどにしつこかった瑞葵を、和仁は如何にかこうにか撒いて、約束の場所、初めて会った公園に戻ってきていた


「悪い、待たせた」


「はは。本当にね。君がまさか一時間もかけるとは。赤霧さんもただ者じゃないね」


「ま、流石は我が愛しの恋人さんだ」



 吸血鬼としての性能はともかく、まさか竜としてのステータスまで引き出してくるとは予想外だった。途中から加わった瑞葵が呼んだらしい朝陽も加わって、本当に骨が折れた。どれだけ、行かせたくなかったのか。そして、後がとても怖い。



「怒ってるんだろうなぁ」


「後悔してる? なら、帰っても……」


「馬鹿を言うな。後悔なんてしてないさ。それより、相談しようとしておいて、怖くなったから撤回するなんてことは辞めろ。余計に気になるだろ」


「……ごめん」


「謝るなよ。ったく、それで? なにがあった?」


「少し、ね」


 言いながら彼女は公園の外を見た。


 その視線の先には大きな屋敷が見える。


 このあたりで、一番大きな屋敷。


 その名を、織宮。彼女の苗字と同じことで察することができるだろうが、彼女の実家である。名家であり旧家であり、そして彼女をこうした問題の大本。



「……」



 言いよどむ肇から和仁は視線を外さない。


 彼女が、彼ならきっと話してくれると信じている。だから、目線は逸らさなかった。そんな彼に根負けしたのか、彼女は和仁に言った。



「僕……戻ってもいいんだってさ」


「は……?」


「だから、僕。女の子に戻ってもいいんだってさ」


 そういって悲し気に笑う肇の顔はとても苦い。喜べるはずなんてない。喜べる理由なんてない。……確かに、最初はそうだったのかもしれない。家のしきたり、家の都合。それによって、彼女は男装していたのかもしれない。しかし……今は……



「今は、お前違うって……」


「ああ、そうだよ。僕の心は間違いなく男だ。好意を抱くのは女の子。異性を感じるのは女の子。欲情を抱くさえ女の子で。男相手に抱くのは気安さ、友愛、友情。そんな僕に、今さら戻ってもいい、だってさ」



 そう言った肇の表情に影はない。


 そのことが、何よりも彼女の精神的ダメージの大きさを和仁に伝えていた。


 彼女の家の事を和仁は良く知らない。知らないが、織宮家におけるしてもいいは、即ち命令であるという事を知ることができる程度には彼女に対して深入りしてきた。これは彼女の希望を確認する風を装った命令で、そしてそれを彼女が拒否できない事も理解している。だから、これから聞くことは蛇足で、全く持って意味がない。だけど、彼は聞かざるを得ない。たとえそれが、彼女を苦しめることに成っても。



「それで、お前は戻るのか? 肇」


「戻れるわけない。僕の精神は間違いなく男で固着した。固着させたのは母と父で、それでもう十年以上。どのつら下げて今から僕は女です……なんて言える……?」



 唇を噛みしめて彼女は言う。


 歯を食いしばって、血反吐吐きそうな声音で彼女は言う。


 見目麗しき男装の麗人。


 容姿に優れ、スタイルに優れ、誰にでも人当たり良く、男女の性差を感じさせない程に、男性と振る舞う事に成れた少女。生まれ持った性別をしきたりによって捻じ曲げられた彼女に悲痛な叫びを聞いて、何も思わない程和仁は無情ではない。彼女の本音を聞き出すために再度問いを投げた。



「お前は……どうしたいんだ?」


「僕は……このままでいたいよ。十年作り上げた性格。作り上げたとはいえ、嘘じゃないんだ。嘘にしたくないんだ。だから」


「わかった。何とかしよう。何とかするさ」


「え……?」


「会わせろ。説き伏せてやる」



 そう言った和仁に対して肇は小さく笑った。


 変わらないまっすぐさに、出会った時と変わらないまっすぐさが直視できない程に眩しくて、目がくらんでしまいそうで、瞳からは涙が零れ落ちた。


 和仁の言葉が肇にはとてもうれしい。


 こんな自分を信じてくれている彼の事が、何よりも誇らしい。だからこそ、ああ、だからこそ、彼には頼れないことを彼女は理解した。この輝きをくすませる訳にはいかない。この輝きに惹かれた自身の為にも、この輝きに惹かれたであろう、あの気に入らない女の為にも。



「ありがとう。和仁」


「礼はいいよ。まだ、何もしてねえしな」


「いいや、君はこんな僕の為に大人の説得まで買って出てくれた。僕にとっては両親だけど、君にとっては知らない大人。容易く言える事じゃない。それはわかる。だけどね、そんな君の勇気におんぶにだっこで、君の友人を名乗れない。……踏ん切りはついた。これは僕自身の問題だ。だから……」



 決着は僕自身の手で付ける。


 そういって、彼女は笑って見せた。


 その笑みの痛々しさに和仁は眉根を寄せた。


 そんな彼の態度に肇はますます笑みを深くした。


 その笑みに、和仁は何も言えず。二人だけの密談は終わりを迎えた。








 これで良かったのかという後悔が和仁の体を重くする。


 基本的に後悔の念を抱かない生き方をしている彼にとっては珍しい事に、肇との会話は後悔に苛まれていた。笑って見せた彼女の笑顔に引っかかるものを感じていながら、それを突っ込めなかったのは、彼自身の弱さゆえにか。それとも……



「みっけっと。あらら、おひとりで。となると、ご友人との語らいは終わってしまったのですね」


「朝陽か。それにしても、どういうつもりだ? なぜお前が、瑞葵の味方をする? 俺を探す?」


 空から唐突に振ってきた女子高生姿の天狗。


 何故か瑞葵の和仁探しに手を貸した彼女が、和仁の前に降り立つ。黒髪に人外の証たる血色の瞳。漆黒の翼はためかせて、艶めかしく自分の姿を見せつけるようにふわりと。そして、和仁の言葉に笑みを隠さず答えた。



「……ふむ、探した故を語るとなれば、乙女の勘ですけどー……そういうお答えを求めてないって感じっすねぇ? 無論語る気なんてこれっぽっちも無いけど、知りたがられて、自分で行きつかれる方が面倒くさい。いいでしょう。教えてあげま……」


「天狗」


「ありゃありゃ、これは失敬を。瑞葵さん」



 不意に呼び止められて朝陽はケラケラと嘲笑った。背後より唐突に実体化した瑞葵にそういって、そのまま横にずれる。瑞葵はそのずれた場所にそのまま収まると、腕を組んで和仁の事を睨みつけた。



「それで? 結論はどうなったのかしら?」


「どうもこうも、自分でケリをつけるとさ」


「ふぅん。ま、妥当なところね。意地でも、貴方の手は借りないか。納得は出来ずとも理解はできる。あの嘘つき、最後の最後まで嘘をつき通すなら、成程、認めないわけにはいかないわ。はなはだ気に食わなくはあるけど……」


「瑞葵、お前は何を知っている?」


「何をという訳ではないけど、あの家の事は知っている。ただ、それだけの事」


「……魔法使いの世界の話か。……詳しく聞かせてはくれるのか?」


「いやよ。だってあなた、詳しく聞いたら私から離れてしまうでしょう? 既に一つ譲った。これ以上、貴方に、あの女に譲るものはないわ」



 瑞葵の言葉に和仁はため息をついた。


 ちらりと視線を横にやって朝陽の方を見るが、彼女もにっこり笑うだけだ。成程、何も答える気はないらしい。それを悟った和仁は舌打ちを一つ。気になってしょうがないが、答えるつもりのない彼女たちにから、答えは引き出せない。となれば、別の情報源を頼るだけだ。


 ズボンのポケットに手を伸ばして、真新しいスマホを取りだす。プッシュするのは最近知った男の連絡先だ。


「……和仁?」



 彼の珍しい行動に瑞葵は首を傾げて、そして、彼の呼び出した先の相手に言葉を失った。



「もしもし。和仁だが……天丸の携帯であっているか?」


「ああ、間違いないよ。それで、如何なる情報がお好みで?」


「あの野郎。天狗のくせして携帯もちですか!?」


「……随分ふざけた上司をお持ちなのね、朝陽」


「ええ……私のせいじゃないでしょうに。うわぁ。私には人の生み出した科学に頼るなど天狗の風上にも置けないとか説教垂れた癖にうわぁ……」



 ドン引きしている二人をしり目に和仁は携帯先の天丸に話しかけた。



「後ろで、無茶苦茶言われてるけど、何か反論は?」


「そもそも俺、天狗の風上に置かれるような天狗ではないのでセーフ。妖力も神力も魔力も無しで、電力だけで使える通信器具とか使うに決まってるじゃん。超便利。おしゃべり仲間の坊さんとも、これでよく駄弁ってる」


「そうか。お前がろくでもない奴だというのはわかった」


「そもそも、天狗の風上に置けないって言っただけで、使用を禁じてはいないしな。絡繰りに自分の能力が代行されることが我慢できないとか言う、無駄に高いプライドを後生大事に持ってるから、時代に取り残されるんだ。アホとしか言えん」


「天狗がそのプライドを大事にしないで天狗と言えるのか?」


「俺は謙虚に生きたいと思っている。傲慢は良くないね」


「天狗道とは一体……」


「鼻へし折られるのは嫌いでね。そもそも増長しなければ、折られることも無かろうという俺の処世術だよ」



 傲慢ゆえに六道より弾かれた存在。


 それが天狗ではないのかなどと、益体もない事が脳裏によぎる。謙虚な天狗なんぞそもそも存在矛盾のような気がしてならないが、夜月といいこいつといい、天狗界の異端児であることは間違いない。そんな変わり者なら妙な思考回路をしていても可笑しくはないだろうと諦めて、追及を棚上げし和仁は本題に入った。



「織宮肇。彼女について教えてくれ。特に家の事を重点的に。取りあえず明日までに」


「織宮? 神降ろしの? そんな事なら今すぐ成り立ちから、現況まで教えられるけど、そんなことでいいのか?」


「え? もしかして織宮家って有名なの?」


「有名も糞も、二千年続く神降ろしの家だから、こっち側なら知らない奴の方が少ないと思うんだが……。織宮肇なんてオカルトの世界でなら、ビッグネームもビッグネームだし、お前が聞くんだおそらく、彼女の事だと思うけど……」



 天丸の言葉に和仁は再度瑞葵と朝陽を睨みつけた。


 二人とも、目線を逸らして答えることはない。



「……その家の事について、簡潔にまとめて教えてくれ。……主にしきたりとかを中心に」


「まあ、いいけど、お前の彼女にでも聞けばよかったんじゃないか?」


「うるせえ」


 出来ない事情を察しろと、和仁は苛立ちを天丸へとぶつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ