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誰も燃やさない火葬場

作者: 六錠鷹志

 遺族に遺骨の部位を解説していた杉山は、自分のスボンが引っ張られていることに気が付いた。

 この骨の孫だろうか。彼女の何かを訴えるような眼を横目に、少し待てと眉を動かし伝える。

 杉山はこの骨の妻が喉仏を骨壺に納めたことを眺めると一言断りを入れ、頭蓋骨を骨壺に入るように不揃いな竹と木の箸で割った。


 納骨が終わった後、遺族は火葬場から葬式場へ戻るのだが少し時間がある。彼女と会話をする時間くらいあるだろうと歩き出すと、彼女のほうから寄ってきた。

 杉山は外のベンチに彼女を座らせ、その横に立って話を聞くことにする。


「ホンモノのおじいちゃんじゃない」


 やはりあの骨の孫だった彼女の言葉にどう答えるべきか、杉山は考える。

 とは言っても、仕事上よく似たようなことを言われてきた杉山には、いくつかの回答パターン、いわゆるテンプレートがあった。今回はどのテンプレを使って答えようか、杉山は浅く広く考える。


 『ホンモノ』をどう定義するかという哲学的な問題もあるが、杉山にとってホンモノとは『目に見えるもの。目の前にあるもの』と結論が出ていた。

 しかし、この少女にとって『ホンモノ』とはオリジナル、世界に一つだけあるもののことを指しているのだろう。

 強化現実が発達した現代において、この少女は少し珍しい考えを持っているようだ。杉山はそう感じた。


 現代の日本人すべてに装着が義務付けられている外部拡張脳接続器【External Brain Interface】、通称、Ex-BraIn【エクスブレイン】には、血液を通じて脳へ信号を送り込み視覚、詰まるとこ現実を強化、拡張する機能が備わっていた。

 エクスブレインは開発当初、頭蓋骨に穴を開け脳に直接埋め込む計画だったそうだが、民衆や野党の働きかけによって、右腕に埋め込むこととなった。

 この時点で、少し大袈裟だが与党のやることがすべて悪だとする野党党首が、エクスブレインに一部意を唱えただけで賛成すること自体おかしいと気づくべきだった。気づいたところで何が変わったのか分からないが。

 端的に言って、とある大国の企業が日本の政治に圧力をかけていたらしい。エクスブレインはそうやって発展した。

 日本の技術がどこにも使われていないこの装置だが、現代の日本人は大喜びして使っている。

 与党はエクスブレインを保険や年金、就職、教育などの社会保障に利用しようと考えていた。

 しかし、民衆と一体感を出した野党へ政権交代すると、その党は自身の経験不足からなのか、多くのボロをだした。エクスブレインの普及に伴う法整備も現行法の解釈の変更とかの付け焼き刃で対処した、つもりになっていた。

 そう、つまり、彼らの不手際のおかげで今の自分の仕事があるんだなと、杉山は無言で皮肉を呟く。


 今、ベンチに座り杉山の返答を待つ少女の少女の右腕にもエクスブレインは内蔵されている。

 もし、そうでなければ彼女にとってこの葬式はとんでもない茶番だろう。

 そう考えた杉山だったが、実際、この少女は自分と同じように『茶番』であることに気が付ている。彼女の右腕を盗み見ると、エクスブレインの正常稼働を知らせる青い光が未発達な腕の中から視認できた。

 この少女も杉山と同様に、エクスブレインによる『強化現実』に違和感を持っている。この彼女がまだ幼いことから、杉山は納得する。まだ、未発達な脳は『強化現実』に慣れていないのだと。


 今回の葬式にこの少女のおじいちゃんはどこにもいない。

 これもまた『いる』『いない』の定義にもよるが、彼女の言うホンモノはいない。おじいちゃんのオリジナルはこの火葬場のどこを探してもない。

 遺族が骨壺に納めた骨はおじいちゃんのものでなければ、赤の他人の骨でもない。

 もっと言ってしまえば、何も『ない』。骨壺は火葬場のサービスで『ある』のだが、その中身は空っぽである。

 エクスブレインが急速発展したことにより、とある問題が、強化された現実に歓喜する人々の影に現れた。

 経験不足の政党が対応できず見逃した問題。

 それは、感触だ。

 エクスブレインには多少の遅延(ラグ)は存在するが、現実にあるものないもの、多種多様な情報を視覚に付与する機能がある。

 住宅街でも強化現実でサッカーができたり、熊を街中で放し飼いすることも可能となった。

 実態がないものを強化現実上で『触る』行為は感触として何もないはずだったが、ある時を境に強化現実上の氷に触れると、冷たく皮膚が張り付くような感触を得るようになった。脳がニセの感触作り出し始めた。

 強化現実上の『ニセモノ』が『ホンモノ』になった瞬間だった。

 すでに事件も起こっている。杉山が最初に知ったのは、強化現実上で虎に噛まれた男性が死亡するといったものだ。もちろん現実空間に虎は存在せず、男性は何もない住宅街の路地で死亡していた。

 その事件を皮切りに、多くの事故死、自殺、殺人が起こっている。自動小銃やプラスチック爆弾などの武器もオンラインでそのデータがやり取りされるようになり、暴力団が警察の機動隊とやりあっている光景を動画投稿サイトで見たこともある。日本人以外が現地で見たら、ものすごい『茶番』だとも思う。思春期によくいる男子より酷い。中二病の男子はトイガンを持っているのに対して、厳つい顔をした男たちが銃を持つマネをして、死人まで出るのだ。国家の恥である。

 だが、エクスブレインを停止すれば、社会保障や多くのソフトウェア産業、国民の暮らしに影響を与えてしまうことが予測され、政府は決断を先延ばしにしていた。

 警察は死因を突き止める為に遺体を預かり、調査することになった。しかし、次々と増える事件に手間取ってしまい、遺族のもとへ遺体が戻らないことが多くなった。


 だから、杉山の仕事がある。火葬を仮想ですますという、洒落にならない笑えないジョークを胸にしまいこみ、少女に適した答えになっていない答えを言おう。


「あぁ、確かにホンモノのおじいちゃんは電子データではない。だが、お前のおじいちゃんを思う気持ちもホンモノだろう。気持ちってのは見えないもんだってのに、そこに『ある』って言いきれるだろう。それと同じで、この葬式ってのはお前らのおじいちゃんを弔ってやる行事だ。気持ちがホンモノなら、この葬式はホンモノになる。たとえお前のおじいちゃんがそこにいなくてもな」


 杉山は、「意味わかんない」といった少女の頭をポンポンと叩きながら、「いつかわかる日が来る」と少女と、自分自身に向けて言った。

 脳が作りだす感触と、実際に触れた感触の情報量はケタ違いなため、人と実際に触れ合うことに不快感を持つ人間も多くいる。

 少女の膨れっ面は不快感によるものではないと判断し、この少女は『ニセモノ』にあふれた強化現実ではなく、ただの現実に生きようとしているのだと杉山は思った。








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