けものの耳
「おーい、ねぇちゃん酒もってこい!」
「はーい、ただいま」
昼間だというのに荒くれ者が集まり酒を飲んでいる。
泥酔して寝る者。
喧嘩をしている者。
ウエイトレスの尻をさわり叩かれる者。
騒騒とした酒場に一人の小柄な人間が入ってくる。
フード付きのローブを着ているため外見は分からないが。
華奢な体型と長い髪の房が見えているからだろう、荒くれ者がちょっかいを出し始めた。
「おいおい、ここはガキのくるところじゃねぇぜ」
「嬢ちゃん俺の膝の上が開いてるぜ?」
「ちょっと顔見せてくれや、ぐへへ」
荒くれどもの手を軽く交わし何も言わずに開いていた壁際の席に座る。
無視されたからか荒くれどもは不機嫌になり酒瓶をもったまま少女と思われる者の周りを囲んだ。
「嬢ちゃん礼儀ってものをしらねぇな?」
「俺達が教えてやろうか? ん?」
「ちぃと幼いが良い匂いがしやがる、ゴンザの兄貴、お持ち帰りといきますかい?」
ゴンザは顎髭を触りながら思案する。
昼間からお持ち帰りなんてして問題起こせば今度は牢屋行きになるかもしれないと。
ついこないだも問題を起こして衛兵に目をつけられているからだ。
「サブ、さすがにそりゃいけねぇな、あくまでも合意の上でなきゃぁな」
「そうだぜサブ、俺たちゃ紳士ってやつだかからな」
「ハンス兄までそんなこと言うのかよ」
ゴンザ、ハンス、サブの三人はこの街の悪党のなかでは有名な方だ。
色々と問題は起こしているがハンスが少々切れ者で証拠を余り残さない。
質が悪いため周りも見て見ぬふりをする。
「まぁそういうこった、おとなしくついてこいや」
「ゴンザの兄貴には逆らわないほうが良いぜ、なに殺しゃしねぇ、一晩付き合ってもらうだけだ、な?」
「おいおい嬢ちゃん無視はいけねぇ、兄貴達に失礼だろ!」
少し脅そうとも少女は無言だった。
しびれを切らしたサブがフードを取ろうと手を伸ばすと蝶のようにひらりと躱し三人と対峙した。
「おうおう、馬鹿にしてくれちゃって、もう許さねぇここでひん剥いてやる!」
「サブは鬼畜だな、でもお前は最後だからな」
「一番はもちろん俺様よ、嬢ちゃん覚悟しな!」
少女に向かって三人で襲いかかるも身の軽さからか一向に捕まえることが出来ない。
サブがやっとのことで後ろから捕まえるも強烈な頭突きを貰い昏倒した。
「ちっ、やたらすばしっこいな、ハンス!」
「おうよ兄貴!」
ハンスが剣を抜き襲いかかる、殺そうとしているのではなく注意を自分に向けるためだ。
少女が剣に注視して躱している間にゴンザはローブをつかみ剥ぎとった。
金色の長い綺麗な髪に整った顔立ち、まだ一四歳位だろうかあどけなさを残すも上玉だった。
だが問題が合った。
その少女には先の白い金色の尻尾と天に向かってそそり立つ――
けものの耳があったのだ。
「なっ……」
「けっ、けものの耳だ!」
けものの耳だと聴いた酒場の荒くれどもはまず絶句した。
そして恐怖に慄いた。
かつて人間を支配したけものの耳。
一振りで人間を数十人屠り、一刻で村を滅ぼし。
どんなに強く鋼の心を持った人間でさえ一撃で粉砕したという。
けものの耳
「う、うわぁぁ!」
ハンスが恐怖に駆られ剣を振り下ろすが少女はかわして懐に潜り込み頭突きをした。
重い石がぶつかる音がしハンスは昏倒する。
少女は恐怖で動けないゴンザに歩み寄ると思い切り飛んで頭突きしゴンザも倒した。
それを見た荒くれどもは我先にと酒場から逃げ出す。
周りが静かになり少女はまた席に座る。
様子見していた店主とウエイトレスはどうしたものかと困っていた。
「注文」
少女は一言喋り、ウエイトレスが急ぎ足に注文を取りに向かう。
「なっ、なににしましょうか……」
「肉」
「はい! すぐにおもちします!」
店主が急いで料理しウエイトレスが料理を出す。
うまそうに少女は平らげると倒れている三人の懐から財布を抜き取り、ローブを着るとテーブルに金貨を一枚おいて酒場から出て行こうとした。
「つりはいらない」
慌ててウエイトレスが駆け寄り尋ねる。
「あの、お名前を教えていただけませんか?」
「……アカネ」
踵を返した少女のローブの裾から尻尾がはみ出しウエイトレスの足をなでた。
ウエイトレスは崩れ落ち床に転る。
騒ぎを聞きつけ衛兵が来た時には、悪党三人とウエイトレスが倒れていただけだった。
サブをのぞいて残りの三人は幸せそうな顔で気絶していた。
その後ゴンザとハンスは改心し、なぜか犬猫を保護し可愛がる動物愛好家になり野犬被害が減って、少し治安が良くなり、酒場は猫を沢山飼って猫酒場となり繁盛したそうな。
めでたしめでたし。