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メリー・ドロップ

作者: 御山 良歩

なろうのラジオを聴いていたとき偶然思いついた作品。

だけど、どれだけ頑張ってもファンタジーに行き着くのは御山クオリティー

 ジリジリと目覚ましが甲高い声を上げ、朝日がカーテンを貫く。

 秋も過ぎてすっかり冬の季節、雪はまだ見えないが、それでも凍えるような風が笑い声をあげて通り抜けていく。

 俺は、今日も不機嫌だ。

 しかし、それは決してこのクソ寒い中起きなければいけない社会の不条理に対するものでない、いや若干それも入っているがせいぜい三分の一ぐらいだ。

 もう三分の二は何かというと、

『おはよう、啓太。いい朝ね』

 突然な話ではある。

 俺の後ろに、メリーさんが憑いたのだ。

 メリーさんとはなにか?

 一時期流行った怪談、もしくは都市伝説の一つである。

 内容は、突然自分の携帯に電話がかかってきて『私メリーさん、今~~~』といった感じに自分の居場所を知らせてくるのだ。

 そして、時間が経つごとに告げる場所が近くなっていき、最後には背後に現れ、うっかり振り向くと殺される・・・そんないかにもありそうな怪談という事で話題になった都市伝説の一つである。

 俺の後ろに憑いているメリーも、そんな順序を一切ズレルことなく現れた。

「お前という妖怪がいなかったらな」

『あら冷たい。それに私は都市伝説の一種であって妖怪ではないわ』 

「一緒だろ」

『いいえ違うわ。妖怪は正当な伝承を元に広く知られ存在を固定された者たち、私達都市伝説はただの噂話が少しばかり肥大化して生まれた存在、格が違うわ。まあ、私も結構知名度があるから妖怪と都市伝説の混じり物といってもいいかもね』

「知るかそんなの」

 姿は見たことはない、鏡を使っても自分の不機嫌そうな顔だけが映るだけで、どこにも姿は見えない。

 ただ後ろから声がする。それだけの存在だ。

 姿も見えず、声しかしない相手に何を怖がっているかって?

 臆病者と罵りたければ罵ればいい、俺は無神論者ではあるが、そういう類の話は信じやすいタイプなんだ。

 たとえば墓の前を通るときは親指を隠せとか、夜に爪を切っていけないとか、靴は朝におろしたほうがいいとか、そういう類のことは何となくだが信じてしまうのだ。

 科学的に説明がつくのもいくつかあるし、それらの話に全く根拠がないわけではない。

 だが、どれだけバカみたいな内容でも、何となく実際に起こると怖い。

 ならば、予防するのが正しいことだ。

 こいつ―――自称メリーさんの対処方法は『振り向かないこと』。

 都市伝説の通りなら、後ろに振り向けば殺されるのだ。なら振り向かないのが一番だろう。

 多少不便かもしれないが、振り向かなければ問題ない。もしUターンしたければ、その場で振り返るのではなくある程度曲がるように歩けば支障はない。 

 最悪後ろ歩きでも、いけるからな。


 温もりが仄かに残っている布団をたたみ、昨夜に準備しておいた学生鞄を持って一階のリビングに降りる。

 親はいない。数年前に、突然消えた。いや蒸発したというのか?

 別に膨大な借金があるとか、実は資産家の子孫で暗殺者に狙われたとか、そういう話ではない。

 ただある日のこと、陽射しが気持ちいいから散歩に出かけて帰ってこなくなった。そんな感じで俺の両親は消えた。

 最初は謎の誘拐、組織だった拉致かと午後のワイドショーを盛り上がらせたが、どこの誰かもわからない他人のことなど直ぐに風化してしまう。

 警察にも届け出を出したが一向に手掛かりは見つからず、結局ほぼ死亡確定の行方不明者として処理された。

 非情だとは思わない。犯罪は毎日どこかで必ず発生するし、彼らだって手がかりも何もない解決しそうにない事件に、かかりっきりではいられないのだ。

 死体どころか遺骨もないため葬式はもちろん行われず、俺はこの家でひとりぼっちになった。

 親切な母方の叔母は俺のことを心配して一緒に住むかと提案してくれたが、俺はそれを断った。

 「この家に住んでいれば、また帰ってくるかもしれない。その時のために、家は綺麗にしておきたい。だって、人が住んでいない家は直ぐにボロボロになっちゃうんでしょ?」

 その時の俺は、そんなことを言って確か断った気がする。

 叔母も、そんな俺を見て憐憫の表情を浮かべ、俺の言うとおりにしてくれた。そこは感謝している。

 叔母はわかっていた。俺の両親がもう帰ってくることはないだろうと。

 そして俺も理解していた。この家にそんな価値はもうないということを。

 それでも、ありもしない希望に縋り付いてしまうのが人間というものだ。

 兄弟も、朝ご飯を作ってくれる可愛い妹もいないため、俺は炊いておいたご飯をよそおい、卵とベーコンを冷蔵庫から取り出して手早く調理をしてベーコンエッグを作る。

 これも、もう何百回と繰り返したため手慣れたものだ。

 最初のころは、それこそ卵を割ることすら苦労した。

 何度もジャリジャリと音がする目玉焼きを食べたのかも覚えていない、でもその失敗があったからこそ今の自分があるわけで、別に後悔はしていない。

 まあ、もう二度と殻入りの目玉焼きは食べたくないが。

「いただきます」

『いただきます』

 二人の声が揃って台所に響く。

『あら大変よ啓太。あなたの朝食には汁物がないわ?』

「・・・今日はインスタントの味噌汁がないからなしだ、水分がほしければお茶で流し込む」

『別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけどね。私が作ってあげましょうか?』

「やれるもんならな」

『嘘よ。そんな拗ねないで』

「拗ねてねえよ」

『意地っ張りね。そんなことじゃ女の子にモテないわよ?』

「生憎、おはようからおやすみすら超えて、後ろを付きまとってくる女がいるもんでな」

『あら、それは羨ましいほどの色男ね。どれだけ健気な女の子なのかしら』

「少なくとも、その健気な女は世間ではストーカーっていうんだけどな」

 いつもの応酬を終え、朝食を一気に胃に掻き込んでお茶で流し込む。

「ごちそうさま」

 食器を流し台に突っ込み、手早く制服に着替え学生鞄を掴んで飛び出す・・・前に後ろ歩きでリビングに戻る。

 目的はテレビ・・・の前においてある籠の中身。

 竹製の籠の蓋を開け、中身に入っている色とりどりの甘味の宝石―――飴を取り出しいくつかポケットに突っ込む。

 俺はスナックの類はあまり食べない。そもそも菓子はあまり好んで食べない。

 この家で暮らすための生活費は自分で稼いでいるものではなく、親戚から好意で援助してもらっているのだ。その善意の金を自分の娯楽のために使うのは少々気が引ける。

 そんな俺が唯一買う嗜好品が飴だ。

 甘く、長持ちし、そして美味い。飴はいいことばかりの結晶だ。

『あなたは相変わらず飴が好きね。あんまり食べると虫歯になっちゃうわよ』

「一日三個の限定してるから大丈夫だ。それに他の菓子は食わないんだから、糖分過多でもない」

『もう、屁理屈ばっかり。人の好意はちゃんと受け取りなさい』

「お前は人じゃなくて、都市伝説じゃないのか?」

『・・・ほんと、屁理屈ばっかりね』

 呆れたようなメリーの声を聞き流し、俺は家を飛び出ていった。

  

          *


 ところどころ錆びついた自転車を漕いで十数分、俺が通う高校に到着した。

 通称桜花高校、県立のどこか古びた鉄筋コンクリの普通の高校だ。

 特に、何が良いというわけでもなく、部活に熱心でもないただの進学校。

 一年に数人かは東大や京大に進んだりするが、他のものは大抵地元の高校を選ぶ。そんな高校。

 明らかに許容量をオーバーしている駐輪場に自転車を突っ込み、鞄を引っさげ教室へ歩く。

 そして教室につけば午前の授業の用意をし、単語テストでもあれば単語帳を見て過ごし、宿題があればやり、何もなければ机に突っ伏して寝る。

 よくありそうな気のいい幼馴染はいない。中学校から一緒に馬鹿をやったりする悪友もいない。

 両親がいたころは数人ほどいつも話したりしていた友達もいたが、両親が消えた時いろいろ自分の中のなにかが擦り減ってしまい、あの頃は自分でも引くぐらい卑屈になっていた。

 最初は心配して話しかけてくる奴もいたが反応もなく、それが彼らには面白くなかったのかいつしか俺から離れていった。

 現在は、話しかけられたら相槌ぐらいはするようにしているし、無暗に不機嫌そうな顔を見せることもしないようにしている。そんなことをやっても、俺にとっては損にしかならないからな。

 だが、積極的に話すことはしない。話す話題がない。

『寂しい子ね。ボッチは不便よ?』

 携帯を鞄から取り出し、通話のふりをする。

 メリーの声はクラスメイトに聞こえないのだから、人目のある場所ではこの手をよく使う。

「ボッチじゃない。かっこつけて孤独でいる必要なんてないし、自分から意識して拒絶はしてない」

『でも、友達を作るような努力もしてないんでしょ?それなら一緒よ』

「一緒じゃねえよ」

『いいえ、一緒よ』

「お、また電話してんのか?」

 クラスメイトが話しかけてきた。

 無視をするのは感じが悪いし、どうせ通話もふりなので切ったふりをして電話を鞄に突っ込む。

 こいつとの会話なら、今にこだわらなくても家で嫌というほどできるからな。

「悪い、何だった?」

「あ、いや、別に電話を切るほどじゃなかたんだが・・・よかったのか?」

「大丈夫大丈夫、電話ならいつでもできるしな」

 正確にはメリーとの会話だが。

「そうか、それならいいんだが・・・ああそれでだが―――」

 俺はクラスメイトと会話を楽しんだ。

 あくまで表面上は、であったが。


          *


 今日も今日とて退屈な授業を終え、帰路に着く。

 部活は帰宅部・・・は冗談だ。俺の高校は必ず一つ部活に入らなければいけない決まりがあるので、誰も入部する人間がおらず、かつ都合上廃部になることがありえない図書部に入部している。

 現在の部員は俺ともう一人、ただ行ったのは一回のみなのでもう顔も名前も覚えてない。

『薄情な男ね。あの子、やっと部員が増えるって喜んでたのに』

「毎日来るとは限らないと最初に言ってあるはずだ」

『毎日行ってないじゃない。女の子はね・・・』

 グチグチと耳元で女の扱い方を語りかけてくるが、もちろん無視する。

 こいつの話を聞く価値はない。

『ねえ、聞いてるの?』

「はいはい聞いてない。黙ってろ」

『・・・本当に、男として―――あら?』

「どうかしたのか?」

『・・・・・・』

 しばし無言が続き・・・そして小さな笑い声が背後から聞こえた。

 振り返らなくてもわかる、今こいつはとても嬉しそうな顔をしていると。

『ええ、とても面白いものを見つけてね・・・ふふふ』

 何かあるのかと思い周囲を見渡すと、ちょうど俺の右斜め前にそれはいた。

 そこにいたのは、町の喧騒に飲まれながらも存在を主張するように泣き続ける少女であった。

 身長からして、だいたい幼稚園を卒業し今年小学生になったばかりぐらいの少女で、親とはぐれたのか、顔をぐしゃぐしゃにして大声で泣いている。

 先ほどまで気づかなかったことが不思議なぐらい大声で泣いているが、少女に目を向ける人間はいない。

 まるで存在しないとでもいうように、少女の前を歩き去っている。

 時折目を向ける人もいるが、やはりそれだけだ。少女をどうかしようとする人はいない。

『あんなに幼い子供なのに、人間ってやっぱり非情ね』

 メリーはくすくすと笑う。

『目の前で泣いているのに知らん振り、忙しいのはわかるけど、それが果たして免罪符になるのかしら』

「・・・関わるのがいやなんだろう」

『まあ、そんなことで見捨ててしまうほど、この国は荒んでいるのかしら。世も末ね』

「しるか」

 メリーを無視して、少女の横を通り抜けようする


『本当にそれでいいの?』


 が、その一言で俺の足は止まり、無意識にブレーキを握ってしまった。

『私があなたを今の今まで生かしているのは、私があなたのことを愛しているからよ』

「こんな場面でプロポーズか?TPOを弁えろ」

『あなたが例え、ここで彼女を見逃しても私はあなたのことを愛してあげる。

 善行を積もうが、罪を犯そうが、

 人を殺めようが、人を救おうが、

 私はあなたのことを変わらず愛してあげる』

『今もう一歩だけ踏み出せば、あなたは振り返ってしまうことになる。別にそれでもいいのよ。自分は悪霊に憑かれていて、助けようと思ったが助けるに助けれなかった。そんな風に自分を納得させるのも』

『でもね、踏み出してしまえばあなたは必ず今日のことを『振り返って』しまう。後悔というなの振り返りを』

 もう一度くすっと笑ってメリーは告げた。


『―――あなたは、振り返ること(こうかい)をしない自信がある?』

  

 一瞬だけ、周りの雑音が消えた気がした。

 メリーの告げた言葉を、再び頭の中で溶かし、掻き混ぜ、理解する。 

 俺は無言でポケットから飴玉を取り出す。

 取り出した飴の色は―――綺麗な青色。俺が一番好きなサイダー味の飴。

 自転車のハンドルを右にきって、少女のもとへ向かう。

『そう、自信はなかったのね』

「自信がないわけじゃない。俺が一番好きな飴が出て気分がいいからやる。それだけだ」

『ふふふ・・・相変わらず素直じゃないわね』

 数秒もせず、少女の目の前にたどり着く。

「おい、どうした、迷子か?」

 自分でもこの聞き方はどうかと思うが、正直迷子にかける言葉など心当たりがないのでしょうがない。

 迷子の少女はびくっと体を震わせ、俯きながらしゃっくり交じりの声を上げた。

「ひっく・・・ひっく・・・いなくな・・ちゃって・・・」

「ああ、はいわかったわかった。親御さんとはぐれたのか」

 少女の頭をできるだけ優しく撫でる。

 このくらいの子供にとって親は絶対とも言っていい存在だ。

 いなくなれば極度の恐怖と不安に襲われ、周りすべてが敵に見えると、テレビで妙に肥った医者がしたり顔で語っていたような気がする。

「どこではぐれたのかわかるか?親御さんの特徴は?」

 こんな風に、積極的に他人とかかわろうとしたのは何年振りだろうか。

 もしかしたら俺も、この迷子と昔の自分を重ねて、こんなことをしているのかもしれないな。   

「わかんない・・・」

 だが迷子の少女は、顔を俯けたまましゃっくり交じりに言った。

 これは、交番にでも連れて行ったほうがいいのか?

 しばし思考していると、くいっと裾が引かれた。

 視線を向ければ裾を掴んでいたのは、迷子の少女だった。

「寂しいのか?大丈夫だ、必ず見つけてやるからな」

『ふふふ、優しいわね。私と違って、子供が好きなの?もしかして幼女性愛者(ロリコン)?』

「違うわ、馬鹿」

『あなたがどう主張しようとあなたの評価はあなたでなく周囲の人間が決定するものだから何を言おうが意味はないんだけどね。人としては八十点、迷子への対応としては四十点・・・』

「点数つけてんじゃねえよ」

 くいくいっと、再び裾が引かれた。

「なんだ?」

「みつ・・・けた・・・・」

「おお、良かったじゃないか。どこにいるんだ?」

 迷子の少女は左手で俺の制服の裾を掴んだまま、右手で指差す。

 小さな人差し指は、俺の方へと向いていた。

 後ろかと思うが、そこには電柱以外に何もない。

「どこにいるんだ?」

「・・・そこ・・・・」

 少女は指差す場所には何もない。しかし、少女は存在を主張する。

「だからど―――」

 迷子の少女に視線を向けると、少女の指は俺がいる方向を指していた。

 いや、違う、これは・・・俺を指して―――

 ガバッと少女は顔を上げる。

 そこにあったのはクレヨンで塗りつぶしたような黒の瞳に、耳まで裂けた口。

 しまった、こいつは、メリーの同類―――

「ミツケタ、ミツケタ、ミツケタミツケタミツケタミツケタミツケケケッケケケケケケケケケケ―――」

 壊れた機械のように少女が呟き、少女の足元から現れた真っ黒な闇が俺を覆う。

『人間としては赤点ね。ちゃんと見分けないと』

 悲鳴すらあげることも許されず、俺の意識は闇に消えた。


         *


 カラカラと笑い声が闇に響く。

 少女の笑い声、無邪気そうに幼い笑い声は、どろどろと渦巻くこの闇の中では似合わないほど響く。

 足元に倒れている高校生ぐらいの男の襟を少女は掴み、子供とは思えないほどの怪力で引きずっていく。

 目指す場所は数十歩先にある黒の世界に輝く赤の扉。

 一歩一歩、確かな足取りで少女は赤の扉に向かう。

 そして、後数歩の場所で、とんとんと少女の肩を誰かが叩いた。

 疑うこともなく、少女は振り返った。振り返ってしまった。

 

 ザシュッと、少女の腰を大鎌が切断した。 


『ごめんなさいね、その子は私のものなの。渡すわけにはいかないの』

 肩に大鎌を担いだ美女は、一切悪びれもなくそう言った。

 真っ赤なドレスを纏い、闇の中でも曇ることのない金色の髪、そして深い湖のような藍色の瞳を持った美女―――メリーさん。

 上半身と下半身が分かれた少女は息絶えたのか、黒い泥となって消える。

 しかし、赤い扉は誰も触っていないのに開かれ、中から飛び出た無数の腕が少年を掴みにかかった。

 メリーは、大鎌を振るいその腕を打ち払う。

『流石太古より続く怪異【神隠し】、しぶとさだけは一級品ね。でもね、『闇に入った人間を攫う』なんて古臭い時代遅れが、今更出てこられても困るのよ』

 大鎌に黒い霧が纏わりつき、一瞬も待たずして霧が晴れ、身の丈の二倍ほどある太刀が現れた。

 鞘も柄も鍔も、全て黒みがかった紫紺の金属で生成されている太刀だ。

 メリーは鞘をつけたまま太刀を地面へと突き刺し、無数の腕の発生源たる扉に太刀を傾け、滑り止めも何もついていない柄に手をかける。

 腕はそれを好機と見たのか降伏と見たのか、更に腕を増量しメリーに襲い掛かる。

 その光景にメリーは小さく微笑み。

『―――去ね』

 太刀を一閃した。

 一瞬の煌きと共に、カンッと鍔と鞘が当たる音が鳴り、メリーは太刀を鞘に納刀する。

 数秒の後、扉は真横に分断され、大量の腕と扉は黒い泥になって闇に溶けていった。

『さてと、ついに神隠しまで来てしまったようね。ねえ、彩華』

 赤い扉のあった場所とは正反対の場所へ向き、メリーは虚空に話しかける。

「・・・そうですね」

 本来ならば返事を返すことのない虚空からは、若い女の声が響いた。

「腕は鈍っていないようで、私も安心です」

『当たり前じゃない、啓太を守るにはこれぐらいはやらないと』

「・・・相も変わらず、愛しているのかいないのかがわからない人ですね。守りたいなら、わざわざこんな目に合わせる必要はないでしょう」

『愛が故、よ。ただ溺愛するだけじゃ、芯のない腑抜けた木にしかならない。啓太には、そんな愚か者にはなってほしくないのだもの』

「・・・まだ、成仏する気はないんですか?」

『ええ、この子が私との約束を破らない限り』

「ならば言うことはありません。後始末は私どもがつけておきます。啓太のお送りは?」

『私がやるわ。人並みに力はあるのよ?』

「・・・そうですか、ではお気をつけて姉さん(・・・)

 それだけ言い残し、虚空から声の主は消えた。

『いつもありがとうね、彩華』

 メリーは少しだけ悲しそうに虚空を見つめた。

 太刀は再び黒い霧を纏い、小さな草刈り鎌へと変化しメリーの手に収まる。

『・・・ええ、あなたもそう思うのね。今度伝えておくわ』

 メリーは草刈り鎌を撫でて、ドレスの中に仕舞い込んだ。

 ゆっくりとゆっくりと歩き、少年―――啓太の頭の後ろに膝を置き、俗にいう膝枕をする。

 小さな寝息を立てながら熟睡する啓太の顔を見て、メリーは満足そうに笑う。

『おやすみなさい啓太。

 あなたは私が、私達(・・)が必ず守ってあげる。

 今はただ、何も知らず、ただただゆっくりと眠りなさい。

 私の可愛い啓太。


 ―――私達の、愛しき息子』

 その言葉を合図に、闇は崩壊した。


          *


「う・・・ん・・・?」

 所々鈍く痛む体を起こす。

 記憶が曖昧だ。確か、メリーの同類である少女に連れ去られたはずなのだが、周囲の景色を見るからに自分の家のリビングであることには間違いないはず。

 もしかして、今も俺は眠っていてこの光景は夢なのだろうか。

 頬を抓ってみる。痛い。

「夢じゃない・・・か。もしかして、今までのことも全て夢だったと―――」

 ピリリリリと、俺の言葉を遮るように携帯の着信音が鳴る。

 俺が寝ていたソファーの真横にあるテーブルの上で、携帯は自己主張をしていた。

 確認すれば、覚えの無い電話番号。

 いやな予感はするが、出ないわけにはいかないので素直に出る。

「はい、もしもし」

『私メリーさん、今あなたの後ろにいるの』

 声は電話からではなく、俺の背後から聞こえた。

「・・・やっぱり夢じゃなかったか」

『当たり前でしょ。そんな若いのに、現実逃避なんて老後が思いやられるわね』

「黙れ・・・」

 痛くなってきた頭を押さえ、混乱していた頭の中を整頓する。

「まず、俺は何故ここにいる?」

『私が運んだからに決まってるじゃない。感謝ぐらい言ってもいいんじゃないの?』

「あの化け物は?」

『さあ?知らないわ』

「あの後どうなった?どうやって助かった?」

『偶然通りかかった凄腕の陰陽師が、何か凄い術を使って退散したのよ。凄かったわよ、チョイヤー!って叫んで札を投げた瞬間化け物が逃げていって、それを陰陽師が・・・』

「わかった、余計に頭が痛くなるからやめろ」

『もう、折角説明してあげているのに失礼ね』

 どうせ全部嘘だろ。とは口に出さないでおく。余計にややこしくなるからな。

「・・・もういい、それで納得する」

『いいことよ、世の中には知らなくていいこともあるんだから』

「だが、最後に聞いておく」

『なにかしら?』

「お前は・・・わかってやったのか?」

 何を、とはいわない。言わなくても、理解できているはずだ。

 クスッと小さく笑う声が背後から聞こえた。

『私はメリーさん。元の伝承は徐々に近づく死期を具現化した影の伝説。死を延長しているからには、それなりの不幸を受けてもらわないと釣り合わないのよ』

「・・・その凄腕の陰陽師にお前も祓って貰えばよかったよ」

『ふふふ、どれだけお金を積んでも無理だと思うけどね』

 ここで納得し許すのは癪に障る、がメリーに触ることも出来ない俺に罰を与えることは出来ない。

 結局泣き寝入りか。

『そんなに拗ねないで』

 背後から現れた絹のように白く細い腕が俺の首に巻きつく。

 ふんわりとした、さわやかなミントの香りが漂ってくる。

「ばっ・・・なにやって・・・!!」

『サービスよ。具現化するのは疲れるんだから、あんまりやらないのよ』

「じゃあ離れろ!」

『あら可愛い。照れてるの?もしかして欲情してる?イヤーン』

「馬鹿いってんじゃねえ!」

 白く細い腕を振り解き、一直線に自分の部屋へと駆け出す。

『死が二人を分かつまで、いい言葉ね。それじゃあ、私はあなたに付きまとい続けることにするわ』

「ついてくるな!」

『いいじゃない。フフフ、フフフ!』

 とても機嫌が良さそうにメリーは言う。


『私メリーさん、未来も過去も超えて、あなたの後ろにいるの!』



続きは予定していません。

ちなみにこの作品四日で仕上げました。今まで最速ですね。

でも一時間で一万文字は無理や。


学校パートいるか?とか言っちゃいけません。短編なんで。




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