01
金曜日の昼下がり。
彼は彼女をお茶に誘った。
「コーダ?」
トシエは、『あ』の形のまま口をひらき、不審げな表情でサンライズをみた。
「コード、じゃあなくて?」
「はあ」
近くでみると、昔のアイドルみたいだな、全然別のことを思うサンライズ。
子どもの頃好きな歌手がいた。
―― その人に似てるんだ、だからかな、こんなにときめくのは。
女子どもが好みそうな白とピンクに満たされたフルーツパーラーに、二人はいた。
ボビーは向かいの喫茶店に、ひとりで入っている。
そちらの連れは日本経済新聞と週刊朝日のようで、窓ごしに気難しげな横顔がみえた。
素直にMIROCの名刺を出して、彼女に直接アポを取ったのが昨日。
そして今日はもう一緒にお茶している。
全ての仕事が、こんなにスムースに動くといいのに。
見る限り、彼女のリアクションはとぼけているという範疇ではない。
知らない人間に知らないことを聞かれ、愛想笑いでごまかそうか、不機嫌になろうか迷っている、微妙なところのようだ。
でも、トシエは本来性格がおだやかなのか、困ったように少し、笑ってみせた。
「ごめんなさい、ぜんぜん分からない」
少しばかりスキャンしてみるが、意識の中にも?マークがいっぱいだった。
「コーダ、っていうのは」
どこから説明しようか。
「音楽の用語で、『お終い』っていう意味なんだそうです。ただ……」
やはりある程度までは正直に聞くのが、一番早そうだ。
「お聞きしたかったのは、ある人物の名前なんです。こういう名前の人に、聞き覚えはありませんか?」
「グループですか?」
「え?」
「何かの、歌手とか」
「いえいえ、違うんです」
「すみません」
「謝ることじゃあ、ないんですよ、こちらこそすみません。こんな所にお呼び立てして、しかも変なことお聞きして」
トシエが、かすかに笑顔をみせる。
ぷっくりした頬に片えくぼができた。
「マイロック、の方ってお聞きしたんで、てっきり福祉関係のお話だと思って」
「え? マイロック、というのが?」
福祉関係だなんて初めて言われた。
まあ、公共機関の中ではかなりマイナーな部類だし、やっていることは公共の福祉にも関係していると言えなくもない。
「はい、お名前からして何となく……今入ってるサークルの件かと」
「え?」
サンライズ、つとめてさりげない口調で
「福祉関係のサークルに、参加されてるんですか」
「ええ」
にっこりして彼女が言った。
「ついこの頃のことなんですけどね」
心の中で舌打ちする。
ファイルになかったじゃねえかよ、キサラギのヤツ。
今度会ったらとっちめてやる。
「いや、そっちのサークルとは直接関係してないとは思います。まあ、広い意味では……」
どんどん本筋から離れていく。
「ああ、分かった」
トシエ、明るく言った。
「コーダ、っていうのが福祉サークルのことなんですね?」




