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「コブタのしっぽ。こないだ教えてもらったのよ、イタリアン・レストランで」
彼女は高揚した口調で続けた。
先日の映画の帰り、ダンナが珍しく、カアチャン飯食ってこうぜ、って言ってくれた。新宿のイタリアン・レストランを予約しておいてくれたの、内緒で。
おいしかったわぁ。ボーイさんもみんな陽気で、愛想がいいの。
私たちのテーブルにきてくれたアマデオ、私が後ろ髪をちょこんと縛ってたのをみて、オオ! これはそう、日本語で何て言う? コーディ、かわいいコーディね、日本語でなに?
ポニーテール、仔馬のしっぽ?
そこでダンナが言ったの、これじゃあ、短すぎる。
仔豚だよコブタ。イタリア語で何ていうの?
「コブタは、マイアリーノね」
コーダ・デル・マイアリーノ、コブタのしっぽだ。
そう言ってダンナが笑った。
私たちが楽しそうに笑ってたので、アマデオも「ひどいね」なんて言いながらも、言い方が気に入ったみたいで、
「とてもチャーミング。私もホラ、同じよ、ラコーダデルマイアリーノ」
そう言って、自分の縛った後ろ髪も見せてくれた。
記念に写真を撮ろう、ということになった。
お店の人が今どきあまり見かけない、使い捨てカメラを出してきた。
ちょうどまだ数枚フィルムが残ってる。これで撮りましょう。社員旅行で使ったはいいんですが、あと少しのフィルムがもったいなくて置いてあったんです。
終わるまで撮ればいい。それから現像に出そう。
そう言ったの。
「そのまま、ほかの物を撃って、弾が無くなったらアナタを狙えばいいのよ」
笑顔のまま、少しだけ銃口をずらし、一発。そして
次の一発は、どこから飛んできたのか。
笑顔のままの彼女の頭を真横から撃ち抜いた。
『コーダ』ではなく、ムラカミ・トシエはそのままエニシダの茂みの中にふっ飛ばされ、そこで息絶えた。
SATが駆けつけた時も、彼はまだ淑恵のからだを抱いていた。
どんどん冷たくなっていく彼女を、少しでも温めたかった。
公園の中の明かりが、一斉にともった。
草むらから虫の鳴き声が、最初はかすかに、そのうちに競いあうように聴こえてきた。
ついにストレッチャーと、ジッパー付きのバッグが到着し、彼女を連れ去った後も、サンライズはじっと、黙ってその場につっ立っていた。




