05
「トシエさん、聞いてくれ」
懸命にキーを探す。
めまぐるしく動く、意識下の風景。速い。
何度か彼女の中に入ってはいたのだが、その時よりもまだ速い。今まで経験したことのないような速さ。脈絡が無さすぎて、どれ一つ捕まえることができない。
昨夜の献立死ね大根にとりそぼろのあんかけGHK6‐98壊れてる麹サバの塩焼きキュウリとわかめの酢の物R滑っていく確実に薬きょうは回収フィットネス大村さんが勧めてくれたけどやめよう、六二八―二〇〇〇あの人嫌いこれ花咲かないね過酸化水素水どうしてこんな?角の洋品店バーゲン明日からNEWfffff新しい月九ドラマ主演油汚れには重曹をまずヒゲ?〇〇八って何止めて苦しい彼は目の中にまつぼっくりの安井サンから電話やれるようになるまでこの罰は続くその気持ちはきっと……
雪崩のように、サンライズの頭の中に押し寄せる。雑多な思考のガラクタ、潰されてしまいそうだ、あの時と同じ、お化け屋敷の中で体験したあの足もとをすくわれるような衝撃。彼は倒れそうになるのをどうにかこらえた。
「トシエさん」本当の彼女はどこに? 呼びかけを変えた。
「ラ・コーダ・デル……」
彼女の意識に絵として急に浮かんだのは、仔豚? しかもマンガちっくな。悪魔ではないのか? 持てる力のすべてを総動員して記憶を呼び覚まし、彼女の記憶から語彙を捜す。イタリア語で仔豚は……あった、
「マイアリーノ」
彼女は、完全に止まった。
しかし銃は降ろさない。
仕方ないのでサンライズはそのまま続ける。
「ラ・コーダ・デル・マイアリーノ」ボビー、ありがとう。前にくどくどとイタリア語について講義してくれたボビー、あの時はほとんど興味もなく聞き流していたのだが、それがこんな時に、こんな場所で役に立つなんて。
意識の奔流は止まった。
彼は、確実に彼女の一番確実なキーを掴んだ。
「お願いだ、銃を降ろして」
だが、彼女の銃はぴくりとも下がらなかった。




