02
今まで、こんなにときめいたことはなかった。
と、サンライズはひとり思う……そう、カミサンの時をのぞいて。
「一緒に、逃げませんか?」
たった一言。こう言うだけでいいんだ。
ダンナがなんだ。世間がなんだ。由利香が……ちょっと怖い。
でもこれは仕事だからな、そうだそうだ。
自らを励ましながら、サンライズは道を急ぐ。
しかし実際、彼女の前でそう言うのにはすごく抵抗があった。言えるのかは全く自信がない。
「あら、アオキさん」
ドアが開いた瞬間、トシエはぱっと顔を輝かせた。
「ごぶさたしております」
サンライズがそう頭を下げると
「やだわ、堅苦しい~」
コロコロと笑っている。
脚の傷はすっかり治っているようだ。
「この間は、ごちそうさまでしたぁ」
先週金曜の、フルーツパーラーは覚えているらしい。すぐにピンクと白の壁紙が目の前にフラッシュバック。しかし、
「すみません、一週間も伺えなくて。ムラカミさんもお忙しかったんじゃないですか」
と振ってみたが、
「いやだわぁ」
と爽やかに笑うのみ。だが、少しだけ眉をくもらせ
「でもね、私としたことが」
ちょっとだけ、右の足を前に出してみた。
「リンゴ切ろうとして、ナイフ落としちゃって、ひざのすぐ上」
あわてて手を出して、よけい切っちゃって、もうタイヘンでしたと平然と語っている。
「えっ」サンライズは目を丸くして聞いた。
「だいじょうぶですか? 病院行ったんですか?」
「ええ、ウンウンうなりながらお家で寝てましたハハハ」もうすっかり、傷もふさがったんですけど、月曜は主人にも会社休んでもらって、お恥ずかしいわ。代わりに今日は会社に行っちゃったんですけど、現場なんで明後日まで泊まりなんです(電話の盗聴記録で知って、わざわざ亭主のルスに来たのだが)。
しかし、発する言葉に対して全然、物おじした様子がない。すんなりと嘘が出ている。
彼女の頭の中は、いつもと同じ日常茶飯事の寄せ集めだった。
「それじゃあ、しばらくは遊びに行ったりとかできませんね」
残念そうにつぶやくと、
「え、」
彼女がくいついた。
「実は……名簿をいただく用事もあったのですが、それより、遊園地のパスポートが二枚ありまして、ご主人とお二人でどうかな、と」ただ残念なことに、カイシャの指定券なんで、期限が明日までなんです。あ、ご主人月曜までいらっしゃらないんですよね、本当にすみません。
「それとも」
彼は、まっすぐトシエをみた。
「明日、よろしかったらおつき合いいただけますか? ボクとでよければ」
一瞬、ぽかんとした彼女は、はにかみながら、次にこくりとうなずいた。
本当に、誘いにのってくれるとは。
正直、天にものぼる思いだった。




