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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第一章 美濃統一
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第九話

瀬名秀政を連れた安藤伊賀守守就は稲葉山城に来ていた。

改めて恭順の意志を示す為に道三に会いに来たのだ。

「守就、久しいな」

「全くです。それにしても随分とやつれられた」

安藤伊賀守は顔をあげ、道三を見る。

視線の先にいる道三は頬が痩け、顔色も悪い。

若き頃の道三を知る伊賀守には今目の前に居る人物とあの頃の道三が同じ人物とは思えなかった。

若き頃は覇気に満ち溢れ、顔にはいつも自信が現れ、堂々とした表情を浮かべていた。

それがこんな弱々しいとは……

「年には勝てんという事だ」

道三は苦々しげに言う。

「それはそれは……」

伊賀守が沈痛な面持ちで視線を下げる。

それを見た道三は目を細め、つまらなそうに鼻を鳴らす。

「悲しむ振りなぞいらん。正直に喜べば良い。わしが死ね事は貴様らにとって吉であろうに」

この言葉に後ろに座っていた秀政がパァッと笑みを浮かべる。

「流石は我が師。俺の考える程度はお見通しですか」

そう言う声はどこか弾んでいる。

「……わしを裏切るか、秀政よ。取り立ててやった恩を忘れたか」

道三の表情こそ悪けれど、目には炎が灯っている。それは烈火の如く。

「師を裏切るなど、そのような大それた事を致すつもりは毛頭ございません」

「ふん、よく言うわ。調べさせたぞ。貴様はこの国を狙っておるな。今川義元の差し金か」

秀政の素姓を知っている道三は今川義元の名前を出したが、今川と秀政の関係を知らない伊賀守にはなぜその名前が出たのか、理由が正確には掴めない。

「いえ、俺の意志にて行うのです」

「……では、蝮の弟子はやはり蝮ということか」

主人を殺し、その地位を奪う。

道三がやってきた手法だ。

「それもまた間違い。

俺は蝮に非ず。俺の主君は斎藤家ではなく、斎藤道三。あなたさま御一人。

主君亡き後の家に従う理由はないかと」

秀政は浮ついた感情が完全に消えた鋭い声音で道三に告げる。

「道三様の後を継ぐだろう利治殿に従うつもりはございません」

伊賀守が道三の怒りを買うのではと、ハラハラしながら二人が睨み合っているのを緊張した面持ちで見ている。

先に硬直を解いたのは道三だった。

道三はしばらく笑い。

そして秀政を見つめた。

「あやつにはこの国はやらん。

美濃はこのわしが生涯をかけて獲った国ぞ。

息子にやるには大きすぎる。それにあやつはまだ若い。秀政、お前よりも3つも若い。

少しばかりの才はあるが、良くも悪くも正直者すぎる。

今のあやつにはこの国はやれん」

道三の言葉に秀政と伊賀守が驚きを隠せない。

利治でないとすると、残る縁者は多くはないが、その誰に譲るつもりだ?

利治の兄、利尭か?

あの人は歌ばかりを詠んでいる。

とてもではないが、斎藤家は継がせないだろう。

秀政はすぐに落ち着きを取り戻し、逆にジッと道三の目を見つめる。

「では、どうするので?」

「尾張のバカ息子にやる。さすれば、やつは天下に手を伸ばそう。わしの遺志を継ぐに相応しい人材よ」

「織田信長……」

秀政は同じ道三を師と仰ぐ人間として小さくない敗北感を味わった。

自分ではなく、織田信長だと?

道三が一目見て息子たちとは違う事を悟ったという話を聞いた事がある。

確かに大器なのだろう。

俺の事などは彼にとって地を這う蟻と変わらない存在かもしれない。……それはいくらなんでも卑下しすぎか。

だけれど、織田信長には劣る事は確かだ。

空高く飛べる翼を持っているのは彼。

だが、道三の後を継ぐに値するのか?

俺が唯一尊敬し、師と仰ぐ斎藤道三。

革新的な所は似ていよう。それに信長は道三の娘婿。

美濃を貰う資格は十二分にある。

また、道三を実父のように慕っているという。

自らが危機的状況であったのに、長良川では援軍に来ようとしたほどだ。

しかし。しかし、それゆえに従うわけにはいかない。

俺にとっても道三は師。

道三に学んだ時は俺の方が長い。

我が師である斎藤道三は俺をここへ導いた人物だ。

今の俺を構成している多くは道三から学んだ事だ。

その俺ではなく、ただ一度会談しただけの織田信長が美濃を継ぐ?

それは喜べる事ではない。

俺が目指すは天下人ではなく、安寧の世であり、主君は誰であろうと構わない。

俺にとっては天下を束ねる事は目的ではない。

ただの手段に過ぎない。

俺の言う事を尊重し、旧体制の破壊者成り得る人間の元につくのもアリだ。

しかし、信長は俺の人形にはならないだろう。

聞くところによると気が強く、自らに刃向かう者には一切の容赦もしない性格らしい。

俺とは合わない。

「それは英断で。彼ほどの者なら道三様の後、国を上手く纏めるでしょう」

秀政は感情を殺し、いかにも名案だ!とでも言うかのように顔を輝かせて同意した。

「そうか!お前は反対するかと思ったがな」

「俺は凡才がこの国を継ぎ、容易く他国に滅ぼされてしまう事が許せないのです。

この美濃は道三様が一生をかけて獲った国。

それを守れぬ人材ならば、継ぐ資格はない。

俺は会った事がないですが、信長公は道三様が認めたほどの者。

ならば、逆らう理由など見つかりませぬ」

本来の道三であれば、秀政の言葉を少しは疑っただろう。

しかし、今の道三は死期が目に見えるほどに迫り、急いている。

だからか。秀政を疑う事なく信じた。

「兵介に国譲り状を持たせて、尾張に向かわせている。ほどなくその返事が来るだろう。

だが、龍興を担ぐ道利らがここぞとばかりに突いてこよう。美濃を他国に売り渡すなど言語道断とな。

そこで秀政と守就お前らに頼みがある」

「頼みとは?」

「信長を支持してくれ。

若手筆頭の秀政、西美濃三人衆の守就が支持すれば、稲葉一鉄はこちらに味方するだろう。

だが、光安はおそらく利治を押す。

再び美濃が割れるのは避けねばならん。しかし、わしの寿命はもうない。

お前らならうまくまとめられよう。

この道三、最期の頼み。

どうにか引き受けてはくれまいか」

そう言って道三は頭を下げた。

秀政は慌てて、お顔をあげてください。と言い微笑んだ。

「俺は道三様に仕える身。必ずやご期待に添える結果に致しましょう」

そう言い残して秀政と安藤伊賀守守就は退室した。







一方、国親は頭を抱えていた。

後方で輸送を行っていたはずの自分たちがなぜ戦場で戦っている?

理由は明白だった。

利治率いる主部隊は長井道利を愚直にも力押しで攻めた。

相手は蝮の弟。

当然、策が張り巡らされている。

わずかな時間で利治は大打撃を受け、国親のいる所まで撤退。

それを追撃してきた長井道利を国親が防いでいる。

殿を否応なしに任されてしまった。

「勝つ事は目標ではない!時間を稼げ!味方が逃げ終えるまでの辛抱だ!」

めんどうだ、とは思ってもここで背を向けて逃げるわけにはいかない。

嫌われ者は嫌な仕事をあてがわれやすいとはいえ、唐突だな。と国親はぼんやりと考える。

自分が若い事で侮られ、血の卑しさが原因である事は仕方がない。

この国はそういう風にできている。

だけど、この仕打ちはないんじゃないか。

自分たちに通達なしに勝手に攻め込み負けた挙句、殿を押し付けるというのは礼節に欠いている。

反転して利治を討ち取ってやろうか、と冗談で思うくらいには腹が立っている。

そんな時だった。

「日根野弘就がこちらに向かってきております!」

聞きたくもない伝令がやってきたのは。

この状況で敵に援軍とは。

最悪の事態に成り得る。

それは避けねばならない。

国親は距離を聞き、

小さく舌打ち。

ここに来るまで騎兵だけを先行させればそうかからない。

「…………利治様はどこまで後退された」

「既に戦場からの離脱はされたかと」

逃げ足だけは早い事で。

「ならば、我々も退こう。鉄砲隊を並べて時間を稼げ。その間に敵にこちらがわざと瓦解しているように見せつつ、歩兵は撤退。騎兵は私と共に残れ。敵が追ってきたのならば、突撃せよ。そして怯んだ隙を突き、撤退。利治様を追う」

「はっ」

今までは善戦し、数に差はあれど互角に戦っていた国親と長井道利の兵だったが、伝令が伝わると戦況は一変した。

すぐに、部隊の多くの兵がわざとらしく「うわぁぁ」「こりゃあ、無理だぁ!」など声をあげて敵に背を向けて逃げ出した。

国親は馬に跨り、陣を破棄して騎馬隊と共に待機している。

敵が追ってくるなら反撃を加えてやろう。

窮鼠猫を噛むという言葉がある。

てきは斎藤利治の本隊を破り勢い付いた上に国親の兵も引き始めたとなれば慢心や油断は生まれてしまう。

将たちは違うかもしれないが、一兵卒ではそうだろう。

そこで思いも寄らない反撃を食らうと一時的に浮き足立つ。

それが狙いでもある。

国親は頬の端をわずかにあげて小さく笑みを見せる。

長井道利は慎重な性格だと聞いている。それが事実ならば、乗ってきてはくれないのだろう。




敵である長井道利はこの状況に不審を抱いた。

殿を務めている白河国親という男は瀬名秀政の側近であるという。

そしてその兵は美濃では名高い黒備え。

一切の飾りがないただ黒一色の軍だ。

それにしては些か。退き方があざとい。

斎藤利治なぞは警戒するのあたらんが、あの軍は侮るべきではない。

長良川で苦い思いをさせられた事を忘れてはならない。

ここは追撃すべきか。

どうする?

わしが敵軍の将であり、この状況であれば、必ず罠をしかける。

正攻法で勝つのが難しいとあれば奇策を用いよう。

問題はその奇策なのだ。

あの敵の撤退の仕方はわざとらしいにもほどがある。

手に持った槍を捨てずに逃げている。

あれは反転してこちらを討つ為ではないか?

また、騎馬隊は一カ所に集まっている。

あれは何の為だ?

更に氏家ト全を討ち取る際に活躍したという鉄砲隊の姿が見えない。

伏兵として潜んでいる?

これで追撃をしかければ氏家の二の舞か?

しかし、兵数はこちらが優勢。

ここで彼らを潰せれば後の為になろう。

長井道利は本陣で次々と敵の動きを伝えてくる物見櫓の報告を聞きつつ、手に持った扇子をパチンと閉じたりまた開いたりを繰り返しんがら考える。

兄が病に伏しているという噂も聞く。

ここは殲滅の前に和議を結ぶべきか?

兄の事だ。

自分が存命のうちに面倒ごとを片付けようとするだろう。

話には乗ってくるはず。

それならば、黒備えの兵は優秀な手駒に成り得る。

兄亡き後わしが実権を握り、この国を支配するには優秀な部下と兵がいる。

条件には合っている。

ふむ。

和議の条件次第か。

わしの領地の保証に龍興様の家督継承が最高だが、流石に通るまい。

わしの方はともかく家督は利治に巡ろう。

しかし、今回の戦を見るにあまり有能ではない。

わしが付け入る隙はある。

そして、龍興様を利治の後継ぎに指名すれば良いか。

利治は適当な時期に毒殺でもすれば良いだけの話。

和議ならばその決着に持っていこう。

さて、ここで彼らを見逃し、わしは反道三の態勢を取り続けたとしてどうなる?

美濃の国人は少しずつこちらに寝返るだろうが、邪魔なのは今川に織田。

特に今川だ。

わしを援助すると密約を交わしおったくせに破棄してまで兄と結びおった。

そのせいで尾張の信長が形勢を逆転させつつある。

もし尾張が信長のものになればわしは包囲される。

それまでに美濃の主権を取れるとも限らん。

博打。

わしがこの国を取るのと尾張の信長が国を纏めるのがどっちが先か

五分五分といったところだな。

ただこちらには不安要素がある。

瀬名秀政に安藤伊賀守守就。

あの二人を敵に回すとなればそれ相応準備がいる。

瀬名は行方不明だそうだが、おそらく生きていよう。

わしの勘がそう告げている。

ならば、ここは和平に持ち込むのが最善策か?

後に瀬名を味方にする為にもここはあえて見逃す手を打っておくべき。

ふむ。

そうだな。

現在最善と思われる一手を実行しよう。

「兵を引かせろ!関城に帰還する。日根野には跡部城に入るよう言っておけ。わしとすぐ合流できる城に居てもらわんと困るからな」

副将にそう伝えて長井道利は居城に向かって軍を帰還させた。





一方、国親は長井道利が帰還するのを見てから、騎馬隊と共に利治を追いかけていた。

「利治様はどこにいる!?」

「長山城にございまする」

「あそこは廃城だったはずだ」

「此度の長井道利討伐用に修繕してあるそうで」

なるほど。

関城と稲葉山はそう遠くはない。

その間に長山城を置いて前衛砦とするのか。

「我らも急ぎ長山に向かう!」

国親が馬を蹴った時だった。

「その必要はない。お前らは白海城に帰還し、兵を休ませろ」

国親が眉を寄せてシワを作りざるを得ない声が聞こえた。

声の方を見ると、先に撤退したはずの足軽たちが一人の男の後ろに構えている。

「よぉ、国親。名代御苦労。もういいぞ」

「若、生きていらしたので……」

「死ぬはずなかろうに。まぁ、そんな事はどうでもいい。国親、お前は来い。後は白海城に戻れ」

主君との再会を喜ぶ間もなく、秀政の指示が飛ぶ。

それに従って兵たちが移動を始め、国親は秀政のそばに馬を進めた。

なぜだか秀政の横にあの娘、茜とか言ったかがいる。

何処かに消えたと思っていたが、なぜ一緒に居る?

「国親、質問を受け付けん。俺らは長山に急行する。行くぞ」

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