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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第一章 美濃統一
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第六話

美濃に戻った秀政は休む間もなく軍を率いて美濃三人衆と戦っている明智光安の援軍に向かった。

義龍兵を吸収し、総勢2000となった軍は秀政が駿府にいた間(今でいう岐阜から静岡までの旅なので、そこそこの日数がかかった)に国親らによって鍛え上げられている。

全員が黒の鎧を纏い、行軍する。

最も秀政は鎧すらつけず、湯帷子姿で馬上の人になっている。

茜はその秀政の背にしがみつくように後ろに乗っている。

戦場に女の子を連れて行くのはどうかと思ったが、茜が人見知りを発揮してしまい、仕方なく連れて行く事になった。

まぁ、戦はこっち優勢に進んでいるし、攻城戦だ。後ろの方に待機させておけば危険はない。

「国親、長井道利と日根野弘就の動きを把握しておけ。挟撃されては堪らん」

「承知しております。彼らに動きはありませぬ」

「流石だ。俺たちは後詰でさほどやる事はないが、気を抜くなよ」

「はっ!」

さて、どうするか。美濃三人衆は各別々に戦線を貼るのではなく、三人で協力して仕掛けてきている。

今、攻めているのはその前衛砦。守るは頑固親父こと稲葉一鉄。

これがまた、意外にも堅いらしく落とせない。

まぁ、落ちないのは明智光安の指揮によるものかもしれないが。

稲葉一鉄が明智光安を釘付けにしているおかげで、安藤伊賀守、氏家ト全はわりと自由に動けている。

稲葉一鉄のいる砦を落とせれば敵の喉元に楔を打ち込める。

だが、稲葉一鉄を救援しに氏家ト全が兵を率いてやってくる。

それまでに落ちるのか?

俺が砦攻めに加わったところで特に何も変わらない。

だったらそこに加わるよりは、砦を大きく迂回して、救援に来る氏家ト全を強襲すべきじゃないか。

ただ一人この場に姿をあらわそうとしない安藤伊賀守は道三の片腕と言われた男で策略家。

更には動向がつかめていない。

となると、これは罠かもしれない。

罠の可能性が高いだろう。

誘われている。

俺ならば砦ではなく、氏家ト全を狙うと。

氏家ト全を狙いたいが、誘き出され、伏兵で一気に叩かれては元も子もない。

損得勘定だ。

どうする?

けれど、これは氏家ト全を討ち取れる好機でもある。

氏家ト全を討ち取る事は俺の美濃内での立場を確固たるものにするだろう。

しかし、援軍に来いと言われて向かう以上は明智光安の陣に赴かねばなるまい。

陣に行かず勝手に氏家ト全を襲ったとなればそれは独断専行であり、主命を無視する事になる。

軍規違反。

どちらを選ぶ。

軍規違反か手柄を求めるか。

道三様は自由な方だ。

独断専行は怒りを買いはしないだろうが、失敗したら、怒られるでは済まない。

「国親、新田を呼べ」

少しして新田正成が来る。

「鉄砲隊は連れてるか?」

「はい。必要になるかもと思いまして」

新田の答えに満足したように頷く。

それならば、勝機はある。

「いい判断だ。鉄砲隊に伝えよ。『今回がお前らの初の見せ場だ。瀬名の鉄砲隊の名を轟かせよ』とな」

「承知」

短く返事をすると馬にまたがり去っていく。

「よいのですか?」

国親は秀政の表情を伺うようの訊ねる。

「何がだ」

「鉄砲隊の事は国内外問わず黙秘にしてきた事ではありませんか。それをここで使うなど」

「構わんさ。むしろ、今だ。南蛮より渡来した新兵器。未だ実戦に使うものはおらず。この俺が先陣を切ろうぞ」

秀政直属の部隊の一人から種子島を受け取る。

「茜、これがなんだかわかるか?」

「鉄の塊ですか?」

「まぁ、そうだな。こいつはポルトガルからきた兵器で鉄砲と言う」

「ぽるとがる?」

「海を渡った遠い国の名前だ。それが最初に着いたのが種子島というところで、この銃は種子島と呼ばれている」

「秀政は物知りです」

「ははは、俺は全然何も知らん。世界は広い。俺たちが争っている美濃など世界に比べれば米粒のようなもの。この日の本でさえ、ただの小さな島にすぎん。

俺たちはこんな小さな国を争っているが、こいつをもたらしたポルトガルの奴らは世界各地を支配しているという」

「すごいですね」

「そうだ。

海の向こうの国はすごい。

この鉄砲だってな、うまく扱えれば、弓よりも遠くを正確に撃つことができる。矢のように曲線を描かず、直線に飛ぶ。この鉄砲を並べば、敵兵は近寄れもしまい。武田の騎馬隊に対抗する事も可能だ。

だが、新技術ゆえに高価だ。美濃一の金持ちである俺でも揃えられて400が限界だ。それ以上は破産する」

400も持っていれば充分なのだが。

鉄砲の生産地である近江国友や堺からそう遠くはないとはいえ、一領主が鉄砲を揃えているなど通常ありえない。

「破産?」

「金がなくなってしまうって事だ。でもな、いずれこの技術が広まり、大量に揃えられる時は来る。その時にこの日の本は変わる。俺はこの戦で鉄砲の威力を見せつけ、時代の先駆者になろう」

茜は語る秀政の横顔を見つめる。

この人はやっぱりすごいのだ。

私とちょっとしか変わらないのに、こんなたくさんの兵隊を連れ戦に向かう。それに聞いた事もない国の名前を知っている。

物知りなのだ。

駿府への旅の時も色々と教えてもらった。

秀政の話は面白い。

それに秀政が語ってくれた自分が作りたい国はあったかくて笑みに満たされたそんな夢みたいな世界にするのだと。

その後に、なんだか難しい事も言っていたが、いまいち理解はできなかった。

今の一部の人間だけが利権を貪る旧体制を壊さなければ、始まらないとかなんとか。

それでも、この人が作る国は私も笑って幸せに暮らせる国なのだとわかる。

私は頭も良くないし、畑を耕したりも武器を持って戦う事も何もできないけれど力になりたい。

茜は秀政の腰に手を回しギュッと抱きついた。

「どうした?寒いか?9月とはいえ冷えてきたしな。ほれ、俺の羽織だ。でかいけど無いよりはマシだろ」

私が寒いと思って抱きついたと勘違いしたようで、ばさっと頭から羽織を被せられた。

一旦秀政から手を離し、羽織を着る。馬の上で着るのは案外難しくて苦戦した。

確かにあったかい。

「着たか?」

「うん」

「寒かったら言えよ」

「うん」

馬の脚がちょっとだけ早くなって私は態勢を崩し、慌てて秀政に掴まった。

再び腰に手を回し抱きつくような姿勢になる。

これが一番安定するのだ。

なんて言い訳をしてみたり

「すまん。ちょっと遅れててな。少しだけスピードあげたぞ」

「うん」

言われて気付いたのだが、私が羽織を着ようとしていた間は馬がずいぶんとゆっくりだった気がする。

茜は秀政の細やかな気遣いに心があったかくなり、少しでも分けられたらな、と自分の頬を秀政の背中にくっつけた。






「国親、お前はここで茜と待機。万が一俺が奇襲を受けた場合は救援頼んだ」

国親に300ほどの兵を預け、待機させる。

ここで国親が目を光らせていれば伏兵もそうやすやすと行動はできない。

奇襲を受けた秀政が混乱から回復してしまえば、国親と秀政によって挟み撃ちにされてしまうからだ。

そう考えた上での配置だった。

「承知しました。それと、若。安藤殿の兵を見たという証言があります。警戒を」

「わかっている。新田は鉄砲隊を率いて、北東に3kmほどのところに小さな林があるそこに潜んで待機。それ以外は俺とともに北進し氏家ト全にあたる」

伏兵がいるのならば、俺が氏家ト全に仕掛け、撤退をし俺が追撃を始めた辺りで背後に出るだろう。

それを国親が対処する手筈。

「行くぞ!」

白い鎧を着込み、槍を持って馬を駆ける。

攻撃は神速。

雷のごとく強襲せよ

「氏家ト全、狙うはその首!」

のんびりと行軍していた氏家軍の脇腹をつくような形で襲いかかる。

すると、氏家軍の先頭と最後尾が秀政の軍を包むように翼状に展開した。

「対応が良すぎるな。やっぱ罠か」

秀政は舌打ちをしつつ呟く。

が、その表情に焦りはない。

「中央を突破する!俺に続け!」

自ら先陣を切って槍を奮う。

その姿に味方は鼓舞され、敵は長良川の戦いを思い出して弱腰になる。

瞬く間に五層の陣を作り中央を固めていた氏家軍を貫く。

「くそっ!若造ごときに!」

陣形を崩され、本陣の防御までもが破られそうになった氏家ト全が毒づきながら撤退していく。

それを見て、葛西盛次が秀政に馬を寄せて来る。

敵兵の返り血を浴びて黒い鎧が黒に近い赤に見える。

「追撃しましょう!」

「いや、退け。追撃はするな。急ぎ撤退しろ!」

秀政が何をそんなに焦っているのかわからず葛西は混乱しつつも言う事を聞き兵たちに撤退命令を出す。

その撤退間際だった。

撤退したはずの氏家軍が引き返して来た。

葛西が「向かってくるか!反転して迎え撃ちましょう!」と進言したが、秀政は聞き入れず撤退を進める。

「逃げるか、瀬名秀政!臆病者め!」

後方から氏家ト全の罵倒が飛んでくるが、秀政は全く気にかけない。

代わりに葛西や堀らの家臣が激した。

「主君をバカにされて引っ込めるか!」

手勢を率いて反転しようとした時だった。

左右両方から敵軍が現れた。

「退け!退け!林まで撤退しろ!」

大声で命令を出しつつ自分も撤退する。

左右から現れた軍の中に安藤伊賀守を見かけた。

やはり罠だったのだ。

あのまま追撃していれば完全に包囲された。

逃げる秀政を氏家・安藤両軍は追ってくる。

少し離れたところにある林に逃げ込んだ瀬名軍を今こそ長良川の戦いの仇を返さんとばかりに追ってくる。

秀政は林に潜んでいた新田率いる鉄砲隊の背後に兵と共に撤退していた。

「いたぞ!あそこだ!」

秀政の白い鎧を見つけた敵兵が波のように押し寄せてくる。

氏家兵の方が血気盛んらしく、安藤軍を置き去りにして先行していた。

他の兵の黒い鎧は薄暗い林では目立たない。逆に白い秀政の鎧は目立つ。

「第一隊撃て!」

秀政の号令で黒鎧の鉄砲隊が一斉射撃。

ズガガガァァン!!

「なんだ!?」「鉄砲か!?」「バカな……」

兵たちが慌てふためくが

「だが、鉄砲なら撃つまで時間がかかる。攻め寄せろ!」

氏家ト全の号令に従い向かってくる。

そう。種子島は一発撃つと次弾装填までの時間がかかる。

これが実戦であまり使われない理由の一つ。

戦場で弾を込めている余裕などない。

騎馬隊が接近してきて皆殺しにされる。

「第二隊!」

だが、先ほどとは別の隊が一斉射撃。

鉄砲の数が400という軍の編成に対し多いのを利用し、いくつかの部隊に分けたのだ。

「なぜだ!?なぜ撃てる!?」

間が短く放たれた二射に氏家ト全が当惑を隠しきれない。

「第三隊!」

再び一斉射撃。

氏家ト全の兵は瀬名秀政率いる鉄砲隊に近づく事すらできずに銃弾の餌食となる。

「者共!今が好機!氏家ト全を討ち取って名を上げよ!!」

「「「おおおおぉぉぉ!!!」」」

林が揺れるほどの雄たけびを上げて、あちこちに散って逃げていた瀬名軍が鉄砲によって浮き足立っている氏家軍を攻め立てる。

士気が低い氏家兵は強靭な瀬名軍の敵ではない。

「卜全様っ!背後にも瀬名の兵がっ!」

国親が兵を率いて背後を強襲した。

流石は国親。機をわかってる。と秀政は微笑み、目の前にいた敵兵を一刀で斬り伏せる。

「罠に嵌められたのはこちらという事か!全軍撤退する!」

氏家ト全の号令が林に響く。

「逃がすかっ!第一隊、第二隊、撃てっ!」

次弾を装填し終えた二つの部隊が一斉射撃を行う。

残っていた氏家軍の兵が見る間に減る。

頭上では雲行くが怪しくなり、小雨が降り始めたが、まだ鉄砲を打つには支障はないだろう。

「第三隊!」

生き残りが減る。

が、大将は逃げ続けている。

「種子島を寄越せ!」

秀政は種子島を一丁受け取ると構えた。

視線の先には馬に乗ってまさに逃げんとしている氏家ト全。

鋭い銃声が響き渡ると同時に氏家ト全が落馬した。

銃弾は彼の心臓を見事に撃ち抜いた。

「氏家ト全討ち取った!」

首を取りに行こうと林から出て追わんとするとヒュッという音がして矢が足元に突き刺さった。

安藤伊賀守率いる部隊が瓦解寸前だった氏家軍を救いに来たのだ。

「射てっ!」

一列に並んだ弓隊が一斉に弓を引いた。

矢の雨が瀬名軍めがけて降り注ぐ。

安藤伊賀守率いる兵は多勢。対する秀政率いる兵は散っていて陣形を作れる状況にすらない。

ここで正面からぶつかるのは愚策。

いったん撤退して立て直すべきか。

それに雨が本格的に降り始めてきた。

これではすぐに鉄砲が使えなくなる。

「ちっ!下がれ!林を抜けて撤退する!」

秀政は素早く木の陰に身を隠し、矢を避けつつ後退する。

他の兵たちも我先にと林の中を駆けていく。

安藤伊賀守はその様子を眺めながら、憂いげな表情を浮かべる。

「氏家殿を回収しろ。追撃はいらん。怪我人を収容し、撤退する」

安藤伊賀守は氏家ト全の遺体と鉄砲に足や腕を撃ち抜かれた兵を回収し、素早く撤退した。

娘の恋い焦がれる相手が冷たくなる瞬間など見たくはない。できる事ならば、婿殿の力になりたかったが、時既に遅し。

安藤伊賀守は小さく「すまぬ」と呟き、馬首を翻した。

一方、自分を追って来るはずの安藤伊賀守が撤退いるとは夢にも思わない秀政は林の反対側に抜けて軍様を整えようとしたが、そこには安藤伊賀守の別働隊が待ち構えていた。

全て安藤殿の思惑通りかっ!

思わず毒づいた。

俺が伏兵に気付き逃げる上で、あえてこの林に逃げ込む事を予想し、背後に別働隊を置いておいたのか。

更には氏家ト全が敗れ、俺が姿を表したところを狙い、援軍として現れ反撃し、撤退せざるをえない状況を作る。

前後両方に敵兵に囲まれ、将兵たちには矢傷を負っている物も少なくない。

「くそっ!散れ!明智殿の陣営まで戻れ!そこで集結する!」

思考を一瞬で纏め秀政は林の中に隠しておいた馬に跨った。

そして、国親に自分が鎧の上から着ている羽織を預ける。

既に矢によって切り裂かれた部分などがありボロボロだったが、国親は硝子で出来ているかのように丁重に受け取る。

「暫し兵を任せる。俺が戻った時に失望させるなよ」

笑顔でそう告げると、わざと別働隊に姿が見えるように林を出る。

「我なりは瀬名秀政!手柄が欲しくば我が首を取ってみよ!」

飛び交う矢の中を器用に馬を走らせ、敵兵の包囲から逃れる。

「瀬名秀政だ!討ち取って手柄を立てろ!」

別働隊の指揮官らしき男の言葉に兵たちが反応して秀政を追い始めた。

時々追いつかせては引き離す。

全速力で馬を走らせ、別働隊を引きつける。

見失わせてはならない。

それでは意味がないのだ。

しかし、「こいつ、実は鬼か!?」と疑うほどに秀政は敵兵を寄せ付けない。

迫り来る兵は槍の一振りでねじ伏せられ、矢でさえも神懸かった槍捌きによって弾かれる。

これは囮だ。ただ、命を捨てる可能性が高い危険な囮。

秀政は死ぬ覚悟でやっている。

それがこの武芸の極みへ導いたのかもしれない。

しかし、それもそう長くは続かない。

これは届くまいと予想した矢が馬に命中したのだ。

馬が仰天し落ち着きを失い秀政を振り落とした。

落馬した大将首を逃すほど甘い兵はいない。

ここで倒れていては絶好の標的。

秀政はすぐに立ち上がり、駆け出すが鎧を纏った秀政と軽装の足軽たちでは分は相手にある。

最初に追いついた足軽が槍を奮ったが、弾き返し胴をなぐ。

「お前ら如きにくれてやれるほどこの俺の命は軽くないぞっ!」

数人を斬り伏せ、追手が怯んだ隙に右手に広がる森に逃げ込む。

「逃がすな!」

背後から敵兵の声が耳に届くと同時に矢が秀政の背に刺さる。

運悪く鎧の継ぎ目に飛んで来たのだ。矢が深く抉った。

歯を食い縛り、痛みを堪え走り続ける。

次第に視界が霞む。

出血が思っていたよりも酷い。

だが、こんな所で死ぬわけにはいかない。

俺はこんな事で死んではいけない。天下を目指す人間がこれしきで死ねるかっ!

頬を打って意識を呼び戻す。

視界が戻って来た。

左右には薄暗い木々が続く森。

後方には安藤伊賀守別働隊。

前方には茶色く濁り、底が見えない川。

森に逃げ込んでも傷を負った今、逃げ延びるのは厳しい。

かといって、迫り来る追手を迎え撃つ事は不可能だ。

数人となら斬り結べても、その後まで体力が続くとも思えない。それにあんまり戦えはしない。傷は想像よりも酷いらしくさっきから痛みが増している。

「見つけたぞ!」

考えを巡らせている間に敵兵に見つかった。





明智光安の陣営に別働隊の国親も戻り、瀬名秀政の軍は再集結したが、大将である瀬名秀政その人がいない。

秀政が敵兵の注意を引いてくれたおかげで、皆あちこちに擦り傷や矢傷があるが、何とか無事に離脱できた。

「軍様を整えろ。若が戻って来た時に醜態を晒すな」

国親は若……と落ち込んでいる兵たちに落ち着いた調子で告げる。

「あの人が死ぬわけないだろう。殺して死ぬような人じゃない」

失礼な言い方だが、兵たちを元気づけるには充分だった。

「お前らは俺がいないと何もできないのか?って笑われたくなければ、立て。そして、戦果を上げて若を驚かせろ」

淡々と告げる国親。

その秀政が生きていると信じているからこその落ちつきは兵にも伝染する。

実を言うと、秀政の鎧が血塗れ(内側が)の状態で見つかっているという報告を受けている。

出血量から見て生きている可能性は低い。

だが、敵兵には捕らわれていない。

おそらく鎧を捨て逃げたのでしょう。というのが乱破の報告だ。

しかし、あの出血量では逃げる事もままならず、最悪どこぞで倒れているやもしれませぬ。とも言っていたが。

それを知っていても国親は揺るがない。

国親は瀬名秀政の側近にして家老にして片腕。

彼がいない今、軍を支えるのは自分だ。その自分が信じずになんとする。

そして、彼が戻って来た時に落胆させてはならない。彼は彼の夢のためには立ち止まる事を許されてはいないのだ。

なのに、自らの命をかけ兵を救った。

今の自分はその恩をとても返しきれない。

ならばせめて秀政の夢への一歩として戦功をあげよう。

秀政が帰還して、笑顔になるように。

この白河国親の全身全霊を以って尽くそう。

彼が生きていると信じて。

「うおぉぉ、そうさ、あの若が死ぬはずねぇ!」「おうよ!若が居なくても俺たちがやれるとこ見せたるぜ!」「若を驚かして度肝抜こうぜ!」

国親はその様子を眺めて小さく笑う。

「その気持ち、目の前の敵。稲葉一鉄にぶつけて来いっ!だが、若に救われた命、捨てるなっ!」

寡黙な国親の大声に一瞬みんな耳を疑ったが、すぐに

「「「「おおおおおお!!!」」」」

天に吠えた。

「行くぞ!狙うは一鉄!砦を一気に攻め落とす!」


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