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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第二章 復讐
37/41

三十七話

振り下ろした刃が老人の頬を掠めて、布団を貫き、畳に突き刺さる。

「殺さんのか、若造」

坊主がニィっと笑って言う。

「お前をここで殺したら、せっかく捕らえた連中が手の上から逃げてしまうだろう」

刀を鞘に戻し、布団の横に座る。

「会うのは初めてか。

武田晴信」

「その通りだ、今川義秀」

義秀は晴信の雰囲気に既視感を覚えた。

「父上に似ているな。

流石は甲斐の虎」

「義元公にか。

そういう貴様は我が息子には全く似ておらんな」

「俺には英雄の素質がないからな」

「義信は英雄か

確かにな。

時が違えば、英雄となっただろう」

「だろうな。

生まれてくる時を間違えた。

優しすぎる男だ。

あんたが殺そうとしたのも理解できる」

「だから、殺したのか?」

晴信が鋭く言い放った。

「俺は殺していないさ。

あんたの兵がやった」

義秀はケラケラと笑いながら、答えた。

晴信はつまらなそうに顔を顰める。

「仕組んだのはお前だろうよ」

「どうだかな」

義秀はあえて否定はしない。

「それよりも、武田晴信。

昔、俺を殺そうと刺客を放ったそうだな」

「…………思い出したぞ。

飯尾とかいう奴を使ったやつか。

確かに狙ったわ。

あの時殺しておければ良かったがな」

「全くだ。

どうせなら、あの時殺してくれたら良かったものを。

おかげで、死んでる女を見る度に、母の姿が浮かんできてしまう」

「それは嫌だのう」

「だろう?

仕返しをさせてくれよ。

お前を武田信虎と同じ所に送ろうか」

「それは勘弁せい。

親父に殺されてしまうわ」

「ははは、もうじきくたばる病人が死を嫌うのか」

「親父に会うのは死よりも恐ろしいわ」

「だろうな。

俺もあの男は苦手だ。

そんな話はどうでもいい。

俺を殺そうとした時、誰と企てた」

「我が妹と飯尾とかいうつまらない男だ。

正確にはわしが煽っただけだが」

「そうか」

「なんだ?

何もせんのか。

貴様は復讐したがっていると聞いたがな」

「あぁ、確かに。

復讐をね。

したいとは思うけど。

あんたは別になにしたわけじゃない。

煽るだけなら、俺もよくやる。

だったら、いいかなと」

「適当だな」

「もう正直、どうでもいいんだよ。

真実を隠して、理想語り皆を引き連れ。

疲れた。

近頃はずっと体が怠い。

大名なんざなるものじゃないな。

山賊の棟梁くらいが丁度いい」

「それは許されんぞ。

貴様は既に泥沼にはまっている。

抜けられはしない」

「わかっている。

言ってみただけだ」

「随分と変わった男だな、貴様は」

「よく言われる。

女のケツばっか追いかけていると怒られるよ。

そろそろ女遊びも辞めないといかんな」

「訳のわからん男だな。

本質が掴めん。

一体どれが貴様でどれが仮面なのだ」

「さぁ?

俺も何が自分で、どこからが作ったいるのかわからなくなっているよ」

「道化だな」

「哀れな道化は全てを巻き込んで、崩壊させるかもしれない。

もう少し長生きしたら、面白いものが見えるかもしれないぞ」

「貴様はわしに生きて欲しいのか」

「どうだろう。

ただ、父上しかり。

織田上総介しかり。

北条左京大夫しかり。

俺を理解してくれる人間が居なくなるのは寂しいな。

あんたなら俺を理解できるだろう?

だから、見てては欲しいが邪魔はしないで欲しいといったところか」

「やはり狂ってるな。

貴様は一体どこを目指している」

「そうだなぁ。

本音を少しだけ言うと、俺が面白いと思う世界にしたい。

後は、師匠である道三を越える事」

「蝮をか。

あやつは京を支配しようと企んでいたな。

ならば、そうだな。

貴様の理想は足利ではない新たな秩序の形成か?」

「その通り。

足利を中心とした武家政権は崩壊しつつある。

新たな秩序をもたらす絶対的な存在が必要だ。

天皇や公家では駄目だ。

所詮はお飾り。

しかも、飾りの癖に力を欲するおもちゃ以下の存在でしかない。

ならば、天皇制ではない政府を作る。

俺が天皇であり、王になる。

官位を授けるのも今川治部大輔。

将軍は天皇から授かるものという原則を破壊し、かつての平将門のように新皇となろう」

「夢物語というに相応しいな。

だが、眺める分には面白いかもしれん。

この日の本という世界が大きく変わる瞬間に立ち会えるとしたら、それはさぞかし幸福であろう」

「老後の楽しみにはいいだろう?」

「なるほど。

義元公も左京大夫もこれを見たいと欲したか。

面白いな。

わしも協力してやろう。

息子に背かれた時点でわしは既に隠居を決めていた。

時代は変わりゆくか

かつてわしが親父を追放したように、若い衆の時代か

年老いるのは早いものだ」

「ははは、あんたが死ぬ前に変えてやる。

そうだな。

あと、二十年くらい生きてくれれば見せられるぞ。

それまでは父上と同じ寺で生活してはどうだ?

新たな刺激もあるだろうよ」

「それは面白い試みだ。

考えておこう」

「おう。

では、俺は去ろう。

もうじきあんたの家臣らが来る。

再開を祝うといい」






「我ら一同、今川治部大輔殿にお仕え致す」

そう宣言したのは、馬場美濃だった。

豪華な顔ぶれが義秀の前で頭を下げている。

「それは良かった。

お前らはこれからは駿府城下に住むことになる。

武田家の出身だと風当たりが強いかもしれないが、なんとかなるでしょ。

明日には俺はここを発つ。

お前らも急いで駿府に来るように」





駿府に戻り、先に約束した成人の儀を執り行い、上杉との不戦協定を結ぶ為に書状を幾つも書いた。

そして、三日後。

甲斐から戻ってきた芦川光隆の報告を受け、共に居た野盗を正式に登用した。

無論、ちゃんと手土産を確信してからだ。

その土産とは首桶。

中に入っているのは、義秀と共に軍を起こした甲斐の貴公子の首だ。

芦川光隆を山中に潜めたのは、武田義信が奇襲から逃げきれた場合を考えてだ。

山中で合流し、殺害する。

それが目的の一つだった。

光隆に褒美を与え、静かになった部屋で次の作業に移る。

その後、他の者が持ってきた美濃の瀬名氏詮からの書状も受け取る。

それを読んだ義秀は険しい表情を見せた。

何を思ったか突然、無言で書状を持ったまま、城下の瀬名氏詮の屋敷を訪ねた。

いつもの通りにすぐに通され、奥方である織田の姫君と面会する。

「尾張御前。

あなたの弟にしてやられたよ。

稲葉山城を一日で落としやがった。

これで西美濃は織田のものだ。

いや、東美濃も三分の一くらいは持っていかれた」

「あらあら。

それはそれは」

「全く。

上総介は本当に厄介な男だ」

「だと言うのに、嬉しそうではないですか」

「あなたもだ、尾張御前」

「私は弟の活躍をただ喜んでいるだけですよ。

殿は本来悔しがるべきなのでは」

「そうなのだろうけれど、上総介にしてやられるのは不思議と嫌ではない。

まぁ、上総介に恋をしているという表現が合っているのかもしれないな。

次にどう動くを予測しては楽しんで、それを越える活動を見せたらまた喜ぶ」

「私が殿とこうして会話しているのと同じなのですね。

弟を越える事ができるお方である殿がどう動くを見て、日々楽しんでおります」

「俺が上総介の上を行くことはない。

期待するだけ無駄というものだ」

「どうでしょうか

私の亭主は器ではありませんが、殿はまた別。

面白いものを含んでおられます」

「尾張御前、氏詮にそういったことを言うなよ。

言えばいうほど、あいつはあなたと距離をおくだろう。

妻が賢いと夫は困るものだ」

「確かに、殿も随分と困られているようですからね」

「言うなよ。

千鶴は察しが良すぎて困る。

いつも釘を刺される」

いつになるかはわからないが、北条を攻め滅ぼすつもりでいることを見抜いているようで、恐ろしい。

だからこそ、あまり彼女の元には行かない。

「話は変わるのだが、尾張御前。

上総介の好きなものは何だ?

美濃制圧の祝いに何かしらを送ろうと考えているが、何が良いか?」

「そうですね……

何でも宜しいのでは?

多分、何をもらっても愉快でしょう。

その裏で殿が悔しがっていると思えば、兄は何であっても嬉しいのでしょう」

「嫌な男だな」

「そういう殿も逆の立場であったら、喜ぶのでしょうね」

「だろうな。

まぁ、適当に決めておくか」

そう言うと、懐から一通の手紙を差し出す。

「手数をかけるが、またこれを上総介に送ってくれ」

「わかりました。

内容を伺っても?」

「構わない。

なに。

ただ単に各々の仕事の確認だ。

美濃をどちらかが取ったら次段階である上洛。

ただ、問題は誰を将軍とするかで揉めている。

俺は前将軍の遺児を推し、あいつは前将軍の弟を推している」

明智とかいう男が何やら織田に接近したという話も聞いた。

もしかしたら、足利義秋自身が尾張に居るかもしれない。

「俺としては幼い子供の方が操りやすくて良いのだがな。

子供は何もできないし。

だいたい、血だけ良いものは無駄に小賢しい。

何の力もないのに、持っていると錯覚して、こちらの邪魔をするのだから厄介だよ、まったく」






義秀は状況がひとまず落ち着くと一つ宣言した。

今後三年は侵略行動を起こさないと内外に大々的に発表し、同時に上杉家との不戦協定を締結した。

信濃も駿遠三と同じように検地を行い、枡を統一し、武田家の支配体制を一新する計画を動かした。

武田家は地方領主による連合政権に近かった。

武田家を宗主とし、それぞれの領主がそれに協力する形だ。

今川は違う。

今川治部大輔が頂点におり、彼から統治を認められ、初めて統治者となる。

今川から土地を借りると言えるかもしれない。

ともかく、今川は連合政権ではなく、当主による独裁に近かった。

義秀は浜松学校の卒業生を次々と登用し、重要な役割に振り分けていく。

優秀な人材を家柄を問わず重用することによって、国をより効率的に回していた。

その最中、井伊家の当主であった井伊直虎が怪我が原因で隠居し、後継ぎである虎松が成人するまで、井伊領は今川家が預かる事となった。

義秀の代理として小鹿一門から一人送り、井伊谷に入っている。

一方の直虎は名前を変え、家とは離れ、義秀の側室となった。

義秀の正室は北条家の千鶴姫。

側室には武田赤備えであった老兵の娘である春。

安藤伊賀守の娘である葵が改名し、夏と名乗り。

義秀の旧友である秋。

そして、井伊直虎改めて冬の四人。

側室の名前は全員義秀がつけている。

本名は捨てさせることで、その実家との関係を切らせている。

ただ何となくそれぞれを迎えた季節の名前をつけている。

三年の平和を宣言した通り。

さて。

争いを起こさず、国内は穏やかだった。

義秀も子宝に恵まれ、既に誕生していた娘二人に加えて、息子が二人、娘が一人増えた。

千鶴が男と女を一人ずつ。

夏が男を一人。

冬が女を一人。

春は既に二人の娘がいる。

子供がいないのは秋だけである。

それはさておき。

軍事行動を起こさないと宣言はしたが、政治的な活動をしないわけではない。

相変わらず、軽い身のこなしで小田原に向かったり、稲葉山城改めて岐阜城に向かったり。

特に織田上総介、北条左京大夫とは良好すぎる関係を保っていた。

義秀が岐阜城を訪ねれば、上総介自身が城下を案内し、自慢の臣下を見せびらかした。

小田原に赴けば、共に将棋に興じ、酒宴を行っていた。

反対に北条家当主である北条相模守とは不和が目立っていった。

義秀は相模守ではなく、かつて今川の人質であった経験のある氏規と親しい。

氏規と相模守は仲が悪い。

というより、悪くならざるを得なかった。

義秀が様々な噂を流し、対立させている。

かつては武蔵の国に住んでいただけあって伝手が多い。

存分に人脈を使い、北条家を翻弄していた。

そのような事をしているとは顔に出さず、何知らぬ様子で左京大夫と酒を飲んでいるわけだ。

一方の武田竜芳が治める甲斐は荒れていた。

隣の家の芝が青く見えるのだろう。

甲斐の民が信濃へと流れてくる。

そのせいで、武田と今川の関係は悪化しつつある。

加えて、竜芳の側近による恐怖政治が行われ、意にそぐわない者は国外追放や処刑。

そして、追放された者たちをこれまた今川家が登用していく。






義秀は駿府でいつも通り側室の秋の膝をかりて縁側で寝ている。

日が当たり心地よい。

側室は四人いるが、秋だけは一人扱いが違った。

彼女は言うならば、共犯者。

仮の身分として、側室という身分にいるだけだ。

「どうして空は赤くなったり青くなったりするのだろうか?

不思議に思わないか?」

空を見て、ふと思ったことを訊ねる。

「なぜでしょうね」

「空の色は変わる。

雲は灰色だったり白だったりする。

でも、雪はいつも白だ。

不思議だよ。

まぁ、色が変わるのは風流だとは思うけど」

「いつから風流なんておっしゃるようになったのやら」

「いつからだろう。

気がつけばだな。

風流といえばだが、雪に血の赤は映える。

かつて源実朝が弟公暁に殺された時のように。

美しい舞台を用意しようと思うんだ。

どう思う?」

そう言った後に突然咳き込んだ。

「大丈夫ですか?」

「ん。

問題はない。

で、質問の答えは?」

「国親殿が良いと言えば良いのでは」

「聞くまでもなく、国親は反対する。

むやみやたらと敵を作るのをあいつは好まない。

でも、俺は常に敵がいないと生きていけないから」

「難儀な生き方だこと」

「ははは、もう止まれないんだよ。

止まったら死んでしまう。

だから、火種が欲しい」

「…………目標は何処なのですか?」

「北条」

「千鶴様のご実家ではないですか」

「だからどうした?

というか、いい加減敬語をやめたらどうだ?

違和感しかない」

義秀が起き上がり、愚痴るように言う。

「しかし、国親殿に深く注意するようにと」

「俺が許すと言っている。

二人しかいない時は楽にしろ」

そう言われて秋の表情がすっと消える。

「じゃあ、失礼して。

正室に対する情とかはないのかしら?」

聞き慣れたしゃべり口調に少しだけ懐かしさを覚えながら、義秀は笑う。

「ないな。

妹同様にあれはただの外交の道具だ」

「家族に厳しいことで」

「妹はどうでもいいが、姉には優しいぞ、俺は」

「姉なんて居たの?

始めて聞いたのだけれど」

「言ってないからそうだろうよ。

俺の姉は尾張にいる。

父親が違うから、今川の姫扱いじゃないけどな」

秋は自分で聞いておきながら、興味がなさそうにあくびをしている。

「ふぅん。

どうでもいいわ。

で、北条を狙うって具体的にどうするわけ?」

「そうだな。

まずは、北条に滅ぼされた家の子に氏政を殺害させる。

その後、俺が北条氏康を毒殺。

すると、後継者争いが起こる。

正当な後継者である氏政が死に、その直後。

氏康が後継者を決める前に死んだら荒れるのは当然だからな。

俺は千鶴の血を継ぐ俺の息子こそ正当な後継者と主張して、小田原を占拠し、相模を奪う。

後は安房の里見と手を組んで削って行く」

言いながら、秋の後ろに移動し、その髪を弄っている。

「他国から非難を浴びるんじゃない?」

「したければ、するがいい。

朝廷に俺を朝敵扱いできる力はないし、幕府は崩れている。

上杉とは既に密約が交わされている。

上野の領有権を譲ることでな。

あとは、役者を揃えるだけだ」

「そう上手くいかないと思うけど。

やめた方がいい」

「いや、俺が何のために小田原をしょっちゅう訪ねてると思ってる。

城の作りは完璧に頭に入ってる。

城内の協力者もいる」

「それならいいけど、私に何をして欲しいわけ?」

「足利藤政という男を唆して欲しい。

古河公方足利義氏の兄である男だ。

足利家の為とでも言えば、動くと見ている」

「期間次第だけど」

「そんなすぐではない。

時期は俺が後で指示する。

ともかく暗殺の準備をさせておけ」

「本当に人使いが荒いわ。

そんなにこき使うなら、側室じゃなくて他の立場の方が動きやすいのだけれど」

「俺もそう思ってた。

お前の出自を知っているのは俺だけだ。

適当に親が死んだとでも言って出家したらどうだ?」

「髪を切るのは嫌」

「わがままな女だな。

じゃあ、俺の不興を買ったとして城から追い出そう。

駿府郊外に屋敷を用意してある。

俺の別邸だが、それを与えてやろう。

俺以外にあの屋敷を知っているものはいないから安心だろう」

「いつの間にそんな屋敷を作ったの?」

「千鶴を迎えてすぐだ。

北条と敵対すれば、あいつが邪魔になるのは目に見えている。

殺してもいいが、そうすると北条の旧臣がこちらに靡かない。

だから、監禁目的にな」

「怖いわ。

最初から北条を討伐するつもりだったのね。

他の側室もいずれ殺してしまうのかしら?」

「気分次第だな。

邪魔だと思えば殺す」

「そのうち誰もついて来なくなるんじゃない?」

「別にいいさ。

どうせ遊びのようなものだ。

謀反でも何でも起こせばいい。

当初の目的は既に果たしたんだ。

後は余興だ。

お前との約束である面白い世界を見せてやろうか」

「個人の為に、世界を変えようとするわけ?

やっぱり狂ってるんじゃない?」

「かもしれないな。

だが、おかしいのはお前もだ。

父親を殺した俺と生涯を共にしようなんて到底理解できない」

「惚れてしまった弱みかしらね」

「嘘をつけ。

俺に惚れてなんぞいないだろう」

「あら?

ばれてしまったわ」

「もう少しましな嘘をつけよ」

「本当は惚れているなんてものじゃなくて、他の女としゃべっているのを見て、相手の女を殺したくなるくらい愛しているわ」

「怖いな。

そして、重いな」

「私は独占欲が強いのよ」

「そうなのか。

知り合って二十年近く経って、始めて知ったよ」

「知らなかったの?

あなたの迷惑にならなければ、あの女たちを全員殺しているところよ」

「おぉ、怖い」

「まぁ、冗談なのだけれど」

「だと思った」

「でも、あなたの事を愛しているのは本当よ」

「そうだと良いんだけどね」

「昔から人の好意を信用しないところは変わってないのね」

「好意なんて信じてはいけないものの筆頭だろう。

次いで、忠誠を誓う言葉が来るかな。

だいたい人は裏切る生き物だから信用すべきではないんだ。

信をおくのは銭と欲。

自分を信じてもいけないし、他人を信じるなんてもってのほか。

俺には自殺行為にしか思えない」

「そうはいっても光隆や国親は随分と信用してるじゃない?」

「あれはな、そう見せることが重要なんだよ。

信用されていると思わせることで、生まれる利益がある。

その為に少しばかりの危険を冒しているだけ」

「人に嫌われる考え方だこと。

私は好きだけれど」

「お前は俺と生き方が似ているから、そう思うんだろうよ。

俺やお前のように幼い頃から騙され続けて暮らしていれば、こうなるのも自然だ」

「悲しい性ね」

「実に悲しい。

まぁ、でも。

お前のような同類が居るのは数少ない俺の幸せとでも言おうか」

「あら、そんなこと言われると照れるわ」

「真顔で言うべきじゃないと思うがな」

「私は不器用だから。

嘘をつく時に、あなたみたいに幾らでも表情を変えられるわけじゃないのよ。

ほら、私は比較的まともだから」

「人を無感情で斬れる奴をまともとは言わないなぁ」

「結局、私たちは狂ってるのかしらね」

「だろうね。

しかし、俺のように家の頂点に立っている奴なんて皆正常な思考を持ってはいないと思うぞ。

全員が全員どこか頭がおかしい」


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