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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第二章 復讐
36/41

三十六話

義秀は国親と共に五千の兵を率いて、出陣した。

向かう先は、躑躅ヶ崎ではない。

白山城から少し北上したところにある若神子城。

そこに武田晴信の主力がいる。

つい先程、攻め落とされたとの報告を受けた。

即刻、取り返さなければならない。

何故なら若神子城は兵站の拠点だ。

信濃から甲斐へ入るのに通過する重要な拠点になっている。

あそこを落とされたとなると、兵糧が不足する。

ただでさえ、二万以上の大軍を動員して兵糧の減りが早く頭を抱えるというのに、余計に頭痛の種が増えた。

他の補給路を構築し、兵站面での問題は少なくなったが、やはり邪魔だ。

兵は迅速を尊ぶ。

その信念は義秀も持っている。

ゆえに兵が五千。

後から一万の兵がやってくるが先行して義秀と国親が向かった。

城を包囲はしない。

城というか山なのだが。

比較的高くはない山に曲輪が設置されている。

ただ、見る限り防御に適しているとは言い難い。

先に城の見取り図を見ても、防衛は厳しい。

あくまで中継拠点だ。

それにこの規模では収容できるのが千人程度。

若神子城を攻めたのは三千の兵と聞いた。

おそらくそれが最大動員数。

とすれば、他の二千は未だこの付近にいる。

「斥候を送れ!

それぞれの目標点を決めよ!」

これで斥候の兵が帰って来なかった所に敵がいる。

城攻めの前にそちらを叩く。

部下を使い捨てていく。

その事に疑問を抱いたことなどない。

直虎には兵に死ねと命令するのは嫌だと言った。

逆だ。

寧ろ心地良い。

人を利用して生きてきている俺には、人の上に立つことが好きだ。

多くの命を手にするのは快感だ。

判断で一つでその気になれば、何千と死ぬ。

感覚としては、囲碁や将棋と同じ。

駒を動かして戦っている。

そう思うようになってきたのは、どうしてだったか

ああ、多分。

育ちが悪いからだ。

俺の経歴は普通とは少々違う。

今川を捨て、武蔵へと旅立った俺はそこで今の側室である秋と出会った。

あいつの家の神社に居候しながら、武芸を磨きつつ周辺の悪ガキ共を束ねあげた。

様々な悪行に手を出し、殺して殺して。

規模が大きくなるに連れ、あっさりと人が死ぬようになってきた。

気付けば、初期からの仲間が死んでも何も思わなくなっていた。

小さな頃から死に慣れ過ぎた。

嫌気がさした俺は他のやつに頭目の座を譲り、秋と二人で旅に出た。

そして、道三と出会った。

道三からは、家臣たちに家族と思わせるように教えられた。

人を騙す術だ。

結果。

今の俺が出来上がった。

人は利用する道具である。

ただ一つそれが根幹にある。

ん?

雨だ。

雨が降ってきた。

「殿。

武田別働隊の場所がわかりました。

我らの背後に着陣しております」

ほう。

流石だ。

いつの間にか挟まれていた。

音もなく現れて、烈火の如く攻める。

元の武田とはそういうものなのだろう。

「千を城からの追撃に。

残りを別働隊に当てる。

俺と国親は別働隊を潰すぞ」

決断してからは早い。

即座に陣営を組み立て、動かした。

「さぁ、遊ぼう。

それぞれが子供になる、やりたいことをやろう。

馬場美濃と高坂弾正は強敵だ。

完璧な防衛体制を整えているだろう。

だが!

完璧を壊すのは子供の気まぐれ。

児戯ほど読めないものはない。

定石から外れたあってはならない一手が時として狂わせる。

俺たちは悪ガキの集団だ。

堅苦しい戦法なんざ気にするな。

楽しめ」

義秀は扇子をクルクル回して遊んでいる。

足を動かすと泥が舞う。

地面がどんどんぬかるんでいく。

その様子を見た兵たちも次々と行動する。

近くの農家から道具を借り、地面を耕している

……そして、法螺貝の音と共に武田の別働隊が襲いかかってきた。

武田は優秀な生徒ばかり。

対する今川は阿呆ばかり。

馬鹿共に理論武装しても、結局は付け焼き刃。

それなら、勘を頼った方がいい。

「さぁ、馬鹿ども。踊れ踊れ」

そう言って、槍を持ち楽しそうに見守る。






敵に居場所を当てられた。

迎え撃つ体制を万全に整え待つ馬場美濃と高坂弾正は呆気に取られた。

一時は奇襲を企んでいたが為に、森の近くにいた事が不幸だった。

敵兵が木に切込みをいれ、こちらに向けて倒した。

大樹があっさりと陣形を破壊していく。

それを乗り越えると竹槍入りの落とし穴。

周辺の地面はなぜか泥々になっている。

雨が降ったものの、まともに足を入れる事さえ敵わなくなる訳がない。

現に自陣の方は水たまりが残っているもののさほどではない。

ここは異常にぬかるんでいる。

鎧兜を身につけた将たちはもちろん。

足軽も足を取られている。

そのぬかるみの中を今川兵はすいすいとかけていく。

見れば、田下駄のようなものを履き、鎧を纏っていない。

実に軽装である。

槍を片手に態勢を作れない武田の兵を倒して行く。

しかも、泥団子を作っては顔に投げつけている。

まるで子供が遊んでいるかのようだ。

何とかしてぬかるみを抜けると、泥が壁のように積まれている。

その向こうから今川兵が弓を射たり、石を投げたりしてくる。

泥団子かと思ったら中に石が入っていて負傷した兵も出た。

姑息な手を使ってくる。

だが、これはガキの泥合戦じゃない。

「弾正、気合入れて来い」

馬場美濃が高坂弾正の肩を叩いて言う。

「応よ」

高坂弾正が兵を率いて、突っ込んで行く。

「武田四名臣の一。

高坂弾正なり!」

おいおい、武田四名臣って一体なんだ?

始めて聞いたぞ、あのお調子者めが。

馬場美濃は高坂の態度を頼もしく思いながら、本陣から眺めている。

泥の壁を乗り越え、敵兵を追い回している。

その先に何個も続く壁を見て、高坂弾正はニヤッと笑う。





「やっぱり崩されてるな」

義秀はやたらと声のでかい男が暴れまわってる現状に苦笑いを見せる。

十層まであった壁が七つ破られた。

あと三つでここまで辿り着く。

「殿。このままでは挟まれます。

今現在、背後を支えている兵たちが押されている状態が続いています。

少しすれば、完全に崩れるでしょう。

そうなると、前後から敵が来ます」

国親が冷静に現状を伝える。

「わかっている。

だが、城方の敵は捨て置け。

前の馬場と高坂を倒すことを優先しろ」

「ですが、殿」

「もう少しだ。

少し待て。

すれば、こちらの勝ちとなる」

立ち上がり、馬に跨る。

「いつでも出れるようにしておけ。

そろそろ本隊も動く」

前衛は押されている。

子供の遊びは大人の本気には敵わないかな?

そうでもない。

「じゃあ、そろそろ反撃といきますか」




壁が変わったのは、八つ目を越えようとした時だった。

泥ではある。

そう思って、矢が飛んでくる中壁を乗り越えようとした。

すると、下から槍が飛び出てきた。

全身泥だらけの男たちが竹の筒を口に加えて壁の中から湧いてくる。

高坂弾正は不意をつかれた。

壁が崩れて、態勢を崩した高坂弾正の足を泥の中から手が掴んだ。

引き倒され、泥に埋まる。

その上を火炎が舞った。

壁が崩れたと同時に、鉄砲隊による一斉射撃。

わざと俺を避けた。

生け捕りが目的か。

高坂弾正は拳を怒りで震わせた。

舐められている。

「ふざけるなよ、今川治部大輔」

足を掴む手を掴み、中から引きずり出す。

男を殺し、自由になった両足で壁の向こうにいる鉄砲隊に襲いかかる。





「九個目が突破されたか?

あれは高坂弾正だな。

あいつの部隊が先導する形で続いているのか」

赤い陣羽織を纏った男は血を浴びて、楽しそうに槍を突いている。

周囲の黒ではない具足を付けた男たちを伴って、五つ目の壁で敵を阻んでいる。

高坂弾正が一部を壊したものの、他は抑えている。

むしろ、押し返している。

ただ、本陣まで一直線に向かう敵を止められていないだけだ。

あれは止まらない。

だが、止めねば。

止めなければ勝てないだろう。





馬場美濃は高坂弾正の投入によって変化した戦局を眺めて、唸る。

どうにも不思議だ。

どうしてあいつの部隊の通ったところだけが抜けられる。

後ろに続いて行く者は、高坂の開けた穴以外では苦戦していた。

確かに守備が手薄にはなっている。

しかし、そこを必死に塞ぐ様子はない。

塞ごうとしたら、他が手薄になるのはわかる。

だが、なぜまだ前方の壁に張り付いている連中がいる?

逃げ遅れたわけでもない。

あえて壁を放棄していない。

放棄して後方の守備を固めなければ、大将首が飛ぶぞ?

地図に黒と白の碁石を置いていく。

白が味方で黒が今川だ。

これはよくない。

陣形が崩れている。

「急ぎ、弾正に伝令を送れ」





もう既に遅いぞ、馬場美濃よ。

「時は来たり!

皆、駆けよ!」

今川方の五つ目の壁より一つの集団が飛び出す。

赤に埋れて見えない紋は『赤鳥』

十文字槍を携えた男を先頭に前のめりになり、後方が薄くなっていた敵陣を一気に駆け抜ける。

泥も徐々に乾いてきた。

やはり沈むが、俺らにかかれば何てことはない。

全員元々は黒備え。

しかし、今は血染めの赤備えだ。

「迅速を尊ぶ!

敵が戻るよりも早く攻め込め!」



周囲が騒がしい。

だが、そんな声は遠い。

馬場美濃の目は地図上にのみ向いている。

黒の石を動かした。

高坂弾正は囲まれている。

穴に誘い込まれたのだ。

児戯に挑発され、前に出過ぎた。

兵で劣るのを防ぐ為、短時間での決戦を目指し大将を狙ったのも失策。

このままでは、壁の内側に誘い込まれた兵は前線の壁に残っていた兵に背後を突かれる事になるだろう。

結果として兵の多くを穴の内側に投入しすぎた。

しかし、まだ。

前線の壁の兵が高坂の背後を突こうとしたら、更にその背後を我らが取ろう。

少しの兵を送り出し、再び考える。

問題はない。

負けたわけではない。

今川治部大輔の首さえ取れば、武田の勝ちとなる。

「この戦勝てなくはない。

大将首さえ取れば、城に残っている信玄様の勝ちとなろう。

とでも爺さんは思っているのかな?」

突然降って湧いた声に馬場美濃は顔をあげる。

十文字槍を担いだ若武者が十数人を引き連れて立っている。

周囲に居たはずの武田兵の姿が見えない。

「誰だ貴様は……」

「お初にお目にかかる。

今川治部大輔という者だ。

なに、覚えるほどの名ではない」

覚えるどころか、敵総大将ではないか

「なぜ大将がここにいる」

「何故に俺が一番後ろにいなければならない?」

まだ周りでは味方が戦っているようで声が聞こえる。

どうやらこの男たちだけが抜け出たらしい。

しかし、倒すには一人では無理だ。

かといって、陣幕を守っていた兵は皆死んでいる。

できることは時間稼きしかなかろう。

幸いにもこの男は対話を望んでいるようだ。

「貴様が今川治部大輔としたら、今頃、弾正は本陣で謀られた事に気づくのか」

本陣に居ないとすると、包囲ではなかったのか。

敵本陣は餌。

釣られた高坂も餌。


「どうだかな。

おそらくは城から出た武田勢と同士討ちしているだろうよ。

どうでもいいが、爺さんよ。

刀を抜かんのか?

抜かんのなら大人しく捕まれ。

殺す気はない。

お前も高坂弾正もな」

「ほざけ。

ここで捕まるくらいなら、討ち死に遂げた方が良いわ。

わしが負けても、信玄様が居る限りは武田は滅ばん」

「その信玄様は既に我が手中にあるといえばどうする」

「何を言う?」

「武田信玄は既に捕らえた。

だから、降伏せよ」

「わかりやすい嘘をつくなよ、若造が」

「嘘か。

どうだかな。

知らんかもしれんが、城は既に落ちているぞ。

その際に捕らえたという報告を受けている。

ただ病は重いそうだが」

「ほう?

城が落ちただと?

疑わしいことを」

「信じはしないだろう。

まぁ、いい。

お前らは捕らえよ。

決して殺すな」

控えていた男たちが穂先を外した槍を持ち、歩み寄ってくる。





白河国親は少しの兵を連れ、戦場を離脱していた。

目的は若神子城に入城するためだ。

城門は既に開いている。

「松平殿。

お迎えありがたし」

城門のそばで松平家康が待っていた。

「いえ。

殿より仰せつかった命です。

館には入るなと」

「館?

なぜだ」

「わかりませぬが、白河殿ならお許しになられるかと」

「そうか。

では、すまないが今川の旗を掲げてくれ」

そう伝えると国親は奥の館に入っていく。

中に居たのは女や医者。

前々から通じていた者の案内で一番奥の部屋に向かう。

途中、襲いかかってくる連中を斬り捨てながら進んで行く。

そして、襖を開けて、唸った。

「殿はこれを他の者に知られるなと…………」

黒備え衆は知っているのだろう。

隠す相手は、遠江や三河、駿河といった初戦でこの老人を討ち取ったと思っている連中か

国親は床に伏せっている坊主の老人を見下ろして頭を抱えた。





馬場美濃を捕らえられ、城を落とされたと知った高坂弾正は潔く降伏した。

そして、白山城に身柄を移された。

白山城は既に人が少なっている。

軍勢の多くは既にそれぞれの国へと帰還したという。

残っているのは、今川治部大輔と白河国親の兵だけのようだ。

さて、高坂弾正は大広間に居る。

捕虜ではなく、馬場美濃と並んで客として歓迎されていた。

他にも、武田勝頼、山県昌景らの武田の将が顔を揃えている。

「人は城、人は石垣、人は堀とはよく言ったものだな。

確かに、これだけの名将が揃っていれば、外敵に屈する事はないだろう」

一人、上座に居る今川治部大輔は箸を動かしながら、言う。

まぁ、だからこそ内の反乱で崩れるわけだが。

と治部大輔は付け加えた

「ところで、お前らは今川に仕えはしないか?

次の当主は竜芳だ。

お前らの居場所はなくなるぞ。

あいつの側近たちはどうしようもない阿呆ばかりだ。

実に利己的な連中だよ。

故に、お前らは排除される」

箸を止めて、武田の将たちを指差す。

「お前らはなぜ戦った?

武田の家の為

武田晴信の為

それとも晴信が語る国の未来の為

民の為」

どれであろうか

高坂は少し考える。

わかった。

お屋形様という人物に惚れ込んでいたからだ。

「晴信は負けた。

そして、それに勝った義信は死んでしまった。

彼が願ったのは平和であり、民の安寧であった。

同盟者としてではなく、俺は一人の友として彼の願いを叶えようと思っている。

この戦は彼が起こした戦だ。

ならば、あいつの望む結果を作るのが俺の仕事だ。

武田という家に忠誠を誓うのなら、甲斐に戻り竜芳に従うが良い。

晴信という男に誓うのなら、病床の彼の枕元に座るが良い。

未来を信じるのなら、同じ理想を持つ者の元へ行くが良い。

だが、民を思うのなら俺に従え。

義信が夢見た民が安らげる国を作り上げて見せよう。

その為にお前らの力を貸して欲しい。

無理強いはしない。

まぁ、考えろ。

牢には入れない。

監視はつけるが、城内ならば好きにして良い。

武田晴信は母屋に居る。

城の者に言えば、案内するように言ってある。

ではな」

今川治部大輔は箸を置いて、部屋から立ち去った。

去った後、残された男たちは顔を見合わせた。

ここにいるのは、全員がお屋形様に惹かれた者。

皆それぞれの考えが頭の中を巡っている。

そして、最初に口を開いたのは誰だったか







お屋形様こと武田晴信の枕元に抜き放たれた刀を持った今川治部大輔が立っている。

「ようやくだ。

お前で最後。

母を殺した報いは受けてもらおう」

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