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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第二章 復讐
34/41

第三十四話

飯富虎昌・武田勝頼が守る中央は特に激戦だった。

数で劣っていれば、大将首を取るのが一番。

ならばこそ、真ん中は被害が出る。

だから、義秀はそこに赤備えに任せた。

彼らなら耐え切るだろうという信頼もある。

それだけではないのだが。

理由はともあれ、武田義信と武田晴信の親子対決は熾烈を極めた。

元々は家中の争いに今川が介入した形をとっている以上、過度に今川が出過ぎるわけにもいかない。

今川の左翼右翼はゆっくりと翼を閉じるように敵を真ん中に押しやっている。

もうしばらくすれば、包囲が完成するだろう。

敵に気付かせない程度に柔らかに攻める。

松平家康と国親は義秀の意を汲んで、実行している。

さて、戦場はどうなっているか。

馬場美濃、高坂弾正、内藤修理、山県昌景と言った武田晴信の主力部隊が武田勝頼及び飯富虎昌とぶつかっているだろう。

互角ではないはずだ。

押され気味になる。

元よりここは時間稼ぎのようなもの。

両翼が敵の側面を突くまで耐える事が大事なのだ。

だが、それを待ってくれるほど優しい敵ではない。

義秀はただそれを高台から眺めていた。

多少なり援護の兵を出してはいるものの、本隊は動かない。

「殿、そろそろ飯富虎昌殿が危ういかと」

護衛の黒備え衆の一人が義信に聞こえないように耳打ちしても動かない。

武田勝頼が裏切るとしたら、そろそろのはずだ。

歴戦の猛者である飯富虎昌の赤備え、武田四天王率いる精鋭。

双方が削り合う。

共に被害は甚大。

武田勝頼が参戦した方が敵を潰せる。

「井伊の隊をここに連れて来い」

大将を守るように黒備えと井伊直虎の兵が配置される。

今更ながら、義秀は不可解に思っていた。

この戦の総大将は武田義信、武田晴信。

しかし実際、義信は総大将でありはするものの、あたかも自らが今川の臣下であるかのように振舞っている。

不思議ではないか

いや、答えは知っている。

本人から聞いていた。

曰く、

『私は自分が死ぬ事で民の安寧が得られるのならば、命を絶つ事を惜しみはしない。

私がこうして父と戦うのは、父のやり方は民を守らないからだ。

出来る事ならば、父に気が付いて欲しい。

間違っているのだと。

その為に、戦うのだ。

これは私が私の家族の為に起こした戦だ。

民を戦わせておいて、自分は本陣で安全にしているなど耐えられない。

私の都合で戦わせている以上、共に立つのが最善なのだろう。

しかし、それはできない』

責任というのなら、確実に生き残り、正しい事を行うべきだろう。

前線に立って死んだら、それこそついてきた兵たちの思いを踏み躙る結果になる。

それがわかっているからできないのだ。

彼、武田義信は笑った。

『おそらく父は気付かない。

なら、戦って勝つしかないのだろう。

そうしたところで、この国は上杉に狙われる。

内紛で弱体化した所を狙われたらもたない。

なら、強者の庇護下に入るしかない』

そう言われて、義秀はこう返した。

『確かに、安寧秩序を望むなら、一つの大きな勢力が纏めるが良い。

幾つもの勢力が並立するよりも、圧倒的な力を持つものがある方が争いは減ろう。

故に、俺は今川を強靭なものにしている。

他国に侵略される事が無きように、民を守れるようにだ』

義秀が言うと、義信は頷いた。

『わかっている。

だから、仮に国を取ったとしても、いずれは戦わずに今川に降伏するよ。

それが平和の道だ。

野望を捨て、私欲を求めない。

これが私のやり方だ。

納得はしてもらえないかもしれない。

語っても、みな聞いてはくれないだろう。

でも、私は誠心誠意説得し、諍いなく吸収される事を目指す』

馬鹿げた考えだ。

実にそう思う。

ただ、こういう聖人君子的な考えをする男は嫌いではない。

私利私欲という言葉とはかけ離れた存在であることは確かで、そこに不思議な魅力を感じるのも確かだ。

だからこそ、人に慕われるのだろう。

しかし、この戦国乱世にあって優しさなどは当主に不要。

乱世は才を持て余した狂ったものが集う遊び場。

命を賭して、その生に何を魅せるか。

甘ったるい考えの持ち主は早々と退場する。

義秀はそう思っている。

口には出さないが、武田義信を優秀と思うこともあり、当主にすべきではないとも思う。

武田晴信が義信を監禁し、抹殺しようとしたことには頷ける。

おそらく自分でもそうしただろう。

無駄に人望だけを持った理想家など邪魔なだけだ。

ただ、利用のしがいはある。

「義信殿よ。

先に一つだけ言うが、情けは捨てろ」

父親である武田晴信を救おうなんて考えているのだろう?

生憎だが、それは許さない。

「わかっている。

これは戦だ。

生死をかけているのだ。

情はない」

「そうか」

義秀はそう言うと瞼を閉じる。

ここからは失敗は許されない。

機を逃してはならない。

待て。

急くな。

手に汗が滲む。

「殿っ!

武田勝頼が飯富殿を背後からっ!」

伝令が焦った様子で叫ぶ。

「わかった。

義信殿はここで待たれよ。

俺が裏切り者を断じて来よう」

義秀は血が凝固し、紺に近い黒色となってしまった陣羽織を羽織り、特製の鞍を愛馬に着けた。

鞍に刀の鞘を大きくしたものが左右に一つずつ着いている。

それぞれに火縄銃が入っている。

既に弾込めと火薬は入れてあるようで、あとは火打ち石で火縄に火をつけ、引き金を引いて黒色火薬を乗せた火皿を叩けば撃てるようになっている。

先にできる作業は先に済ませたというだけのことだが。

腰に火打ち石をぶら下げ、銃を蹴らないように避けて跨る。

「ではな」

黒備え衆と井伊直虎を引き連れて混戦状態になっている中央へ駆けて行く。

本陣に残された義信は馬上で鉄砲を使うのか?と不思議に思いながら戦の行く末を見守る。






本陣は少し離れた所に位置していたため、到着までに時間がかかった。

それには、井伊の女鉄砲隊の速度に馬を合わせたというのも大きいのだが。

結果。

赤備えは半数近くが討ち取られ、壊滅状態にあった。

飯富虎昌がつい先程戦死を遂げたという報告を受けた。

義秀はもう少し早く動くべきだったと少しばかり反省する。

残兵が友軍の到着を見て、こちらへ逃げてくる。

それを追うように、敵もやって来る。

「鉄砲隊前へ」

井伊の鉄砲隊を二列に並べる。

当然、それぞれが鉄砲を持っている。

「弾幕を張れ。

何、心配するな、敵は腐る程いる。

適当に撃っても当たる。

将だけを狙うなよ。

皆等しく褒美を出す。

贔屓はしない」

義秀の声に小さな歓声が上がる。

引き金を引きさえすれば、褒美がもらえるのだから、喜ぶのも当然。

鉄砲隊の背後には黒備えの騎馬隊と井伊直虎の弓兵と歩兵が控えている。

「打ち損じても大丈夫だ。

長槍と弓がある。

ここまで敵を寄せ付けない」

射手を落ち着かせるように優しい声音を出している。

「俺の合図で撃て。

先走るなよ」

敵が近づいてくるのを待つ。

もう少し。

ついでに義秀は馬上で指揮官を捜す。

射程に入った。

だが、まだ。

寄って来い。

必中範囲。

「撃てっ!」

一列目が引き金を引き、弾丸を飛び出す。

銃声が耳を震わせる。

逃げてきた味方諸共なぎ倒していく。

「二列目、前へ」

味方を撃ち殺したことに疑問を抱かせるよりも早く、次の行動を起こす。

「前進。

…………止まれ。

構え」

死体を踏み越えて、少し前に出る。

義秀は一人の大柄な男を見つけた。

声が漏れるほど素晴らしい槍捌き。

見たところ、指示を出している。

あの旗印は内藤修理亮か?

大将首じゃないか

しかも、武田四天王に数えられる一人。

火縄銃を一丁取り、手早く発射準備を整える。

狙撃には自信がある。

外しはしない。

ここだ。

引き金を引く。

音で気付いた内藤修理がこちらに視線を送るもののもう遅い。

面頬に守られていなかった額を撃ち抜かれ、落馬した。

「二列目。

撃て」

近付いてきつつあった敵兵を一掃。

指揮官を失った兵たちが我先にと逃亡する。

「追うな。

次弾装填を急げ」

こちらからは仕掛けない。

遠距離からの射撃で圧倒する。

しかし、敵の動きも早い。

次の掃射よりも早く寄ってこようとしている。

中々に足が早い。

「殿!」

直虎が指示を仰ぐ。

「焦るな。

一列目、既に終わっているな。

撃て」

落ち着き払った義秀とは違い、焦った鉄砲隊の射撃は幾らかは倒したものの変わらず押し寄せてくる。

「長槍。

敵を寄せるな。

弓兵は槍の間を抜けてきた敵を射ろ。

直虎、ここを任せる」

義秀は馬の腹を蹴り、兵を連れ、敵の中に突っ込んで行く。

今までの敵と違い練度が高い敵を相手にするのは非常に厳しい。

適当な一人を騎射で撃ち落とし、敵を僅かに浮き足立たせ、突撃。

これだけで簡単に崩れてくれれば有難いがそうはいかない。

立て直しも早く、部隊同士の相互援助も厄介だ。

それでも、数の暴力には劣る。

黒備えだって訓練に励んでいる。

敵に引けを取りはしない。

ならば、数が多い方が勝つ。

「死を覚悟した敵というのは実に面倒だ。

恐れを覚えない。

逃げれば、良いものを」

相手の槍を絡め取りながら、呟く。

しかし、さっきから朗報を告げに伝令が来るがあっさり過ぎはしないか?

勝ちを諦めたというわけでもないのなら、何かしらの対策を取っている筈なのだ。

だが、しかし考えてもわからない。

「殿!包囲が完成いたしました!」

伝令の言葉に頷き、指示を送る。

「俺たちは本陣へ戻るぞ」

その言葉に全員があっさりと馬首を翻す。

嵐のように暴れ回って撤退して行く黒備えを追う武田兵の側面に両翼の兵たちが横槍を入れている。

しかし、止まらない。

大将目掛けて突っ込んで行く。

足を止めた部隊は一瞬で両翼の矢に討たれ、槍に貫かれている。

じわじわと包囲網を狭まる。

「殺すな!

生きて捕らえよ!」

優秀な人材の宝庫だからな。

再活用しないのは惜しい。

戦況は一刻と変化していく。

「敵総大将武田信濃守、小鹿正孝が討ち取った!」

だから、こんなことがあってもおかしくはない。

敵総大将を取った。

「良し!

皆叫び!

戦場に当方の勝利を知らしめよ!」








釜無川での決戦を終え、大量の捕虜を抱えながら、僅かな兵が守る躑躅ヶ崎へと兵を進めた。

武田勝頼、山県昌景、その他数名かの名高い武将を捕らえる事に成功した義秀は嬉しそうに馬上で歌を歌っている。

ただ、残念な事に飯富虎昌は戦死を遂げてしまった。

赤備え兵は壊滅。

武田勝頼や武田四天王の攻撃から逃れた者の多くは今川義秀によって斬り捨てられた。

生き残ったのは、大将を見捨てて逃げた連中ばかり。

大将の首は無理でも、何かしら遺品くらい取り返そうという気概はないのか

話を聞いていて、腹が立った義秀が刀を抜いて片っ端から殺し回った。

慌てた武田義信が止めたが、彼の機嫌は良くなかった。

戦勝を喜ぶことすら憚られる程に怒っていた。

重い空気の中で、武田義信は先行して躑躅ヶ崎を占領する事を提案。

松平勢を共に連れて行くことで承諾された義信が足早に陣幕をくぐっていた後は、それぞれの陣で負傷者の収容やら後始末が始まった。

戦場から少し離れたところに陣を形成し、火を炊き、夜を迎える。

その最中で、義秀は井伊直虎と白河国親を呼びつけた。

先程の軍議のまま、机に地図が広がっている。

三人とも既に具足を脱ぎ、軽い服装をしている。

今日はここで夜を明かすと決めたからだ。

このまま躑躅ヶ崎には向かわない。

一晩寝て体力を戻してからだ。

仮にも敵国なのだが、ここら一帯は義信に心酔している民が多い。

安全な場所と言える。

義秀は机の向こうに立って、背中を向けている。

「おかしい」

一言だけ言うと、そのまま腕を組んで黙り込んでしまう。

理解が間に合わない直虎は次の言葉を待つも出てこない。

仕方ないので、国親が解説じみた質問を返す。

「それはあっさり過ぎるということでしょうか?

武田晴信ともあろうものがこのように容易く敗れるとは思えません」

「その通りだ。

確かに、首は見た。

義信も確認した。

当人であったことは疑い様がない。

しかしな。

捕虜は何も言わんし、皆勝利に酔っている。

何か引っかかる」

イライラして、地面を蹴っている。

「杞憂では?」

井伊直虎が言うが、義秀と国親が揃って首を振る。

「実はこの戦で高坂と馬場の旗を見ておりません。

それが気掛かりなのです。

見落としなら良いのですが」

「そうであって欲しいところだ。

…………やめよう。

今は祝おう。

すまんな。

余計なことを言った。

戻ってくれ。直虎は少し話がある」

国親が去ると、義秀は直虎の正面へと移動する。

「お前のとこの鉄砲隊を勝手に使って悪かった。

約束した褒美はきちんと出す。

そう言っておいてくれ」

「はい。

承知しております。

私は殿が一度述べたことを反故にするような方とは思っておりませんので」

直虎の言葉に驚いたように目を開き、硬直する。

それを見た直虎がクスクスと笑う。

「そうか。

なら、良い」

そう言いながら、義秀は手で直虎の頬にまだ僅かについている敵の返り血を除ける。

「仮にも女なのだから、顔の血くらい拭いて置いた方が良いぞ」

さっきの義秀同様に固まった直机に座らせた。

「……見る男などいませんので」

我に返った直虎が言うと、義秀は顔をくっつきそうなほど近付けた。

「俺が見る。

いいだろう?」


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