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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第二章 復讐
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第二十三話

瀬名秀政が本格的に駿府を目指したのは国内が落ち着き、年が変わった1562年。

高天神城の戦いで捕らえた裏切り者は城内の牢に入っている。

彼らの兵を秀政が預り、米の収穫が終わった時期に軍を起こした。

三河では未だに一向宗が騒いでいるし、狐面騒動が活発化している。

織田信長と同盟を結んだ松平元康であったが、未だにその成果は芳しくない。

おかげで後方を心配することなく出兵したわけだが、問題は武田だった。

現在は軍事方針を信濃から西上野へと変え、長野業盛を攻めているが介入してくる可能性は高い。

今ならば、氏真の援護という形で出兵し、遠江を平定することが出来る。

もちろん、手を打った。

一つとしては、今川義元の娘を正室に迎え入れた晴信の息子の武田義信に頻繁に書簡のやり取りをした。

今後の天下の行方やこれからの世に必要なものは何かなど次代を作る若い者同士で夢を語らった。

武田晴信と義信は近頃不和が目立っている。

晴信は外交方針を変え、今川と縁を切ろうとしているのに対し、義信は親今川の姿勢を取っているからだ。

ここを煽った。

義信と親しくしている瀬名秀政が今川家当主となれば、義信が家を継いだ際にこれ以上ないほど強固な繋がりとなり得る。

時として絆は血の繋がり以上に強固なものなのだ。

逆に氏真は晴信の姉の子供だ。

母親に武田と仲良くしなさいと言われたら氏真は従うだろう。

義信としてはただの傀儡よりも頼りになる同盟国が欲しい。

故に氏真ではなく、秀政派であった。

晴信は今川を弱体化させたいという思惑の元に氏真を押している。

晴信が氏真に味方し出兵するなら、義信は秀政に味方し救援に向かうとまで噂を流した。

晴信としては義信を敵に回したくはなかった。

義信を慕っている連中の中に飯富虎昌がいることが問題なのだ。

武田最強の赤備えが敵になると問題は一気に増える。

上杉あたりは嬉々として攻め込んでくるだろう。

そこまでのリスクを背負ってまでこれには関わる必要性はない。

そう判断した晴信は両陣営に不干渉を伝え、静観する事に決めた。

それを受けてからの進軍は実に早かった。

道中の邪魔な城は国親があらかた落としておいたのもあって、妨害なく西駿河の要である田中城まで軍を進めた。

決戦の場はここだ。

秀政は大井川を渡らずに布陣した。

朝比奈泰朝を総大将に約七千の兵が既に田中城に入城したと報告を受けている。

田中城は硬い城だが、大軍が入れる城ではない。

外に溢れている。

すると、自然に野戦で決着は決まる。

「おい、皆を集めろ」

と諸将を集合させた。

地図が乗った長い机を中心に十数人の男が集まる。

ただ一人井伊直虎だけは女だが

「皆、ここが運命を分ける。

この戦に勝てば、氏真を駆逐するのは赤子の手をひねるも同然。

敗北は許されない。

気合をいれよ」

「「「「「応!!」」」」」

「まぁ、俺が指揮する以上は負けるはずがない!

我が行く手に阻む者はなし!

あるのはただ一つ。

勝利のみよ!」

無駄に自信満々なのは、それぞれを奮い立たせ、負けは無いと誤解させることが目的だ。

兵の士気は戦を決める。

遠江二十五万石の主となった秀政は本来なら動員できるのは万全の状態で八千程度だろう。

今回は短期決戦を狙っているので様々な職種の人間を雇い、兵数を一時的に増やした。

が、狐面騒動を受けて、農村からの過度な徴兵は避け、近隣諸国、範囲広く山賊や野武士に金を払い、兵とした。

結果としては九千の大軍を引き連れ、布陣している。

対する氏真側は元々田中城に滞在していた兵を加えて、五千四百といったところだろう

この内に寝返りを誓った者のいる事を考慮すれば、実質三千程度だ。

「誰か先鋒を取ろうという者はいるか?」

秀政はあえて訊ねる。

ここだけは自分で決めるのではなく、自主的にやらせる。

「僭越ながら、わしにその役目を任せてはくれませぬか?」

飯尾連竜がただ一人名乗りをあげた。

いや、名乗り出ようとした者はいたが連竜に睨まれ、潰されていた。

「飯尾連竜!」

「はっ」

「お前に先鋒を命ずる。

敗走は許さん」

「お任せを」

「では、各自に自陣に戻り、支度を整えよ。

明日の明朝、大井川を渡り朝比奈泰朝を打ち破る」

秀政はそれだけを伝えると、奥に作られた秀政と国親以外は入る事を許されていない陣幕の内に消えていく。




先鋒を任された飯尾連竜は甲斐の武田晴信に通じていた。

そのため、この戦で相続争いに決着がつかないように工作している。

武田がここに介入する余地を残しておかなければいけないのだ。

仮にも三国同盟を結んでいる立場なので、今川氏真を攻めるわけにはいかないが瀬名秀政となれば話は変わる。

だから、瀬名秀政が遠江に加えて駿河の大半を奪取したのちに軍を率いて攻め込むという構想を飯尾連竜に伝え、それを実現するように指示を出してあった。

それの実行を担っている飯尾連竜は武田にいい顔をする一方で、瀬名秀政の家老としての地位を着々と築き上げている。

もしも、流れが武田に流れればそちらに付き。

秀政に流れたらそのまま秀政の味方をする。

武田側としても、飯尾連竜のような筆頭家老が寝返ったとなれば瀬名側の瓦解は急速に進むと見て、今は連竜が瀬名家内での地位向上に務めているのを黙認している。

「ここでは痛み分けに持ち込もう……」

勝敗を決めさせない。

引き分けにする。

但し、両軍が軍事行動をすぐには起こせなくなる程度に傷ついて欲しい所だ。

武田内部の亀裂が塞がるまでは引き伸ばしておきたい。

しかし、三河の松平は邪魔だ。

計算が狂う。

刺客を差し向けたとは言えど、成功はしないだろう。

松平に寝返りを打つと言って、金銭や米を贈ったりしているわけだが、これはまだ武田にも秀政にも感づかれていない。

その贈物に毒を混ぜてあるから松平元康の元に辿り着くまでに発覚さえしなければ、いずれ必ず死ぬだろう。

あの毒は判明しにくい。

体内に蓄積し続ければ、いずれ死ぬがそれまでは体調がわずかに悪化する程度だ。

この毒殺は独断だ。

武田側に回れば、今の引馬城は保証されるだろう。

瀬名秀政に付き従えば、今以上の所領を手にできるかもしれない。

だが。

三河は松平元康という旗印があるからこそ、まとまっているにすぎない。

飯尾連竜は三河に接した引馬城主。

元康を毒殺し、その混乱に乗じて三河を獲り独立するのも良いかもしれん。

そうすれば、三河一国と西遠江を手に出来る。

誰かに頭を垂れることなどない。

瀬名秀政などという生意気な女のような乳臭い若造に見下ろされることもなくなる。

いや、むしろあいつを跪かせることができる。

そうなれば何と良いことか……





小笠原氏興は秀政に口説かれ、彼に従うことを決めた。

ただ彼が駿府を占領するまではだが。

その後は出家し、隠居する。

それにしても、見かけだけは女のようだなと思う。

何がといえば、瀬名秀政がだ。

顔立ちに髪、着物と揃って女。

派手好きだと聞いていたから、着物はそうだろうと思ってはいた。

女物は鮮やかで派手なものが多い。

初めて間近で見たのは戦場で兜をかぶっていた為にわからなかったが、彼は人懐っこい少女のようだ。

身分の上下に関係なく話しかけてくる。

しかもだ。

何事も自分で一度はやってみたいらしく、城や城下町の様々な所に現れては教えを受けていた。

神出鬼没というか、あれでは白河殿が大変だろうに。

殿に通さなければいけない要件は大概の場合は白河殿を経由する。

というのも、彼でなければ殿を見つけるのが困難だからだ。

目撃情報を聞き、現場に向かえば必ずいない。

それが瀬名秀政だ。

白河殿は付き合いが長いだけあってどこにいるのかをすぐに当て、見つけ連れ戻してくる。

変なお方だ。

「光隆、お前は殿をどう見る?」

「殿を?凄まじい方だと。

自分に槍の腕で勝る点でもそうですが、突き出て秀でている物が多く見られ、才豊かな方と」

「ふむ。

では、天下を取れると思うか?」

「天下?

天下とは考えても見たことのない大きな世界でございますな」

「そうであろう。

わしもだ。

だがな、殿は天下が欲しいと仰ったぞ」

「それは心持ちとしてでは?」

「いや、本気で天下を望んでおられる」

「いやはや、天下とは参りましたな。

広すぎて自分には検討もつきませぬ。

自分にとっての世界とは甲信に東海でございますので」

「そうだ。

わしにとってもそうだ。

氏真様を東海の王にしようと思ったことはあれども、天下の王にしようと思うた事はない。

が、それではいけんのだそうだ」

「と言いますと?」

「殿曰くな。

一国を望むものは一国も手に入れられず、東海を手に入れんと願うならば、一国で終わるだろう。

天下を望むものは東海を手に入れ、そこからは時の運で天下人になれるやもしれん。

つまりな。

願いが小さなものであるものには何も手に入れんということだ。

夢は大きく持てと」

「なるほど。

では、自分は天下一槍ですな」

「その心意気よ。

この戦で光隆。

お前の名を更に轟かせることになると期待しておるぞ」

「お任せを」


さて、人物紹介はあらかた今の時点では終わったので、少々歴史に関するお話を



今、世間一般では今川義元は桶狭間で信長に負けた事から貴族趣味のバカ殿であるかのように思われ、氏真は巨大であった今川家を滅ぼした暗君であるかのように扱われている。

しかし、実際には今川義元は武田信玄が唯一直接対決を恐れた相手であり、東海道一の弓取りだ。

まぁ、義元の軍師であった太原雪斎を畏怖していたという話もあるが。

後に織田信長が桶狭間の戦いはまぐれで得た勝利であると述べたように今川義元は相手として厳しいものであったとわかる。

また、寄親寄子制を強化し家臣の結束を強めた。

だから、今川義元は戦国時代における十人の天才を挙げるのならばその中に入っても不思議だとは思わない。



氏真に関してはだが、桶狭間後の今川家を継いだ立場には誰が入ったとて厳しいだろう。

軍神と呼ばれる上杉謙信や武田信玄ならわからないが、他の者でも滅ぶ運命には逆らえなかったように思う。

桶狭間で優秀な家臣の多くを失い、三河では松平が独立し、遠江でも大規模な反乱が起きた。

独立を事前に防ぎ、反乱の首謀者と者を粛清しておけば良かったのだろう。

もしくは、松平との戦に勝利していれば流れは変わったかもしれないが、あの状況の今川の軍事状況ではそれも厳しいものがあった。

近頃では氏真に関してはその能力を見直されている。

内政的手腕は歴史学者たちから高評価を受けているから、氏真は不運に不運が重なってあんな愚将の様に扱われてしまっているわけだ。

まぁ、軍事的な才能はやはりなかったようで、長篠後の武田の調略を依頼されたが、元今川家臣にでさえ断れるというどうしようもない結果を生んでいる。

まぁ、政治家としては有能だと言えるのではないだろうか?

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