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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第二章 復讐
22/41

第二十二話

残りはすぐに決着がついた。

敵兵の士気はもう残っていないと見た秀政と国親が命が惜しければ、こちらに降るよう促したところほとんどの兵が武器を捨てた。

一人になっても抵抗を続けていた小笠原氏興には今川に忠義を尽くしたことに敬意を評し、国親が一騎打ちをした。

珍しく彼が望んでので、秀政は断る理由もないので承諾し、自分の御前でやらせた。

そうして、捕らえられた小笠原氏興とその兵を連れて、高天神城に向かった。





小笠原氏興は悪態を口の中で転がしながら、白河国親と瀬名秀政の顔を見た。

白河国親はまだ若いがしっかりした印象を与えるだけ良いが、瀬名秀政の方はなんだ、あれは。

髪を女かと思うほど長く伸ばし、後ろで縛っている。

あれでは兜をかぶれないから、おそらく戦中は髪型を変えているのだろう。

こんな若造に負けたのか、そう思うと何とも情けない気持ちにさせられる。

氏真様と同い年だそうだから、24。

世代交代というやつなのだろうか

美濃の道三、尾張の織田信秀といったそれぞれの国をまとめ、英雄に近しい立場にあった者が亡くなって行き、その志は跡を継ぐものへと委ねられていく。

今川もその時期が来たのだ。

若い世代が花を咲かせる。

もしも、殺されずに釈放されたら隠居をしよう。

息子に家を任せ、出家でもして俗世から離れる。

老いた者は潔く去る方が心地よい。




この戦いでの被害が一番大きかったのは飯尾連竜だった。

自らも矢傷を負い、兵の多くが傷付き、死んだものもいた。

それ以外では対した被害は出ていない。

中央の国親や秀政直属の親衛隊は激戦ではあったものの、さほどの被害はない。

怪我人はいるものの、死傷者はいない。

さて、秀政と国親が高天神城に入場してから数日の内に軍勢は一気に増えた。

高天神城を落とされた事で今川氏真の遠江支配は一気に弱体化し、反対に瀬名秀政が支配力を強めた。

それを見て中立に近い立場だった領主が一斉に秀政についた。

遠江で残る氏真派は掛川城の朝比奈泰朝だけだ。

掛川城に近い城が相次いで瀬名秀政側に寝返ったせいで高天神城救援に迎えなかった朝比奈泰朝は駿府にいる。

というか、今川氏真の配下にある諸将を駿府に結集させている。

連日連夜作戦会議なのだろう。

城の守りを指揮する立場の者がいなくなったおかげで続々と戦果が上がるわけだが、最終的には氏真との大規模野戦に勝たなければいくら城を落とそうとあまり意味はない。

その為の準備として、まずは敵側の将を内応させる。

調略を行い、勝つべくして勝つ。

運試しでは困るのだ。

敗北は許されない。

絶対にこちらが勝利する条件下での戦を行う。

おそらく決戦の地となるのは大井川だ。

俺が田中城を攻めに動けば、必ず出てくる。

田中城を落とされると駿府はもう目と鼻の先。

西駿河を失うも同然だ。

だから、全軍を率いて必ず迎撃しに来る。

田中城の前を流れる大井川を挟んで対陣するとしてだ。

戦力差はどうだろうか?

さほどない。

では、指揮官の差は?

氏真に負けている訳がない。

問題は、岡部元信、正綱兄弟だ。

猛将として名高い彼らがこちら側に寝返れば勝利は疑いようのないものへと変わる。

後はそうだな。

今回の一件で井伊直虎の評判が若干悪くなった。

女のくせに、という認識が強くなってしまったのだ。

秀政がすべて仕組んでいたと知っても気に食わないものは気に食わないらしい。

まぁ、正直どうでもいいことだ。

さてと、息抜きついでに邪魔者でも消してこようか

瀬名秀政は誰も近くにいないのを確認すると、掛軸の裏に掛けてある狐のお面を手に取った。

「噂っていうものは実に恐ろしいよな」





掛川城下で朝比奈泰朝の父にあたる朝比奈泰能が殺されたのはそれから数日後だった。

駿府から戻り、近隣の村々を訪問し、兵を集めている最中の出来事だった。

六人の供を連れての城への帰路。

それを塞ぐように二人の狐が現れた。

白拍子を着た狐面の二人は列の前後に一人ずつ立って、腰の刀を抜いた。

白拍子ではあったが、刀は白鞘ではない。

背格好がまるで鏡に写したかのように同じな二人は無言で、瞬く間にその場に居た朝比奈泰能を含む六人を斬り殺し、ただ一人残った男に顔を向ける。

「「田を荒らさんとするならば、それは我に祈る民を踏みにじるも同じ

故に我は汝らを罰する」」

二人は声を揃えて感情の色を見せずに見下しつつ告げた。




先の事件は民衆の間で話題になった。

狐というのは稲荷神の神使である。

農業・穀物の神である稲荷神は百姓の味方だ。

それに加えて白拍子。

本来は巫女が舞によってその身に神を憑依させる時の服装だ。

最近では、遊女や芸人が多く着ているが本来の使用を知っている神社関係者が二つを結びつけた。

戦が起こると当然だが、田畑が荒らされる事がある。

合戦が起き、戦場となればそれは仕方がない。

それに、敵の収入を断つのは有効な策であるからだ。

現状としては瀬名秀政が遠江を支配したことにより、小競り合いが頻発している。

それを捨て置けはしまいと稲荷神が人間に憑依し、戦を始めようとする朝比奈泰能を討ったと解釈したのだ。

所詮それは冗談半分だったのだろうが、その後も農村に徴兵に来た連中が氏真方秀政方問わずに数人ばかりが殺されたことで信憑性を持ってしまった。

しかし、くだらない噂に付き合ってやるほど余裕はない。

僅かには恐れはするものの兵を集めようとした。

するとだ。

狐面を被った百姓が集団で兵たちを斬殺した。

各地でそれが発生した。

妙な熱に染まった彼らの行いは加速していった。

秀政陣営は過度な徴兵をしなかったが、短期間で家騒動を収束させようと動いていた氏真陣営は大きな被害を受けた。

騒ぎの鎮圧のために大規模な戦闘どころか対秀政の出兵をする余裕すら厳しい。

反面、秀政方も兵の多くをそれぞれの農地に返してはいたものの、美濃兵は農民ではなく、職業軍人だった。

金銭的契約で雇われている彼らは田植えなど気にすることをなく、出兵することが可能だった。

美濃兵に加えて遠江の武士の家出身で編成された軍は白河国親を指揮官として遠江国内の制圧と西駿河への侵攻を始めている。

駿府に常駐していた氏真の親衛隊がその対応の為に出兵をすると、手薄になった駿府で一揆が起こる。

狐を指導者に立ち上がった彼らは今川の圧政に反発し、結束した。

駿府国内は混乱に混乱を重ねて酷い有様だった。






一方の遠江では瀬名秀政がやんわりと国の在り方を変えていこうとしていた。

外交政策としては、武田・上杉・北条と頻繁に友好を深めようとしていた。

上杉・北条が友好的であった事と対照的に武田は敵対的だった。

海が欲しい武田は駿河遠江を昔から欲しがってはいた。

ただ、今川義元という英雄がいた為に断念せざるを得なかった。

しかし、義元は隠居し、残った息子どもは争っている。

かつて望んで来ることのなかった絶好の機会を逃そうとするはずもない。

上杉の妨害さえなければとっくに攻め込んでいただろう。

今の所は表向きには氏真との同盟がある為、攻めはしない。

だからこそ、秀政と誼を通じるわけにはいかないのだ。

そう出るだろうと予想していた秀政は武田との交渉を続けつつも、上杉・北条・瀬名で武田に対する包囲網を敷こうと考えている。

それには、秀政が氏真に勝利し駿河も抑え、二勢力と同程度の兵力に加え、影響力を手にしなければならないのだが、当人は自分の勝利を一切疑っていない(ように見せているだけだが)

内政では検地を本郷長政を筆頭に行わせ、家臣団の領地の所在と石高に人口全てを調査させ、税をその石高によって定めた。

また、地域ごとに違っていた枡を榛原枡に統一し領内の度量衡を統一した。

加えて、目安箱を置いた。

これによって民の抱く問題を中間職で握りつぶされる事を避けられるようになった。

秀政は相模の獅子こと北条氏康を尊敬し、政治に関しては彼の取った政策を真似ることが多かった。

まぁ、それは一種のご機嫌とりでもあったわけだが。

他にも街道の整備や無料の診察所を建設したりと人心を掴むために様々な事を徐々に執り行った。

軍事面になると、あまり積極的な手を打たなかった。

領民の徴兵に対する反感が高まっているのを見て、落ち着きを見せるまでは手を出さないように指示していた。

瀬名秀政は高天神城にある小笠原氏興の館をそのまま自分の館として生活をしている。

最近では、美濃の頃のだらしのない格好でフラフラと遊びまわっていたのが嘘のように身なりを正し真面目に職務に取り組むようになっている。

髪を結うのだけはなれないらしく、そのままだったが。

彼は暇があれば領内を見回った。

民に優しく身分の上下に関係なく接する君主を演出している。

ただ、変わらず性格が悪いというか。

三河で動きを見せ始めた一向宗に物資を流していた。

三河は元々一向宗の勢力が大きい地域で彼らの機嫌を取りつつ政治を執り行わなければならなかった。

が、松平元康はその機嫌を取らなかったが為に一向宗と対立し、身内からも一向宗に着くものが出ている状況に陥っている。

武田と瀬名が煽っている対立は両者の思惑通りになったと言える。

結果として松平は今川の混乱に介入できていない。




側室の膝に頭を置いて寛いでいる瀬名秀政は思う。

多くの人間が権謀術策を働かせた結果が今の状況を生み出したのだ。

昨年。

今川義元が桶狭間で織田信長に敗れ去り

三河で松平元康が反旗を翻し、独立。

1561年になると、美濃にいた今川義元の次男である俺が遠江で挙兵。

更には義元自身が追放し一門ではなくなっていた俺を赦免し、一門として認めた。

そして、高天神城を制圧し、遠江をその支配下に入れた。

しかし、これは運よく生まれた状況に過ぎない。

その先どうなるかなど誰にも知る方法はないのだ。

もしかしたら、俺や武田晴信が突然の死に襲われ、氏真や元康がその勢力を拡大するかもしれないし、強者である甲斐の武田が今川と俺を飲み込むかもしれない。

俺をここまで導いたのは復讐への意志だった。

そう信じていた。

しかし、それは幻想であり逃げである事に引馬城の飯尾連竜の屋敷で気が付いた。

真実の理由じゃなかった。

ならば、どうして俺はなお氏真と敵対しているのだろうか

答えは実に簡単だった。

俺も男だからだ。

まぁ、恨み嫌ってはいた。

いたが、少しだ。

ついに俺は自分の小ささと愚かさを認めた。

俺が弱いからこそ母は死に、俺は道を誤った。

全ては俺が元凶だ。

それに気付けば案外、自分の醜さを受け入れてみれば苦ではない。

まぁ、自分の事が今までより少しだけ嫌いになっただけだ。

だからか。

どこか自分に似ている人間が嫌いだ。

俺が織田信長に好意的な印象を持てないのと同じだ。

向こうは好意的だったので、それなりに愛想良く振舞ったが、本心を言えば気に食わない。

さて、信長はさておき。

初めは復讐なんていう個人的な感情で遠江兵総勢一万と少しの命運を握ろうとしたわけだ。

何とわがままな子供なんだ、俺は。

自分で殺したくなるくらいに滑稽だ。

あの時、水面に映ったのが俺の心だったならば、今の俺と彼は同じだろう。

遠江兵の命運という重い荷物を軽い気持ちで背負ったわけだが、今更降ろせる荷物ではない。

国親たち俺に仕える将兵が俺のために命を捨てる覚悟をしているように俺も彼らのために命を投げ捨てる覚悟をしておかなければならない。

一度、甘美な夢を見せた責任は取らなくてはいけないのだ。

例え、どんな手段を使おうとこの手で天下を治め、国親たちに見せねばならない風景がある。

そして、何よりも男に生まれた以上は頂点を目指してみたいという気持ちはある。

結局は自己満足の為に兵を使っていることに変わりはない。

だが、それは天下万民問わず同じだ。

すべては自分に戻ってくる。

「なぁ、お前はどう思う?」

膝を貸してもらっていた側室の顔を下から見上げる。

「何がです?」

「俺は我儘で、それは悪か?」

側室はふふっと笑う。

なぜ笑われたかわからない秀政はキョトンとして見つめる。

「殿は昔も今も我儘で悪でしょう?

自分がやりたいと思ったことをなさっています。

今更、何を気になさるのですか?」

昔。

と言われて若干表情が曇る。

「確かにそうかもしれないな。

だが、昔の話はよしてはくれないか?」

秀政が美濃に来るまでは行動を共にしていた女はくすりと笑う。

「駄目。

あれは私と殿にとっては外せない大事な物なのですから」

そう言って、秀政の長い髪を指で梳く。

「まぁ、そうだがな。

人に知られたくはない過去というものもあるだろ?

人に漏らすことは許さない」

知られては少々困る。

特に今の不安定な情勢の中では。

本来なら始末するのが一番なのだが、彼女に対しては負い目がある。

殺すのはなるべく避けたいと思ってこうして手元に置いている。

それを甘いと言われては何も返せないが。

「承知してますよ。

私と殿だけの秘密ですから。

…………それはそうと、この髪は切らないのですか?」

「俺が今川の家督を手に入れるまでな。

一種の願掛けだ」

「……」

側室は目をパチクリとさせて驚きを持って秀政を見ていた。

「殿が神仏を信じているとは意外です」

「信じてはいない。

神仏なんぞ人の作り出した偶像に過ぎん。

だが、それを信じている人間は確かに居る。

少数ではなく、多数だ。

ならば、利用する価値はあるだろう」

「神を利用とは何と罰当たりな」

「はははっ、罰当たりこそ何を今更。

神社を焼いたこともあるのに、俺はこうして五体満足で女の膝で寝ている。

罰などないではないか」

「何とも懐かしい事を。

あれは武蔵の国に居た頃でしたか」

「そうだな。

だが、昔話はまた今度だ。

俺は出る。

昔話は二人きりの時にまた楽しむとする。

まぁ、心待ちにしておけ」

上体を起こし、立ち上がり軽く腕を回したりして体をほぐした後、側室の頭に手を乗せる。

「では、しばらく」

そう言って、少し撫でたあと屋敷をあとにした。

「では、私も戻りましょうか」

側室の女も立ち上がり、屋敷の奥へと引っ込んで行く。

その二人の後ろ姿が似ているのはどうしてだろう。

顔立ちが似ているわけではない。

背格好が似通っているのだ。

まるで鏡に写したように

次いで紹介


・芦川光隆

朱槍を与えられた今川家中有数の武芸者

小笠原氏興の配下

瀬名秀政の配下へと移る



・松平元康

三河国主

今川からの独立を成功させ、織田との同盟を結び、勢力地盤を固めようと動いている




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