第二話
11月。
義龍は行動を起こした。
稲葉山に居た道三様が山を下り、私邸に戻っていた時だった。
道三が溺愛していた自分の弟である孫四郎、喜平次を殺害した。
この義龍の行動に対し、道三は手勢をつれて、稲葉山城下を焼き払った後、長良川を渡り、逃げた。
現在は鷺山城で兵を集めているらしい。
秀政は自分の居城に篭っている。
義龍と道三双方にも付かず、状況を見ている。
観察眼。
それは生きて行く上で養わなくてはならないものだ。
秀政はその観察眼に欠けていると自覚している。
それは様々な経験を積み、荒波に揉まれ獲得して行く。
まだ若く未熟である秀政には決定的に欠けている。
知識の上では知っていても、現実がどう動くかは実際に体験しなければわからない。
その体験がない秀政だからこそ、深く深く思案する。
動くならいつか。機を見誤ってはならない。
今の所、道三に付いているのは、明智光安、林道慶などが率いる総数2700の兵
対する義龍には西美濃三人衆である稲葉一鉄、氏家ト全、安藤伊賀守に長井道利、日根野弘就などが率いる17000の兵
7倍ないし6倍か
この兵数は厳しい。
秀政だってそんな対して兵数を持っているわけではない。
所詮小領主、多く見積もって兵数が1000用意できれば上出来。
ただ、その内半数くらいは農民になる。武器の扱いなんて知らない。寄せ集めに金で雇う連中も足すわけだ。
部隊がまとまりそうにない。
「国親、いるか?」
一人考え事をしていた秀政は思いついたことがあるので、国親に準備をさせようと呼び出した
「はい」
「旗を大量に作っておけ。それと兵の鎧を黒で統一させろ。野武士にも徹底させるんだ。各自が持っている鎧を回収し、城の金で黒の鎧を買って渡せ。金は足りるはずだ。なにせ美濃随一の商業地だ。金の集まりはいい。なければ回収した鎧を売れ。
それと鐘を作れ。そんなにデカいものじゃなくていい。戦場に響けばいい」
「はっ。直ちに」
「任せたぞ」
国親が下がって再び一人になる。
ここで気を張っていてもやることがない。
それに体を動かせなければなまる。
久々に城下町で遊ぶか。
どうせ義龍の放った間諜や忍びが監視してるんだ。
俺が遊びまわってた方が警戒されないだろう。
そう決めてからの秀政の行動は早い。
「そうと決まれば行くかぁ!」
部屋を出て、国親たち家臣に見つからないように城を抜け出す。
見つかれば注意される。
こんな格好で出歩くなと。
秀政は湯帷子(今で言う浴衣)に羽織り一枚。
略装だ。
着流しともいうが。臙脂色の着物に薄い青の羽織。
それに帯の所に刀を一本差して街へ。
小太刀はいらない。戦場に行くわけでもないんだし、刀は最低限の護身用だ。
端からみればどこかのやんちゃなガキ。
どこに向かうでもなくフラフラと放浪。
向かう先はない。ただ心移りゆく様に気が向かう方へ。
川であったり山であったり。
廃村であったりもする。
二時間ほど彷徨い、さて、帰ろうかと思い、屋敷まで戻ってくると、
「秀政様っ!どこに行ってたんですか!?」
屋敷の門の所で国親に捕まった。
どうやら秀政を探していたらしい。
「なんだ?どうした?」
「義龍様より使者が来ています」
「通しとけ。すぐに行く」
「はっ」
国親が駆け足で屋敷から離れ、城内に戻って行った。
秀政の屋敷も白海城内にあるが、天守とは別の建物だ。
さて、仮にも主君からの使者とあれば正装しなければなるまい。
主君からの言伝を伝えにきたのであれば、その使者は丁重にもてなさねばならない。
この格好で出ては無礼にもほどがあるか。
「義龍様の使者か。よく来た」
結局、秀政は着物一枚で使者の前に立った。
羽織すらおいてきた。
こっちの方が気楽だ。
それに正装なんてするものではない。動きにくい。もし、ここで斬りかかられたら対処が遅れる。
一瞬の遅れが命取りになるのだ。
使者は顔を顰めたが、仕事だと割り切り、書状を取り出し読み上げた。
「先日、我が方につくと述べたのに参軍しないとは何事か。至急、長良川に軍を率いて参陣せよ。さすれば、この遅れを見逃す」
ふむ。
さっさと出てこいと。
領地にこもってなにしてる。遊んでないで早く協力しろ!って言いたいわけだ。
「使者殿。俺が言うべきは決まっている」
秀政は頬杖をつきながら、使者を見る。
「?」
「俺は道三様につく。一色左京大夫義龍を美濃国主とは認めない。斎藤道三様こそが国主であり、その恩恵を受け、今の地位にいる義龍が道三様を戦を仕掛けるなど言語道断。忠義を重んじろとは言わん。が、俺のような偏屈者を拾い、今を作ったのは道三様だ。道三様に味方する理由あれど義龍につく義はなし」
使者が凍りついたかのように驚きの表情で動かない。
「義龍に伝えろ。その首、瀬名秀政が頂く、とな」
ニィっと笑みを見せる。
「……バカな……勝ち目などないというのにですか!?」
「はははっ、勝ち目がないかどうかはやってみんとわからん。まぁ、負けても本望だ。主君の為に戦い死ぬのが俺の生き方よ」
愚かなっ!と吐き捨てて使者が帰っていく。
その後ろ姿を見ながら秀政は高らかに笑う。嗤う。笑う。嗤う。
「もったいない生き方だよ。全く」
愚かだろうとなんだろうと自らの道を行かずして何をする。
この乱世の世に正しきものなどありはしない。
それゆえに強きに従う。
ならば、あえて俺は逆を行こう。
それでこそ思う存分に力を試せるではないか!
生まれた環境、現在の状況。
覆す機会があるんだぞ?
それに乗らずしてなにが男か!
俺はたかが美濃一国の小領主如きで終わるつもりはない。
天下に名を轟かせて、大名になろう。
腐った大国をぶっ潰して俺が新しい国を作り直そうじゃないか!