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戦国物語  作者: 羽賀優衣
第二章 復讐
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第十五話


姫様が瀬名秀政を追う様に走って行く。

一応従う身だ。

着いて行くしかあるまい。

ちょうど大手門のところで、瀬名秀政は筋骨隆々という言葉が良く似合う巨躯の男と共に居たその門人たちと向かい合っていた。

先程までの優しげな様子はどこに消えたのか

男たちを人を見るのではなく、虫を見るような目で蔑むように見ていた。

後で知ったのだが、男は前野某という足軽大将で武勇を誇る猛者らしい。

剛勇で知られ、美濃でも指折りの槍捌きを活かし、戦では必ずや首級をとっていた。

ただ、百姓や目下の者によく乱暴を働いていたが。

それを咎められそうになると、へへっと腹の立つ笑みを見せ何もないかのように振舞う。

先日まで当主の秀政が不在だった事で彼の悪事は増長した。

城下の百姓の娘や町人の娘を犯すまでになったのだ。

「前野。貴様、領民に狼藉を働いたな」

「へ?なんの事やら身に覚えがありませぬな」

前野某は大袈裟な手振りでとぼけて見せた。

「下白海村の小夜という娘を覚えているか」

瀬名秀政は感情の希薄な声で訊ねるが、これを怒ってないと見たのか前野某はへへっと笑った。

「……知りませんなあ」

後ろで門人たちがニヤニヤしているのを見て、秀政はあぁ、こいつらも同罪だな。と判断した。

「あくまでしらを切るか。まぁ、いい。この顔に見覚えがあるか」

手招きをすると、秀政と同い年くらいの女性がそっと出てくる。

前野某に怯えているように見える。

秀政の裾を命綱のように強く握りしめている。

「そいつぁ……」

表情が変わったのを見て、瀬名秀政は目を細めた。

「知っているな。ならば、もはや問うまい」

瀬名秀政は前野某を見上げる。

「乱暴狼藉を行う者は死罪だ」

「ちょっと下がってろ」と女性を下がらせ、刀の柄に手をかける。

「たかが娘一人犯すのが何が悪いんで?」

前野某は女のような顔立ちの上司に媚びるように笑う。

体格差は誰が見ても明らか。

前野某に比べ、瀬名秀政は細身すぎる。

「もう黙れ。貴様のようなクズは俺の部下にいらん」

秀政の目が憎悪と嫌悪感によって鋭さを増す。

「殺すのか!?武に秀でた俺をこんな事で!?バカなんじゃねぇか?」

次は嘲る。

秀政は心底うんざりしたような表情を浮かべる。

「痴れ者が……」

瀬名秀政が吐き捨てるように言うと、男たちが一斉に刀を抜いた。

当主が珍しく悪態をつくのを聞いて大人しくしている意味がないと悟ったのだろう。

後から思えば、それは正しかった。

瀬名秀政の逆鱗に触れてしまった時点で彼らは死が確定してしまったのだから。

「こんなとこはこっちから願い下げだ。俺を欲しい奴はいくらでも居んだよ。たかが百姓犯したくれぇでガタガタと言いやがって」

前野某が余裕の笑みを見せながらそう言って秀政に斬りかかった。

俺と甚介は多勢に無勢と手助けすべく刀を抜こうとしたが、「無用だ」と静かに怒る獣に言われ、この一件を傍観する事にした。

秀政は何もしなかった。

刀が迫ろうと動く気配がない。

「俺の迫力にすくんで動けねぇか!死んで俺を敵にした事を後悔しやがれ!」

俺と甚介は驚愕に目を開いた。

姫は顔を青くして、無自覚に後ろへ下がっている。

前野はその表情の意味を測りかねた。

そして、変わらず動く気配のない秀政に視線を移す。

すると、彼は冷笑を浮かべていた。

右手には刀を握っている状態でだ。

そう。刀。

「その腕で俺を殺せるのかい?」

「腕?」

前野は自分の腕を見、悲痛な悲鳴をあげた。

肘から先がない。

今更ながら、血が噴水のように噴き出し、秀政を赤く染める。

「お、俺の腕がぁぁぁぁ!!!」

前野某は膝を折り、刀を握ったまま地面に落ちている両腕を必死に拾おうとする。

その度に血の勢いが強くなり、血の池が瞬く間に出来上がる。

「腕がないのに、殺すなんて笑っちゃったよ」

瀬名秀政は血で重くなった前髪を掻き揚げながらその様子を楽しそうに見ていた。

そして、逃げようとしていた門人の一人の喉元を短刀が貫いた。

彼は何があったかもわからずに地面に顔を打ち付け絶命した。

見れば、瀬名秀政の左腕が上がっていた。

おそらく投げたのだろう。

「逃がしはしないさ」

笑顔で残る門人たちの方へと一歩ずつ歩み寄って行く。

「ひ、ヒィ!くくく来るな!やめろ!寄るな!」

恐怖を露わにして秀政から離れようと後退していく。

しかし、後ろは石垣だ。

すぐに逃げ場はなくなった。

「抜け。少しは抵抗して見せろ。つまらんだろうが」

瀬名秀政が冷酷な笑みを浮かべ、煽る。

後がなくなった男たちは恐怖に負け、もはや素人同然の構えで襲いかかった。

「それでいい」

瀬名秀政はそう呟くと、舞った。

男たちはそれぞれ秀政に一太刀浴びせようと奮うが、動きが単調。

華麗に舞う秀政の刀が銀色の軌跡を残す。

一拍遅れて首が転がり落ちた。

それに呼応するように胴体が横に倒れる。

残る一人となった前野某の前に瀬名秀政がしゃがみ込む。

「ゆ、許してくれ!な、なんでもする!命だけはっ!命だけはっ!」

「見苦しい」

前野某の喉元に刀を突き立て、縦に持ち上げた。

首が宙を舞って、僅かに掲げていた瀬名秀政の左手に収まった。

「あっけない。これで終わりとは」

…………あぁ、鬼だ。

これは戦場で恐れられるわけだ。

決して怒らせてはいけない人物というものは存在する。

この人もそういう柄だ。

しかも、殺人を楽しんでいる。

恐ろしい。恐ろしすぎる。

「国親。こいつらの首を晒しておけ。それと改めて兵全員に通達しろ。

1、領内外問わず民に乱暴狼藉を行う事は禁ずる

1、民に無理難題を押し付ける事を禁ずる

1、放火を禁ずる」

鬼はいつからの居たのかわからない若い男に処理を頼んだ。

瀬名秀政は「はぁ」とため息を吐き、血を拭ってから表情を引き締め、手招きして呼んだ女性に頭を下げ、詫びた。

「俺の兵が済まなかった。この通り手討ちにしたが、これで許せとは言わん」

顔をあげ、女性と目を合わせる。

先程までの狂気の満ちた表情とは打って変わって凛々しい。

「こいつらがお前に残した傷はこんな事では消えん。

だから、俺をなんと罵倒しようと構わない。お前の気が済むまで俺を殴っても構わない。

ただ、他の奴らは恨まないでやってくれ。

俺の責任だ。恨むなら俺を恨め」

そして、もう一度頭を深く下げる。

女性はびっくりした様子を見せながら、瀬名秀政に声をかける。

「顔をあげてください。恨むなんてとんでもありません。殿様が百姓なんかのために頭を下げてくださるだけで感謝の念が溢れて傷なんか癒えてしまいます」

瀬名秀政はとても悲しそうな表情で女性の肩を掴んだ。

女性は一瞬怯えたものの秀政の顔を見て、落ち着いた。

「百姓なんか、なんて言わないでくれ。俺たち武士は何も生み出さない。でも、君たち百姓は違う。

俺は君らがいるから飯が食える。

例え、強大な軍を持とうと民がいなければ飯すら食えない。

俺は君らを守る。その代わりに飯を食わせてもらう。

俺と君たちは対等なんだ。

少なくとも俺は君らの上に立っているつもりはない。

だから、そんな卑下しないで欲しい。

こっちが悲しくなる。

そう。俺に遠慮して傷を隠して強がる事はないんだ。

男が怖いんだろう?でも、俺は君を決して襲ったりはしない。

俺の事を信頼して欲しい。

そして、辛ければ泣くといい」

女性こと小夜は瀬名秀政を見つめる。

その真摯な表情に揺らぐ。

元々、小夜は領主である瀬名秀政の事は信頼していた。

何せ、領内の村で人が足りないと聞けば自ら田植えを手伝ったりする男だ。

隣の家の夫婦が子を産んだ時も祝いの品を持って来た。

先代の領主は傲慢で百姓を虐げた。

それゆえに、秀政が新たに来たのだが。

その時と比べ、暮らしは格段に安定している。

前野某のせいで瀬名家の人間が信じられなくなっていた。

それでも、やっぱりこの人なら信じてもいいかもしれない。

自分が何かされたわけでもないのに、普段は菩薩みたいに優しい人があんなに怒ってくれた。

怖かったけれど、それは私の為だった。

それだけでなく、自分と対等だと言ってくれる。

頭を秀政の胸に預け、小夜は泣いた。

子供のように思いを爆発させ泣いた。

秀政はそれを優しく受け止め、寂しげな表情を一瞬見せ、遠くを仰いだ。

視線の先にあるのは空だけ。




俺と甚介は少し離れて見ていたが、同じ感想を抱いた。

この若い領主はおかしい。

まず、剣の腕が尋常ではない。

最初に前野某の腕を斬った時、いつ抜いたのか。

全く気付かなかった。

それは斬られた方もだった。

あそこまで達すると最早、人ではない。

それに楽しんでいた。

狂気の塊のようだった。

また、すぐに切り替え、百姓と対等でありたいと言う。

気が狂っているんじゃなかろうか?

武士は百姓を支配し、彼らを率いて戦をする。

それがこの時代。

それを対等?

ふざけてるんじゃないか。

百姓なんかと同じがいいなんて。

理解し難い。

「甚介、義長。兄様の屋敷に戻るわ」

姫が小さく命じ、小夜を抱きしめている瀬名秀政を置いて彼の屋敷に戻る。

「兄様はまだ囚われている……」

姫がそんな事を言った気がした。




「すまない。見苦しいところを見せた」

屋敷に戻ってきた瀬名秀政は申し訳なさそうに詫びた。

「俺の外見や歳でどうも侮られてしまう。困ったものだよ」

確かに。

権力者と一夜を共にして、今の地位まで登って来たと言われた方が戦場で活躍したと言われるよりも現実味がある外見だ。

女装すれば、大変な美女になろう。

そんな青年に従うなんて武芸者としての誇りが許さない。

そういう者は多いだろう。

気持ちはよくわかる。

「まぁ、大概は一度戦場に出れば改めるんだが、稀にああいう輩が居てな。どうしようもない見下げた男だったが」

秀政は前野某の顔を思い浮かべたのか、渋柿を食ったような表情になった。

俺も実際に刀を振るうのを見て、これには逆らうべきではないと感じた。

自分に従う者には優しいが、律を犯した者には徹底して非情。

あれが自分の身に向くかと思うと嫌な汗が湧き出る。

恐ろしい。

「兄様は……」

姫は途中まで口にし、閉口した。

「なんだ?言いたい事があるなら言え」

瀬名秀政は途中でやめられるのは気分が悪いと先を促す。

姫は決意を決めた。

険しい表情で兄である瀬名秀政と視線を合わせ、口を開いた。

「兄様は……椿さんを殺害した輩をまだ怨んでいるのですか?」

俺は全く動けなかった。

姫も何が起こったのかわからないといった様子だ。

動いたのは甚介と瀬名秀政の二人だけ。

瀬名秀政の横にいた美しい女性も目を見開いて驚いている。

鬼のような形相で怒気を発しながら、憎しみで目を滾らせた瀬名秀政の一撃をなんとかギリギリで防いだ甚介が襖に突っ込んだのは、俺の意識が目の前の出来事にようやく向いた時だった。

甚介が持っていた刀ごと倒れ、襖に突っ込む。

何が起きたのか。

姫が言った途端。

「お前が!お前が母上の名を口にするなっ!」

突然、瀬名秀政が激昂した。

次の瞬間には刃が閃いて、姫の所まで迫っていた。

俺にはほとんど何も見えなかった。

反応する事すらできなかった。

しかし、姫の喉を切る寸前で咄嗟に反応した甚介の刀が瀬名秀政の刀を迎え撃っていたのだ。

しかし、その勢いに負け、吹き飛ばされた。

姫が危ない。

そう思ったが、動けない。

目の前の修羅に刀を向ける事ができない。

体が萎縮している。

これは完全に気圧された。

さっきは表情に余裕を溢れさせていた。

しかし、今は違う。

阿修羅だ。

「氏真の妹が母上の名前を口にするな」

瀬名秀政はさっきの前野某に向けていたよりも深く濃い殺気を纏って、刀を姫の顔に向けた。

張り詰めた空気に狂気に殺気に気が狂う。

「次に言ったら、その首なくなると思え」

ヒュッと恐ろしい早さで一振りして刀を鞘に戻す。

パラパラと姫の前髪が僅かに床に落ちる。

凄まじい。

皮膚を傷つけずに髪だけを正確に斬った。

激してもなお、冷静に動いている。

「興が冷めた。出て行け」

再び座る事はせずに瀬名秀政は俺たちに背を向けたままそう言い、部屋を出ていった。

女性は慌ててそれを追っていく。

俺たちだけが残された。

姫は茫然と目を見開いたまま固まっている。

「私も……兄様にとっては敵なの?」

そう呟いた姫の目から一筋の涙が流れた。

気が付いたらお気に入りが150到達してました♪

ありがとうございます!

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