第一話
歴史ものです。
起こるイベントはだいたい史実通り
1555年 10月。
美濃 稲葉山城内
「婿殿、話は聞きましたか?」
城内の一室で茶を飲んでいた瀬名秀政に安藤伊賀守が話しかけた。
「えぇ、たった今義龍様からお話を伺いました」
「あなたはどちらにお付きに?」
「俺はいまだ決めていません。道三様にも恩はあります。しかしながら今は義龍様の時代。義と自己の身。どちらを尊重すべきか迷うところです」
安藤伊賀守が向かいに座る。
そして、秀政をじっと見る。
「婿殿らしいですな。儂は義龍様に味方をする。道三殿につく者は少なかろう。勝ち目はない」
「まぁ、美濃を治めるまでの過程があれですから」
斎藤道三。
先代斎藤家当主、前美濃国主。
斎藤道三は一介の油商人から大名にまでなった。
下克上を代表する人物で『蝮』と呼ばれる。
それは出世の道のその途中、主君を何度も殺害している。
殺してその地位を奪う。
更に自分の邪魔になる物は消していった。
結果、美濃一国の大名だ。
今は息子の義龍に家督を譲られ、隠居している。
「で、婿殿もこちらにつきませんか?美濃大半は既に義龍様についた」
「考えておきます。皆の意見を聞いて決めさせていただきます」
茶を置いて、立ち上がる。
では、と一礼して退室し、厩に行き、自分の馬をだし、そのまま稲葉山城から出る。
どちらに付くべきか・・・
義龍様は遅くとも来月には道三様に仕掛ける。
それは最近、道三様が自分の弟達を愛でるようになってきたからだ。
そこに家督を自分から弟に渡せと言って来るんじゃないかという不安を抱き、不安を道三様ごと消してしまおうとしている。
そこに至るにはこれまた今までの道三様の経歴が原因だった。
道三様は美濃守護であった土岐氏を殺して大名になった。
近頃、どうも義龍様は道三の実子ではなく土岐氏の子らしいという噂が流れている。
この噂は真実らしく、義龍様は土岐氏の血縁である一色の姓を名乗り自らの官職と合わせ『一色左京大夫』と呼ばせている。
その背景もあって、道三様に殺された父の敵討ちという名目で兵を挙げる。
美濃には道三様の革新的な政治に付いていけず反感を持つ者は多い。
その上で、安藤伊賀守守就や氏家卜全、稲葉一鉄などの有力な家臣はもちろんのこと、俺のような若造にもしっかり声をかける辺りから義龍様のこれは大規模な軍を動かすことになるだろう。
ここで負けた方は確実にこの国での居場所を失う。
俺とて自分の領地を持ち、城もあり、民だっている。
軽い判断をすることはできない。
俺個人としては道三様に味方したい。
俺が若くして領地持ちなのは道三様が取り立ててくれたおかげだ。
戦功は十分でもまだ若いし、斎藤家に仕えて長くないから、領地をもらえるとは思っていなかった俺に今の地位をくれたのは道三様なわけだから。
でも、おそらく道三様は今回の戦に負けるだろう。
道三様の味方に付きそうなのは道三様の末子である斎藤利治殿に明智光安くらいだろう。
織田信長との婚姻はあるが、尾張では信長の弟である織田信行を君主にすべきと柴田勝家、林秀貞らが挙兵していてそれどころではない。
ちなみに信長勢は劣勢だそうだ。
で、道三様と義龍様の差は兵力と人望。
どちらに置いても道三様が負けている。
その分を知謀でカバーしたいところだが、何分兵力差が大きい。
義龍様のところには一万七千ちょっとの兵が集まっていると聞く。
そこに俺が加われば、約一万八千になる。
逆に道三様に付きそうな兵は明智殿と利治殿が味方したとしても、三千ほどだろう。
俺が加われば、よくて四千。
4、5倍。
絶対に勝てないということもないが、義龍様は頭が切れる。
道三様は暗愚扱いしているが、実際は違う。
確かに道三様には遠く及ばないにしろ、侮ってはならない。
どうするべきか・・・
秀政は考えながら馬を走らせ、自らの居城 白海城の城下町に着いた。
秀政の領地内では道三考案の楽市楽座制度を導入し、年貢も安くしてあるので、人が多く集まっている。
本来は座と呼ばれる組合のような物に加盟して金銭を収めなければ商売できなかったのがこの街で自由になった。
座に加わると沈黙の掟というやつで自由な商売はしにくい。互いが潰れないように協力し合うといえば聞こえはいいが、実際は例えば油を売ろうとすれば、その権利を持っている人間に金を払い売る権利を買う。そして、逆に自分が商売繁盛、その権利を売った人間の店が売れなくなったりすると、権利を取り下げられたり、商店を壊されたりする。ゆえに利益を出しにくいのだ。その上理不尽に金を払わねばならない。
そういったものを全てなくし、自由な代わりに領主に売り上げの幾ばくかを収める形式に変えた。
商人たちがこれはいい!と各国から集まり、美濃国内でも有数の商業地に一気に成長した。
無論、城下町は人で溢れていて、いろいろな店が所狭しと並んでいる。
白海城自体も城下町に劣らず、大きくはないが、全体的に白で統一され、雪をかぶったかのように綺麗だ。
美しい城で、これを秀政のような若い家臣が治めることに不満を持っている斎藤家家臣はたくさんいる。
でも、仕方ない。
秀政が領主になってから作らせたのだから、いいものを作りたいと思うのは普通だ。
近隣の農民達も手伝ってくれて、すぐ(それでもそこそこはかかる。ただ、一般的な築城に比べれば早かった)完成したから、出来ちゃえば崩せないだろ?って事で批判から逃げ延びた。
いや、逃げ延びてはいないが。
それほど硬い城でもないし、規模も小さいので、秀政が治めてもいいのではないかという話になったのだ。
実際問題、白海城は攻められたらすぐに陥落する。
防御設備には不安だらけ。
それならば、若造でもいいか。となった。
「秀政様、菓子食べていきませんか?新作ができたんですけど。」
「悪いが、腹がいっぱいでお菓子一つ通りそうにない。だが、見た目は美味しそうだぞ」
「ありがとうございます!」
「秀政様、茶でも飲んで休んでいかれたらどうでしょうか?」
「いや、急がなきゃならない仕事があるから」
話しかけて来る商人達に笑顔で返しながながら、先を急ぐ。
城門をくぐり、馬を小姓に預け、自身は天守に入る。
「若様、既に重臣達は集まっております。後は若様のご意見を伺うだけです」
秀政の側近筆頭であり、一軍を率いる将でもある 白河国親は部屋の前に着いた時に耳打ちした。
「そうか。わかった。」
襖を開き、部屋の中にはいる。
中には国親含め5人の男達がいる。
新田正成、堀長道、葛西盛次、本郷長政、白河国親。
みんな秀政の家臣だ。
「さて、お前らは道三様と義龍様。どちらに付くべきだと思う?」
一番高い所に座して単刀直入に聞く。
「個人の見解を申すのであれば、義龍様。どう見ても今回の戦は義龍様の勝ちです。更に尾張の信行殿と義龍様は手を結んでいると聞きます。万が一信長公が負けた時に挟み撃ちになり、状況は最悪になる可能性が高いです」
「正成の意見はわかった。他は?」
真っ当な意見だ。
確かにその危険は高い。
危惧すべきものだ。
「私としては、道三様に付くべきかと」
「国親、理由は?」
「秀政様が加われば、勝機はあります。ここで勝てば、美濃国内での立場を一気に大きくし、いずれはこの国を取り、天下を狙う。そのためにはここで道三様に味方した方が早いかと」
なるほどな。
さらりと俺が主君に対し反旗を翻すと前提にしているが、まぁいいだろう。
「だが、敗色濃厚。危険だろう?」
「虎穴に入らんずんば虎子を得ずと言います。危険なしでは伸びませぬ」
ふむ。一理ある。
決めるか・・・
こいつらが俺に従うかはこいつら自身が決める事だしな。
「国親の言う事も一理ある。俺個人としては道三様に味方したい。恩もある。だが、俺はお前らの命を預かる身だ。個人の意思で行く末を決める事はできない。だから、お前らに聞く。命が惜しいなら、この城を出て、稲葉山に行け。止めはしない。命の危険を犯してでも俺についてくると云う者はここに残れ」
言って目を閉じる。
目を閉じたまま待つ。
重い空気が流れていた。
何か相談するような声が聞こえる。
声が途切れた時。
目を開き、目の前の光景を見る。
「誰も異存はないと云う事でいいのか?」
「「「「「我々は秀政様に従う身です。主の決定に異存はありません」」」」」
「よし、ならいつでも出陣できるように準備をしろ!」
「「「「「はっ!」」」」」
国親以下五名は部屋から慌ただしく出ていく。
静かになった部屋で秀政は天井を仰ぐ。
ここは俺の人生の分かれ道だな。
敗者の道を逝くか、勝者としての道をいくか。
運任せではなく自分で切り開こうじゃないか!
さて、戦の前にやることがある。
秀政は天守から自分に館へと移動した。
「葵はどこにいる?」
小姓に尋ねる。
「奥に」
「そうか。ありがとう。」
館の奥にある、母屋。
そこに向かう。
「秀政様がここに来るなんて珍しい。どうしたのですか?」
綺麗な黒髪の少女。秀政の正室である葵が母屋に入ってきた秀政を見て、驚いたように言った。
彼はほとんどここに来ないのだ。
だからといって夫婦仲が悪いわけではない。
むしろ仲はいい。
秀政が忙しくて来れないだけの話。
「葵、話がある」
そう言うと、葵の侍女が母屋から出て行こうとする。
「君も聞いてくれ」
引き止めてから話を始める。
「葵、お前は戦が始まったら実家に帰れ。別にお前のことが嫌いなわけではない。ただな、お前の父上 安藤伊賀守と敵対することになりそうなんだ。そうなってしまってはお前は居心地が悪いだろう」
安藤伊賀守は義龍様に付くと言っていたから確実に敵対する。
それなのに俺が敵の娘と婚約しているというのは、よろしくはない。
どころか、俺は道三様に疑われるし、安藤伊賀守にとっても義龍様に俺と内通していると疑われかねない。
向こうに迷惑をかける気はない。
という秀政の考えは口にせずとも葵に伝わった。
「・・・・・・葵は秀政様とは離れたくないです」
葵は目を伏せ着物の裾をギュッと握りしめる。
「俺もだ。お前がこのまま残っても、辛い目に合うだけだ」
「でも・・・」
「安藤殿の元へ葵を送り届ける時に付き添いで行ってやってくれ」
侍女に告げ、
「葵、お前と一緒だった三年間は楽しかったよ」
葵の頭を優しく撫でてからそれだけ言い残して、母屋から出た。
後ろから聞こえて来た嗚咽には目をつぶれ、耳を貸すな。
余計な感情は戦にはいらない。
「さてと、俺の人生は齢17にして終わるのか、それともまだ続くのか、確かめようじゃないか」
感想で指摘があったところを含めて、今まで書いたところを読み直して修正していくことにしました。