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WONDER WORLD  作者: 紗々
第1章:ファイリアル
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リンチャ村 Ⅵ

「駄目だ」

 レイアの決意を、レフィストが低い声で否定した。レイアは眉間に皺を寄せる。

「なんで?」

「1人でなんて危険すぎる。…レイアには無理だ」

 断言されると、反論したくなる。レイアは口を尖らせた。

「やってみなきゃ、わからないじゃない。そもそもレフィ兄にそんなこと、言われる筋合いはないよ」

「心配なんだ。…レイアのこと、好きだから」

 レイアは首を傾げる。何を、当たり前のことを。

「…そりゃあ、私もレフィ兄のことは好きだけど」

「そうじゃなくて…その、ひとりの女の子として」

 レフィストは照れくさいのか、不貞腐れたような表情だったが、真っ直ぐにレイアの目を見つめて言った。周囲の空気が、時間が止まったように静まる。レイアは口をぽかんと開けたまま、固まった。

 その言葉の意味が脳に浸透してくるにつれて――自分の顔が火照っていくのがわかった。

「…え、ちょ、や、…そ、そういうのってま、まだ早いって、言うか…」

 から回る頭のどこかで、あれ、最近も似たようなこと、言ったような…と記憶を探る。そして、はっとなった。

「だっ、駄目だよ!キャロルがレフィ兄のこと好きなんだから!」

「…は?」

 ああああ。レイアは頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。何やってるの、私。私が言ってどうする。

「い、今のは聞かなかったことに」

「できるか」

「…あの、俺たち、そろそろ行っていいかな?」

 ルークがおずおずと声をかけると、レフィストもレイアも2人のことを忘れていたことに気づいた。レフィストは忽ち顔を真っ赤にし、レイアは弾かれたように立ち上がった。

「あ、ど、どうぞどうぞ」

「お、お時間とらせて申し訳ない」

 異常に落ち着きを無くした2人の返答に苦笑いで応えると、ルークとカイルは歩き去った。


 結果的に、レフィストの唐突な告白は、レイアを村に引き戻すことに成功した。

 ひとまず村に戻ったレイアを、メリカはこっぴどく叱り、まだベッドで安静にした方が良い、と主張した。しかし、村の医者は、森を突っ切る元気があるなら大丈夫、と笑って言った。

「じゃあ、キャロルを探しに森の外に出てもいい?」

 レイアは上目づかいで懇願してみた。しかし。

「ダメです」目を吊り上げたメリカに、一刀両断された。

「ですよね」

 そう言いながらもレイアは、内心焦り始めていた。こうしている間にも、キャロルを連れた連中はどんどん遠ざかっているのに…。

 悶々とした想いを抱えたまま、レイアは母親がパンを作るのを手伝うことになった。村の料理店のいくつかは賊に壊され、食事を用意してくれる肉親を亡くした者も多くいる。村の施設の復旧にもまだ時間がかかる。村人全員で協力し合って、食事の用意をする必要があった。

 レイアはパン生地をこねながら、どうやって村を出るか模索していた。できればメリカを説得したい。今回ばかりは黙って脱走するわけにもいかないし…少なくとも1回脱走してるから同じ手は使えない。それに、きっと長旅になるだろう。そこは了承してもらわないと、やっぱり後味が悪い。

 しかし、自分に母親を説得できる自信がレイアにはなかった。ルークみたいに、悪党相手にも堂々と言い返せる程、頭の回転は速くないし。

 ああでもない、こうでもない、と考えを巡らせていると、目の前の出窓に頭が3つ、唐突に現れた。

「わっ!」

 あまりに突然のことで、しかも思いに耽ってぼんやりしていたレイアは、こねていたパン生地から手を放した。が、こねすぎて柔らかくなったパン生地の一部が、レイアの手にくっついたままで、レイアが手を思い切り引いた弾みで後方に吹っ飛び――

 メリカの後頭部に、べっとりと直撃した。

「こらレイア!何してんの!」

「あ、と、ごめん、だって…」

 窓枠に並ぶ小さな頭は、揃って人差し指を口の前に持ってきて、「しっ」と言った。

 それに気づいて、レイアは口を閉ざす。メリカは自分の赤髪に張り付いたパン生地を剥がしながら、訝しげに聞いた。

「『だって』、何?」

「…えっと、ちょっと虫がいたから、びっくりして」

 気を付けてよ、と言いながらメリカは中庭に出て行った。髪の毛を洗いに行ったのだろう。

 改めて、レイアは窓の外に立つ3人を見た。そこにはエド、ベス、ミックのちびっこ3人組がいて、つま先立ちになって窓からこちらを覗き込んでいた。

「君たち、何してんの?びっくりしたじゃない」

「ぼけっとしてる方が悪いんじゃないか」

 エドがすかさず喧嘩を売ってくる。

「レイアおねえちゃん、キャロルおねえちゃんを探しに行くんでしょ?」

 ベスが窓枠にわずかに乗り出して言う。

「でも、おばさんの監視があるから、抜け出せないんでしょ?」

 ミックが後を続ける。レイアは目を丸くする。

「…なんで知ってるの?」

「この村のことでオレ達の知らないことなんてないのさ」

 エドがふふん、と鼻を鳴らす。ミックが呆れたようにエドを一瞥し、ベスが「そんな思い詰めてる顔してたら、誰だってわかるよ」と言った。

「ね、私たちが手伝ってあげる」

「え」

「私たちがおばさんの注意を惹きつけるから、その隙に村を出て」

 レイアが言葉に詰まっていると、ミックがさらに言う。

「おばさんが中庭に行ってる今のうちに、荷物をまとめておくといいよ。日が暮れてきたら始めるから」

「…始めるって、何を」

「すぐにわかるさ」

 エドはにんまりと笑った。


 程なく、その時は訪れた。

 レイアはメリカと一緒に、焼き終えたパンを窯から出した。どれも綺麗な色に焼きあがっている。

 不意に、メリカが言った。

「…なんだか、外が騒がしいわね?」

 確かに、人の声が聞こえる。さっきまでは窯の傍で薪の爆ぜる音を聞いていたから、気づかなかったけれど…。外を見ると、家の周りに村人たちが集まっている。

 人ごみの中にシャナを見つけ、レイアは声をかけた。

「シャナ、どうしたの?」

「それはこっちのセリフよ。見せたいものって何なの?」

「?…そんなこと、言ってないけど…」

「見せたいものがあるから、この時間に集まって、って、手紙を寄越したでしょう?」

 手紙?今日は配達もしてないのに…。

 レイアがそう言おうとすると、上の方から爆音が聞こえた。レイアとメリカは、驚いて肩を縮めた。ひゅるるる、という音がして、パン、と何かが弾ける音が続く。音に合わせて、外にいる村人たちの視線が上に集まった。何人かが「おお」と歓声をあげる。

 レイアとメリカも慌てて家の外に飛び出した。再び爆音。

 見上げると、ひゅるるる、パン、という音に続いて、暮れかかった空に光の花が咲いた。少なくともレイアにはそう見えた。花は、パラパラと音を立てて消えてしまうが、すぐに爆音が鳴って、次の花が咲く。

 レイアは2発ほど村人たちと一緒に見とれてから、はっと我に返る。ちびっこ達の言っていたのは、このことだ。手紙で村人を呼び集めたのも彼らだろう。

 隣を見ると、メリカも上を見上げたまま、呆気にとられている。レイアは、こっそりとその場を離れた。人が多いせいか、メリカは気づいていないようだ。急いで部屋の荷物を取って、村人たちが集まっているのとは反対側の窓から抜け出す。

 窓の外には、ちびっ子達がいた。レイアが出てくるのを見て、にっこりとする。

「ね、うまくいったでしょ?」

「あれは、何なの?」

「『花火』っていって、どこか遠い国でお祭りとかに使われるんだってさ。ミックのお父さんの知り合いが、その勉強をしてるっていうから、やってもらったんだ」

 エドはそう言って、少し顔を曇らせる。

「…ホントは、キャロルねーちゃんの為に用意したんだよ」

「そうか、キャロルを驚かせるって言ってたのは、このことだったんだね…」

 家の上では、まだ花火が立て続けに上がっていた。それを見上げて、レイアは胸がぎゅうっと締め付けられる。キャロルにも、見せてあげたかった。きっと喜ぶだろう。

「レイアおねえちゃん、必ず、キャロルおねえちゃんを連れて帰ってきてね」

 ベスが強い口調で言い、残りの2人も頷く。

「ねーちゃんはうっかり者だけど、約束は守ってくれるって信じてるからな」

「うっかり者だけどな」

「君たち、言いすぎだよ…」

 レイアは少し苦笑し、3人の頭を順番に撫でた。

「大丈夫、キャロルは私が助ける。必ず」


 レイアが森に入るまで、花火の音は続いていた。森に入るのと同時に、一際大きな爆音がして、レイアは振り返った。すっかり暗くなった夜空に浮かんでいたのは、「ありがとう」の文字。

 それを最後に、爆音は止んだ。花火の文字はあっという間に消え、夜空の星々が、自分の役目を思い出したように瞬く。

 しかし、レイアの脳裏には、「ありがとう」の文字が、鮮やかに残っていた。それに込められた、3人の想いと一緒に。

 よし、と気合いを入れ、レイアは木の根元に隠れている穴の中に潜り込んだ。木の根が作る、森の下の地下通路を進み、出口を出る。すぐに次の通路を見つけて潜り込む。それを繰り返した。自分が知りうる限り、最短のルートを脳裏に描きながら、森の出口を目指した。

 最後の出口を見つけ、木の根元の穴から這い出した――その時。

「こら」

 黒い影と、聞き覚えのある凛とした声が、レイアの目の前に立ちふさがった。レイアはぎくりとして、おそるおそる顔を上げた。

「…か、母さん…」

 そこには、先回りした母のメリカが、鬼の形相で仁王立ちしていた。

「な、なんで?一番近い道を通ってきたのに…」

「甘いわね。森の抜け道なんか、あんたの倍以上は知ってるわ」

 ふん、と得意気に鼻を鳴らす。しかし、すぐに視線を伏せた。

「…どうしても、行くのね?」

 その声が、いつも聞く気丈な声ではなく、本当に子供を案じる時の母親の声であることが、レイアの胸を突いた。母さんが、こんなに寂しそうな、不安そうなところを見せるなんて。だけど――

「…うん」

 決然と、レイアは言った。迷いはなかった。はあ、とメリカが、長い溜息をつき、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きまわす。

「全く…誰に似たんだか」

 ま、仕方ないか。そう呟いて、レイアに、何か長いものを突き出した。全体の長さは、レイアの身長の3分の1ぐらい。メリカが握っている柄の部分は、拳2個ほどの長さがあり、その先は柄より少し太く、下の方が窄まっている。細かな装飾が施されているが、色は灰色一色だ。

「…これは?」

「見ての通り、剣よ」

 ええ、とレイアはのけぞり、両手を突き出してぶんぶんと振った。

「い、要らないよ、こんなの。扱えないもん」

「大丈夫、どういうわけか、鞘から抜けないのよ、これ」

「へ?」

 実際にメリカは、鞘を抑え、柄を引っ張ってみせる。なるほど、確かに、びくともしない。

「ま、ないよりマシでしょ。護身用に持っていきなさい。人を殴るくらいはできるし、持ってるだけで、相手を牽制できるでしょ。外は危険がいっぱいなんだから」

「…そっか。ありがとう」

「気を付けて」

 そう言って、メリカは寂しそうに笑った。

 ごめんなさい、と心の中で謝りながら、レイアは母の見送る森を後にした。


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