リンチャ村 Ⅲ
「やあレイア、いつも配達ご苦労さん。サービスしてやるよ」
「わあ、ありがとう!」
こぢんまりとした村の広場は、すっかり祭で賑わっていた。レイアはルークと子供達を連れ、挨拶がてら出店を廻ることにした。貰った飲み物を、全員に渡す。
「カイルは?」
「どっか行った。そのうち戻ってくるよ」
肩をすくめて答えるルーク。やっぱりよくわからない二人だな、とレイアは思った。それだけ、お互いを信用してるってことなのかな。
赤い茶髪が特徴的な村人の中では、金髪のルークはどうしても目立ってしまい、たくさんの人が声をかけてきた。特に女性は、ちらりとルークの金髪に目を遣り、通り過ぎた後に振り返って、その顔を二度見していく。
「あら、レイア。そちらのイケメンさんは?」
「シャナ!」
動きやすそうなドレスを身につけた女性が、レイア達のところにやってきた。肩まで伸びた赤毛は、手入れが行き届いていて、いつ見ても艶がある。
「ルークだよ。旅の途中なんだって」
「へえ」
シャナと呼ばれた女性はまじまじとルークを見る。
「…どうも」
ルークがはにかんだように微笑んで言うと、シャナはあら、と口に手をやった。
「男の子なのに綺麗な顔してるのねえ」
心なしか頬をピンク色に染めている。それに気づいた子供達が囃し立てた。
「シャナねーちゃん、顔まっかー」
「惚れた?惚れた?」
シャナは益々顔を赤くし、照れくさそうに、このマセガキ共、と口の中で呟くと、開き直ったように、大袈裟にふんぞり返って言った。
「ええ、ええ、惚れちゃいましたとも。悪い?うちの村のなんてムサイのばっかなんだから」
「確かに」
レイアも噴き出した。ルークが説明を求めて視線を送ってきたので、紹介する。
「彼女は村長の娘さん。この後祈りの舞を披露してくれるの」
へえ、とルークは感心したように言った。
「綺麗ですね。衣装がよくお似合いです」
「ふふ、お上手ね。ありがとう」
ゆっくりしてってね、と言い残すと、優雅に腰を振って去っていった。
再び歩き出しながら、レイアはまじまじとルークを見た。シャナは村一番の美人だが、これまで村のどんな男に言い寄られても、まったく取り合わなかった。その彼女が赤面するなんて――
「そういえば今日は何の祭?」
「へ?」
不意にルークが質問してきて、レイアは我に返った。
「あーっと…豊作を祈るお祭りだよ。ルークの故郷ではやらないの?」
「そうだね…」
ルークは曖昧に微笑んだ。
大方店を見て回ると、5人は広場に出た。中心にあるステージから、波紋を描くように長椅子がいくつも設置されており、普段は集会に使われたり、村人達の憩いの場になったりしている。今夜は祭りのために装飾が施され、華やかな風景に変わっていた。
「よし、行くぜ野郎共!」
唐突にエドが拳を振り上げて言うと、残りの2人、ベスとミックも「おう!」と彼に倣った。そして、
「ちょっ…」
レイアが止める間もなく、3人で駆け出した。
ルークに待ってもらうよう言い残し、レイアは3人を追いかけた。とは言え相手は子供、あっという間にベスとエドの首ねっこを捕まえた。ミックは捕まらなかったものの、2人が捕まったので立ち止まり、おろおろしている。
「キャロルが来るまで、私達と一緒にいるって約束したでしょ!」
「キャロルねーちゃんが来てからじゃ、遅いんだ!」
2人は、必死に手足をばたつかせる。あまりに切羽詰ったように言うので、レイアは少し気になった。
「…どういうこと?」
「何だっていいだろ!離せよ!」
「あたしたち、キャロルおねーちゃんを驚かせたいの」
意地を張るエドに代わって、ベスが説明しようとする。レイアがつかんでいた手を放すと、2人は暴れるのをやめた。
「キャロルおねーちゃんにいっつもお世話になってるから、お礼がしたいんだって、」
ベスはそう言ってエドを見る。
「…エドが」
「お、おれじゃねーよっ!」
顔を赤らめて全否定するエド。あらら、耳まで真っ赤。
ベスが、意味ありげにレイアに目配せする。さすがのレイアにもその意味は理解できた。
「驚かせるって…何するつもり?」
「それは、レイアおねーちゃんにも言えないかなあ」
「なんでよ」
「レイアねーちゃん、うっかり喋っちゃいそうだし」
ミックが鋭く指摘した。うっ、とレイアも言葉に詰まる。確かに周囲にはうっかり者だとよく言われてたけど…まさか、こんな小さな子にまで言われるとは。
「大丈夫、危ないことするわけじゃないから」
ベスが慌てて言う。そうだよ、とミックもエドも頷く。
「おれたちだって、ねーちゃんたちが思ってるほどガキじゃねーんだからさっ」
レイアは少しだけ驚いていた。この3人は、レイアも一緒に遊んであげていたから、小さいころのことはよく知っている。喧嘩に負けた時エドが泣いて悔しがったことも、初めて祭りに連れて行った時のベスが、恥ずかしがっていつまでもレイアの傍から離れなかったことも、ミックが一人でトイレに行けなかったことも。いつの間にこんなに成長したんだろう。
「…わかった」
レイアはため息をついた。3人の目を見る限り、何を言っても無駄なようだし。
「今日は祭りで大人の人もあちこちにいるから、大丈夫でしょ。困ったことがあったらすぐ言うんだよ?」
何より、せっかく彼らが誰かのために何かしたいのなら、協力してあげたいと思った。自分の親友のためなら、尚更。
「ありがとう、おねーちゃん!」
3人は満面の笑みで、彼らだけが知るどこかへ駆けていった。
騒ぎが起こったのは、それから少し経った頃だった。
広場には、これから始まるシャナの踊りを見るために、ほとんどの村人が集まってきていた。レイアとルークは椅子に座って、出店で買ったものを食べながら、長椅子が村人で一杯になるのを眺めていた。辺りは薄暗くなり始め、広場の周囲に円状に設置された松明に火が灯される。
だから、最初は広場の喧騒に紛れてしまっていて、出店の一つで悲鳴があがったことに誰も気づかなかった。そこから火が出るのが見え、ようやく誰もが疑問を感じ始めたころ、村人の1人が叫ぶのが、レイアの耳にも聞こえた。
「賊だ…!賊が襲ってきた!逃げろ!早く…」
叫び続ける彼の声は不自然に途切れた。燃え上がる店を背景に、不穏な黒い人影がわらわらと現れる。たちまち広場はパニックになった。
レイアとルークもすぐに広場を離れようとした。しかし――
「…えっ?」
炎の壁が2人の退路を塞いでいた。多くの村人が同様に立ち往生している。よく見れば、火の中に出店の骨組みが見える。広場の円周に沿って連なっていた店が、広場全体を囲む炎の輪と化していた。
「…全部の店に火が燃え移っちまったのか…!」
村人の一人が舌打ちした。直後、背後で悲鳴と怒号が巻き起こる。振り返ると、賊が広場になだれ込み、村人を襲い始めていた。賊はみな体格の良い男ばかりで、逃げ場を失った村人を次々に攻撃する。炎に照らされた顔が下品に歪んでいるのが見え、レイアは炎の近くにいるのにもかかわらず、寒気を覚えた。
――人を襲ってるのに…どうして、笑ってるの?
「あぶないっ!」
ルークに引っ張られ、レイアは慌てて飛び退く。今までいたところに出店の屋根が焼け落ちてきた。
「…あ、ありが…」
礼を言おうと振り返ると、ルークがそれを手で制した。
「俺の傍から離れないで」
言うや否や、ガキン、と硬いもの同士がぶつかり合う音がした。いつの間にかルークが剣を構え、賊と対峙している。剣と剣で押し合っていたかと思うと、不意にルークは力を抜き、相手がバランスを崩したところを斬りつけた。
すぐに次の賊が襲ってくる。2人がかりで来たところを、1人を蹴り飛ばし、もう1人を剣で一突きにする。その次も、その次も、ルークは鮮やかに倒していく。しかし、だんだん疲労の色が見え始めた。
「くっ…数が多すぎる…」
レイアはそれを見守ることしかできず、もどかしく思った。火はいっそう勢いを増し、一向に消える気配がない。このままじゃみんな、焼け死ぬか賊に殺されてしまう…。
その時、突然レイアの頭に大量の水が降ってきた。
「レイア?!」
「…レフィ兄!」
火の消えた出店の焼け跡に、レフィストがホースを持って立っていた。背後に、工事現場の男たちが続く。
レフィストはレイアに何か言おうとしたが、賊をまた1人蹴り飛ばしたルークが、それを遮って叫んだ。
「…早く村の人達を外に!」
その言葉を受け、男たちは各々工事道具を手に、広場の中心に向かって駆けていく。レフィストは、訝しげにルークとレイアを交互に見て、何やら複雑な表情をしていたが、結局、
「…お前も早く逃げろよ」
それだけレイアに言い残し、男たちについて行った。炎の壁の周辺に立ち往生していた村人達は、我先にと火の消えた場所から逃げ出していく。
「レイア…ロト神様のところに案内してもらえる?」
レイアがぼんやりとレフィストを見送っていると、ルークが言った。
「ロト神様の力を借りたいんだ」