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WONDER WORLD  作者: 紗々
第1章:ファイリアル
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リンチャ村 Ⅱ

 金髪の青年はルークと名乗り、黒マントの青年をカイルと紹介した。カイルがずっと黙ったままなので、レイアは心配になってルークに聞いてみた。

「この人…何か怒ってる?」

「いや、こいつは口がきけないんだ。気にしないで」

 彼は、それ以上のことは教えてくれなかった。

 森を出るまで、レイアは二人に村のことを話した。カイルがどう思ったのかはわからないが、ルークは森によって外界と隔てられたこの村に興味を持ったようだった。

「村人でも、危険だから12歳までは森に入っちゃいけないことになってるんだ。だから二人みたく外から来た人は大抵迷っちゃう」

 そうだ、とレイアは思い出して言った。

「ロト神様に挨拶しておこう」

「ロト神様?」

「ちょっと寄り道するね」

 地面に盛り上がった太い木の根をいくつも跨ぎ、顔の高さほどもある草をかきわけて、3人は巨大な樹の根元にたどり着いた。その枝は空が見えないほど張り巡らされ、幹はその端を視界に収めきれないほど、太い。

 レイアは幹に沿って歩いて行き、樹にぽっかりと開いた穴を見つけた。中にはうっすらと明かりがある。

「ババ様あ、いる?」

 レイアが呼びかけると、穴の中からぬっと老婆が顔を出した。

「レイアか、久しいのう」

 ババ様はレイアを認めると顔をくしゃくしゃにして笑った。ひび割れた唇の隙間から、黄ばんだ歯が見える。

「最近は村の者も滅多に来なくなってしまった……直に此処に来るのはおまえさんぐらいじゃ」

 しかし、彼女の笑顔はレイアの後ろで呆気に取られているルークと無反応のカイルに気づくと、怪訝な表情に変わった。

「…この者達は?」

 その声に若干、警戒の色が滲んでいるのを感じ、レイアは微笑んで言った。

「外から来たんだって。大丈夫だよババ様、この人達は私を助けてくれたの。だからロト神様に御礼を言いにきたんだ。いいでしょ?」

 そうかい、とババ様はゆっくりと頷いた。視線はまだ2人の客人を油断なく見据えている。

「ならば、しっかりと御礼しなさい。ただし長居は無用じゃ。ロト神様が怯えておる」

「わかった、ありがとう」レイアはそう言って2人を穴から離れた場所に誘導した。

 ババ様のいた穴から樹の周りを半周したところに、祈りを捧げるための小さな祠があった。そこで祈りを捧げてから、レイアはルークとカイルを振り返った。

「気を悪くしたらごめんね、最近不審者が増えてきたから、ロト神様もババ様も、ちょっと神経質になってるみたい」

 ルークは樹を見上げていた。「この樹がロト神様なんだね」

「そうだよ。ずっと昔から私達の村を守ってくれてる。ババ様の家は代々オロ神様に仕えてるんだ」

 上の方で鳥の囀る声が聞こえ、風がさわさわと枝を揺すった。レイアには、それがオロ神様の言葉に思えたが、勿論理解することはできない。

「さっきまで迷ってた2人があの時私のところに来られたのは、ロト神様が導いてくれたからだと思うの。2人が私を助けてくれるように…だから御礼を言いたくて」

 ルークは視線を幹に移し、そっと表面を撫でる。

「村の人達もこの樹を愛してるんだね…」そして小さく、羨ましいな、と呟いた。

「え、何?」

「なんでもないよ」


 再び、3人は村に向かって歩き出した。

「村の人はさ、外とは連絡をとってないの?」

「とってるよ。外に仕事を持ってる大人は多いし。村で作ってる作物とか商品を売りに行ったりしてね」

 リンチャ村では、ロト神様の加護もあって、特に果樹栽培や木製の製品が主流である。

「外に長く滞在する人や、共働きの人も多いから保育所があってね、幼なじみのキャロルはそこの手伝いを始めたの」

「君も何か仕事を?」

「うん。私の父さんが王都で郵便配達してて、村人宛ての郵便を集めてくるの。それを村で配達するのが私の仕事。あとは、母さんがパン屋をやってるから、時間が空いたらそっちの手伝いもするけどね」

 そんな話をしている内に3人は大きな木が乱立する場所に出た。壁のように目の前に立ち塞がっている。

「ええと…こっち?」

 ルークが道の開けている右側を指すと、レイアはニヤリとした。

「と、思うでしょ?これで外から来た人は迷っちゃうんだな」

 そう言って、剥き出しになった木の根が、幾重にも重なるところに踏み込んだ。そして一際大きな木の根元を指差す。

「ここに村に繋がる通路があるの。入口は狭いけど、中は広いから大丈夫」

 中は広い通路になっていた。木の根が壁をつくり、光源がないのにほんのりと明るい。土の良い香りが充満し、空気は程良い温度に保たれている。村までは一本道らしく、通路のずっと先に一筋の光が見える。

 その光を目指して歩くこと数分、ようやく3人は村に出た。ルークが感心して言う。

「随分森を歩くのに慣れているんだね」

「小さい頃よく遊んだから」

 森を出て、いくらも歩かないうちに、パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。自宅に戻ると、案の定、レイアの母親メリカは、祭りで出店するパンを作っているところだった。彼女は外から来た客人に驚いたが、2人の姿を上から下までざっと一瞥すると、開口一番に言った。

「2人とも泥だらけじゃないの。中庭に井戸があるから洗い落としてきなさい」

 体中の泥を落としてから改めて見ると、ルークは男にしては端正な顔立ちをしていた。透き通るような白い肌に、細くしなやかな金髪、明るい緑色の眼。赤茶色の髪と眼を持つレイアには少し羨ましく思えた。

 一方、カイルは髪も眼も黒く、服装も全身黒ずくめだった。肌の色だけが病人のように青白い。

 2人とどうやって知り合ったのかを詳細に伝えると森を近道に使ったことがバレて厄介だな、と思ってごまかそうとしたら、ルークにあっさりバラされてしまった。

「…あれほど森に入るなと言ったのに!」

 メリカがキッとレイアの方を振り向き、目を吊り上げる。レイアは首をすくめた。どうやら、お客様の前だろうとお構いなしに説教を始める気らしい。うん、これは久々に長くなるかも。

「…ああっと、私、キャロルの所に行かないと!じゃあ2人とも、ゆっくり休んでて!」

 わざとらしく言うが早いか、レイアは自宅を飛び出した。


「いっちばーん!」

 叫びながら勢いよくゴールテープを切る。脇を通り抜ける風が気持ちいい――と思ったのも束の間。

「――あイタっ」後頭部に衝撃があり、反動でレイアは目の前の地面に顔面から突っ込んだ。

 すぐさま後方から怒号が飛ぶ。

「レイアっ!子供相手に本気出すなっていつも言ってるでしょ!」

「ご、ごめん、つい…」

 レイアが笑ってごまかしながら体を起こすと、すぐ側に、先程飛んできたとおぼしき鉄製のバケツが転がっていた。道理で痛いと思ったら!

 恐る恐る振り向くと、バケツを投げた張本人、キャロルが仁王立ちしてこちらを睨みつけている。相当ご立腹のご様子。そんな空気も意に介さず、一緒に競争していた保育所の子供達がわっとレイアの周りに集まってきた。

「レイアねーちゃん速ーい!」

「なんでそんなに速いのー?」

「えへへー秘密!」

 取り囲む女子達から少し離れて、男子達は悔しがっている。

「くっそー、いつか負かしてやる!」

「やれるもんならやってみなよ~」

 舌を出して応戦するレイアを見て、キャロルが大袈裟に溜息をついた。

「ったく…」


「キャロルさあ、もしかして子供達にもアレ投げてる?」

 キャロルが子供達を寝かしつける間、教室の入口に立ったままでレイアは尋ねた。遊び疲れた子供達の、昼寝の時間だった。

 キャロルは手を休めず、顔をしかめて「まさか」と言った。

「あんなのぶつけたら怪我するに決まってるじゃん」

「ひどいなあ、私だって怪我するのに」

 レイアは頭を摩りながらぼやいた。バケツをぶつけられた所は瘤になっている。

「あんたの能天気な顔見てたら投げたくなった」

「何それー」レイアは不満げに言った。

 最後の一人が眠るのを確認してから、キャロルがレイアの側に来た。その手際の良さに、レイアは素直に感心する。

「まだ働き始めて半年でしょ?よく皆を寝かせられるね」

 昔から言葉も態度も男勝りだったキャロルだが、保育所で働くうちに女性らしさを見せるようになった気がしていた。

「ね、今は昔話とかやらないの?私たちの頃はよくやってたじゃない、創世神話とかさ」

 両親が共働きのレイアと、幼いころに両親を亡くしたキャロルは、保育所で知り合った。近所に住んでいるレフィストが、いつも保育所に忍び込んできて、3人でよく遊んでいた。

 キャロルは、ううん、と顔をしかめる。

「たまにやるけど…今の子はマセてるからね。正直、神話とかには興味がないみたい」

 2人は休憩室の長椅子に並んで座った。開け放った窓の外では、村の人々が祭の準備に奔走している。もう大方整っているようだ。その光景を眺めながら、レイアはキャロルが入れてくれたお茶を一口飲み、ほうと息をついた。

「さっき森でね、外から来た人に会ったの」

「あんた、また近道したの」

 キャロルがじろり、と横目で睨んでくるので、レイアは首をすくめて生返事でごまかした。キャロルってば、うちの母さんにちょっと似てきたみたい?

「最近物騒なんだからやめなさいって」

「キャロルだって昔は一緒に探検したじゃん」

「昔はね」そう言ってお茶を一口すする。

「まあ実際、ちょっと危ない目に遭ったんだけど」

「…こら」

「そこを2人が助けてくれたんだよ」

「へえ…」

「一人はルークっていう金髪の男の子で、女の子みたいに綺麗な顔してるの。もう一人のカイルって人は背が高くて…でも一言も喋らないんだよね。なんか、不思議な人達」

 風がふわりと吹いて、二人の髪を揺らした。外では祭の飾りがいくつか飛ばされ、数人が慌てて追いかけていた。追いかけている方もそれを見ている方も、なんだか楽しそうに見える。

「今2人とも家にいるんだ。一緒に祭を見て回ろうと思って…いいよね?」

 尋ねると、キャロルはひらひらと手を振って苦笑した。

「…ごめん、今年はパス。祭には行くけど、保育所のガキどもの面倒見なきゃならなくて。一緒には回れないわ」

「え!キャロルも?レフィ兄もいないのに…」

「仕方ないでしょ、ちゃんとお客さんの相手してあげなさいよ」

「いいじゃん、子供たちが一緒でも」

「アンタの面倒まで見てらんないわよ」

「失礼な。もうそんな年じゃないもん」

 むう、とレイアはわざとらしく口を尖らせてみせた。なんだか、最近はこんなことばかりだ、と思った。最後に3人が揃ったのはいつだったろう?

「…レフィ兄にも、会ってきたんだ?」

 唐突にキャロルが切り出した。なぜか、妙にぎこちない。

「うん?会ったけど…」

「そう」

 レイアはキャロルの横顔を見た。耳の下まである柔らかそうな茶髪が、風で揺れている。そのせいで、表情はよく見えない。

「アタシさ、告白しようと思って。…レフィ兄に」

「コクハク?」

 意味を掴みそこねて、レイアはおうむ返しに言った。コクハク?何それ、おいしいの?「…ええと何を」

「それぐらい察しなさいよ、バカ」

「…キャロル、レフィ兄のこと好きだったの?」

 キャロルは目を伏せたまま何も言わない。確かに2歳年上のレフィストは、昔よりぐっと男らしくなった。工事の仕事を始めてからは、大分筋肉もついてきたようだ。

「いいんじゃないかな、言っちゃいなよ」

「うん…まあそうなんだけど」

「迷ってるの?らしくないなあ」

「…だって」

 元気が取り柄の彼女らしからぬしおらしい態度に、レイアは違和感を覚えた。キャロルの肌ってこんなに綺麗だったっけ、と場違いなことを思った。キャロルの睫毛ってこんなに長かったっけ?

「多分ね、レフィ兄はレイアのことが好きなんだよ」

「え」

「ずっと見てれば、わかる」

 唐突に自分の名前が出てきて、レイアは少なからず戸惑った。いつの間にかキャロルの目がまっすぐに自分を見ている。その視線に慌ててかぶりをふった。

「それはないよ。レフィ兄のことだもん、そういうコトには疎そうじゃん?」

「…あんたも人のこと言えないと思うけど」

「え?うーん…」

 レイアは少し考えてから言った。

「そういうの、まだ早いって言うか…よくわかんないなあ。だって、私達まだ15だよ?」

「もう15なのよ。恋のひとつくらいなくてどうするの」

「そうかあ」レイアは天井を仰いで考えた。

 レイアの両親は、世界中を旅して廻っていた父親が、森で迷っていたところを母親に助けられたのがきっかけで知り合ったと聞いている。同じように、自分もいつかは誰かを好きになり、家庭をつくる日がくる。…なんだか遠い世界の話みたいだなあ――。

「…それにしたって私はレフィ兄のことはそういう風には見れないよ…頼れるお兄ちゃんっていうか。向こうも私たちのこと、兄弟みたいなもんだと思ってるんじゃない?」

「…そっか…」

 ふっと溜息をつくキャロルを見て、レイアは焦った。

「あ、だからさ、キャロルが好きだって言えば意識するかも!」

 キャロルが顔をあげる。

「…ホントに?」

「そうだよ、こういうのは言ったもん勝ちだって!」

「…勝ちって、あんた」

 キャロルが噴き出すと、「ねえキャロル!」唐突に短い茶髪の男の子が割り込んできた。

 キャロルは瞬時に眉間に皺を寄せる。

「…なんなの、エド。昼寝はどうした」

「だって眠くないもん!ミックもベスも起きてるよ。もう祭に行ってもいい?」

「皆で行くって言ったでしょ。小さい子達はまだ寝てるんだからもうちょっと待ちなさい」

 エドは不満げに、待てないよ、と口を尖らせる。

「じゃあさ、キャロルがレフィストのこと好きだってレフィストに言っていい?」

 それを聞いたキャロルは顔を真っ赤にして、猛烈な勢いで立ち上がった。

「なっ、だっ、どっから聞いてた!」

「最初からー」

 エドはニヤニヤしながら言うと、キャロルにびっ、と指を突き付けた。

「バラされたくなくば祭に行かせろ!」

「…っこのクソガキが!」

「行かせてあげればいいのにー」

 レイアがぼやくと、キャロルは溜息をついた。なんだか今日のキャロルは溜息ばかりだ。

「預かってる身としてはそうもいかないわ。特に、こいつらだけにすると何しでかすか…」

「あ、じゃあ私が面倒見ようか?」

 レイアが提案したが、キャロルは露骨に顔をしかめた。

「…すこぶる不安」

「失礼な」

「あんたはお客さんの相手するんでしょうが」

「大丈夫だよ、年長の子3人くらい、一緒でも。それに、キャロルも後から来るんでしょ?」

 キャロルはしばらく顔をしかめていたが、エドが彼女の周囲を回りながら「お願いお願い」と連呼し始めたので、観念したように言った。

「…わかった、じゃあ任せる。エド」

 彼女は、諸手をあげて喜ぶ少年の頭をぐわし、と掴んで動きを止める。

「今日はよそから来た人が一緒らしいから、迷惑かけるんじゃないわよ」

 はあい、と頷くエドは、ニヤニヤしていた。あれは、明らかに何か企んでいる顔だな。そう思って、レイアは、ふっと笑みを漏らす。まるで、小さいころの自分たちにそっくりだ。


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