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WONDER WORLD  作者: 紗々
第1章:ファイリアル
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病の町カウディン Ⅲ

「はあ…どうしよ…」

 レイアは、今日何度目になるかわからないため息をついた。時間ばかりが刻々と過ぎていく。

「ねえ」

 歩いていると、ひょい、と先ほどの女性が目の前に顔を出した。レイアは、ぎょっとして立ち止まる。

「なんで、薬を探してるわけ」

「薬じゃなくて…本当はお医者さんを連れに来たんだけど」

 はあ、とレイアは再び、ため息をつく。

「ここのお医者さんは忙しいみたいだから、せめて薬だけでもって思ったんだけどなあ」

「でも、他の所じゃ、骨折の薬は売ってなかったでしょう?あたしの知る限りじゃ、あそこしか売ってないもの」

 確かに、他の薬屋も回ってみたが、骨折の薬を扱っているところはなかった。とは言え、これから別の場所に移動する時間はない。

「よく知ってるね…アルスだっけ?この町の人?」

「違うわ。ここ1か月くらい滞在してるけど」

「他の人みたくマスクとかしてないけど…大丈夫なの?」

「あたしは平気。かからないから」

 妙に自信があるんだな、とレイアは不思議に思った。

 ねえ、とアルスがまた尋ねる。

「盗んできちゃえば?薬」

「…いやダメでしょ、それは」

「あっそう。マジメな子ねえ」

「マジメとかじゃなくて…盗んだりしたら、お店の人が困るから」

「あのおっさんなら、ちょっと困らせてやりたい気もするけどね」

 言いながら、アルスはレイアの隣を歩いていた。

「ねえ、本当にその友達を助ける気があるの?」

 唐突な質問に、レイアはびっくりして、再び立ち止まった。

「へ?」

「だってさ、あんまり必死に見えないんだもの」

 アルスは下唇に人差し指を当て、口をへの字に曲げる。

「本当に助けたいんならさ、薬を盗むなり、医者をかっさらうなりすればいいじゃん」

 レイアは目を丸くしてアルスを見た。一体、何を言っているの、この人。

「助けたいと思ってるよ。当たり前でしょ?でも、だからって、そんなことしたら、他の人が困るじゃない」

「でも、アンタの友達も困ってるんでしょ?見知らぬ他人と、大切な友達と、どっちを優先したいの?」

「それは…」

 レイアは言葉に詰まった。リンチャ村の一件で、ぐるぐると渦巻いていた疑念が、再び頭をもたげる。

 賊の命か。村の平和か。

 怪我をしたルークか。流行り病の町の人か。

 答えは出ない。今回も、レイアはそれを選べない。ルークとカイルは、リンチャ村ではその答えを簡単に選べたけれど。

 道の先を、フードを被った町の人が早足で通り過ぎていく。

 いや、とレイアは思った。

「私はどっちかなんて、選べないよ。だから、両方が助かる道を探す」

 ふうん、と言って、アルスは鼻で笑った。

「…綺麗事ね」

「なっ…」

 レイアがカッとなって言い返そうとした時、すぐ脇の店から声がした。

「おや、お嬢ちゃん、まだおったのか」

「あ。おじいさん…」

 声のする方を見ると、老人の経営する本屋があった。いつの間にか、町を1周していたらしい。

 あ、とアルスも声をあげ、つかつかと店内に入る。レイアも後からついて行った。

「そうだよ、爺さんが診てあげればいいじゃない」

「え」

「爺さん、ウェルズ=ハンの親父さんでしょ?」

「…え?!」

 レイアはぐりん、と首を回して老人を見る。老人は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「もともとは、息子さんと一緒に医者をやってたんでしょう?」

「…ここに滞在して1か月足らずのお前さんが、どうしてそんなこと知っとるんじゃ」

「あたしの情報網を甘く見ないでよね」

 腕を組んで壁に寄りかかり、何故だか、アルスは勝ち誇ったように言った。

「で、でも、本屋さん、やってるじゃない」

「医者を辞めて本屋になったんじゃ。年寄りにはこの仕事が一番楽なんでな」

「でも、まだ腕は衰えてないんでしょ?」

 レイアは、カウンターに乗り出す。

「感染病の病状を、あんなに詳しく説明してくれたもん。ね、お願い、私の友達を助けて」

「それは、無理じゃ」

 ハン氏は、ぴしゃりと言い放った。

「どうしてよ?」

「儂は、ここから離れるわけにはいかんのじゃ」

「何言ってんのよ、この頑固ジジイ!」

 イライラしてきたのか、アルスが尖った声で言う。

「アンタがここにいたって、役に立たないじゃないの」

「そうだよ!」

「どさくさに紛れて失礼なことを言うな!」

 その時、「ごめんなさい」と消えるような声が店の奥から聞こえ、レイアはぎくりとした。ハン氏が、がたん、と椅子から立ち上がり、後ろを振り向く。

 寝間着姿の、10歳くらいの少女が立っていた。顔色は真っ青で、栗色の髪もくすんで見える。

「ごめんなさい…わたしのせいで、おじいちゃんは外に出られないの」

「ガーナ!起きてくるんじゃない!」

 ハン氏が顔色を変えて少女の元に駆け寄り、その華奢な肩を抱えて、店の奥に連れて行こうとする。同時に、レイアの後ろから、声が聞こえた。

「…見つけた」

「え?」

 レイアはびっくりして後ろを振り向く。その声が、アルスの物とは違って聞こえたのだ。

 しかし、そこにはアルスが、さっきと変わらぬ姿勢でそこにいた。ただ、目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべて。

「爺さん、その子よ」

「何?」

「その子が、流行り病の元凶だわ」

「は?」

 ハン氏が足を止め、アルスと少女を交互に見つめる。

「なっ…バカ言うな!この子は流行り病ではない!病が流行るずっと前から、別の病にかかっておるんじゃ!あの…あのバカ息子のせいでな!」

「ど、どういうこと?」

 レイアは意味が分からず、尋ねる。ハン氏は、ぎりぎりと歯ぎしりしている。

「この子は、ガーナは、ウェルズの娘じゃ。あやつは、薬の調合に使う薬草を採りに、この子を連れて森に行ったんじゃ。そこで…この子は原因不明の病にかかって、以来寝たきりの生活が続いておる」

 そこで、愛おしげに目の前の孫娘を見つめる。皺だらけの手で、少女の髪を撫でた。

「可哀想に…まだこんなに若いのに…なのに、一緒に行ったあやつはぴんぴんしておる。挙句、その数か月後には感染病が流行り出し、たった1人の娘の面倒も見れなくなった。母親はとうにおらんし…だから、儂は医者を辞め、この子の傍におることにしたんじゃ」

「そうだったの…」

 レイアは、少女を見る。袖から見える腕は、痛々しいほどに痩せ細っている。

 一方アルスは、少女を同情とは別の視線で見ていた。

「確かに、その子の病は感染病じゃないわ。でも、呪術をかけられてるのよ」

 そう言って、少女を睨み据える。

「森に行ったって言ったわね…そこで何か見なかった?あるいは、誰かに会ったとか」

 少女は、熱で潤んだ瞳に怯えの色を浮かべながらも、ふるふると弱く首を振った。

「覚えてないの…気がついたら、ベッドの上で…」

「…そう」

 アルスは唇に手を遣り、考え込む。改めてハン氏の方を向き、説明を始めた。

「一般に呪術…というか魔力を使うには、媒体が必要なの。おそらくその子が呪術の媒体で、町に呪いをかけているのね」

「ということは、この町で流行ってる病は…」

「病、というより呪いそのものってこと。そりゃあ、原因もわからないわよね」

 そう言って、つかつかと店のカウンターに寄り、ひょいと飛び越える。僅かに後ずさるハン氏と少女に歩み寄り、少女の額に指先を当てた。少女がびく、と肩を震わせ、ぎゅっと目をつぶる。ハン氏が警戒の目でアルスを見た。

「何を…」

「…大丈夫、痛くないから」

 優しい声でそう言うと、アルスはその姿勢のまま、何か言葉を呟いた。何を言っているのかレイアには聞こえなかった。しかし。

「…あ」

 アルスの呟きが終わると、彼女が指を当てている少女の額から、眩い光が迸った。その光を受け、アルスの黒髪が一瞬、銀色に光って見えた。

 光が収まると、少女の体から黒い煙のようなものが立ち上る。

 一同が見守る中でそれは、微かに悲鳴をあげて少女の体から離れ、宙に消えて行った。

「…もう、大丈夫」

 一瞬の沈黙の後、アルスは手を放し、少女を見てにっこりと笑った。少女もハン氏も、ぽかんとしている。

「…え」

「呪いを消したわ。どう?体が軽くなったんじゃない?」

 ハン氏は、少女の額に手を当て、驚愕の表情を浮かべた。

「…熱が下がっておる…」

 アルスは踵を返し、再びカウンターを飛び越えてレイアの元に戻ってきた。

「で、でも、どうしてハンさんは病気にならなかったの?」

 レイアは、視線をアルスからハン氏に戻す。ハン氏も少女もその場で、じっと話を聞いている。

「ずっと、女の子のそばにいたのに」

「媒体である彼女を世話する人が必要だから、でしょうね。媒体に死なれたら、呪術が成立しないもの」

 でも、とアルスは首を傾げる。

「だとしたら、随分と高度な呪術だわ。こんな巧妙な術をかけられるのは、よっぽど呪術に長けた人物か、あるいは…」

 そこで、ばん、と音がして、アルスの言葉を遮った。店内にいた全員が、音のした店の入り口を見る。そこには、入り口の壁に手をつき、息を切らせて立っている男がいた。30代半ばぐらいだろうか。短く刈り上げた頭に、不潔には見えない程度に伸びた髭。ハン氏と少女と同じ、栗色の瞳。

 アルスが、にやりとする。

「黒幕のご登場、ってとこかしら?」

「え、誰?」

「この人が、ウェルズ=ハンよ」

 びし、と遠慮なく指を向ける。ウェルズは、精悍な顔をゆがめ、息を整えながら言った。

「ガーナに…うちの娘に、何をした」

「随分な言い草ね。呪いから解放してあげたのに」

「ちょ、ちょっと待って」

 レイアは、少女とウェルズを交互に見る。

「黒幕って、どういうこと?ウェルズさんが、呪いをかけたってこと?」

「そうよ。一緒に森に行った時も、そして今に至るも彼は病にかかっていない。彼だけが病を治せるのも、これが薬じゃ治せない、呪術だってことを知っているから」

 それに、とアルスはウェルズを見据える。

「呪いが解けた途端に、こうして駆けつけたのが何よりの証拠」

「…何故じゃ」

 震える声で、ハン氏が問いかけた。

「何故、こんなことを」

「…ちっ」

 ウェルズは舌打ちすると、身を翻して逃げ出した。

「待ちなさい!」

 アルスが、弾かれたように店を出る。レイアも後に続いて走り出す。道の先にウェルズの背中を見つけ、追いかけた。

 もともと道が広く、人通りが少ないこともあり、ウェルズを見失うことはなかった。しかし、なかなか距離が縮まらない。

 何とかして、彼を足止めする手はないだろうか。考えながら走るレイアの視界に、見覚えのある黒い影が映った。ウェルズの前方、右側の店を、今ちょうど出てきたところだった。

――あれは。

 考えるより先に、レイアは叫んだ。

「カイル!その人、捕まえて!」

 呼ばれたカイルは、ついとレイア達の方を向いた。自分の方に走ってくるウェルズの姿を認めると、ひょいと片足を突きだす。

「――ぎゃあっ?!」

 ウェルズはその足に、ものの見事に躓いて、顔から地面に突っ込んだ。

 レイアは頭を抱えた。

「うわー!ウェルズさん!」

「……」

 カイルはといえば、うつ伏せになって動かないウェルズを、無表情に見下ろしていた。


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