病の町カウディン Ⅱ
「痛っ!」
頭の傷を覆う包帯を、あまりに強い力で巻かれ、圧迫された傷の痛みに、ルークは悲鳴を上げた。包帯を巻きつけた張本人のカイルは、涼しい顔をしている。
ルイジアナを家の柱に縛り付け、ルークはカイルに傷の手当てを頼んだ。今までもそうして、お互いの怪我は手当てしてきた。しかし、今回はカイルのやり方が、やたらと乱暴だった。
「手当てする時はもっと優しく、って教えなかったか?」
「……」
カイルはじろり、とルークを一瞥し、ルークの背後に回って背中の傷を消毒し始める。消毒液がじりじりと傷に沁みて、ルークは顔をしかめた。大蛇の尾に弾き飛ばされたとき、壁に強く叩き付けられてできた傷だ。肋骨にも罅が入っている気がする。
カイルの表情を見た時ルークは、おや、と思った。
「…ひょっとして、怒ってる?」
「……」
背中の消毒を終えて、カイルはルークの胸囲に包帯を巻き始めた。
「なんで、俺が怪我してお前が怒るんだよ」
「……」
「あ、もしかして、心配してくれたのか?」
「……」
「仕方ないだろ、ああするしかなかったんだから…ま、みんな助かったんだし、結果オーライ…痛っって!」
カイルが再び、包帯をぎゅっと締め付ける。ルークの正面に戻って、左手の傷に取り掛かった。皮膚の上で固まりかけている血を、ぬるま湯に浸した布でふき取っていく。
「なんだよ、半分はカイルのせいだぞ?目ぇ潰したりしたら、神様だろうと何だろうと、大暴れすることわかりきってるじゃないか。しかも、あんな逃げ場のないところで。もうちょっと時間があれば、俺だって他に方法考えたのに…痛っった!」
今度は、カイルがルークの左掌にぱっくりと開いた傷に、消毒液を大量に流し込んだ。ルークの目に、涙が滲む。
「…すいません、もうやりません…だからもう少し優しくして」
「…貴方たち、傍から見るとだいぶ気持ち悪いんだけど…」
ルイジアナが、冷めた声で呟く。
「もしかして、デキてるの?」
「あ、そう見える?…痛っ!」
ルークがふざけて答えると、カイルが傷口の消毒液を拭うついでに、傷口を強く擦った。
まったく、冗談の通じない奴だ。
「…カイル、これが終わったら、レイアを追っかけてくれ」
カイルが左手に包帯を巻いていくのを見ながら、ルークは言った。カイルは無表情のまま、問いかけるようにルークを見る。
「……?」
「俺は大丈夫。それよりレイアを一人で行かせる方が心配だから…だってお前、彼女のこと気にかけてるだろ?」
「……」
「え、違うの?俺はてっきり、カイルはレイアのこと、好きなのかと…痛いって!」
カイルが、とどめとばかりにルークの左手を包帯でぎゅうと締め上げた。
闇雲に町を走っているうちに、レイアは商店街に出た。しかし、道路に人気はなく、店はどこも営業していないようだ。財布を掏った犯人を見かけたかどうか、尋ねようと思ったのに。
「どうしよう…」
そもそも例の医者には期待できないようだし、老人の言うとおり、よそを当たるべきなのかもしれない。だとしたら、こんなことで時間を食っている場合ではない。
考えながら歩いていると、通りの角を曲がった先に、薬屋があった。ひょっとして、力になってくれないかな。微かな希望を胸に、扉をくぐる。ちりん、と鈴が鳴った。
店は二階建てで、内部は吹き抜けになっていた。「いらっしゃーい」という声と共に、エプロン姿の男性が、螺旋階段を下りてくる。
「ごめんなさぁい、感染病の薬なら、ウェルズさんの所に行ってもらえる?」
「…えと…」
レイアは思わず後ずさった。目の前の店主らしき男は、頭は角刈り、半袖のシャツは筋肉でぴちぴち。であるにも関わらず、この声の高さ、この口調。しかも、異様に近い。入る場所を間違えたかしらん。
「んん、見ないカオね。旅の人?」
「ええと、まあ…感染病の薬、ないんですね。こんなに流行ってるのに」
「ウチだけじゃないわよぉ、他のお店にもないの。あの病を治せるのはウェルズさんだけ」
だけどねぇ、と店主は色っぽく溜息をつく。
「彼も忙しいから、残念だけど順番を待つしかないわねえ」
「あの、感染病じゃなくて、友達が怪我してるんです。…診て、もらえませんか」
そう言うと、店主はうーん、と太い眉をハの字にして言った。
「ウチは薬の調合しかやってないのよお。お友達の怪我は、どんな具合?切り傷くらいだったら、薬を用意してあげるけどお」
「切り傷もあるけど…骨折もしてるかもしれないの。でも、私じゃわからないから…」
「うーん、ごめんなさいね、ワタシはそういうのは専門外なの。でも一応、骨折を治す薬も出してあげましょうか」
「ホントに?!」
レイアは、ぱっと顔を明るくした。店主はばちん、とウインクする。
「もちろん、ちゃんとお金はとるわよ?」
「あ、そっか、そうだよね……あ」
懐に手を入れて、レイアは財布を掏られたことを思い出した。そうだった、まず、犯人を見つけないと。
そこで、ちりん、と来客を報せる鈴が鳴った。店主が首を伸ばし、アラ、と笑顔になる。
「アルスちゃんじゃないのぉ、どうしたのぉ?」
「ん、ちょっとね。どうでもいいけどおっさん、その喋り方やめなさいって」
突き放したような物言いに、レイアも振り向く。そこには、黒髪を片方でひとつに束ねた若い女性が、腕を組んで立っていた。猫を思わせる顔つきで、青い瞳が鋭く店主を見据えている。
レイアは、彼女の服装を見た。お尻の下まで隠れるポンチョに、膝上まである靴下。ショートブーツ。
「…あーっ!」
レイアは指を突きつけて叫んだ。アルスと呼ばれた女性が、びく、と少し跳ねる。
「な、何よ」
「おねーさん、私の財布盗ったでしょ?!」
アルスは一瞬きょとん、としたが、納得したように「ああ」と胸元から見覚えのある財布を引っ張り出した。
「これ?」
「そうそれ!なんで盗ってんの!」
「ぼさっと立ってた方が悪いんじゃない」
まるで悪びれずにさらりと言ってのける。店主が「まあまあ」と間に入った。
「返してあげなさいな、アルスちゃん。このコ、薬が欲しいんだって」
アルスは、店主を横目に睨む。
「いいけど…この財布に入ってる額じゃ、この店の風邪薬だって買えないわよ?」
「え」
レイアはおそるおそる、店主を仰ぎ見た。
「ちなみに…骨折の薬って、おいくら?」
「8000クロー」
レイアは、きゃ、と首を縮めた。今、財布の中には1000クローしか入っていない。
「ごめんなさいね、ウチのは特殊な調合薬だから、どれも他より高いのよ」
「うう…他を当たってみます…」