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WONDER WORLD  作者: 紗々
第1章:ファイリアル
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信仰の村ラターナス Ⅱ

「そうそう、それでルイジアナさんが部屋を用意してくれて」

 レイアは思い出しながら、言った。

「ベッドに入ったらすごく眠くて、すぐ寝ちゃって…」

 そこで、はた、と周りを見渡す。後ろは木目調ではなく、ごつごつした岩の壁。足元にはふかふかのベッドはなく、湿った苔がびっしりと生えている。

「…で、それがなんでこんなところに?」

「すぐ寝ちゃったのは、あの時もらったお茶に睡眠薬を入れられてたからだよ」

「す、睡眠薬?」

 レイアは目を丸くした。

「な、そんな、誰が?」

「まあ、1人しかいないよな」

「ルイジアナさん?なんで?」

「まあ、アイツの為だろうな」

 ますます混乱するレイアとは裏腹に、ルークは淡々と答える。視線はわずかに上を向いていた。

「アイツって…」

 レイアはルークの視線を追って、そこにあるものを見て――ぽかんと口を開けた。

 2人の正面の岩壁には、黒々とした大きな穴がぽっかりと開いている。その穴を塞ぐように、家ほどの大きさもある蛇が、とぐろを巻いている。地響きのような鼾が聞こえるから、眠っているようだ。

「…えーと…これは…どういう…」

「多分、オロ神様だ」

「え、これが?」

「どうやら、俺たちは生贄にされたみたいだね」

 レイアは一度ルークを見て、再び大蛇を見る。濃い灰色の鱗が、てらてらと光っている。

「神様って…蛇じゃん」

「うん、もともとは只の大蛇だったんだと思う」

 ルークが辺りを見回し、レイアもつられてその視線を追う。

「村の人たちの信仰によって、神様になったんだ」

 言われてみれば、確かに周囲には人工的な物がちらほら見受けられる。穴の両脇には簡素な祠が建てられているし、2人が座っている場所から少し左側、大蛇のちょうど正面には鉄製の扉が取り付けられている。おそらく、あそこから生贄を入れることになっているのだろう。

「そんなこと、あるんだ…」

「ロト神様だってそうだろ?」

「え、そうなの?」

 レイアは、きょとんとして聞き返す。ルークは肩をすくめた。

「あれだって、只の樹だったけど、長い間村の人たちが信仰してきたから、神様になったんだよ」

「そうだったんだ…」

 ロト神様が、もともとは只の樹だったなんて…考えてみたこともなかった。

「なんか…すごいね。信じる力が、神様を作っちゃうなんて」

「それだけ、人の想う力っていうのは強いんだ」

 レイアは、すごいなあ、と感心するように頷く。それから、ふとルークを見て、ぎょっとなった。

「ルーク、頭、血が出てるよ!」

「ああ、これ?」

 後頭部の金髪が、赤黒い血でべっとりと濡れていた。ルークは少し、罰が悪そうな表情を浮かべる。

「ちょっと油断して…。夜中にレイアが連れ出されたことに気づいて、部屋を飛び出したところを、がつんと」

「え、じゃあ…ルークはずっと起きてたの?睡眠薬は効かなかったの?」

「うん?睡眠薬入ってるの気づいたから、飲むふりをしたんだよ」

 レイアは、愕然とした。

「ちょっ、入ってるの知ってたんなら教えてよ!」

「教える前に飲んじゃったじゃないか」

 ルークは、呆れたように微笑む。その笑みに、レイアは急に安堵を覚えた。ルークがこうして、落ち着いていつも通りでいてくれなかったら、パニックになっていたかもしれない。

 しかし、安心している場合ではない。ルークは怪我しているし、目の前の大蛇がいつ目覚めるかわからない。何とかしてここを出ないと。

 レイアは改めて周りを見た。この空間は巨大な岩壁に囲まれ、出口といえば鉄製の扉と、大蛇の背後の大穴だけだった。とはいえ、大蛇の背後にあるのはおそらく大蛇の巣穴だろうから、外には出られないだろう。

 鉄扉は当然、取っ手も錠も見当たらない。いかにも頑丈そうで、ぶち破るのは無理そうだった。そもそも、手足を縛られていて動けないし。

 そこで、レイアは思い出した。ルークに尋ねる。

「ね、私の村でやったみたいに、このロープを切ることってできないの?」

 あの時――実のところ、あまり思い出したくない光景ではあるけれど――ルークは、不思議な緑色の閃光で賊を切り裂いていた。

 しかし、彼は気まずそうに顔をしかめ、歯切れ悪く言った。

「あー…あれは、うん、ちょっと、無理」

「なんで?」

「あれはロト神様が助けてくれたんだよ」

「ロト神様が?」

 レイアは目を丸くした。今の今まで、ロト神様があんなふうに明確に力を示してくれたことはなかったのに。

「それも、あの村だったからできたことだ。神様が人間を助けてくれることも珍しいけど、人の信仰によって、普通の樹があそこまで力を持った神になること自体、最近じゃ珍しいから」

「そうなの?」

 ルークは頷いた。

「ここ数年で、人間は様々な技術を得て、自分たちで何でもできるようになった。それで皆、神様の存在を忘れかけてる。忘れられた神様は、力を失ったり、このオロ神様みたいに祟ったり…」

 そこでルークは、あれ?という顔をして言葉を切った。レイアも、自分たちの置かれた状況を思い出す。

 そういえば、さっきから続いていた地響きが――鼾が聞こえない。

 2人揃って顔を正面に戻すと、うっすらと目を開けた大蛇の、その鳶色の目と、目が合った。

「…ちょ、待って待って!」

 レイアは我に返ると、焦ってジタバタともがいた。手をめちゃくちゃに振ってみるが、手を縛る縄はほどけそうにない。ルークは、じっと大蛇を睨んでいる。こめかみから冷や汗が垂れる。

 大蛇は完全に覚醒すると、首を持ち上げ、大きな口を縦に開き、シャアっと威嚇の声を上げた。真っ赤に濡れた口内と、鋭い牙が剥き出しになる。

「いやああっ!!」

 恐怖に耐えきれずレイアが叫んだ時、唐突に大蛇の口がばくん、と閉じた。黒い何かが、大蛇の上顎を上から押さえつけたのだ。

 大蛇は、自分の鼻のすぐ上に降りてきた異物を、首を振って払い落とす。黒い影はくるりと優雅に宙を舞って、レイア達の目の前に降り立った。

「カイル?!」

 黒い影は――カイルはちらりと後ろを振り返る。ルークが驚いて尋ねた。

「お前…どっから」

 カイルはそれに答えるように、上を向いた。その視線を追って見ると、遥か上の方にうっすらと陽の光が射しているのが見える。

「へえ…あんなとこから」

 ルークは感心したような呆れたような口調で言った後で、ぼそりと呟いた。

「…あそこに登って逃げるのは…無理だな」

 カイルは、そんな発言は聞かなかったかのように、剣をすらりと抜いて、再び大蛇と向き合った。大蛇はカイルをまっすぐに睨み付け、尚も威嚇の声を上げる。

「あ、ちょっと!」

 レイアが止めるのも聞かず、カイルは地面を蹴って、とぐろを巻いた大蛇の体に飛び乗った。大蛇がその後を追い、ばくん、ばくんと噛みつこうとするが、カイルは軽々とそれを避ける。大蛇が体を動かし、足場が崩れても身軽に飛び回り、次の足場を確保する。

 何度もそれを繰り返し、あっという間にカイルは大蛇の頭部に辿りついた。

 カイルが、大蛇の頭に、勢いよく剣を振り下ろす。がん、という衝撃音。

「――やった!」

 レイアは思わず叫んだ。しかし。

「…!」

 大蛇の動きは鈍らない。頭上の襲撃者を、首を振って払い落とそうとする。カイルは振り落とされる前に跳躍し、くるりと地面に着地した。着地した姿勢のまま、手に持った剣を掲げ、

「…」

 半分の長さになったそれを、無表情に見つめた。

「…折れたあああ!」

「…やっぱ、高くても砥石を買っておくべきだったなあ…」

 青褪め、絶叫するレイアの脇で、ルークがぼやく。

 カイルは、しばらく剣を眺めていたが、大蛇が尾を振り下ろしてくるので飛び退いた。

「カイルって、剣なくても強いの?」

「人間相手なら、ね。獣相手に素手で戦ったことは…少なくとも俺は見たことないな」

「…ひょっとして、ヤバくない?」

「ヤバいかも」

 2人が緊張感のあるようなないような会話をしていると、ルークの横の地面に何かがどす、と突き刺さる。ところどころ欠けた刃――先ほど折れた、カイルの剣の先端だった。それを見て、ルークはにやりとする。

「ナーイス」

 座ったまま、剣先の近くに移動し、縛られた両腕を当てる。程なく、縛っていた縄を切ることに成功する。

「よし」

 自由になった両手で素早く足の縄もほどくと、レイアの縄もほどいてくれた。

 一方カイルは、あちこちに飛び回り、大蛇はそれを追って首を振り回している。

「カイルがアイツを惹きつけてくれてる間に、あの扉を何とかしなきゃね」

 そう言って、ルークは地面に刺さっていた刃を引き抜くと、鉄扉の前に駆けていく。レイアも後に続いた。

 ルークは普段、両手に指先だけ穴の開いたグローブを嵌めている。扉の前まで来ると、左手のそれを徐にはずした。彼の左手の甲に、暗い緑色の、奇妙な模様が浮き上がっている。

 それは何?とレイアが聞こうとした時、ルークは右手に持っていた刃で突然、左の掌を切り裂いた。

「!ちょ、何してるの?!」

「いいから、黙ってて」

 ルークは少し顔をしかめて、鮮血の垂れる左手を、目の前の扉にべたり、と押し付ける。

扉に血で大きく、赤い円を描く。その円に両手を添え、目を閉じる。レイアは、ルークの左手の甲の模様が、明るい緑色に光るのを見た。直後に同じ色の閃光が、バチッと音を立てて赤い円の線上を走ったかと思うと――

「…よし」

 円状に切り込みが入り、ルークが円の中心を押すと、その部分がくり抜かれて、扉にぽっかりと大きな穴が開いた。暗い穴の先に、微かに光が見える。

 レイアは、その力を間近で見て、唖然とする。

「すごい…」

 その時、空気をびりびりと震わせて、背後の大蛇が吠えた。扉のすぐ脇の壁に、重量のある何かが飛んできて、べしゃ、と生々しい音を立てて、ぶつかる。壁に跳ね返り、地面に転がるそれを、レイアは目で追って、ひっと声を詰まらせた。赤く濡れた球体。大蛇の目玉だった。血の匂いが、むわりと立ちのぼる。

 レイアとルークが振り返ると、雄叫びをあげる大蛇の頭上で、カイルがもう1つの目玉に、半分刃の残った剣を突き刺し、目玉ごとくり抜いていた。大蛇の鳴き声が益々大きくなり、レイアは気圧されて半歩、後ずさる。

 両目を失った大蛇はめちゃくちゃに首を振り、カイルを振り落とす。大蛇の咆哮がその空間に響き渡り、狂ったように振り回される尾が、岩壁を崩す。細かい石片が、上の方から、ぱらぱらと落ちてきた。

「…カイルの馬鹿」

 ルークが呆れたように呟き、レイアを引っ張って先に扉の穴を潜るよう促す。

「ここが崩れる前に、早く行こう。カイルも…」

 ルークの言葉が不自然に途切れたかと思うと、扉の穴に足をかけていたレイアは、唐突に突き飛ばされた。

「わっ?!」

 レイアは穴の淵に足を引っかけてしまい、扉の先にある通路に顔面から突っ込んだ。何が起きたのかと慌てて起き上がり、後ろを振り返る。

 大蛇の尾が扉の前を、先ほどまでレイアがいた所をものすごい勢いで横切り、代わりにそこにいたルークを吹っ飛ばした。

「…ルーク!」

 扉の穴から顔を出すと、ルークが壁に叩き付けられ、人形のように地面に崩れ落ちるのが見えた。飛び出そうとすると、頭のすぐ近くを大蛇の尾が再び横切ったので、頭を引っ込める。

 タイミングを見計らって、ルークの元へ駆けて行った。

「ルーク、しっかりして!ルーク!」

 呼びかけても、反応がない。揺すってみても、首ががくがくと揺れるだけ。気を失ってしまっている。

 どうしよう、どうしよう。レイアは怖さで泣きそうになり、どうするべきか必死に考えようとした。しかし、頭の中は何かが詰まっているようにぐちゃぐちゃになって、何も思いつかない。全身が心臓になったみたいに、ばくばくと脈打っている。

 とりあえず、ここから出ないと。そう決意し、ルークを持ち上げようとした。意識を失ったルークの体は、ぐったりとして重く、なかなか持ち上がらない。

 不意に、突き刺さるような視線を感じた。その正体に思い当たり、火照っていた体が、一気に冷える。おそるおそる振り返ると、大蛇の真っ赤に染まった眼窩が、レイアの方をまっすぐに向いている。

「――あ…」

 レイアは、蛇に睨まれたカエルの如く、身動きがとれなくなった。もう見えていないはずなのに、大蛇の顔はレイアに狙いを定めたまま、動こうとしない。レイアの方も、ドロドロと赤黒い血を流している大蛇の眼窩から、目を逸らすことができない。

 大蛇が咆哮をあげ、がばり、と口を開ける。もうダメだ――と思った、その時。

横からカイルが飛び蹴りを食らわせた。ごき、と鈍い音がして、大蛇の首が横に向く。

 カイルは地面に降り立つと、間髪入れずにレイアの元へとやってきた。レイアとルークを軽々と抱え、鉄扉の方まで走って行って、扉に空いた穴に飛び込む。

 そのまま出口に向かって通路を走っていく。すぐさま大蛇が追ってきたが、鉄扉に激突して、それきりだった。


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