基本的に茶番劇
さえずりからのまとめ
第二次世界大戦、というものは基本的に茶番劇。
筋書きのある金儲け。
だと気付くのに何十年と掛かった。
だから、まだ気付いていない人は責められない。
まだまだ時間が掛かるだろう。
推理小説では、犯人は事件によって利益を得ると考える。
逆にいえば、利益を得た者が犯人だ。
それは米ソだと読める。
原爆を開発しても、敵国に投射できなければ意味はない。
だから、ドイツ製の原爆はドイツ製爆撃機に搭載できる細さ、小ささが必要だった。
米国には大型の爆撃機があった。
だから、ファットマンが量産された。
米国本土で実験したのもファットマンだ。
リトルボーイは、誰が設計し、制作したものなのか。
関係者に詳しく聞いてみたいところだが、リトルボーイをエノラ・ゲイに搭載する前に、基地まで運んでいた重巡洋艦インディアナポリスは、原爆を降ろして出港した後で撃沈された。
そして、乗組員の救助は責任問題的に遅れた。
多数の乗組員が溺死したが、艦長はそれを訴え出ることはなかった。
艦長は訴え出るどころではなかった。
艦を撃沈されたのは、警戒機動を怠っていた、油断していたからだと指摘され、軍法会議にかけられたからだ。
日本軍なら常習的に行われていた責任の擦り合いだが、米国海軍で戦闘の結果、艦を失った艦長で責任を問われたのはこの一人しかいない。
あまりに怪しいのだ。
すぐ後で終戦に至ったため、米重巡インディアナポリスを撃沈した日本軍の潜水艦の艦長も証言を求められた。
潜水艦の艦長は答えた。
「避けても無駄だ。重巡の撃沈は確実だった。(米重巡の艦長はそれを避けられない、よって艦の沈没には責任はない)」
この証言は採用されず、米艦長は裁かれた。理不尽にも
最近になって、この米艦長の名誉は快復された。
しかし、この擦り付けの裏には、制海権を握っていた当時の米軍にあるまじき遅滞、怠けに見える見殺しがあった。
リトルボーイの最終的な儀装は、重巡洋艦で行われていた可能性がある。
それまで、この爆弾がどんな姿だったか、ドイツ製の可能性があるのだ。
リトルボーイは、詳しく知られているようにイメージされるかもしれないが、たった1発しか作られなかったというのは爆弾としてはおかしい。
試験型だとしても、材料すら違うのに。
作らなかった、ではなく「作れなかった」こそ事態の核心ではないか。
すると、そもそも原爆開発計画の予算そのものが怪しい。
隠し持っていた秘密兵器を投射して処分する計画、としては「男たちの大和」もエノラ・ゲイも変わらない。
大和を呉に置いたまま終戦したら、「なぜ使わなかった」と突っ込まれただろう。
要らない、使わなくても構わない、というなら、本土で実験していないリトルボーイは落とす必要がなかったはずだ。
リトルボーイの不思議なのは、ファットマンより小さく、構造が単純で、威力も大きいのに量産されなかったことだ。
汎用性、堅牢性、威力で劣るものを量産したのは謎といえる。
だが、製造ラインがそれしかなかったなら、選択肢は他にない。
マンハッタン計画には、複数の裏支出が含まれていたのではないか。
原爆製造ラインがファットマン型用しかなかったなら、マンハッタン計画はかなりの予算が余るはずだ。
試行錯誤して無駄なものを多数作っていたなら、予算は不足気味で、本土での爆発実験も複数回行われて然るべき。
投下までに行われた爆発実験はファットマン型の一回だけで、あとは見切りで発車している。
日本軍の側にも、歴史に残る裏金の使い方が残っている。
また大和だ。
6.5万トンの戦艦の建造を隠すため、4.5万トンの戦艦と複数の架空の小型艦の建造予算が計上されていた。
マンハッタン計画に余り金があるなら、これらは工作資金として使われたと仮定することができる。
亡命や密輸を含めて。
予算上、あり得ないものを作るには、予算そのものをねじ曲げる必要がある。
ドイツ製の原爆は、実戦では爆撃機ごと撃墜される可能性が高いが、原爆そのものが開発者たちの手土産で、亡命まで含めた事前工作がされていたと仮定することができる。
ナチスの出資者が誰か、総統の亡命先はどこかということだ。
ドイツ製原爆の開発者たち、は無償で開発していた訳ではない。
その予算はドイツが出し、研究施設も使われる。
だから本来は、撤収前には奪われないよう破壊する命令が出る。
しかし、その辺りを調べようとすると、今度はドイツ軍将兵の戦後大虐殺に阻まれる。
戦後の強制収用所で、戦争中以上の将兵達が。
戦後ドイツで行われた、ドイツ軍将兵の大虐殺は、連合国の「正義」と「公正さ」を正確に顕している。
これは、有力な第三者がいたら陸戦法規への違反を問うものだったが、どの有力国も当事者として関わっていて、指摘はなされていない。
また、軍事裁判という名前の私刑が横行していたのだった。
この大虐殺は、他ならぬ元ドイツ軍将兵たちから指摘されるべき蛮行だった。
だが、元ドイツ軍将兵たちは、ナチスの行った大虐殺、という非難に黙らされる形になった。
実際に戦場で殺されたロシア人たち以上に、強制収用所で大虐殺したと。
燃料不足の収用所で、バルサンを炊いて虱対策が槍玉に挙げられた。
ドイツの収用所は、確かに燃料不足だった。
他ならぬ連合軍の爆撃によって、だが。
栄養失調症と伝染病は多数の命を奪った。
しかし、それは連合軍の収用所でも繰り返された。
敵への非情、憎しみがなした負の連鎖。
問題は、ナチスへの非難と平行して、その要人たちは首実験できていないことだ。
明智平という地に建てられた、天海という僧正の墓。
この天海が要するに明智光秀であり、別人の首を使って首実験されていた、というのは既に有名。
光秀は朝廷につき、信長暗殺という仕事を請け負い、出家という亡命を受け入れた。
結局は、国策に口出ししているが。
これは日本国内の話で、関係者は少ない。
だが、関係者が利害に関わっていると、本当のことを隠そうとして人心を操ろうとする。
アル・ゴアの「不都合な真実」しかり。
モルガンのために「タイタニック」が作られたが、それはオリンピック号との入れ替わり疑惑が広まるのと同期している。
そして「ヒトラー最期の12日間」だ。
これが見事な宣伝で。
ヒトラー最期の12日間、はヒトラーを人間味ある人間として描いた、ヒトラー賛美の映画だとか聴いていたが観てみると違う。
それは腹じゃなく背中だ。
背に腹は変えられない、だ。
狂っていく指導者、いない指導者の命令を守る部下。
いやまて幻想的な。
法家は罰の効果を訴えてる、そんなの守られないよ。
命令を部下が実行するのは、その人物が部下だと自己規定しているからだ。
それが崩れれば、命令は実行されない。
違反しても罰されない、咎められないなら、人は簡単に規定を踏み破る。
逆算すると、総統を殺せという命令は最初からなかった。
亡命の話も出ていて、それが実行されたということになる。
総統は、勇敢な兵士であり、毒ガス攻撃を受けて負傷し後退した。
その時、あるいは獄中で、彼は正論を訴えていた。
ドイツは二度と二正面戦争をすべきでない、と。
共産主義を忌み嫌い、日伊と結んで対抗した。
しかし何かが彼の身に起こった。
彼は自ら、二正面戦争の幕を開けた。
1941年の6月に。
当時のポーランドでは、両軍の大量結集が始まっていた。
ドイツが初弾を撃たなければ、ソ連が撃つ予定の話ではあった。
だが、同盟は攻め込む場合には発動しない。
攻められたら助太刀する、だから日本は対ソ戦に出なかった。
総統があと二月迷ったならソ連は初弾を撃ち、日本軍は参戦していた話なのだ。
総統が亡命し、長年に渡って隠居生活するためには、かなりの予算が必要だったはず。
それを納税者に説明し、毎年配分し続けることはまず無理。
その資金は一括で、それ自身が利子を産むものだろう。
つまり、「戦争犯罪」で儲けていた、連合国の企業群に奉仕する企画だった。
日本では海軍と外務省がそれに相当する。
戦争犯罪、は戦争で多数の命を奪った上で企業が儲かる、という図式を持っている。
この命には自国民を含む。
サンダース軍曹らは、「コンバット」で大活躍だが、ガノタ的には「なぜ戦車乗りじゃあないのか」と。
米国の戦車は対独では正直、弱小だった。
切り札の高速弾は遅配し、米兵の棺桶と化した。
だが、ここで企業の利益を考える必要がある。
もし、である。
米国の戦車が強かったら、ドイツは最後まで戦っただろうか。
1944年の6月に上陸して、9月にはドイツが講和に応じて終わらないだろうか。
すると、45年の予算は大幅縮小になる。
より高価な戦闘機、攻撃機、爆撃機の予算も減らされる。
高速弾の遅配が引き起こした問題は、朝鮮戦争では解消され、米国の戦車は十分な戦闘力を発揮していた。
この遅配は戦争の終結を遅らせ、遅らせたことで爆撃による犠牲者が激増した、と考えることができる。
米軍自身が行ったことでも、この有り様である。
日本やドイツで起きたことは、説明が繁雑になる。