扉の向こう
この話では、
会えなかった時間のことを書いています。
それは失われた時間ではなく、
確かめるための静かな間でした。
ルミエは休みだった。
いつもは灯っているショーウィンドウの明かりが消えていて、
扉の前には、小さな「本日休業」の札が掛かっている。
それでも、中に人の気配があった。
奥の方で、布が動く音がする。
灯りも、完全には落ちていない。
ポシェットが、いる。
そう思った瞬間、足が止まった。
呼ぼうと思えば呼べた。
ノックをすれば、きっと気づいてくれた。
でも、声は出なかった。
ガラス越しに見える背中は、忙しそうでもなく、
かといって、こちらを待っているようでもない。
ただ、そこにいるだけだった。
それが、少しだけ安心だった。
ポシェットが男性だと、あらためて思う。
ロリータの店主で、
やわらかな言葉を使うけれど、
それでも確かに、男性だ。
そのことが、胸の奥を静かにした。
私は、ここに来ていい。
でも、来なくてもいい。
扉の前で立ち止まったまま、
そう思えたことが、
今日いちばんの収穫だった。
私は何もせず、踵を返した。
背中に視線を感じた気がしたけれど、
振り返らなかった。
第四話までお読みいただき、ありがとうございます。
この回では、
「会えなかったこと」が否定にならない関係を描きました。
声をかけなかったエラと、
引き留めなかったポシェット。
ふたりの距離は、
ここで一度、確かめられています。




