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名前だけ

この話では、

特別な出来事は起こりません。


並んで歩くこと、

同じ時間を過ごすこと、

それだけです。


名前を呼ばれることも、

呼ばれないことも、

どちらも同じ重さで描いています。


静かな午後のように、

力を抜いて読んでいただけたら嬉しいです。

それからエラは、何度かルミエを訪れた。

入る日もあれば、通り過ぎる日もあった。


ポシェットと名乗った店主は、いつも同じ距離で迎えてくれた。

近づきすぎず、離れすぎず。


名前を聞かれることはなかった。

それが、心地よかった。


その日、エラは少しだけ長く店にいた。

外は夕方で、光が傾いていた。


帰り際、ドアに手をかけてから振り返る。


「あの……」


声が少しだけ震えた。


「また、来てもいいですか」


ポシェットはすぐには答えなかった。

一拍置いてから、いつもの調子で言った。


「ええ。来なくても、いいですよ」


それでも、エラは少し笑った。


そのあとで、ポシェットが言った。


「……エラ」


名前だけ。


呼ばれただけなのに、胸が軽くなった。


エラは頷いて、店を出た。

服は、まだ着ていない。

それでも、光は確かにそこにあった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


エラとポシェットは、

約束もしなければ、

未来の話もしません。


それでもエラは、

「選ぶ側」としてその場に立っています。


「来なくてもいいですよ」という言葉は、

突き放しではなく、

自由の肯定です。


名前を呼ばれたからといって、

何かが始まるわけではない。

けれど、何もなかった頃には戻れない。


この物語は、

それだけの変化を描きました。


またどこかで、

二人の続きを書けたらと思います。

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