ほのぼの少女の草原さんぽ
しいなここみさまの「朝起きたら企画」参加作品です。
……ここはどこだろう?
ケイシーは微睡みながらそんなことを考えます。
いつものお布団より、心なしか硬め。少しだけ背中がちくちくするかも。何よりも、全身に冷たい風が打ちつけます。
鼻の上には何かが当たっていて……
「はっ!?」
淑女らしからぬ声を上げて、ケイシーは飛び起きました。一応貴族令嬢にも関わらず、もともとケイシーの中に淑女なんていう概念はありませんが。
その拍子に、鼻に止まっていたらしいちょうちょが飛んでいきました。飛び去るちょうちょを、ケイシーは名残惜しそうに見送ります。
ちょうちょが見えなくなると、ケイシーはやっと周りに視線を向けました。
澄みわたる青空。吹き抜ける風。そして地平線の彼方へと、どこまでも続く草原……
「ここは、どこ……?」
ケイシーの記憶にはない、広大な草原です。
「おーい!」
大きな声で呼びかけてみても、反応はありません。どうやら近くに人はいないようです。
「ここから抜け出せばいいってことね?わくわくしてきた〜!」
……ケイシーは案外、飲み込みが早いのです。
◇ ◇ ◇
ケイシーは草の上を、おひさまが出る方に向かって歩きます。昔、おじいちゃんが教えてくれた「生きるための知恵」のなかには、「道に迷ったらおひさまのほうへまっすぐ進め」とあったからです。
しばらく進むと、向こうのほうに水色の塊が見えました。それはぷよぷよしていて、液体のようにも見えます。
近づくと、正体がわかりました。
「すすす、スライム!?」
スライムは、ケイシーの身長と同じくらいの大きさで、ケイシーの進行方向のど真ん中に鎮座していました。
「でも、この程度の魔物、なんてことはないわ!」
そう言い、ケイシーはスライムに向かって走り出し、体当たりを仕掛けて……
ポーンッ!
……弾き返されました。
「いてて……」
地面に伸びたケイシーはそう呟きました。
「なんで……飛ばされたのかしら?」
無謀という概念が存在しないケイシーは、ぶつくさ言いながら立ち上がりました。ケイシーはこれだけでへこたれるような女ではありません。
さっきまでいた場所を見ると、もうスライムはいませんでした。
◇ ◇ ◇
夜がやってきました。草原は闇に包まれます。
ケイシーはあいにくご飯も寝床も持ち合わせていません。なんていったって、何故かここにいたのですから。
でも、ケイシーは諦めません。ただのお嬢様ではないのです。
王宮配属、七魔導士が一人、ケイシー・アシュライ!――それがケイシーの名乗り文句でした。
ちなみに妄想ではありません。ケイシーには、草にも神様にもなる妄想癖がありますが、これは現実でした。
ケイシーは学園の初等部に在籍するような若さですが、魔法で彼女の右に出るものはいないでしょう。
「アポーがいいかな、それともオランゲ?」
ケイシーはポケットから果物の種を取り出します。なぜポケットに果物の種が入っているのかはツッコんではいけません。ケイシーは好きなものを集めて、持ち運ぶ癖があるのです。
地面にばら撒かれた種に、ケイシーは優しく土をかけます。そうして万全の状態になったら育成魔法をかけるのです。
「おいしくな〜れ♡」
まるでオムレツにかけるように、種にも魔法の言葉をかけます。ちなみに言葉には効果はあまりありません。
――するとどうでしょう、ぐんぐんと木が伸びて、あっという間に実りました。
「最後まで決められなかったから両方育てちゃった……こんなに食べられるかな?」
――おそらく心配いらないでしょう。ケイシーのお腹は底なしですから。
全ての実を回収し終えると、ケイシーは魔法で鋭い風を吹かせ、木を切り倒します。形を整えて、薪として使うのです。
組まれた薪に、火をつけます。火はあっという間に燃え広がりますが、事前に草は刈り取ってあるので安心です。
「あったかあ〜」
炎で暖をとりながら、ケイシーはこれからのことを考えます。
ケイシーの魔法をもってすれば、元の場所へ戻ることも簡単でしょう。けれど……
「宿題、終わってないんだよなぁ」
明日は学園で、課題回収があるのです。
もう少しだけ、ここにいてもいいかな……
そう思いながら、ケイシーは目を瞑りました。




