出会い
二階は南にベランダのある部屋が二つあるだけのシンプルな作りになっていて、階段を上がり左を向くと西側の部屋のドアの方が近くにある。
それでも私が東側の部屋に行ったのはおじいちゃんの家に泊まる時によく使わせてもらっていたからだ。
元々は母親の部屋で、最近ではだいぶ片付けられてしまったけど可愛い小物がそのまま置かれていて幼い頃はそれらを見るのが好きだった。
そしてベランダで隠れて泣くことがよくあって、久しぶりだけどそれは今でも変わらないみたいだ。
東側の部屋のベランダに出られる窓を開け、膝を抱えて顔を埋めた。
おじいちゃんの家のベランダは幅はそれほど広くないけど、南面の壁の端から端まであるので小さい頃は広いと思っていた。
柵はアサガオみたいなつる性の植物に覆い尽くされていて今年も可愛いピンク色の花を咲かせていた。
それと東の部屋と西の部屋の境にまるで壁を作るかのように植木鉢が並べられていた。
昔は花が咲いていた時もあったけど、今は土と何かしらの植物の枯れてしまった物が残されているだけになってしまった。
それを見てまたさらに悲しくなった。
「おじいちゃん…」
やっぱり実感が湧かなかっただけで実際はとても悲しいことだった。
おじいちゃんの顔を見て、やっと気がついた。
大好きなおじいちゃんがいなくなってしまった現実をすぐに受け止めることなんてとてもできない。
悲しい、寂しい、もっと遊びに来るんだった、たくさん話したかった、色々な思いが次から次へと頭に浮かび、それと同じように涙が溢れ出る。
止められない、こんな顔誰にも見せられない。
どのくらい泣いていただろう、腕時計を確認したら十四時少し前を指しているようだけど涙でハッキリとは見えない。
通夜が始まるのは十七時だからその少し前までに泣き止んで、顔特に目の周りが元通りになっていれば大丈夫だ、もう少し時間がある。
私は深呼吸をして少しずつ涙を減らすように努力した。
少し落ち着いた時、西側のベランダに人の気配を感じた。
泣いていることがバレてしまうと思ったけど、まだ顔はあげられない、このままいれば眠っているようにも見えるんじゃないかと思いそのまま気配を伺うことにした。
「どうしたの?」
西側のベランダから男性の声がした。聞いた事はないけど、優しくて何故か落ち着く声だ。
まだ声が震えそうですぐに返事ができなかった。
「悲しいことでもあった?」
「えっ…」
泣いていることがバレていると気づきつい声が出てしまった。寝てるふり作成失敗。
「…あはは、恥ずかしいところを見られてしまいました。」
声が震えるしまだ顔はあげられない。
「泣いてるところを見られるのは恥ずかしい?」
「はい、子供の頃あまりにも泣いていたので母親によく恥ずかしいって言われました。だから隠れて泣いていたのに…」
「そうか…」
少しの間沈黙があり、また彼が話し始めた。
「自分勝手な理由で泣いてるのなら恥ずかしいかもしれないけど、理由によっては人前で泣いてもいいと思うけどな。」
「理由によっては、か…」
そこでようやく少しだけ顔をあげられた私は西側のベランダにいる謎の男性に目をやった。
やはり見た事はない。身長は百七十センチくらい、やや細身で黒髪だった。
「というか、あなたは誰ですか?親戚でもなさそうですし…」
「僕はムトだよ。」
「ムト、名前ですか?名前を言われましても、今日は祖父の葬式なのですが、祖父の知り合いですか?」
「そう…、うん、よく知ってるよ。」
一瞬驚いた顔をしたように見えたのは気のせいだろうか。今は寂しそうな顔をして、遠くを見つめている。
「どういったご関係ですか?年齢がかなり離れているようですが、家に上がれるような関係なんですか?」
「うん、赤ちゃんの頃からの付き合いさ。」
答えが曖昧で結局どういった関係なのかわからないと、頭ではわかっているのだけどそれ以上聞かなくても害がある人ではないこと、寧ろ話していて落ち着く感じがしてそれ以上追求するのはやめた。
「さっき、理由によっては人前で泣いてもいいって言ってましたけど、今回みたいな誰かがいなくなってしまった時はいいんでしょうか?娘である母や伯母の泣いている姿はまだ見ていません。」
私は話を変えて質問をしてみた。
「僕はいいと思うよ。だってお別れは本当に悲しいことだし、心の整理には泣くことも必要だ。それに大人達はまだやる事があるし気を張っているから泣けないだけだよ。」
ふーん、とだけ応えて私は少し考えた。
「おじいちゃんはそんなに泣いてくれる孫を持てて嬉しいよ、きっとね。」
ムトがこちらを向いて微笑んでいた。
私もムトの言葉で少し心が軽くなり、微笑み返すことができた。
泣き止んで気がついたが、明るいのに少しだけ雨が降っていて、ピンク色の花がキラキラと光っていた。