凪の過ごし方
とりあえず渋沢はよく寝る。
だけど誰もそれを知らない。
「……お前さあ、たまにそれ以上寝てたら目が腐るとかいわれねー?」
「とりあえず水上以外にそんなこというのはウチの両親くらいかな」
学校も休み。部活も休み。
そんな日でもこの渋沢克郎という男はきちんと朝起きて朝食を取り、ロードワークをこなし、宿題を片付け、久々の買い物に出かけたりする。
彼女がいたらマメにデートするタイプで、休日などはその絶好のチャンス。
知らない間に調べていたらしいテーマパークへ出かけたり、ちょっと洒落たカフェでお茶をしたり、観たかった映画に連れてってくれたりする男……らしい。
クラスの女子とか追っかけをするようなこいつのファンの話だと。
それを聞くたびに、見た目の温和な笑顔と大人びた物言いに全員騙されてるよな、と同室者であり、この学園に入学してから、ずっとこの男と付き合ってきている水上は心の底から思うのだ。
「……なー……でかけねーの?」
「今日は特に用事もないし。それとも水上がどこかへ行きたいのか?」
「いや違うけど。……っていうか、そーゆーこと聞いてんじゃねえって」
「だったらいいじゃないか。珍しいな、水上がそんなこというなんて」
もうわかりきっててこの頃は何も言わなくなったのに、とベッドにもぐりこもうとしていた渋沢が少し笑う。
流石にパジャマは着ていないが、どこからどう見ても寝る気満々だ。
「だって、久しぶりだろう?水上。学校もない、部活もない、用事もない。昼寝をしたって何の問題もない休日なんて」
「……先週は選抜の練習だったな。その前はテスト前で勉強」
「ほら。だから俺は今日こそ寝て過ごそうってずっと決めてたんだ」
「…………だったら最初から寝てればいいだろ」
「うん。それも悪くないけどロードワークをしないと体はなまるし。朝食だって食べにいかないと色々心配してくれる人が多いだろう?」
「…………」
確かにどこをどう探しても、たとえそれが一番付き合いのある一軍の奴らだったとしても、水上以外に
『朝食を取りに来ない渋沢』=『ただ寝てるだけ』なんて法則が浮かぶ人間はいない。
どう考えても『具合が悪い』とかそっちにいくに決まってる。
だからといって一通りいつものことをやり終えてから、部屋に戻るなりいそいそとベッドに戻りこむなんてどこかの親父みたいな行動に、水上は妙な脱力感を覚えずにはいられないのだ。
確かに疲れているのはわかる。
いろいろな事をいっぺんに引き受けてしまうような馬鹿だし。
でもそれ以前に渋沢の趣味は「昼寝」と書いてもいいくらいなのだ。
そのくらい寝られてたら、何か一つや二つ言いたくなっても罰は当たるまい。
だけど。
「水上、水上。夕食の時間になったら起こしてくれるか?」
コレが心底嬉しいって笑顔でこんなことを言われると。
「……昼飯は?」
「ん、寝たいからパス。出かけてる奴も多いから行かなくても気がつかないだろう?」
「……じゃギリギリに起こせばいいな?」
「水上が夕食に行こうと思ったときでいいから」
……どーせこういう顔の渋沢に勝てたためしなんてねーよ、俺は。
俺が行こうと思った時?……じゃ、やっぱり食堂が閉まるギリギリにしてやる。
「おやすみ、水上」
「……おう。オヤスミ」
すうっと目を閉じるその姿を見届けてから、水上は机に向き直る。
とりあえずこっちは明日提出の英語の課題を片付けなければと教科書を開き、幾つかの構文を書き写していたら。
「あ、水上」
「あー?」
まだ寝てなかったらしい渋沢に話しかけられた。
振り向くのも面倒でそのまま返事を返したら。
「今日は寝て過ごすけど。今度の休みは一緒に出かけよう。いいところ見つけたんだ」
「…………………………おう」
前言撤回。
……やっぱり。
こいつのファンとかのほうが、こいつのことよくわかってんのかもしれねえ。
そう思った水上だった。