第八章
体育祭前日。学校は慌ただしく準備が進められ、クラスメイトたちの熱気がいつも以上に高まっていた。校庭ではリレーや騎馬戦の最終調整が行われ、教室では飾りつけや応援グッズの準備が進められている。
「これで横断幕は完成ね。」
涼宮紗耶は、完成したクラスの横断幕を眺めながら静かに言った。クラスのスローガンが大きく描かれたそれは、しっかりとした仕上がりになっていた。
「おお、いい感じだな。」
隣にいた佐藤祐斗も感心したように頷く。彼もまた、学級委員として今日までの準備に奔走していた。
「さて、次は競技の最終確認だな。」
祐斗がリストを手に取りながら言うと、紗耶も頷きながら手元の書類を確認する。
-体育祭前夜のトラブル-
全てが順調に進んでいるかのように思えたそのとき、教室に駆け込んできたクラスメイトが息を切らしながら叫んだ。
「大変だ!障害物競走の道具が壊れてる!」
「え?」
一瞬、教室が静まり返った後、すぐにざわめきが広がった。
「どういうこと?」紗耶が冷静に問いかける。
「体育倉庫にあったタイヤが半分潰れてて、バランス取れなくなってるんだ。それに、ロープもほつれが酷くて使えそうにない。」
「それは困ったな……。」
祐斗は腕を組み、しばらく考え込んだ。しかし、時間は限られている。今すぐ代替案を考えないと、競技そのものに影響が出るかもしれない。
「他のクラスに予備の道具がないか聞いてくる。」祐斗はそう言い、すぐに教室を飛び出した。
一方で紗耶は、残ったクラスメイトたちと共に、使えそうな代替品を探し始める。
「タイヤの代わりになりそうなもの……。」
すると、ある生徒が思い出したように言った。
「体育館の裏に、昔使ってたラダーが置いてあったはず。」
「ラダー?」
「うん。あれなら障害物の代わりにできるかもしれない。」
「確かに……。試してみる価値はあるわね。」
紗耶はすぐに確認しに行き、ラダーがまだ使える状態であることを確認した。祐斗もすぐに戻ってきたが、他のクラスにも予備のタイヤはないとのことだった。
「じゃあ、ラダーを使うしかないな。」
「ええ。それで進めましょう。」
こうして、急遽競技の内容を少し調整することになったが、二人の迅速な判断のおかげで、大きな問題にはならずに済んだ。
-夜の校舎で-
気づけば、校舎の中はすっかり静かになっていた。すでに下校時間は過ぎ、帰宅する生徒がほとんどいなくなっている。
「ふう……何とか間に合ったな。」
祐斗は額の汗を拭いながら、窓の外を見た。夕日がすっかり沈み、街は夜の帳に包まれ始めている。
「そうね。」
紗耶もまた、大きく息をついた。今日一日で、予想以上に体力を使った気がする。
「疲れた?」
「少しだけ。」
いつもの紗耶なら「問題ない」と言いそうなところだったが、正直に答えるあたり、彼女にとっても珍しい一日だったのかもしれない。
「体育祭が終わったら、ちょっと休めるな。」
「……そうね。」
「何かご褒美とか考えてる?」
「特には。」
「じゃあ、終わったら何か甘いものでも食べに行かないか?」
祐斗が冗談めかして言うと、紗耶は少し考えるように視線を落とした後、小さく頷いた。
「……いいわね。」
「おっ、本当に?」
「ええ。」
その返事に、祐斗は少し驚いたが、同時に嬉しさも感じた。これまでの関係とは少し違う、小さな一歩が踏み出された気がして——。
こうして、体育祭前夜は静かに更けていった。