第七章
放課後の教室は、夕日が差し込み穏やかな雰囲気に包まれていた。体育祭の準備もいよいよ大詰めを迎え、学級委員としての仕事も佳境に入っていた。涼宮紗耶と佐藤祐斗は、いつものように教室に残り、最後の仕上げを行っていた。
「涼宮さん、これで競技ごとの係分担は決まったかな?」
祐斗がプリントを確認しながら尋ねると、紗耶は手元の資料を見て頷いた。
「ええ。あとは当日、全員が自分の役割をしっかり把握しているか確認するだけ。」
「そっか。ここまで来たら、あとは実行するだけだね。」
祐斗は軽く伸びをしながら、ほっと息をついた。
- 不意の雨 -
外を見ると、いつの間にか空が暗くなり、ぽつぽつと雨が降り始めていた。最初は小降りだったが、すぐに本降りになり、窓を叩く音が強まる。
「急に降ってきたね。傘、持ってる?」
祐斗が聞くと、紗耶は少し間を置いて答えた。
「…いいえ。」
「そっか。僕の傘、大きめだから、一緒に入る?」
唐突な申し出に、紗耶は一瞬目を見開いたが、すぐに平静を装った。
「それなら、お借りします。」
そう答えたものの、心の中では少しだけ緊張していた。いつもはクラスの仕事を淡々とこなすだけの関係だったが、こうして並んで帰るのは初めてだった。
- 二人きりの帰り道 -
校門を出ると、雨は少し弱まっていたが、まだ傘なしでは厳しいほどだった。祐斗が傘を広げると、紗耶は少し遠慮がちに彼の隣に立った。
「もっと近づかないと濡れちゃうよ。」
祐斗が何気なく言うと、紗耶はわずかにためらった後、少しだけ距離を縮めた。その瞬間、彼女の肩が祐斗の腕に軽く触れ、心なしか鼓動が速くなるのを感じた。
「…ありがとう。」
「ううん、気にしないで。」
雨の音だけが響く静かな道を、二人はゆっくりと歩いていった。
- いつもと違う空気 -
しばらく無言のまま歩いていたが、祐斗がふと口を開いた。
「涼宮さんって、普段クールだけど、本当は優しいよね。」
その言葉に、紗耶は少し驚いたように祐斗を見た。
「…どういう意味?」
「いや、クラスのみんなも思ってると思うけど、君って意外と面倒見がいいし、気配りもできる。なのに、自分ではそれを当たり前みたいに思ってるよね。」
紗耶はしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。
「…そういうの、意識したことはないけど。ただ、自分にできることをしているだけ。」
「そういうところがすごいんだよ。」
祐斗が優しく微笑むのを見て、紗耶は何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。代わりに、小さく頷くことで返事をした。
- 小さな変化 -
二人は駅までの道を歩き続けた。雨は少しずつ弱まっていき、やがて傘がいらないほどの霧雨になった。
「もうすぐ止みそうだね。」
「ええ。」
駅に着くと、ちょうど電車が来る時間だった。二人は改札をくぐり、並んでホームに立った。
「今日はありがとう。助かったわ。」
「気にしないで。また明日もよろしくね。」
電車が到着し、二人は並んで乗り込んだ。人の少ない車内で、並んで座る。いつもと変わらないはずの距離感なのに、なぜか今日は少し違って感じた。
心のどこかで、何かが変わり始めているのを、お互いにぼんやりと意識しながら——。